異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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エピローグ お幸せに。

 

 

よもや俺が二度目、いや三度目のモラトリアム期間に興じるとは思わなかった。

言うまでもなく……大学である。

俺氏も二十歳になろうかとしていた現在八月二日の夏休み中。

去年でわかった。

ぼっちで耐えれた俺の前世は何だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きて、カーテンは開けたが着替える前に学習机の椅子に腰掛けた。

ほぼほぼパソコン専用の机と化しているのは高校時代からだ。

起動せずに黒いままのディスプレイをただ眺める。

こんな長ったらしい夏休みの消化方法に勉強が含まれるはずもない。

今更だけど俺は別に勤勉でもないからね。

暇潰し方法なんて遊ぶかアルバイトか……。

とりあえずみんなの近況を思い出す前に重要な事があった。

俺と朝倉さんにとってはそれなりに重要な事だよ。

 

 

 

――三年生の二月中ごろ。

いよいよもって卒業間近の時期だったが、俺たちはならず者だった。

教職員からは来なくてもいいと思われていただろうがSOS団は文芸部室に集まっていた。

何? 朝比奈さんが居なくなったから未来人が消えてしまっただろって?

……その辺の話は今度するよ。

人数だけで言うと七、八人で集まっていた。

そこは深く気にしなくていい。

今回俺がする話には全くもって関係のない話である。

 

 

「……何を話せばいいのやら」

 

「ありのままを話す他にあるのかしら」

 

「あると信じたいね」

 

某日曜日。

未だ寒空の下、朝も早々に朝倉さんの家へ出向いた俺は彼女を引き連れて自宅へとんぼ返りしていた。

何故ならば俺の両親にこそ用件があるからだ。

二人にも裏事情を話さなきゃならないでしょうよ。

俺はさておき朝倉さんに関しては両親不在。

これで一人暮らしなんだから、その、今後の事を考えるとね。

天涯孤独だなんて陳腐な言い訳をするつもりはない。

朝倉さんは自分の立場に悲しみはないのかもしれないけどこっちの事情もある。

俺は納得したいし、納得させたいのさ。

 

 

「こういう日が来るとは思ってたけど」

 

まさか朝倉さんとこんな関係になった末に暴露するとは思いもしなかったさ。

俺が異世界人だって事ぐらいはいつか話そうと決めてたけど。

 

――それはそうと涼宮さんについてちょこっと語っておこう。

自分の能力や置かれている立場をなんとなく理解した彼女。

ともすれば発狂したかのように世の中の不思議を求めて大爆走する……。

なんて事にはならなかった。

 

 

「なーんかいまいちぴーんと来ないのよね。それに、世界にはあたしがわからないような事がまだまだある。……って事がわかっただけでも大きな収穫だから」

 

気が付けば彼女はどこか達観視するようになっていた。

当然遊ぶ時はこれでもかというぐらいに元気に遊ぶし勝負事には全力も出す。

いつしか涼宮さんはいい意味で目立つ人間に変化していた。

そりゃあキョンも惚れるさ。

でも、俺に言わせりゃ朝倉さんが宇宙一だけど。

俺はなんとなく涼宮さんが大人びてきた理由を確信出来る。

ヤスミのおかげさ。

全部、涼宮さんが納得してくれる事も含めて全部ヤスミのおかげ。

俺に関してはヤスミと一緒にどっか行った宇宙人候補のおかげでもある。

まだあいつらは帰って来そうにない。

古泉が言うに涼宮さんは。

 

 

「落ち着いて見られますが、彼女の能力が消えたわけではありませんよ」

 

本当に珍しく朝の登校時に古泉と二人きり登校というおぞましい状況。

俺は直ぐにでもせめて女子の顔を見たかったが顔見知りは近くにいなかった。

せめてこいつの方を見ずに北高までの坂を上っていくとする。

で。

 

 

「本当か? それ」

 

「ええ。嘘ではありません。ここだけの話、僕の役割もそろそろ終わりかと思っていたのですが未だに定期的に閉鎖空間が発生しています」

 

「どう見ても最近の涼宮さんはイライラとは無縁じゃあないか」

 

