異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第九十九話

 

 

最低限は疑ってかかるべきだった。

一周年という節目において涼宮ハルヒが黙っているわけがない。

土曜日日曜日を経たのが更に拍車をかけてしまった。

彼女がいい傾向というのはあくまで物事の片方の面だけに過ぎない。

で、あれば彼女の全体像とは何なのだろうか。

少なくとも異端者五人には把握出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年経過というのをどう捉えるべきか?

もう経っちまった、いや、後二年もあるのか。

現実的に考えたとして大学に進学したところで同じ事にはならないだろう。

いくら涼宮さんが現実に対して冷ややかな態度をとろうと、やがてそれも氷解する。

こんなもんでいいのだと理解してくれる。

恐らくこれは勝手な推測でしかないが彼女の時は止まっていたのだ。

中学一年の時、あるいはずっともっと前から。

だからこそ彼女の成長は目に見える形で俺たちを唸らせた。

電波ガールから静電気ガールくらいに落ち着いてくれるらしい。

問題は、俺たちに影響を及ぼす内はその大小など関係ないという一点に尽きる。

俺は動きたくなかったのだ。

 

――そして週明けの月曜日。

いくら何でもここまで荒廃的な考え方などこの時はしていない。

懸案事項ばかり残されてしまった感はあるが、それきりというのもあって考えるだけ無駄だった。

過ぎた事に構ってばかりいるのも人間の悪いクセだろう。

朝倉さんはそれを克服出来る精神構造をしている。

それでもこんなちっぽけな人間に合わせて付き合ってくれるんだ。

これ以上の幸せはない。続く限りは。

 

 

「俺は日曜に呼び出されるんじゃないかと身構えてたが、案外そうでもなかったな」

 

いつも通りに授業を消化して、いつも通りに文芸部にたむろしている。

言うまでもなく、既に六人は集まっていた。

何をするでもなく半ば座っているだけの時間。

平穏を安泰とするかどうかは人それぞれだがもう暫くはこのぬるま湯に浸かっていたいものだ。

しかし、キョンの一言は余計な一言でしかなかった。

妙な心配を俺にさせるには充分だ。

 

 

「確かにパーティ的な事をしてもおかしくなかったけど、そこは普段の活動で取り戻すのかもよ」

 

「普段の活動だと? 明智、なら訊くが俺たちの活動って何だ」

 

「お前もほとんどオレと同じ体験をして来たと思うんだけど」

 

「何か変な催しをさせられるか参加するか、そうじゃなければここに集まるだけ。力の入れどころがわからないだろ」

 

なら勉強に力でも入れるべきだと思う。

この集まりでの空気のままで他の事をしようだとか、生活しようとしているのではないか。

そして今更普段の活動についてどうこう言われても困る。

ここはどうにか現状から解釈する他あるまい。

世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、と銘打ってはいるが実態は道楽集団。

団長が涼宮さんと言うものの彼女はサーカス団の団長でも何でもない。

それどころか唯一無二の観客側なのだ。

宇宙人未来人――異世界人は"ついで"の扱いだった――超能力者と楽しく遊ぶとかどうとか。

これでどの業界が大いに盛り上がるのだろうか。

情報情報と生命体さえ出てきたもののIT業界は関係なさそうだね。

と、すれば。

 

 

「去年生徒会に提出したような内容か? ボランティア部紛いの事がしたいならキョンが提案しなよ」

 

「その内容だってな、会長が握り潰そうとしているのか何なのかな状態だ」

 

「だってさ、古泉」

 

それに関してはお前さんの管轄だろう。

何が楽しいのか笑顔で一人ジェンガに興じているそいつは。

 

 

「いくら涼宮さんでも自分の状態を客観的に見る事は普通に出来ますよ。SOS団として集まった時点で、風紀を乱しかねない事ぐらいは自覚していらっしゃったでしょう」

 

