異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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Anothoer Chapter 6

 

 

介入履歴を消去。

非干渉モードへシフト。

実行――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月18日、水曜日。

言ってしまえば俺である必要性がどこまであったのか。

確かに俺は非日常の世界を垣間見ながら日常を生きる道を選択した。

これが勇気ある決断と呼べるだろうか。

"勇気"とは"怖さ"を知る事……ここまでは俺だって達成している。

だが、"恐怖"を我が物とする事は未達成であった。

何故ならば俺が非日常の世界に対して抱いていたのはある種の劣等感だったのだから。

 

――俺が状況を把握したのはあっという間の速さだった。

それもそのはずだ。

曲がりなりにも同じ屋根の下で共同生活を送っていたのだから。

朝、昨日とは一人分足りない朝食やそもそも席に座っていない朝倉涼子。

母さんにどうしたのだろうかと話かけたら。

 

 

「アサクラさん……? 誰だい、その人」

 

何を言っているんだこの人はといった表情の典型例を俺に見せてくれた。

それを聞くや否や一旦二階まで駆け上がる。

寝ているのであれば大変失礼で、寝込みを襲ったと勘違いされてはドッキリで済まなくなる。

……なんて考えは不要だった。

 

 

「……なるほど」

 

その部屋は朝倉涼子によって変化しつつあった部屋などではなく、本棚と本しか置かれていない。

兄貴のせいではないが、兄貴のせいにはしたくなってしまう。彼の日頃の行いの悪さ故に。

しかしながら俺は一瞬で理解した。

昨日の彼女はきっと、俺に別れを言いたかったのだと。

朝倉涼子は朝倉涼子の世界に戻るために戦いを始めたんだ。

俺とは違う。

『お休みなさい』って言葉が皮肉にしか聴こえないや。

それでも俺は生きていかねばならない。

取るに足らないこの世界で、最高の自殺方法を見つけるまでは。

やがて俺は寝ぼけていただけと母さんに言い訳し、手早く朝食を済ませていつも通り朝早くに家を出た。

昨日までと何ら世界は変わりない。

朝倉涼子一人の消失では何も変わってくれない。

だって、今日も寒い。

ここまでは普段通りだったのさ。

 

 

 

――教室に着いてからがようやく始まりとなる。

はたして風邪で休みを頂戴するなど学生だからと正当化されようとするただの甘えではなかろうか。

そう思えるぐらいには一年五組ではいつの間にか風邪が蔓延しているようであった。

ただ朝早くから席についているだけの俺ではあったが、それ故各生徒の登校時間を把握するのは当然である。

だのに時間経過に従う教室の出席率の悪さがこの日はやけに目立つ。

出て来ているクラスメートの中にも予防なのか我慢なのかマスクを着用する奴さえ居る。

この状態は予鈴が鳴ってもそうだった。

空席は遅刻ではなくて欠席なのだろうさ。

 

 

「……おやおや」

 

能力の影響なのだろうか?

俺は人間観察のスキルが自然と磨かれていった。

だからこそクラスを見渡して、まさか休むとは考えにくい奴が休んでいる事実に対して俺は納得した。

馬鹿は風邪を引かないと言うのであれば、涼宮ハルヒは阿呆の類であったのだと。

生きている内に治る可能性があるだけ良しとすべきだ。

馬鹿であれば死ぬまで、いや死ななければ治らないらしい。

外のみならず教室の空気までも寒い気がしてしまうね。

事実として人の数が少なければそれだけ空気にゆとりが出来る。

現象的にも自然であろう。

しかしながら馬鹿の代表こと谷口までも風邪を引いていた。

間違っているのは谷口の頭なのか、馬鹿は風邪を引かないという言葉の方なのか。

どっちでもいいのさ。

そうこうして、昼休みとなった。

何やら聞いたところによると風邪の流行の兆しは一週間前あたりから見られたらしい。

にわかには信じがたい――昨日まではほぼほぼ全員出席だった――が、全ては結果なのだ。

休んだ連中が全員仮病か、そうでなければ本当に風邪を引いている。

 

――俺には関係ない世界の話だ。

そんな事など自分が引いてから考えてしまえばいいのさ。

だって、そうだろ?

