異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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番外でしょ番外なんでしょ!?
わざとらしい俺氏と、鋭い君


 

 

――話をしよう。

これは7月の話になる。

2006年で、つまり俺が高校一年生の時の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月というと世間一般で連想されるものは何だろうか。

学生に関しては考査と夏休みという人によっては大波のような時期。

夏休みと言うからにはすっかり7月は夏だと呼ぶに相応しいわけだ。

……7月頭もいいとこどころかその初日である土曜日から話は始まる。

俺の休日を支配するのはそれこそSOS団でのイベントぐらいなものであった。

つまり一人の時間に癒されていたのだ。

何、高校一年生から引きこもりはどうなのかって?

どうもこうもないんだよ。

生憎と外は天気が悪くじめじめしている。

梅雨明けにはもう少しばかり時間が必要らしい。

おかげさまでSOS団による市内散策もパーだ。

だからこうしてのんびりしているわけ。

 

 

「フフフ、ハハハ」

 

時間の浪費だとか知った事か、俺は別にこれで構わないのさ。

常に心の平穏を願って生きているという事をベッドでゴロゴロしながら説明しているのだよ。

頭をかかえるようなトラブルとか、夜も眠れないといった敵をつくらない。

というのが俺の異世界に対する姿勢であり、それが俺の幸福だ。

もっとも、闘いたくないからこうしているのだけど。

 

――来週金曜日は七夕だ。

涼宮さんの中ではあれこれと考えているようだが、深くは気にしない。

キョンが原作通りに過去に戻ってジョン・スミスとして活動するくらいだ。

そのうち考査期間になるが出来に悩む事もないだろう。

やがて夏休み、の前に"カマドウマ"の一件。

俺には関係ないのさ。

勝手に原作通りに解決されてくれるんだから。

流されるのが一番楽なんだ。

と思っていた所、携帯に着信音が。

表示された名前は朝倉涼子そのお方であった。

緊急事態か…?

 

 

「もしもし。どうかしたのか」

 

『……どうもしてないわよ』

 

なら何で電話をかけて来るのかね。

昼寝でもしようかと思っていたところなんだけど。

 

 

『あら。私があなたとお喋りするために電話をかけるのは駄目なのかしら』

 

「必要かどうかって話なんだけど」

 

『用件くらいあるわよ。明智君は明日、暇かしら』

 

「そうじゃあないと言ったら?」

 

『暇なのね』

 

そうとも言う。

しかしながら君の質問の意図が俺にはわからないね。

すると彼女から謎のお誘いが。

 

 

『ねえ、明日二人でお出かけしない?』

 

「……何だって…?」

 

『聴こえなかったのかな』

 

「意味がわからなかった」

 

『言った通りよ』

 

私見一、明日も相変わらずの雨天の可能性が高いと思われる。

私見二、俺が朝倉さんとお出かけする理由がわからない。

携帯越しに彼女から溜息が聞こえ。

 

 

『あのね、あなたと私は付き合っているのよ?』

 

「……そういやそうだっけ」

 

実感が湧かないとはこういう事なんだろう。

5月の一件以来、俺はどういう事かそういう事になっている。

言うまでもなく本当に付き合っているのかと考えるには怪しい。

その辺の話まで含めた上に回想していくのもいいが、それよりも今は朝倉さんだ。

過去から来る恐怖よりも目の前の脅威の方が大問題じゃないか。

 

 

『じゃ、そういう事だからよろしくね』

 

抵抗する間もなかった。

時間と場所を一方的に告げられあっという間に電話は切られた。

超スピードだとかちゃちなもんじゃあ断じてない。

何やら暗雲が立ち込めている。

そんな錯覚を感じたのは外の天気の悪さのせい、だけではないだろう。

どういうつもりなんだか。

俺が昼寝する気分じゃなくなった事だけは事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直言うと、普段出歩く際の傘など安物のビニール傘で充分だ。

あるいはこれまた安物の折り畳み傘を学校にはいつも持って行っている。

しかしながらこの日にそんな真似をしようなどとは流石に俺も考えちゃいない。

いくら朝倉さんとの付き合いが文字通りの"付き合い"程度だとしても俺の立場があろう。

曲がりなりにも休日を美少女と過ごさんとする訳であり、礼儀もある。

普段は絶対に使わないようなしっかりした出来の傘を持って行かざるをえないというものだ。

ビニール傘よりも一回りも二回りも大きくベージュ色の生地にブラウンやイエローで植物の刺繍がなされている傘。

オシャレのセンスはさておき、デリカシーはあると思うんだがね。

 