「嘘つけ。それで奇行に走る意味がどこにあるんだ」

 

「つまり反抗的な態度を取る事……目立つ事でしか彼女は自分を発信する方法がなかったのです」

 

「発信も何も、ハルヒは入学当初誰に話しかけられても交信する気が皆無だったんだぞ」

 

「ある意味では自分に文句を言ってくれるような存在を欲していたに違いありません。今まで彼女は自分と向き合ってくれる存在が現実にいないとさえ思っていましたので」

 

なるほど。ベテランカウンセラーの古泉が言うならそうなんだろう。

だから中学時代は閉鎖空間がひっきりなしに発生していたとか言えるんだ。

現実にいないなら壊してしまえ、やり直してしまえ、創り出してしまえ。

変わりたいと思う気持ちが自殺ならば人類全員で心中しろ。

なんて理不尽。まるで子供が自分に都合がいいように考えているお話。

そうだったらいいのになんていう有り触れたお話。

いっそ、滅亡でもしちゃえばいいのに。

理想的な提案だが、怠惰な生活に満足しちまうほど俺たちは絶望していない。

まだやるべき事は残っているのだから。

 

 

「会長のような役も遅かれ早かれ必要でした。今回たまたま遅くでいいと判断されたまでです」

 

「どうでもいいが、余計な事は企むなよ。火に油を注いだ結果焼死体になるのはごめんだ」

 

同感だよ。

そう立て続けに何かされたりしたりはもういい。

去年一年間でしっかり堪能した。

消化試合には早いが、そんなスローライフも悪くないだろ。

お前さんは橘京子の面倒でも見てればいいのさ。

別に誰が知る必要もないが、彼女の連絡先は古泉しか知らないんだからな。

 

――涼宮さんが本当に欲していたのは非日常そのものではない。

それぐらいはわかる。

たまたまキョンだったのかは知らないが、キョンが選ばれたのは確か。

こんなくだらない世界で生きるための保護者として彼は選ばれたんだ。

俺と朝倉さんは違う。

守らなければならないのは俺の使命感でしかない。

突き詰めると俺と彼女の関係性は同行者。

だって、そうなんだろ。未来の朝倉さんはそう言ってくれた。

王子でも騎士でもどうでもいいが、終わりまで一緒に居ればそれでいいのさ。

もしかしたら朝倉さんは最初からそんな存在が欲しかったのかもしれない。

だから『一緒に死んでくれる』かなんて俺に訊いたんだ。

何度思い出しても震えちまうシーンだよ。

 

 

「もちろんさ」

 

なんて、考えながらお茶に口を付けていたその時。

バン、といったSEと集中線が入るようなカットインで勢いよくドアを開けた涼宮さん。

噂をするから影がさすのであってそろそろ彼女を話題にしなければいいのではないだろうか。

そうすれば嫌な予感がしていた、なんて陳腐な言い訳をせずに済むのだ。

と、言ったところで手遅れ。後悔する必要さえなかった。

 

 

「はいはい。お待たせ!」

 

待たせている自覚があるのなら待たせなければいいのに。

一体彼女がどこをうろついているのか。

知っているだろうし古泉に訊いてみるのもいいかもしれない。

涼宮さんは笑顔でこつこつ歩きながら団長席に座す。

そう言えば、結局俺たちはキョンが涼宮さんに何をプレゼントしたのかがわからずじまいだ。

ともすれば掌サイズの箱に入っているような贈り物だろ?