もし目の前に高そうな値段の鞄が落ちていて、中に一千万入っていたとしよう。

高々数千数万円ならば黙ってネコババしても問題ない――倫理的な話ではない――だろう。

でも一千万円だぜ。

どう考えたって、誰が見ても"ヤバいカネ"だってのがわかる。

偽札じゃなかったとしても合法的なルートを辿った金だという保証なんてどこにもない。

それを我が物とした途端何者かに命を狙われるような危険な立場になってしまってもおかしくない。

だからこそ、俺の正解はこうだ。

 

 

『鞄を拾う拾わないの次元ではなく、鞄にそもそも干渉しない』

 

中身さえ知らなければ、俺にとってはそれがどんな見た目だろうと何も入っていないのと同じ事になる。

無知は決して罪などではない。

それに対してどう、折り合いをつけていくのかが一番大切なんだ。

文句があるなら全知にでもなってみなよ。

ま、無理だと思うけど。

とにかく俺はこうして平穏を選んで来たんだ。

"学園"の事など本当に不可抗力でしかない。

宮野先輩がたを悪く言うつもりはないのだがやはり出逢わない方がよかった。

知らない方がよかったんだ。

俺一人だけが孤高なのだと勘違い出来たのに。

世界はそれを赦してくれなかった。

 

 

「……なんてな」

 

昼飯を食べ終え、アテもなく校舎をうろつきながらそんな事を考えていた。

いつも通りの俺なのだが、この日は何だか違うようにも思えた。

超能力者もどき故のシックスセンスなるものが出来損ないの俺にもあったのかもしれない。

これもよく言うではないか。

 

 

『嫌な勘ほどよく当たる』

 

その通り。

こんな荒れた思考しか出来ない俺の感も捨てたもんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えたのはどっちなんだろうか。

世界なのか、俺なのか。

本当にそれだけの話であり他の連中からすれば何一つ変わっていないはずだった。

……いや、もう一人だけ例外がいたな。

何にせよ俺はそこまで困らなかった。

では何故過去形なのかと言えばそれは必然的に"困る"事になるからである。

誰のせいか。

お前のせいだ。

この世界の例外、キョンとやら。

ほどなくして俺が教室に戻ると、何やら俺が入って来た入口とは別の方で女子がたむろしている。

するとドアが開かれ、その女子たちから歓声みたいなものが上がる。

何やら教室にスターでも来訪してきたのだろうかといった様子だ。

俺はちらちらその様子を窺ったが、心底驚いたね。

何時の間に高校生を再開したんだ?

 

 

「もう大丈夫。風邪はすぐによくなったの。早目に病院に行ったから」

 

信じられるか。

ここに来る事を拒否していた人間が、こうもあっさりと姿を現した。

赤いコートを羽織り、他の女子どもに愛想笑いを見せている。

俺にはそれが宣戦布告、不敵な笑みにしか見えなかった。

そしてそいつは、キョンの後ろの涼宮ハルヒの席に座ろうとする。

 

 

「……朝倉、涼子」

 

誰に聴こえるわけでもなく一人呟く。

冬にしては今年は厳しいのではなかろうか。

冬の嵐、冬将軍がまさに今この世界を襲っていた。

 

 

「どうしてここに来たんだろうな」

 

なんて呆れた事を言っていると、もう一つの異変に気付いた。

他の連中は当たり前の光景として転校したはずの朝倉涼子の登校を受け止めている。

宇宙人の技術とやらが目に見えない情報に作用する事だとは知っていた。

本人は覚えていないだろうけどキョンに証言してもらったからな。

そのキョンが、朝倉涼子という異変に対して反応している。

てっきり俺がこれに気付けたのは単なる情けから来るものだとばかり思っていた。

異世界人としての朝倉涼子の正体を知る人間など、俺と身内の一部だけ。

何をどうするのか、あるいは既に完了したのかも不明だが俺は見逃されたってわけだ。

今日まで匿っていた恩義なのか。

愚かな事に、俺はそれがサインだとこの時気付けなかった。

動きたくない俺が自分自身を動かすための救難信号だと。

 

