異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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異世界人こと俺氏は動きたくない
第九十八話


 

うすらぼんやりとしているうちにその日は訪れた。

ゴールデンウィークが明けて数日が経過した日の話になる。

俺にとっては全くと言っていい、本当に至極どうでもいい話なのだがしておかない訳にはいかない。

いや、ある意味ではこれも前フリだったのだろう。

涼宮ハルヒの燻っているハートに火を灯すには充分な出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"デッドマンズカーブ"の全貌を俺が知るのは、それこそもう知らなくてもいいぐらいに後の話となってしまう。

ともすれば夢なのか現実なのかすら曖昧な話であり、事実キョンからは。

 

 

『変な本の読みすぎなんじゃねえのか』

 

と心無い一言をお見舞いされたが俺とてそれを明確に否定できないのだから困る。

宇宙人未来人超能力者全員に訊いても誰一人として心当たりなど無いらしい。

つまりは俺一人だけしかそれを証明しようとする人間が居ないのだ。

夢にしてはあんな内容であるのが謎だ。

確かに俺は普段夢を見ないが、あんな意味不明なもんなのか?

宮野とやらは俺が無意識の内に作りだした空想の人物なのだろうか。

だとしたら悪趣味だし、やっぱり朝倉さんに助けてほしかった。

 

 

「もう……まだ気にしてるの?」

 

「そりゃあね」

 

五月某日。

今日は金曜日で明日は休みだと言うのにも関わらず俺は夜遅くに朝倉さんの部屋に居る。

休みだから、だろ? いやいや違うから俺の話を聞いてくれ。

妙な期待をしないでほしいが別にやましい事をしようだとかそういう話ではない。

そりゃあソファに座りながら朝倉さんの膝枕を堪能している俺は間違いなくやましい人間さ。

一つずつ言い訳させて頂くと、膝枕されているのはさっきまで彼女に耳かきをしてもらっていたからだ。

その名残ということでご容赦願いたい。

そして何故時計の針も午後二十二時を指しているこの時間帯に彼女の部屋にいるのか。

……まあ、これからわかるさ。

 

 

「いやあ、本当に時間の流れが速い気がするね」

 

「そうかしら」

 

「朝倉さんは違うって?}

 

「あなたに随分とお待たせされちゃったもの」

 

もうそろそろ勘弁してくれませんか。

先月の一件はなるべく忘れようとしているんですよ。

お互い様と言う事で手を打ちましょうぞ。

と、思ったが今までの殆どにおいて俺が10:0ぐらいで悪かった。

例外としては彼女がキョンを待ち伏せてた事だろうか。

それさえ未遂なのだから。ううむ。

ここはやはりどうか特別御社を。

 

 

「むーり。私と交渉したいなら頭をどかしてしっかり向き合いましょ」

 

「残念ながら難しい相談だ」

 

「どうして?」

 

どうもこうもありませんことよ。

以前女子の匂い云々といったいかにも変態的な事を俺は思っていた。

だけどこの膝枕……太ももの感触は耐えがたい。

俺は現在耳かきが完了した体制のまま水平方向に顔を向けているわけだ。

それを、こう、ぐいっと彼女の太ももにうずめたくなるぐらいにそれは犯罪的だった。

全身凶器とはまさに彼女のためにあるのか。

 

――今更だが俺はよくこんなお方相手に半年耐えていたな。

いや、その反動で俺は今おかしくなっているのか?

心が洗われていく感覚さえ覚えてしまう。

俺も超能力者連中よろしく朝倉さんを信仰しているに違いない。

だが宗教は興さんぞ。独占至上主義なのだよ。

俺の様子を見かねて呆れた朝倉さんは。

 

 

「いつまでもこうしていたいのはわかるけど、今日はこれからやる事があるのよ」

 

「正直な話、行かなくてもいい気がしてきたんだよね……」

 

「そうは言っても明智君はSOS団創立時のメンバーじゃない」

 

「発起人のキョンが来ないとかぬかすのはどう考えてもおかしいって」

 

「私じゃなくて彼に文句を言いなさい。まだ起きてるだろうから電話するのは今の内ね」

 