付き合ってないらしいけどキョンとは付き合ってるようにしか見えない。

三年生の春の段階では本人非公認ではあるもののカップルだ。

ジェラシーを感じて閉鎖空間が発生するにしても、そこまで定期的ってほどじゃないでしょ。

 

 

「閉鎖空間には神人が存在します。ですが最近の彼らは破壊活動に勤しむと言うよりはただただ歩くようにゆっくりと動くだけ。本当に隙だらけです。まるで我々超能力者に倒されるためだけに造られたかのようにね」

 

「涼宮さんはお前さんたちへ存在意義を無意識ながらに与え続けているわけか」

 

「いつかのように頻発していないのはありがたいのですが、これでは鈍ってしまいそうですよ」

 

別に対人技ではないだろうに。

鈍ってはならないと彼が思ってしまうのは今までの経験もあるだろう。

けれど最近で言えば本格的にストーカー化しつつある橘のせいだ。

いや、橘に限らず古泉は北高の男子でダントツの人気なんだろう。

そんな話を女子がよくしていると朝倉さんから聞かされた事がある。

何でも古泉と同じ部活なのが気に食わないというか涼宮さんが気に食わないとか。

どうして古泉がSOS団なんていう変てこ集団に付き合わされているのか。

風評被害ですらない。

実際には古泉が決めた事なのだから。

とにかく、人気があるという事はそれだけフラグ的なものも立っているらしい。

本当の女の敵はこいつなんじゃないの?

 

 

「どうすんだよ、お前さん」

 

「困り果てているところです」

 

そのまま朽ち果ててしまいな。

のらりくらりと生きようとする古泉が悪い。

俺は後の事など気にしない。

 

 

 

――と、無意味な現実逃避の末に我が家へ辿り着いた。

特別インターホンも押さずに開錠して中へ入る。

居間へ出ると、もう帰って来ると思っていなかった母さんが。

 

 

「……どうしたの?」

 

どうもこうもありますとも。

部屋に引っこんでごろごろしながら新聞なんぞを眺めている親父を引きずり出す。

そして俺と朝倉さんとテーブル越しに向かい合う形で両親を座らせた。

 

 

「話があるんだ。荒唐無稽と切り捨てたくなるだろうけどとりあえず聞いてほしい」

 

俺はかつてここと違う世界に生きていた人間の精神が混じった存在。

あなたたちと似てはいたが、名前も住む場所も異なる二人が両親だった。

この世界には約六年前にやって来た異世界人。

 

 

「それがオレです」

 

今まで騙していたような形なのは申し訳ない。

だけど、俺は確かに明智黎としてここに存在している。

事情は多々あるが些末な問題でなない。

俺は俺であって俺以外の何者でもない。

誰から生まれようと俺なんだ。

俺の両親はあなたたちです。

……じゃ、次は。

 

 

「私の話」

 

事情が事情だけにどう説明したものかわからない。

宇宙人とはいえ俺だってそう言われて信用出来るかどうかで言えば多分できない。

一応最後までしっかりと聞いてくれただけでありがたいね。

 

 

「だから、私には人間で言うところの家族が存在しません」

 

ほんの少しだけなら朝倉さんの苦しみがわかる。

家族こそ健在だったが、俺はあの世界で孤独を味わい続けていた。

それを共有してくれるかもしれない存在を俺は否定したんだからな。

何にせよ他にも説明する事は多かったさ。

二人だけなので一時間もしない内に全部話せたと思う。

けど一方的に語り続けるには充分長い時間だったよ。

教師じゃあるまいし。

 

 

「……オレたちからの話は以上」

 

質問はありますかね。

朝倉さんの情報操作は眼に見えやすいけど俺がわかりやすく出来るのは一瞬姿を消すぐらい。

どちらも人を驚かせるには充分だけど。

黙っていた親父は。

 

 

「黎よ。俺の知らない所でお前はいつの間にか色々やってたんだな」

 

色々ってのは何も考えていないのと同義らしいよ。

そりゃあ確かに考える暇も何もなかった。

でも楽しかった。

あったんだ。

 

 

「少しは成長出来たんじゃあないの」

 

「若造が。……見違えているぐらいだ」

 

「ここにちゃんと座るオレを見違えないでほしいね」

 

――なあ、朝倉涼子。

俺が救えなかった本の中、テレビの中に居た君へ。

君が言いたい事はよくわかるし、多分、正しい。

正義だよ。

だから俺も君にあやかっただけなんだ。

やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい。

現状の維持がジリ貧だ、って。

みんながみんな満足出来るわけないでしょ。

君だけじゃないんだ。

わざわざ強硬に変革を進めなくてもいい。

ジリ貧が変わらないと誰が決めたんだ?

