異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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Disc-2

 

 

『何がおかしい』

 

と俺が思った時は既に手遅れだった。

つまりこの時点での俺はそこまで深刻に考えてはいなかった事になる。

何なら俺も愛されているな、ぐらいに呑気していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それもそのはずで何故ならば周囲が朝倉さんのあの態度を普通に受け入れている。

これで「やべぇよ」みたいな声でもあがれば俺もそうなったんだろう。

……そうではなかった。

涼宮さんの自己紹介が去年とは違うごく普通のものだったという事もあり、これが普通だと思ったのだ。

放課後になって廊下に出るなり腕を絡めるのも現実世界ではあった光景だ。

何より俺を見ている朝倉さんが純粋な笑顔だった。

俺は少しくらいの逸脱というものを気にしていては身が持たない世界の住人だからね。

ホームルームが終るや否や朝倉さんはすぐに俺の席までやって来て。

 

 

「今日は午前中で終わりだから、ちゃんとお弁当作って来たのよ?」

 

「いつも悪いね」

 

「ううん。気にしなくていいから」

 

その上俺の家まで来てもらっていたわけか。

どんな設定なんだ。

親公認にしろ現実よりそれがワンランク上なのは確かだろう。

かくして部室に行く前に中庭で昼食を頂く事に。

ミニハンバーグが数個入ったお弁当。

備え付けのもやしナムルも手作りらしい。

ハンバーグには細かく刻まれた人参が入っており、これが中々いい歯ごたえになってくれている。

 

 

「ふふふふ、たーんとお食べ」

 

なんて笑顔で言ってくれる彼女。

やはりこの世界は悪いものではないのだろう。

少しばかり朝倉さんがデレデレしすぎな気がするが大歓迎だ。

しかし、さっきのあれで行くと部活はどうなるんだろうか。

 

 

「SOS団だったら私も多少甘くなるわよ。涼宮さんに迷惑かけるのもどうかと思うし」

 

「なるほど。古泉には容赦しなくていいけど」

 

「明智君がそう言うならそうするわね。はい、あーん」

 

とにかく必要最低限の接触は仕方ないだろう。

別に他の女子相手に何かしたいわけではないが、SOS団内の空気が悪くなるのはごめんだからな。

もっともそんな些末な事を気にする常識人はあの中に居ないだろうが。

男の浮気というのは往々にして心に余裕がある時に起こる。

更に言えばモテればそれだけしてしまうものらしい。

俺に関して言うならばまさか朝倉さん以外の女性に手を出そうと思うわけもない。

それどころか現実世界とは少し違った雰囲気の朝倉さんもいいと思っていたのだ。

現実世界での朝倉さんに不満不平があるわけではないと念押しした上で弁明させて頂きたいが、そういうものだ。

俺が見てきた朝倉涼子は。

 

 

『私にもわからないわ。ただ、あなたたち風に言えば"興味が湧いた"』

 

『明智君。何か面白いものでも見せてちょうだい』

 

『さっきの攻撃、あなたが決定的な隙を作ったのよ? それがどういうことかわかってるの?』

 

と、さばさばしたしたような態度が中心だ。

優等生キャラというのも実際そうで、何せこんな俺に付き合ってくれているんだよ。

これはもう面倒見の良さが1000%なんだとしか考えられない。

いや、言い訳するでない俺氏。

俺が彼女の心の扉を開けてしまったんだ。

主人公とはそういう一種の宿命じみたものを背負う存在。

主人公に誰もがなれるのであれば俺のケースはローラ姫が朝倉涼子であったというわけだ。

実際に現実世界での朝倉さんもデレはする。

 

 

『私は明智君が好き』

 

『あなたが死んだら私も死ぬわ』

 

『私と一緒に死んでくれる?』

 

あ、あれ。

最初以外おかしくないか……?