と言っても俺は動かん、動かんぞ。

何故動かんと言われたところで結局ジ・Oは動かなかったんだから。

実にいい。

 

 

「オレは動きたくないね……」

 

「嘘よ。涼宮さんの次に動き回ってるのは間違いなくあなたなんだから」

 

「どういう認識をされているのかな、オレ」

 

「今でこそ涼宮さんを取り巻く勢力は現状維持以外の方向性を見せ始めてる。でも結局、急な変化にヒトは耐えられないのよ。何でか知らないけど」

 

きっと彼女の本音なのだろう。

ああ、自分ってのは確かに四パターンあるさ。

俺は俺が思うほど堕落した人間じゃないのかもしれない。

少なくとも朝倉さんがそう言ってくれるんだ。

否定する必要なんてないさ。

なんて格好悪い体勢でカッコつけた俺に対して。

 

 

「最初から思ってたけど、明智君はキョン君にそっくりね」

 

「……何だって?」

 

「どうりで"鍵"の代用なんて言われるわけだわ。考えてる事とやってる事が一致しない事ばかり」

 

「この場合、オレとキョンのどちらが失礼な思いをするのだろう」

 

「彼もたいがいだけどあなたもそう。変な子を好きになっちゃうなんて」

 

「まさか。朝倉さんのどこが変だって?」

 

美人だとか料理家事が得意だとか、そんな事二の次でしかない。

俺を好きになってくれた。

ただそれだけのために俺は君の傍に居たいと思える。

結果論。それもいいじゃないか。

 

 

「そうね。涼宮さんの周りは全員変人、いいえ、キョン君やあなたの周りだってそうよ」

 

「こいつは……グレートな結果論ですね」

 

「だってあなたが私の見てくれだけに惹かれていたならこうはならなかったじゃない?」

 

「いや、案外そうかも知れないさ」

 

俺も他人もわからない第四の自分。

そいつが君の見た目だけでしか判断しないようなクズなら、俺がクズって事だ。

じゃあ消失世界へ飛ばされていなければ俺はどうなっていたんだ。

"どう"って言葉は本当に厄介なんだ。

だからこそあいつは会話を面倒に思ってこんな口癖になっていたのだろう。

俺もそれを受け継いだ。

あいつの事を俺は忘れていなかったのさ。

これからも。

 

 

「朝倉さんを妥協したくなかったのは確かなのさ。だけど、あのままズルズルと惰性で生活していなかったのかと言えば怪しい」

 

決断を放棄したつもりはない。

その判断材料として俺はこの世界で生きる意味が欲しかった。

なあ。それって見つかるもんなのか?

一人だけで考えて出せる結論なのか?

そんな事をいともたやすくやってのける人種を"主人公"って呼ぶんだろ。

キョンはそうだ。

俺は違う。

似てるわけないだろ。

 

 

「……嬉しかったわ」

 

とても優しい声だった。

俺の顔の向きからだと彼女の表情は見えない。

これは勝手な想像でしかないが朝倉さんは笑顔なんだろうさ。

 

 

「だって……だってあなたを好きだって気付いてから、すぐあなたに告白されたのよ」

 

「オレも似たようなもんさ。朝倉さんを好きだって気付いた時には我を忘れていた。何の考えもなかった。勢いに任せただけ。もしかしたら告白さえしてなかったかもしれないヘタレなんだよ」

 

「誤魔化さないで」

 

わかったよ。

今動きますとも。

上半身を動かしてようやく普通のソファに腰掛ける体勢になる。

そういやこれも最近気づいた事だ。

朝倉さんが俺の左側ばかり占領していた理由さ。

結構、効果的だね。

別にサウスポーに限らずとも、利き腕側にばかり立たれると困るものだ。

気づかぬうちに精神的優位に立たれていたらしい。

俺は正面を向きながら。

 

 

「俺だって嬉しかったさ」

 

きっと朝倉さんは俺に特別な何かをもう求めてはいない。

涼宮さんが次第に、破天荒な性格から普通の女の子になっていく傾向と同じ。

と、考えるんだろうな。

俺は違う。

俺は最初から機械だとか端末だとか、彼女の人間性を否定する要素は認めたくなかった。

いい傾向も何もあるかよ。

朝倉さんは最初からそうだった。

彼女を欠陥品と呼ぶなら好きにすればいいさ。

人間が欠陥品だって事、俺が言うまでもないだろ。

 