情報統合思念体か涼宮ハルヒか。

それ、君じゃないだろ。

俺たち人類の変化なんて誤差の範囲さ。

数字にしたとして小数点何桁だろうな。

それでも俺は、みんなは、少しずつ確実に変化した。

これをジリ貧とは呼ばせないよ。

 

 

「後は年収で俺を超えてくれるだけだな。母さん、老後は安泰みたいだ」

 

「……そう言えば涼子ちゃん。あなた一人暮らしなんでしょう?」

 

いつの間にか朝倉さんを下の名前で呼ぶようになっていた母さん。

俺もその内呼ぼうかなと思って何ヶ月いや一年以上が経過した。

うるさいな。

男ってのはどれだけかっこつけても馬鹿でヘタレなんだよ。

これは俺が決めた。

 

 

「そうです」

 

「何ならうちに住まない? 部屋が一つ空いているのよ」

 

あの。

異世界人とか宇宙人とかその他諸々の話が軽くスルーされつつあるんですが。

 

 

「だって。宇宙人でも何でもでもこんなバカ息子を好きになってくれたんだからありがたく思わなきゃ。というかあんたがそう思いなさいよ」

 

散々してますとも。

だったら俺はどうなんだ。

異世界人だ。

 

 

『あんたが変わったのは自分の力。親として何かを見届けてやったわけじゃないけど、それくらいはわかる。親だから」

 

「母さん……」

 

精神年齢三十一歳でも感受性はガキのままだ。

いや、前の世界で俺は成長した覚えなんてない。

ちょろっとパソコンいじりの技術やらものの読み書きを学んだ程度。

涼宮さんと似ていたのさ。

彼女の時も、止まっていた。

だけど今はとっくに動いている。

フルスロットルだ。

俺は俺のペースで動き出す。

俺は謎を解かない。

何故なら俺は、いつまでもSOS団の団員。

みんなで悩めばいいのさ。

そのために呼ばれたんだ。

俺が俺の為に何かしたとしても自己責任。

人の為にする何かには徹頭徹尾責任を持つさ。

ケースバイケースだけどね。

 

 

「ううん。明智君の家に住むのかあ……」

 

真剣に悩まなくてもいいよ。

住みつかれても困るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの話を俺が知る範囲の人について語ろう。

特別、訃報は聞きつけてないので知らない人はその人なりに上手くやってるさ。

俺の守備範囲は広く浅く。

当然、楽しむために例外はあるけどさ。

 

 

 

――キョン。

俺と朝倉さんが通う大学とは別の大学に涼宮さんと通っている。

どっちも隣町にはかわりないけど駅からのベクトルが違うからね。

なかなか日常生活でふとは出逢わない。

お互い引っ越したわけがないので休日なんかは見かけたりする。

だけどお察しだ。

そういう時に彼を見かけたら会釈程度。

何故かって?

……さあ。

俺も、馬に蹴られて死ぬのはごめんだからね。

ちなみに彼のついでに言っておくけど佐々木さんは県外のレベルが高い大学へ進学した。

キョンだって涼宮さんの手綱もあってそこそこの所に行っている。

が、比べてやるでない。

涼宮さんや朝倉さんなら行けるかもしれないがキョンは無理だ。

努力が嫌いな俺など言うまでもない。

俺だってそこそこでいいのさ。

 

 

「……そうかい」

 

「たまの二人きりなんだから積もる話ぐらいあんだろ?」

 

「合うだけなら合ってるし、いつも遊んでいる気がするんだが」

 

それはみんなで、だろ。

夏休みに入る前。

大学終わりのアルバイト帰りにキョンと鉢合わせた。

少しは彼もマシな顔つきになるかと期待していた奴が何人いただろうか。

いたとしてもそいつらの期待は裏切られた。

こいつは何も変わっちゃいない。

 