まさか、あれだったりしないよな。

だとしたらキョンは本当に追い詰められている、あるいは自分を追い詰めている事になる。

いずれにせよ彼女が上機嫌らしいのは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は俺も読書なんぞに興じていた。

朝倉さんは相変わらず趣味を継続するみたいだし、長門さんはどんな国の言語で書かれていようと平気で読む。

俺が一番読書らしい読書をしているはずだがありふれたSFストーリーではこの二人に対抗出来そうにない。

穏やかな空気がながれ、何も無かったかのように一日が終わるかと思われた。

すると突然涼宮さんがパソコンを睨みながら。

 

 

「うーん。……難しいわね」

 

何かに悩んでいるらしい。

パソコンに強いかどうかで言えば俺が適任だが涼宮ハルヒに関してはキョンが適任だ。

無言で『訊け』と合図する。

数秒の葛藤の末に仕方なくキョンは涼宮さんと話を始めた。

 

 

「何が難しいって?」

 

「いやね、インターネットで調べてるんだけど中々いいのが見つからないのよ」

 

「値段なのか商品なのかは知らんがな、オンラインショッピングで妥協するくらいなら買わない方がいいぞ」

 

「違うわよ。誰も買い物してるなんて言ってないでしょ」

 

「なら何の話だ」

 

「宣伝よ」

 

おかしい。

いつの間にかこの部室の空気が急変していた。

穏やかだとかとは程遠く、何よりこんな空気を何度も俺は体験してきている。

嵐が吹き荒ぶ、その前触れである。

涼宮さんはげんなりした声で

 

 

「あたしたちの知名度を上げていくには地域社会の貢献が必要。だけど肝心のその場に欠けているんだからロクでもない町としか思えないわ」

 

「心配しなくても大会で優秀な成績を収めていない運動系の部活連中よりは名が知れてるだろうさ」

 

「一年経ってこれなんだからあんたはもう少し真剣に今後を考えなさい」

 

「……それで? 知名度を上げてどうするんだ。お前は政治家にでもなるつもりなのか」

 

「あんた、この一年ですっかり忘れてしまったようね」

 

去年学習した授業の内容を思い出せと言われたら彼にはとうてい不可能だろう。

一度受けたテストで同じところを間違えるなら単なるミステイクだが、前に正解したところを間違えるのは何もしていないのと同じである。

キョンは後者のタイプらしい。

 

 

「SOS団の活動目的。宇宙人や未来人や異世界人と超能力者を探し出して一緒に遊ぶ事。メモしておきなさいよ」

 

「ああ、そんなんだっけ……」

 

何とも言えない目で俺をはじめとする異端者五人を見まわすキョン。

見ても何も変わらないから安心してほしい。

いくら彼女がいい傾向だろうと、人は得体の知れない存在に恐怖すると同時に憧れもする。

どこぞの漫画でも言ってただろ?

憧れは理解から最も遠い感情なのだと。

つまりそういう事だ。

 

 

「となるとあたしたちに残された道は日頃の活動に力を入れる事なのよ」

 

「お前が言うところの日頃の活動ってのは何なんだ。団長殿の口から直接お聞きかせ願いたいね」

 

「だから世の不思議たちを発見する事でしょ。今までは受け身の対応だったけどそろそろ本腰を入れないとあっという間にあたしたちの青春は幕を閉じるんだから」

 

「その解決策が宣伝? 俺たちを宇宙人云々に知ってもらおうってか。ならいっそテレビ局でもジャックしに行ったらどうだ。お前の逮捕に関して取材を受けたら『学校の人気者でいい奴だったのに』と記者には嘘を教えといてやるさ」

 

「流石にあたしもそこまでやらないわよ」

 

それを信じられる人間は少なくともこの場でも難しいところであった。

谷口なんかは絶対信用しないだろう。

もっともあいつの関心はじわじわと周防に集中しつつある。

人の事は言えないが病気だ。

聞かされていないが猫も多分飼育していると思われる。

あのオールバックのアホ面野郎が猫に夢中になっているとすればそれだけで笑えるね。

猫侍に出れるんじゃないか。

涼宮さんは溜息を吐いて。

 

 

「やっぱり、北高を拠点にやってくしかないのかしらね……」

 

「下手な事をしたら生徒会に文句を言われちまうぞ」

 