 

「お前はここにいるはずがない奴じゃねえか!」

 

キョンだ。

朝倉涼子に指を指してそんな事を叫んでいる。

流石に俺も気になるさ。

彼を利用するつもりなんだろうが、本人の口から話を聞きたいところだ。

能力が通用すれば楽なのに。

 

 

「そこはお前の机じゃない。ハルヒの座席だ」

 

「ハルヒ……? ハルヒって、誰の事? 誰かの愛称かしら。私はそんな名称聞いた事ないけど……」

 

一体全体何が起こっているのか。

いや、もう終わっていたんだ。

本当に俺が解放されたのだと自覚するのはもう少しばかり後の話となる。

俺がのこのこ出ていくにしても俺には何のカードも持ち合わせていない。

学校で切れるカードは彼女に通用しない能力だけ。

仮に通用したとして、白昼堂々と披露してやるわけがない。

名前を明かす行為は心の扉の鍵を外す行為。

だが、俺の扉は一向に開かれそうになかった。

男子生徒の一人、国木田は朝倉涼子に同意するかのように。

 

 

「僕も聞いたことが無いね。ハルヒさんって誰なの? 本名かい?」

 

「ハルヒはハルヒだ……。涼宮ハルヒ、忘れられるはずがねえだろ。国木田なんか映画にだって出たじゃないか」

 

「映画に出ただって? 僕はいつの間にそんな事になっていたんだ」

 

「嘘だろ……?」

 

「少なくともこのクラスには居ない。そんな人はね。キョンの記憶がどうなってるかは知らないけど、この前の席変えから君の後ろの席は朝倉さんじゃないか」

 

そして、クラス名簿を確認した後にキョンは愕然とした。

俺はこの三人の間に割って入る権利が存在する。

今日まで朝倉涼子に協力してきただけあって、当然ある。

だがしかし俺は動きたくない。

よくわからないが、涼宮ハルヒが居ないとかどうとか言われてるじゃないか。

だったらそれはつまりそういう事なんだろう。

やがて苦い表情のキョンはクラスの数人に質問を開始した。

彼は俺の方にも回って来て。

 

 

「明智。涼宮ハルヒはどこだ」

 

「さあな……なんのことか……? わからないな、キョン」

 

「朝倉は転校したはずだろ」

 

「そう思うんならそうなんじゃあないのか。お前さんの中ではね」

 

涼宮ハルヒがただ休んでいるだけならばクラスから消えたとはならないはずだ。

誰の仕業なのかは知らないが、本当にあのイカれ女がこの世から消えたのなら素晴らしい。

最高だ。正直、視界に入るだけでうっとおしく思えていたところなんだよ。

朝倉涼子が復帰した事よりも、そっちの方が明らかに良いニュースだ。

 

 

「ちくしょう」

 

やがて彼は授業がもう始まると言うのに廊下へ駆け出して行った。

キョンは一体誰をアテにするのか?

俺には関係のない話なのさ。

これが関係してくるのは明日の話になる。

我ながら掌返しもいいところだ。

 

 

 

――放課後になり、帰宅してからの事だ。

俺はこの変化を宮野先輩に話しておこうと思った。

残念ながら我が家の居候も神もいなくなってしまいましたよ、と。

だからこそ自分の部屋のベッドに腰掛け、携帯電話の連絡帳を見た時俺はようやく事態の深刻さに気付けた。

 

 

「……何の冗談だよ」

 

宮野秀策をはじめとする学園関係者の連絡先が全て消えている。

嫌な予感しかしない。

俺は覚えている宮野先輩の電話番号をキー入力して、かける。

少ししたら結果は出てくれた。

 

 

『――おかけになった電話番号は現在使われておりません』

 

「ああ、そうかい」

 

あのロクデナシ自称魔術師(予定)が姿を消すのはまだわかる。

しかし他の連中まで消えるなんてどういう事なんだ。

茉衣子さんにもかけるが、同じアナウンスしか返ってこない。

まるで最初から存在していなかったかのようにさえ思えてしまう。

そうじゃなけりゃ説明がつかない。

どうして俺の携帯から連絡先が消えてしまうんだ。

異世界人朝倉涼子……君の仕業なのか…?