いずれにせよ朝倉さんは不思議な魅力を持つ女性だ。

デレデレする時としない時のオンオフだってある。

一見クールなようでその実、取るに足らない俺の事まで想ってくれている。

俺は彼女の全てが好きだと陳腐な台詞を吐くわけではないが、好きな要素が数えきれないほど多いのは確かだ。

人間とはそういうものらしい。

好きな相手からは好きな部分しか見えてこないし、嫌いな相手からは嫌いな部分しか見えてこない。

やっぱり物事の片面だけで話をするのはやめるべきだ。

 

 

「朝倉さん」

 

「なあに?」

 

「オレ、時々考えるんだ。この世界に来た事も、君と出逢えた事も全部夢だったらどうしようって」

 

未だにこんな風にウジウジしてしまうのは俺が異世界人だからか。

だって本来俺は存在していなかったはずの存在だ。

一度俺は朝倉さんを守るという約束を裏切ってしまった。

ついには朝倉さんの前から居なくならないという約束を裏切ってしまうかもしれない。

全部幻想ならそれでいいさ。

だけど俺だけが幻想だったらどうなる。

涼宮さんだけじゃない、俺だって好き勝手やってきたんだ。

後に残されたものを放置する無責任な人間に俺はなりたくない。

何より朝倉さんと離れたくないんだ。

 

 

「そんなわけないじゃない」

 

「ああ。でも、本当に時々だけ……そうなっちゃうのさ」

 

「……もう、仕方ないわね」

 

すると隣に座っていた朝倉さんに左腕を掴まれ、そのまま俺は朝倉さんの胸元へもたれかかってしまう。

ちょ、いや、顔が胸に。

ふにって。

 

 

「明智君は私を裏切ったりしないわよ。ね?」

 

返事をしようにも出来ないし顔を動かすとまずいのでそのままキープせざるを得ない。

中庭は俺たち以外にもまばらに人が居る。

ここがシミュレーションだとしても羞恥心がゼロにはならないんじゃ。

違うな。

こういう時だからこそ楽しむべきではなかろうか。

キョンだってその内動いてくれるだろう。

俺が何かする必要などないのだ。

 

 

「甘えんぼさんなんだから」

 

君の面倒見がいい分なまじ甘えてしまう。

母性ってヤツなのか。

やはり朝倉さんは朝倉さんだ。

 

――そうだ、俺の考えは間違ってはいなかった。

朝倉さんがここをシミュレーションだと認識していないのは正解。

それとほぼ同時に気付くべき要素としては、俺が見ていた朝倉さんも一面に過ぎなかったという事。

恋愛が精神病だとして、共依存だって精神疾患だ。

何故かって?

朝倉さんは元が壊れていた存在なんだから、まあ、当然の成り行きだ。

信用ならないのも当り前だのに俺は信頼していたのさ。

一方的な話だ。

俺も、朝倉さんも。

 

 

「ふふっ。私はあなたと出逢えて幸せよ」

 

真実というのは決して軽々しく引き合いに出すべきではない。

今回の教訓と言うものはその一点に尽きるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなくして放課後を迎えた。

部室には涼宮さん以外の全員がいつも通り揃っている。

さて、親愛度メーターについて少しばかり話をさせてもらいたい。

一つ。

誰が相手でも表示されるわけではないという事。

要するに攻略対象なるものが設定されているらしい。

俺が確認した範囲ではSOS団の女子だけだ。

他にもちらほら居そうなもんだ。

喜緑さんとか鶴屋さんとか。

もしかしたら恋敵として佐々木さんも用意されているかも知れないな。

二つ。

ゲージの基準なるものがわかった。

と言うのも部室に着くなり古泉が。

 

 

「明智さん。長門さんに話しかけてみてもらえますか?」

 

とか意味深に言うもんだから何事かと思った。

……大事だった。

本を読んでいる彼女の前まで出向き、呼びかける。

 

 

「……用件は」

 

長門さんがそう言うと同時に選択肢なるものが表示されたのだ。

なんともまあ申し訳程度のゲームらしさと言うべきか。

 

 

ニア セーブ

  はなす

  チュートリアル

  

セ、セーブって何なんだ。

とりあえず選択してみる。

 

 

「……ここでセーブするか…?」

 

いやいや、したらどうなるんだ。

何か怖くて試す気になれない。

大体いつロードすればいいんだよ。

しかも口調ちょっとおかしくなってるし。

 