 

「はっ。明智だって眼つきの悪さはあの会長と互角だ」

 

「懐かしいな。今、何してるんだろ」

 

大学進学が有利になるとか今思えばかわいい理由で生徒会長やってたよね。

結局次もやらされてた。

ともすれば『機関』の裏工作が必要なくなったのかもしれない。

カリスマはある方だった。

どこへ進学したのかは知らないけど。

 

 

「さあな。古泉にでも訊けばいい」

 

「今度会ったらそうしよう」

 

「じゃあな。俺はこれからお使いなんだ」

 

「この歳でかよ」

 

「この歳だからだ」

 

そう言って彼は通り過ぎて行った。

スーパーにでも漁りに行くのか。

それともお使いとは何かの比喩なのか。

俺には関係ないさ。

……キョンの本名かい?

悪いね。

禁則で。

 

 

 

 

 

――涼宮ハルヒ。

言う事なし。

えらい美人がどえらい美人になったってぐらい。

キョンとの関係は知らない。

俺の物語じゃないのさ。

 

 

「来ないと磔刑だから!」

 

という決め台詞と共に暇があれば集まれる人で某喫茶店に集まる。

彼女は遊びの予定を常に俺たちのスケジュールに刻み続けるのだ。

死刑よりも磔刑の方がえげつないのは俺の勘違いではないはずだ。

いずれにせよ彼女は宇宙人未来人異世界人超能力者その他友人と遊びたい……。

そう思い続ける限り俺の大学夏休みも有意義なものになってくれる。

 

 

「そういう時は、まず、あたしの意見を伺いなさい! ……ね?」

 

暇な時間の方が少ない気がしてきた。

これでサークルなんぞに入っていたら俺は過労死してしまうな。

他のみんなは各々自由なキャンパスライフを送っている。

苦労するのが"鍵"の役割なのか?

キョンと涼宮さんよ。

 

 

 

 

 

――長門有希。

実は彼女、大学に進学していない。

高校卒業と同時に世界中を旅している。

定期的に日本には帰って来るけどね。

彼女の姿を見られる機会が写真つきポストカードの方が多いのはさみしくも思えるんだ。

 

 

「……わたしが過ごした今までの時間はわたしのために存在していたのだろうか」

 

長らく拠点としていた分譲マンションを後にした長門さん。

不意に彼女はそんな事を言い出した。

 

 

「わたしの意味はわたしで決めたい……何かを見つけるところから始めたいと思う…」

 

コート姿のバックパッカーと化した長門さん。

彼女なら何処へでも行けると思う。

あ、治安の悪いところで変な事に巻き込まれそうなら遠慮しなくていい。

半殺し程度ならいいし、ま、不可抗力だってあるさ。

やられる前にやり返してやってよ。

 

 

「了解」

 

とっくに理解しているのさ。

何も長門さんに限らない。

みーんな不器用なんだって。

人間はね。

 

 

 

 

 

――朝比奈みくる。

詳細は割愛させてもらう。

紆余曲折の末に彼女の権限は二階級特進どころじゃない勢いで強力になったらしい。

俺たちが高校三年の時は月一で、今は二か月に一度の頻度でこの時代に顔を出している。

 

 

「あたし、ペットを飼うことにしたんですよ」

 

当然だが未来でのお話だ。

"コッカ―プー"という品種の犬らしい。

ルソーとの交流が忘れられなかったんだろうね。

未来人との交渉のために未来へ全軍乗り込んだ俺たちだった。

……が、未来人の技術を窺い知ることは出来なかった。

あの会議室から別の会議室的場所へ飛ばされたのだ。

風景さえ見られなかったんだぜ。

一種の配慮的措置だろうが何だか残念な気分だったよ。

 

 

「明智くんにも感謝してます」

 

いえいえ。

俺は本当に煽っただけですよ。

ムードメーカーになれたかどうかすら怪しい。

涼宮さんが意識してスーパーパワーを発揮したのは未来の収束が最初で……多分最後だろう。

今日の今日まで彼女は自分の能力を自分で操る事はしていない。

必要ないからね。

 

 

「朝比奈さん」

 