――心底、何の意味があるのやら。

別に俺は彼女の家まで出向いてもいいと言うのに、待ち合わせをする事になっている。

雨の中立ち尽くすのもおっくうだが、俺が待たせるのもこれまた立場がなくなる。

いや、元々朝倉さんとの関係性など特別に気にもしていないが暇つぶしに程度は充分だ。

SOS団で不毛な時間浪費をするよりはよっぽど高校生らしい休日の使い方。

こういうのを求めているわけじゃなかったが、一日ぐらいはいいだろ。

勘違いする気にもなってないが。

 

 

「ごめんなさい。待たせちゃったかしら?」

 

「……いいや」

 

雨が上がれば暑苦しくもなるだろうが何も今この段階から肌を露出させるのだから女子は不思議だ。

なんて事をやって来た朝倉さんの美脚を眺めながら思った。

彼女に傘など必要ないだろうに、その辺は合わせているのか何なのか。

何にせよ駅前での集合がようやくそれらしいと感じたね。

 

 

「で、どちらさんへ行きたいんでしょうかね」

 

「うーん。お話ししながら基本はウィンドウショッピングかしら」

 

「目的が決まってなかったのかな……?」

 

「はぁ……。私にとってはあなたとお出かけする事そのものが目的なんだけど」

 

だとしたら達成する意味が本当にない。

誤魔化してはいるものの彼女には彼女の思う所があるのは事実。

じゃなければ俺を監視しようともならないはずだ。

念能力こそなかなかのものを誇る俺だが肝心の基本的な戦闘力自体は高くない。

底が知れるのも時間の問題だろうさ。

 

 

「わかりましたとも。とりあえず行こうか」

 

こういうのは野郎の方からリードする必要がある事ぐらいは承知している。

と、言っても道なりにすすんでいく以外にする事などない。

他にあるのなら教えてくれ。

俺は朝倉涼子が何を見れば満足するのか知らないんだ。

涼宮ハルヒによる大きな情報爆発とやらか?

それを代用できるものがこんな取るに足らない町にあるとは思えないね。

なんて事を思い浮かべながら俺たちは歩き出した。

朝倉さんは本当にお話がしたいのか。

 

 

「明智君はどうしてSOS団に入ったのかしら?」

 

「……知ってるはずだけど」

 

「そうね。でも、今一度本人の口から確かめてみてもいいじゃない」

 

「どうしようもないさ。そもそもがオレは文芸部に入っていたわけだからね」

 

「ええ。まるで最初から何かを狙っていたかのように」

 

そういう君は何かを探りたいらしい。

無駄さ。

話せる事の一切が俺の中には存在しないまでに俺は空虚な人間なのだから。

どうもこうもないってのはそういう事なんだ。

 

 

「朝倉さんは深く考えすぎじゃあないのかな」

 

「そうかしら。……あなたはどうなの?」

 

「考えるさ、深く。オレは非力な人種でね。元来何かに秀でているという性質でもない。だからこそ思考する事ぐらいでもしていないと何も出来ないのさ」

 

「へえ」

 

このまま全てを置き去りに出来ればどれだけ楽なのだろうか。

俺は朝倉さんをとりあえず助ける事が出来た。

後は彼女が全て決めるべきだ。

どんなに評価しようにも俺の全貌を知っている俺は自分を過大評価さえ出来ない。

落第点もいいとこ。

いっその事、前の世界に戻ってしまえばいいのに。

全部夢でしたと言われても今なら納得できる。

納得は全てに優先するのだから、それが全てだ。

 

――本当にウィンドウショッピングばかり。

洋服を着せられたマネキンを見ても、店の中には入らない。

いい時間は経過した。

お昼時には少々早いのでもう少し歩き続けている。

あと二、三十分でもすれば適当な飲食店に入るとしよう。

ファストフードかレストランか。

当然、俺が奢るさ。言われなくてもね。

すると彼女は通りがかりのコンビニエンスストアを指差しながら。

 

 

「例えばあのお店。フランチャイズ経営かしら……? 明智君はあそこがいつからあるか知ってる?」

 

「ええっと。二年ぐらい前に違うグループのコンビニがあって、そこが潰れて今のお店になってからって感じかな」

 

「ふーん。……二年ね」

 

特に立ち寄るでもなくそのまま通り過ぎてしまう。

このまま商店街まで歩き続けてもいいかもしれない。

傘をさして歩き続けるのも嫌になってきつつある。

 

 

「じゃあ、その前のお店は何年続いてたのかしら」

 

知らない。

俺がこの世界に来たのは三年前の七夕だ。

 

 

「わからないな。そこまでこっちの方を気にしてないし」

 

「仮に前のお店が五年やっていたとして、今のお店はその記録を超える事が出来ると思う?」

 

