登場人物はさておき、どこにでもある話だ。
何なら今までのは演出だとか思ってくれて構わない。
俺にとって不思議体験が全てではないのだから。
全ての一部でしかない。
普通の日常を忘れてやるなよ。
大事なんだからさ。
午前四時。
異世界人こと俺氏の朝は早い。
寝間着のままベッドを抜けるとまず一階に下りて顔を洗う。
意識をしっかり覚醒させると部屋に戻り、軽いストレッチ。
身体をほぐしてからウィンドブレーカーに着替えると外に出る。
早朝のランニング。
十二月であり、辺りは深夜と大差ない。
緩急をつけてはいるものの動きを止める事はない。
自宅から駅の近くの公道まで突っ切る。
往復にして一時間弱程度だが定期的にするとしないのとでは全然違う。
基礎訓練でしかない。
言うまでもなく道中で誰かと遭遇する事は皆無だ。
六時台には朝食を済ませて午前七時には家を出る。
早い、がそれでいい。
それがベスト。
直接学校に行くわけでは無い。
寒空の下朝倉さんの家まで出向いていくというわけだ。
何回目だろうな。
数えちゃいない。
こんな高校生活はあと一年続く事になる。
去年の今頃は本当に何も考えていなかったな。
一年生の時の教訓としては、一人で悩んで解決するような事など悩む必要がないという事だ。
エレベータで五階まで行きピンポンとインターフォンを押すと。
「おはよう明智君」
愛しの彼女が笑顔で迎えてくれた。
とっくに制服には着替え終わっていて、その上に赤いコートを着ている。
うろ覚えだが同じデザインのものを劇場版消失で観た記憶があるな。
多分それがこれなんだろう。
七時も三十分を回っているから、このまま直行してもいいわけだが。
「朝倉さん」
「ふふふっ……んっ」
朝っぱらから廊下で抱き合ってキスをするバカップルがここに居る。
これまた恒例儀式と化してしまっている。
お互いに止める気はなさそうなので向こう数十年は続いていく事になるんだろう。
しかしながら朝倉さんが老ける様子など想像出来ない。
今後の楽しみでもある。
本人にとっては楽しみでも何でもないだろうが。
そして睦み合うのもそこそこに俺たちは登校していくわけだ。
もはや俺と朝倉さんは共依存なる症状を超越していた。
以前のような荒廃的な感じではなく一緒に明るく笑い合っているような感じだ。
要するに気の持ちようだというわけである。
「もう一年、か……」
分譲マンションを後にしながらそんな事を呟く俺。
この日、十二月十七日こと月曜。
あの日から一年が経過しようとしていた。
「早いのやら遅いのやら」
「私にとっては丁度良かったけど」
「……そうかな?」
「そうよ」
ようやく今月に入って一段落したな、って感じがするのだけは確かだね。
つまりそろそろというか既にクリスマスシーズンなわけである。
今年もSOS団で謎の催しをやるのだろう。
今日辺りに何か話があるんじゃなかろうか。
「普通が一番だよ」
「かもしれないわね」
日本だけでも高校生カップルは山のように居る。
マンション管理人の爺さんに俺がどう見えているかはさておき俺もしょせん有象無象でしかない。
だが、俺たちにとってはそうではない。
誰かにとっての虚構は俺たちにとっての真実だ。
ただ言えるのは。
「オレが先に好きになったのは朝倉さんであって宇宙人ではないって事さ」
こんな寒い空気にも関わらず手袋をしていない。
俺の左手と朝倉さんの右手を繋いで気分を紛らわしているぐらいだ。
充分だろ。
手袋の用意がないわけではない。
「じゃあ、私が好きになったのは誰なのかしら?」
「冴えないただの高校二年生男子」
「はぁ……。この際だから言わせてもらうけど……」
呆れた顔でそんな事を言い始めた朝倉さん。
何だ、どうしたんだ。
「客観的に見て、明智君は眉目秀麗と言えるのよ?」
「嘘だろ…?」
「……じゃあ他の誰かに訊いてみるといいわ」
変なフィルターを通してしまっているだけじゃないのか。
キョンのような胆力も古泉のようなルックスも俺にはないはずだ。
……そうだよな?