「はい?」

 

夏休み前の六月某日。

俺たちの集まりは駅前で解散となったが、別れ際に聞いておきたい事があった。

 

 

「今、好きな人って居ないんですか?」

 

「……き、禁則事項ですから!」

 

とだけ言い残されて消えてしまった。

俺ではないだろうし、キョンはこのざま。

古泉を狙えばツインテールの魔人に襲われる。

となれば未来に居るんだろうけど、未来にはどんな人が居るのかね。

気になるじゃんか。

 

 

 

 

 

――古泉一樹。

こいつについては語りたくもない。

予想した通りだ。

 

 

「実は、"古泉"というのは母方の姓でして」

 

べたべただろ。

前にこいつを金持ちの甘ちゃんだとかなんとか思ってたがそれで済めばよかった。

なんというか、こいつの親父は大物だ。

政界……ああこれ以上言いたくない。

しかしながらそれにしては古泉の筆跡は荒々しい。

育ちの良さが全てではないのだろう。

文字通り荒れた生活を送っていた時期もあったとか。

筆跡に関してだけ言うならこの歳にして既に野心家なのだろうかね。

 

 

「橘さんに関してですが……いやはや、千日手という言葉が彼女の辞書にはないみたいなんですよ」

 

彼の進学先を私立と侮るなかれ。

ともすれば佐々木さんが進学した大学に迫るぐらいのレベルの高さ。

理数クラスの日々は無駄じゃなかったと言いたいのだろうが、お前さんは数学者にでもなりたいのか?

後、橘だがもう諦めろ。

その方が早いと思うぞ。

 

 

「僕が思うに身持ちの固いお方であればよいのですが……」

 

固すぎて困っているんだろ。

ええい。

もう知らん。

とにかくこいつの話はしたくないんだ。

育ちの良し悪しじゃない。

野郎の事を思い出して楽しいか?

キョン一人が限界だ。

ちなみに俺がしているアルバイトはこいつに斡旋されたもの。

プログラマだよ。

こいつの知り合いの会社。

高校三年最後の事件の時に活躍した俺の手腕を貸してほしいとかどうとか。

短時間のバイトにしては割が良すぎるが朝倉さんとのデート資金に逐次消費されていく。

俺の明日はどっちなんだろうか。

 

 

 

――周防九曜。

よって谷口も彼女と同列に紹介させてもらおう。

聞けば谷口の親父さんは頑固だとか何とか。

そこに私立に通うお嬢様が彼女になったと知るや否や、下手な事があればただでは済まない。

三年に入ってから谷口は馬鹿から阿呆の常人くらいまではランクアップ出来た。

お前さんにしては上出来だと思うけどね。

 

 

「へっ。偉そうな事言いやがってよ」

 

谷口が何者なのか。

ただの野郎友達の一人さ。

国木田も同じ。

一応古泉だってな。

ま、今は親友って事で納得しといてよ。

そうそう周防だけど天蓋領域の目的なんて未だに不明だ。

周防がそれを語ろうとはしないし、いつも饒舌じゃないし。

 

 

「――あなたには無関係―――全行程完了」

 

何言ってんだよ。

周防ちゃんは結局どうなんだ。

 

 

「どうもこうもないのでしょう? 明智黎。わたしは彼の事を知りたいと思った……それだけよ」

 

俺はもう言わないんだけどね、その台詞。

そして知りたいとか言う割にまともに付き合っている感じではない。

谷口がヘタレなのを度外視しても周防は放浪癖があるらしい。

ただあてもなくぶらぶらするだけだ。

長門さんみたいに世界を旅すればよかっただろうに。

それをしないのはそういうこと――谷口から離れたくない、くーデレだろう――なんだ。

ならいいのさ。

 

 

「結果は点でしかない……未来も過去も存在しない。しかし、過程は可逆。……これは一篇の物語ではない」

 

とりあえず、共通言語を確立させるところから始めるべきだ。

エスカレーター式の女子大は教育の面で不備があるのか?

これからもワンマンアーミーちゃんよ頑張ってくれ。

 

 

「……"ちゃん"はやめなさい」

 

睨まれた。

 

 

 

――藤原と橘京子。

さあ?