「本社の力だけで言えば今のお店の方が大きいと思うけど」

 

「結局は客商売なのでしょう。私にはよくわからない。けど、あなたたちが入る店を選ぶ動機として曖昧なものがあるのは確かよね」

 

ぶらりと立ち寄る気まぐれは確かに存在する。

しかしそれは気まぐれであり、常ではない。

周りに流されて、自分の不文律に従って、とにかく何らかの方法で人は何かを選ぶ。

 

 

「コンビニで言えば、品ぞろえ、立地、衛生面はまだわかる。でも何より雰囲気ってのを重んじるのよね?」

 

「日本人ぐらいだね……。くだらない話だと思うよ。まやかしだ」

 

「けど、結果として全ての店舗が等しく売れていくわけではない。二年続いているあのコンビニも永遠ではないはずよ」

 

「少なくとも店長はいつか死ぬさ」

 

「ふふっ。それより早く終わりが訪れるのよ?」

 

今後、起こるかもしれない人の不幸を嗤っているのか。

事実として前のお店は撤退したわけだ。

どのような事情があったのか。

単に業績不振と決めつけるのは邪推でしかない。

だけど疲れたから辞めます、だなんて事ではないはずだ。

結果としてあそこにはもう無いのだから。

過去でしかない。

 

――ふと、彼女の横顔を窺った。

その時思い知らされた。

 

 

「なんて素晴らしいの。私もいつか、絶望を知りたい」

 

とても嬉しそうに、無表情でそんな事を言ってのけた。

俺は再確認させられた。

朝倉涼子は、宇宙人なのだと。

俺が彼女に何かを与えられるほど何かを持ち合わせている人間ではない。

だが、話すくらいは出来る。

最初から最後まできっと、俺の武器は考える事だ。

 

 

「駄目だね」

 

「……何がかしら?」

 

「絶望なんて、あるわけない。そんな感情はこの世に存在しない。去ってしまった者たちだけがそれを知っているんだ」

 

「本当にそう思える?」

 

「そう考えている。オレは主張を変える事はあるけど、それはたまにだけだ。この世には間違いなく不要なものなんて存在しない。それは誰かが決める事ではないのさ」

 

「じゃあ誰が決めるって言うの」

 

決まっているさ。

この雨にもいつか終わりは来る。

その時は明日かも知れない。

予報では今日の午後までだけど、誰かが決める事ではない。

現在11時41分。

12時まではまだ早い。

でも、もうすぐだ。

 

 

「……それを決めれるヤツが、神様なんじゃあないかな」

 

居るわけない。

だからこそこの世の何かを否定する事は難しい。

結局、最後には妥協して受け入れてしまう。

そこに立ち向かう人間が早死にする。

昔からそうさ。

きっと。

 

 

「希望はある。世界には必要だから。どんな絶望と言うまやかしも、希望が既に定義されている以上は気持ちの問題だ。死ぬのは簡単だ。じゃあ、いつ死ぬのかが難しい」

 

それが、問題なのさ。

君を簡単に死なせたくなかった。

俺はそんな事しか考えなかった。

 

 

「ちょっと早いけど、もうお昼にしようか」

 

「きっとあなたのような人を、面白いって言うのね」

 

「とんでもない。オレのは没個性だよ」

 

わかっている。

笑っている彼女の顔は偽物だ。

ただ、俺たちに合わせているだけ。

感情の欠片も彼女は理解していない。

 

――俺だってそうさ。

自分の事を全てコントロール出来るかと言えばそうではない。

実際に朝倉さんだって暴走しかけたわけだ。

同じさ。

だから。

 

 

「いつか」

 

俺たちの関係性はただのポーズだ。

格好を付けているだけだ。

誰とも、何とも付き合っていない。

決着をつけてはいない。

だけど。

 

 

「……あら?」

 

意外な出来事もある。

誰が決めたわけでもない。

そんな出来事が。

この異世界にもあるらしい。

 

 

「なあんだ。明智君と相合傘をするつもりだったのに」

 

「朝倉さんは自分の傘があるじゃあないか」

 

「それはそれでしょ。これはこれなの」

 

「なるほどね」

 

午前中に雨はあがった。

ただ、それだけの話。

 

 

「この調子じゃ、案外午後から団員集合なんてのもあり得るかもしれないな」

 

「うん。涼宮さんならやりそう」

 

「で、朝倉さんは何が食べたい?」

 

「そうね――」

 

――これはいつかのお話。

大切なものは大切かどうかに気づくのが難しい。

それでも、真実は変わらない。

俺が君を知るより前で、君が俺を知るよりも前の話。

 

 


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