 

「……そう。……まだゲームを続けるか……?」

 

おい。

まさか【学園ハンサム】の校長ポジションかよ。

何てこった。

これじゃあ長門さんを頼りにする事は出来そうにない。

そもそも終わる方法なんてあるのか。

選択肢がないので強制的に会話が進んでいく。

 

 

「……他に用件は」

 

お喋りしたい訳ではないからな。

チュートリアルを選ぶ事に。

 

 

「……」

 

ニア クリア条件について

  親愛度メーターについて

  オプション

 

オプションまでここに入っているのか。

ポーズ機能なんて便利なものが存在しない以上はそうなんだろうけど。

とりあえず一番気になるクリア条件なるものについてだ。

これが分かれば話は早いだろ。

 

 

「攻略可能なキャラクターを攻略完了すれば後は何かをする必要はない。そのままエンディングまで一直線」

 

こんな言い方をするのはあれだが俺は朝倉さんを攻略済みなはずだ。

エンディングってのはいつ訪れるんだよ。

ひょっとして年単位なのか? 

だとしたら勘弁してくれないか。

 

 

「パーソナルネーム朝倉涼子についての質問と判断。類似質問をチェック……発見。回答、朝倉涼子の攻略は最難関。あなたはまだ攻略を終えていない」

 

何だって……?

どう見ても相思相愛じゃないか。

 

 

「ただメーターを上昇させるだけでは不適切。詳細は『親愛度メーターについて』を参照されたし」

 

言葉通りそうさせてもらおう。

一体どういう仕組みなんだこれは。

 

 

「メーターの基準について。0%……キャラクターの機嫌をよほど損なわない限りこうはならない。0%になると攻略は不可能になる。気を付けて」

 

無関心どころか愛想を尽かされるのか。

現実ならばワンチャンスぐらいあるかも知れないけど、ゲームにまで女々しさを持ち出すなというシビアな世界。

涼宮さんにしてはものをわかっているじゃないか。

 

 

「20%……デフォルト。50%……キャラクターのルートに突入する事が可能。80%……ベッドシーンが――」

 

馬鹿やめろ。

長門さんに何言わせているんだ開発者。

 

 

「100%……攻略完了」

 

ん?

だとすれば朝倉さんはどうなるんだ。

1000%だぞ。

 

 

「補足説明。キャラクターの中には攻略完了に関して特殊条件を持ったキャラが存在する。わたしがそう」

 

条件が必要らしいが長門さんも攻略出来るのか。

彼女は30%だ。

ううむ、普通と言えば普通なんだろうな。

テレビゲームなら攻略を考えていたところだ。

思うに俺は宇宙人ってだけで結構クるものがあるのかもしれない。

朝倉さんがダントツなだけで。

 

 

「もしあなたがメーター100%を超えるキャラを攻略中の場合は気を付けてほしい」

 

どうしてだ。

すると長門さんは無表情のまま。

 

 

「あなたの行動次第ではバッドエンドに突入してしまう」

 

だそうだ。

しかしながら数値を上昇させるだけでは駄目なんだろ。

つまりこのままでは俺はクリア出来ないわけだ。

そもそも俺がクリアする必要があるのかと言われればそこは謎なんだけど。

 

 

「……他に訊きたいことは」

 

いや、もういいよ。

ありがとう。

 

 

「……そう」

 

いつも座っている席に戻る。

するとニヤニヤした顔の古泉が。

 

 

「というわけでして」

 

「どういうわけだよ」

 

「僕の推測ですが、我々男性三人全員がこの擬似演習をクリアする必要があるのではないでしょうか」

 

キョンの方を睨む。

すぐに視線を逸らしやがった。

 

 

「でなければ僕と明智さんにこのメーターが表示される説明がつきません」

 

「お前さんも出てるのか?」

 

「はい」

 

古泉から見える世界など見たくもないが、こいつの攻略キャラはどうなってるんだろうな。

SOS団で言えば長門さんと朝比奈さんが残るわけだが……。

そもそも古泉が恋愛している様子など想像できないし想像したくもない。

 

 