後者は本当に無関係を貫きたい。

前者は基本未来に居るからね。

たまに何の仕事かは知らないけど現代にやって来て。

 

 

「明智黎。君を見ていると羨ましい……暇そうで」

 

と恩義の欠片もない発言を飛ばしてくる。

手厳しいじゃないか。

 

 

「感動と感謝は別物だ。あんたたちに感謝はするが、感動した覚えはない」

 

だと言う。

一応、橘の事も思い出そうか。

 

 

「んんっ……もう……。どこいったんですか……?」

 

もし往来で徘徊するツインテ妖怪を見かけたらご一報願いたい。

すぐに俺たちが対処しよう。

ただしやる気がある時に限るけど。

彼女に会っても命の危険はない。多分。

 

 

 

――鶴屋さん。

彼女も彼女で私大に行く必要があったのだろうか。

天然っぽいのは発言だけで聡明なお方なのは言わずもがな。

 

 

「お姉さんをほめても何も出ないぞう? カネが全てじゃないのさっ」

 

お金持ちに言われても鶴屋さんならどこか許せてしまう。

国木田は鶴屋さんに憧れて北高に入ったとか言うけど結局同じ大学には行かなかった。

恋心でもなんでもなかったのかね。

俺も最初はそうだったから気持ちはわかるさ。

てめえの事で精いっぱいなのが全て。

そうですよね。

 

 

「流石は黎くんだねっ」

 

褒めても何も出ませんよ鶴屋さん。

俺が出せるのは……今や市販されている無限にぷちぷち出来るおもちゃぐらいですから。

持ってるくせに言うのは何ですけどめがっさつまらないですよね、あれ。

 

 

「わはははっ、気の持ちようが全てなのさぁっ!」

 

そうでしょうね。

ええ。

仰る通りです。

 

 

 

 

――喜緑江美里。

なんだか真の黒幕じみている彼女。

最近よからぬ事を企んでそうな気がする。

 

 

「その時は、わたしと戦いますか?」

 

滅相もない。

話し合いで解決しましょう。

 

 

「楽しみにしています」

 

俺は憂鬱になりそうですけどね。

でも、どうせ勝つのは俺たちですよ。

残念ですが。

 

 

「明智さんは知ってますか? 絶対なんて存在しないんですよ」

 

本当ですか。

知りませんでしたよ。

だって、今日の話じゃないんで。

ええ。

 

 

 

 

 

――そして。

 

 

「朝倉センセー。お時間、早くありませんか?」

 

俺の後ろにいつの間にか立っていた彼女に声をかける。

まだ午前七時前ですよ。

休みだからとのんびりムードなのは認めるけどさ。

家に入れる親も親だ。

 

 

「いいじゃない。時間は有限なの」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

「……もう私に飽きちゃった?」

 

そんな訳ありません。

俺は年中無休で君を愛しているし君に夢中だ。

夢中と言うからには即ち夢の中のような体験だね。

でも、本当に幸せなことに現実だ。

 

 

「おはようのキスを頼もうか」

 

「ふふっ」

 

朝っぱらから盛ってなどいない。

普通のフレンチキスだ。

あ、ディープじゃない方だからね。

日本では二重の誤解の末に二つの意味が混雑しつつある。

その由来だとかを語ってもいいけど面白くもなんともないうんちくだ。

俺がしたのは軽いキスさ。

とにかく今、俺は朝倉さんにやらしい意味で襲いかかろうとはしない。

何より親が居るからな?

ここ、俺の家。

 

 

「ねえ。散歩にでも出かけましょ? いい天気だわ」

 

「……オレは朝飯もまだで、いい天気を通り越して夏は暑いよ」

 

「無駄なの。明智君に拒否権はありません」

 

さいですか。

すぐに着替えるから一旦出てよ。

 

 

「私たちって今更裸姿を見られて恥ずかしがる関係かしら?」

 

「それとこれとは別なんだよ」

 

「はいはい」

 

朝倉涼子。

五年前の彼女を助けたあの日から、今日まで。

いや、これから先も俺の左横に居てくれるだろう。

俺はどこにも行かないんだ。

 

 

 

 

 

『異世界人こと俺氏の憂鬱』

 

――じゃあね。

 

 


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