違うなら、一体全体誰が色々を変えてしまったんだ。

 

 

「……あんたはいつも言葉が足りないんだよ」

 

一昨日に宮野先輩が突然かけて来た電話。

彼はこうなってしまう事が予想できていたのではないだろうか。

涼宮ハルヒは神じゃなかったのか?

聞けば、SOS団なる集まりも北高には本当に存在しないらしい。

あれは涼宮ハルヒがとち狂って結成したという事ぐらいは俺でも知っている。

北高生なら十中八九、殆どの生徒が知っている。

世界に飽きたならいつぞやのように壊そうとすればいいはずだ。

あるいは、もう壊れていたのか。

 

 

「仕方ない……」

 

事件が起こる度に真相を知りたがるのは師匠譲りの悪いクセらしい。

間違ってもあの兄貴の影響ではない。

あいつがどうなっているのか何て知りたくもない。

動きたくないが、必要に応じるくらいはしてやるのさ。

ざまあないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて。

異世界人こと俺氏にとって、こんな話は関係ない。

と、思われてしまうかも知れない。

事実として俺がそう思っていた。

消失世界、"ジェイ"がついた嘘で一番大きいものはなんだろうか?

 

 

『君は何か勘違いしているようだな。"基本世界"はここではない、君が居た世界なのだ』

 

俺はいつの間にかそんな妄言を信用していた。

誰がそれを保証したわけでもないのに。

ヤスミンも一番重要な事だけは教えてくれなかった。

俺の世界の真相。

基本世界はあっちだったんだ。

明智黎の物語こそが本来あるべき世界だった。

 

 

「オレはイレギュラー。そういう事でしょう?」

 

「正解だな」

 

白衣の男、宮野秀作。

いや、黒幕に限りなく近い存在。

そしてここは佐々木さんの閉鎖空間に似たセピアカラーの世界。

場所は、東中のグラウンド。

睨み合うかのように俺たち二人は対峙している。

 

 

「原作において古泉は消失世界をこう表現していた。『十二月十八日未明は二種類存在したんですよ』と」

 

「それがどうかしたのかね」

 

「だけどキョンが住む世界は片方だけ。消失世界は切り捨てられてしまった」

 

「いかにも」

 

「オレもそれをやってしまった……違う。そうなるように最初から出来ていたんだ。矛盾した形で」

 

俺ではなく明智黎が超能力者として異世界人朝倉涼子と出逢う世界が本来のルートだった。

だけどそうなるには、異世界人を送る必要がある。

誰がやったかって? 俺以外に誰が居るんだよ。

 

 

「まるで鶏のパラドックス。卵が先か、鶏が先か」

 

「明智黎が先か、浅野が先か、というだけの話なのだよ」

 

「あんたはこの先に行くために利用したってわけだ」

 

「うむ。外の世界へ……真相を手にするために」

 

そろそろはっきりと明言しておこう。

俺が決着をつけるべき相手。

他でもない、情報統合思念体。

あれを倒す手段さえ用意してくれたんだから。

原作とは違う形に分岐したのも当然だ。

 

 

「周防が居なければ詰んでいたところだよ」

 

「私に感謝したまえ」

 

あんたとの話は後だ。

彼の話の方が先なのさ。

 

――真相を言おう。

"異世界人こと俺氏"ってのは嘘だった。

タイトル詐欺もいいとこなんだよ。

とあるの作者だって第三巻のあとがきに書いていたじゃあないか。

 

 

『"魔術"とか題名につけといて科学サイドの事ばっかでした。すいません』

 

流石は大先生だ。

俺はまさに盲点を突かれたんだから。

どうにもこうにも、文句は言えそうにない。

動き出す時が来た。

決着ではない、終わりに向けて。

 

 


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