「そろそろ本格的にあいつらを潰す時が近くなっているみたい。……やられてなくてもやり返す、身に覚えがあろうがなかろうがお構いなしなんだから!」

 

「俺は知らんからな」

 

「知らないじゃ済まされないわよ。今回、特別任務として下っ端のあんたをSOS団宣伝部長に任命してあげる」

 

すると本気で任命するらしく、手にはいつの間にか紅い腕章が握られていた。

そこには『超宣伝』と殴り書きされており、俺の横で呑気しているキョンのところまでやって来てそれをずいっと差し出す。

彼は腕章とどや顔の涼宮さんとの間を交互に睨み付けていたが最終的には渋々受け取る形でキョンが折れる事に。

ふと思い出したが古泉は副団長の腕章をどこにやったのだろう。

涼宮さんはいつも放課後になると腕章を付けているが古泉はそうではない。

 

 

「毎日常備していますよ。団長から任された大役です、必携と言っても過言ではないでしょう」

 

難儀な奴だな。

無理矢理腕章をブレザーに付けさせられたキョンは。

 

 

「期待するのは勝手だが、ご期待通りの結果は何一つ保障できんからな」

 

「やる前からそんな姿勢でどうするのよ」

 

「肝心の何をやればいいか、お前が考えてくれるとありがたいんだが」

 

「認めたくはないけどあたし一人の発想だと限界かもしれないのよ。だから新しい風を取り入れるべくあんたに仕事を与えたの。いつも怠けているキョンにはいい刺激でしょ」

 

「余計なお世話だぜ」

 

この儀式に意味があったのかどうか。

俺にはそれを確かめる術がない。

目に見えない形でしか理解は完了しないからだ。

しかしながら、この日を境に暇な放課後とそうでない放課後が明確に線引きされてしまう事になった。

涼宮さんの思いつきでも、キョンのアイディアでも何でもない。

一年前に生徒会に提出した文章には確かに書かれていた内容なのだから――。

 

 

――コンコンコン

 

不意に部室の扉がノックされた。

朝比奈さんが「どうぞ」と声をかける。

すると、登場したのはまさかまさかの人物であった。

 

 

「あー、その、済まない。ちょっといいか」

 

申し訳なさそうな表情をして顔を出したのは二年五組の担任教師。

俺、朝倉さん、キョン、涼宮さんの担任である岡部先生その人であった。

たまげたね。

涼宮さんはとたんに威嚇を始めている。

縄張り争いかと言わんばかりに睨み付ける。

彼女だけでなく俺たち七人の視線を一身に受けた岡部先生は。

 

 

「そいつに話がある」

 

キョンを指差しながらそう言った。

何だろう、今の段階からテストについて苦言を呈されるのか。

ふざけんなといった様子で涼宮さんは。

 

 

「キョンに何の話があるの。部活中の人間に対して下らない生徒指導なら後にしてくれると助かるわね」

 

「話があるのは俺じゃなくてだな……」

 

――そうだ。

活動内容として『学園生活での生徒の悩み相談』なんてものを生徒会に提出した。

今は懐かしき世界崩壊一歩手前事件が終った、去年の話になる。

そっちの方面で俺たちは活動していく羽目になるのさ。

岡部先生は自分が何故こんな来たくもないような部室へ足を運んだのかを説明してくれた。

 

 

「お前の妹とお友達が学校に来ている。妹の方は泣きわめいてて俺たちには手がつけられん」

 

SOS団本格始動第一弾。

最初のクライアントは北高生ではなかった。

ここは駆け込み寺でもなんでもないはずなのに。

常識にとらわれない俺たちには相応しいのか?

とにかく岡部先生に連行されていくキョンを見送るぐらいしかすることがなかった。

 

 

 

――再三言おう。

俺は動きたくないのだ。

戦いに決着をつけられれば後にも先にもどうでもよかった。

後があるかどうかさえ誰も約束してくれないのに。

 

 


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