「だったらお前さんはどうするんだ」

 

そう言ってメイド姿で立っているちらりと朝比奈さんの方を見る。

 

 

「……ふぇ? どうかしましたか?」

 

朝比奈さんの数値は45%。

ううむ、これは彼女の博愛精神から来るものなのだろうか。

ともすれば長門さんの30%が少し悲しく思えてくる。

あるいはこの数値などただの設定に過ぎない。

現実の長門さんならもう少しばかり俺に対して高くてもいいんじゃないか。

斜め向かいに座る朝倉さんはじーっと俺の事を見つめている。

古泉のニヤニヤよりも彼女のニコニコの方がよっぽどいいのは言うまでもない。

そんな古泉は何となく投げやりに。

 

 

「僕の方は……その内何とかなりますので」

 

「もし本当に連帯責任だとしたら、お前さんがオレたちを待たせるのだけはよしてくれよ」

 

「心得てますよ。実の所、僕は特殊条件ルートとやらに突入しているようでして」

 

「わかった、みなまで言うな」

 

橘だろう。

うん、まあ、お似合いなんじゃないの。

若干信仰心じみたものを彼女からは感じるけど、好かれているだけいいじゃないか。

お前さんもゲームの世界でぐらい相手してやれよ。

そんなやり取りがあってから数分後。

 

 

「みんな集まってるわね! じゃ早速重要な事を決めなきゃいけないから」

 

涼宮さんが来るや否や鞄を放り投げ、ホワイトボードを引きずり出した。

こんなやり取りは確か現実でもあったはずだ。

放課後、新入生に向けて各部活が紹介するアレについてである。

歓迎会なのか何なのか、ありがた迷惑なイベントなのは間違いない。

 

 

「まず映画の新作発表は外せないわね」

 

「ハルヒよ。夢を広げるのは構わんが、無茶しすぎると生徒会がうるさいぞ」 

 

「その辺はぬかりないわよ。あくまで文芸部として振る舞えばいいの」

 

「文芸部が映画を作るってか」

 

「ほら、芸術は爆発って言うじゃない」

 

そういう意味ではないんだけどね。

しかしキョンはこの涼宮さんに合わせているからこんなやりとりをしているのか。

前に同じようなやり取りをしているんだから今回は違う事でも提案すればいいのに。

古泉と俺が静観なのは変わりないが。

 

 

「……」

 

「ば、爆発しちゃうんですか!?」

 

「ふふふふふふ。それもいいわね」

 

長門さんは無言、朝比奈さんは妙な勘違いをしているし朝倉さんも平常運転だ。

俺に関して言えばそのイベントより先に仕事がある。

正確には、俺と長門さんには、だ。

文芸部に所属しているのは俺と長門さんの二人だけであり、つまり正式な部活紹介の時間に何かする必要があるのだ。

数日後の一時間目、新入生対象に行われるイベントである。

放課後の新入生歓迎会はあくまで行きたい人が行くだけの催し。

全生徒対象に前もってまずどんな部活があるのを教えてから、気になった人が行くというシステムだ。

ごく自然な流れだし、どこの高校も似たような流れなんじゃないのか?

とにかくそっちの打ち合わせだ。

俺と長門さん、二人でやらないといけない。

生徒会がSOS団の関与がないように眼を光らせているからね。

 

 

「……ま、何とかなるでしょ」

 

浮気ってのは心の余裕、慢心、から来る虚栄心だ。

自分を飾りたい馬鹿のやる事でしかない。

俺には朝倉さんと言う素敵なお方が居るのだ。

 

 

「いぜん、問題はなし」

 

だが俺に浮ついた心がなかったかと言えばそれは別だ。

前々から言われ続けていたじゃないか。

馬鹿だの、大馬鹿だの。

そういう事だ。

笑顔の朝倉さんと目が合う。

楽しそうに彼女は。

 

 

「どんな優等生でも、明智君よりいい人材なんて居るわけがないけど」

 

ありがたい話だが、この時ばかりはありがた迷惑だった。

俺がこれから感じる事になる気持ちが、いわゆる"重い"ってヤツらしい。

 

 

 


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