 

「人類と対話しても無駄さ。少なくとも、情報統合思念体は永遠に進化出来ない……ものをわかってない限り」

 

「去年の私が馬鹿みたい」

 

いや、変革の余地は確かにある。

涼宮さんがまさにそうだ。

彼女が変化するその先に何があるのか。

 

 

「能力云々で語ってる限りは、無知なのさ」

 

小物は小物らしくやらせてもらおう。

地球人をなめないでほしい。

 

 

「言葉に意味はない。だからあなたは約束してくれた……でしょ?」

 

……その通りだ。

上っ面の言葉だけじゃ対話なんて無駄なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、残念な事にこのままいい雰囲気になってあれよあれよな展開にはならなかった。

それもその筈でこのまま一日が終わってくれるのであれば俺はこの日について語る必要がない。

面倒な事に少々出かける必要があった。しかも、真夜中に。

既に申し上げた通り俺が居る必要がそもそもないのだが、そこは朝倉さんが言った通りだ。

SOS団の団員である以上無関係ではないのだから。

二人そろって分譲マンションを後にすると、目的地を目指していく。

因縁の地と化しつつある駅前公園である。

そして、既に他のメンバは集まっていたようだ。

 

 

「どうも今晩は」

 

朝比奈さんと長門さんを横に並べて両手に花の古泉。

彼はまるでコンビニ帰りかのような気さくさでこちらに会釈した。

 

 

「やっぱりキョンは来ないのか?」

 

「ええ。てこでも動かないそうですよ」

 

「……」

 

「あいつが元凶みたいなもんなのにね」

 

解説役は古泉と長門さんで事足りるし、朝比奈さんは役目がある。

俺と朝倉さんはただの見学係である。

古泉の手には包装された小さな箱とメッセージカード。

 

 

「早速ですが参りましょう。のんびり行けば丁度いい時間になると思いますよ」

 

ここぞとばかりに仕切って副団長らしさをアピール。

そういや俺が放送局長の時は後輩が可愛そうであった。

ちっとも本気を出さなかったのだ。俺が。

リーダシップの才覚だってあったはずだし、話術だけを評価されたようなもんだ。

そのちっぽけな実力すら出さずに怠けていた。

生徒会ほどではなかったけど。

出せる余力をわざと出さないまま生きるのは駄目だね。

たまには発散させる必要があるらしい。

 

 

「一年、か」

 

――そう。

もう少しで金曜から日付が変わるこの土曜日はSOS団結成一周年の日。

四月のキョンが涼宮さんの部屋に侵入するという一大事があるらしい日だ。

何はともあれ俺たちが援護に行かないとキョンはどうしようもなくなる。

サプライズでゴリ押すからには団員全員の方が説得力があろう。

付け加えると、キョンは誰一人欠けず自分の応援に来てくれたのを見ているらしい。

つまり俺たちの集合はいわゆる既定事項だそうだ。

それにしても。

 

 

「珍しい集まりだよ」

 

「……」

 

「ほんと、そうですね」

 

「この五人で行動するというのは中々ありませんでしたので」

 

「気にするほどの事かしら?」

 

何となく思っただけさ。

異端者五人。

宇宙人宇宙人未来人異世界人超能力者。

一般人からすればこれだけでそうそうたるメンバに違いない。

ほぼ同時にこの中で一番小物なのも俺に違いない。

涼宮さんはさっさとただの人間に興味を持ってくれるとありがたいね。

俺で異世界人なら世界が百人の村だとしたら一割以上は異世界人になってしまう。

やはり異世界屋の方が適切なのだろうか。

しかしヤスミンは俺を異世界人として涼宮ハルヒが呼んだと言っていた。

よってここは堂々と"異世界人"を名乗らせてもらうさ。

 

 

「気にするさ。だって珍しいって事は不思議に繋がるかもしれないんだから」

 

「流石、先輩団員なだけあるわ」

 

しかしながら一年の後輩団員が正式に加入するのかは疑問だ。

なんやかんや涼宮さんはそれを欲していないみたいだった。

彼女が欲しているものはとても単純さ。

 

 

 

――今日で終わらせないのがもったいない。

やがて涼宮さんの家の前にやって来た俺たち異端者五人。

古泉がプレゼント――中身は俺たちも知らない。キョンが用意したものを預かっている――を涼宮さんの部屋の窓へ軽く朴り投げる。

やがて彼女とキョンが窓から顔を出す。どうやら涼宮さんの部屋は二階らしい。

少しばかり待った後。

 

 

「……みんな…」

 

何とも言えない表情で玄関から出てきた涼宮さんが俺たちを見つめる。

キョンは状況を完璧に把握していないが、上手くやったんだろう。

ここまでお膳立てしておいてあいつは結論を出していないのか?

勢い余って終わらせてばよかっただろ。

俺がその手の話題に関して偉そうに言えないのは自覚してるけど。

 

 

「……ありがと。今日はもう遅いから。また、来週ね」

 

俺はとくに彼女と話さなかった。

こちら五人で話をしたのは古泉ぐらいだろう。

制服姿のキョンもこちらにやって来て、あっという間に俺たちの仕事は終わった。

ここに来た事に意味があるんだ。いいのさ。

そういう事で。

 

 

「それで。ここは俺が居た時間から約一ヶ月後という訳だ」

 

「そういう事になります」

 

住宅街を後にしながら徒歩移動。

このまま解散だ。

どうでもいいけど今回俺は抜け出すのに一苦労したんだ。

設置済みの入口出口に関しては"異次元マンション"を駆使して移動出来る。

当然、俺の部屋から朝倉さんの部屋までの直通は未だ存在しているので楽々行ける。

そんなわけがない。

操る能力がない弊害で、力技でどうにかこうにか穴を広げで俺の身体を久しぶりの異次元マンションへと入れたのだ。

ただ切っただけの空間相手ではこんな事など出来ない。

恐らく"切って操る"工程を一度済ませているからだろう。

某フィールドをこじ開けるかの如く、腕を酷使した。

出る時は普通に難なく出れたけど入口は本当に一苦労だ。

 

 

「とにかく、あちらの僕たちが後は全て説明してくれますよ。事実そうしましたので」

 

「明日の自分に丸投げってのはよくあるけど、過去の自分に投げるのは斬新だよ」

 

「……知るか」

 

古泉と俺の態度に彼は呆れた様子だ。

呆れたいのはこっちなんだけど。

とにかく彼は元の時間へ戻る必要がある。

実際、キョンは今自宅に居る事になっている。

というか居るのだから。

彼を帰すために朝比奈さんが同行していたというわけだ。

そして、朝比奈さんとキョンは別行動。

直ぐにでも始めるのだろう。

 

 

「達者でな、兄弟」

 

「いつから俺は明智と兄弟関係になったんだ」

 

「気にするな……オレは気にしない」

 

気にする必要は確かになかった。

何故ならば気にするまでもなくそれは始まっていた。

初期微動にしてはやたら激しい振動。

それがこの前のデッドマンズカーブ事件。

これから続くのさ。

激動の日々は。

 

 

「では、僕はここで失礼します」

 

古泉とも別れ、今度は俺が両手に花である。

俺一人が持つには少々重すぎやしないだろうか。

長門さんも同じ分譲マンションだ。

必然的に最後はこの三人での移動となるのさ。

 

 

「一件落着にしては何事もなかった気がするよ」

 

「そう言う明智君はいつも何かを気にしすぎじゃない?」

 

「だと、いいんだけどね」

 

「……」

 

疑ったばかりだから人に疑われてしまう。

兄貴がよくそんな事を口にしていた。

前世といい、この世界といい。

相変わらずに破天荒な人物で安心出来ない。

それでも。

 

 

「一安心さ」

 

この世界にはみんなが居るんだ。

明日やろうは馬鹿野郎。

朝倉さんの言う通りなのさ。

涼宮さんの言う通り、来週から話の続きは始まる。

 

 


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