いずれにせよ俺が朝倉さんほどのお方と付き合っているのは運要素もあるに違いない。
とんだラッキーボーイだぜ。
「一つ言えるのは、私はきっとあなただから好きになれたって事」
はは。
なんかもう泣ける気分だ。
朝倉涼子の魅力について今更何かを語ろうとは思わない。
だけと敢えて何か言わせてもらうならそれは彼女の心象風景についてだ。
きっとそれは、澄み切った青なのだろう。
空の青とも海の青とも、心の青さとも違う。
彼女だけが持つ色なんだ。
その美しさに俺はきっと惹かれたんだろうよ。
「おかしな言い方ね。素直に私に見とれちゃったって言いなさいよ」
「まあそうなんだけど」
理由を欲しがるのが人間の悪いクセだってのを抜きにしても、ね。
とにかく俺は"正しい"と思ったからやっただけなんだ。
彼女さんを助けたのも今まで俺が行動してきたのも全てそうだ。
これからもそうしていく。
そんな風にしか生きる事が出来ない。
独善でしかない……が、二人居ればそれは立派な正義だろ?
朝倉さんが可愛い、美しい、好きだ、大好きだ、愛している。
全てが正義でいいじゃないか。
「変に理屈ぶるのが好きなのかしら」
「捻くれている自覚はあるんだけどさ」
「ふーん」
さて、今日は彼女の心が芽生えた日。
つまり誕生日なわけだ。
何をプレゼントするのかは後の話になる。
一応言っておくけど刃物関係じゃないからな。
でも今の話じゃない。
「たまに考えるんだけど……もし、私が【涼宮ハルヒの憂鬱】っていうお話通りに死んでいたとして……世界はどうなってたのかしら?」
「さあ」
変わらない。
きっと、変わってくれない。
世界はいつもそういうもんだ。
受け身のくせして、お返しの一切をしようとする気概がない。
だが、少なくとも変えていくことは出来るわけだ。
そして俺は朝倉さんがいなければ心根が腐った状態のままなんだろうさ。
俺が君を変えたんなら、君も俺を変えてくれたんだ。
「オレも生きているし朝倉さんも生きている。それでいいじゃあないか」
「わかってると思うけど、私は軽い女じゃないわよ?」
「地に足着くぐらいの重さがいいのさ、オレは」
そのうち言わせてもらうさ。
朝倉涼子さん。あなたを一生背負わせて下さい、と。
……そうだな、こういうのはそれこそ忘れられている頃が丁度いい。
今日俺が朝倉さんにプレゼントをあげたとして、それは予想出来る範囲の事だろう。
プレゼントしなかったとしてもガッカリはするだろうけど多分それだけだ。
期待外れだという程度の話でしかない。
期待してない時に仕掛けるからビックリをするってもんだろ。
頃合いとしては……そうだな……冬休み明け、とか面白いんじゃないか。
休み明けとは往々にして憂鬱なものである。
かく言う俺も学校生活が楽しいのであって勉強そのものを愉快と思える崇高な人種ではない。
だからこそ楽しみは後に取っておく。
十二月はゆっくりしたいんだよ。
「そ。……今年のクリスマスも楽しみね」
「ああ」
俺が何故朝倉さんを好きになったのかなんて事は重要ではない。
俺にとって重要なのは、彼女が俺を助けてくれた事だけだ。
俺の死んでいた精神を往き返らせてくれた。
俺はそのためなら、命をかけることが出来る。
かけがえのないものってのはそういうものなんじゃないのか?
後、やっぱり口には出さないが朝倉さんは今日という日について期待してくれているらしい。
ちょっとそわそわしている。
俺にはわかる。
これをあざといと言うべきかどうか。
「……ふふっ」
笑顔が一番だ。
願わくばずっと見続けていたい。
無論、死ぬまで、ね。
八時ぐらいには教室に到着。
殆ど人など居ない。
この日も俺と朝倉さんを除けば三人ばかり。
女子一人と男子二人だ。
手持無沙汰もいいところだろう。
本を読むなり、勉強するなりで時間を潰しているわけだ。
気持ちはわからなくもない。
俺もどちらかといえばそういう人種だ。
朝倉さんが居る手前、少しはマシに振る舞おうとしているに過ぎない。
何かとお世話になっているし。
――授業時間など本当に何事もなく経過されていく。
移動授業が面倒だって事ぐらいしか言うべき事など他にない。
普通だ。
平凡だ。
平穏なんだろう。
不満を持つのは捻くれているだけだ。
不幸自慢をしたいわけではないが、不満を持つ方が間違っているだろう。
つまり、そこにあるもので満足出来ないんだろ。
だったら自分で何かするしかないじゃないか。
それをしないで不満を言うなら、せめて胸の中に秘めておくがいいさ。
俺たちには関係ないんだから。
「……で、今年は何かするの? キョンたちはさ」
昼休みになり野郎四人で飯を囲む。
国木田が言った『何か』とやらはSOS団が何かするのかどうかという事に他ならない。
今日辺りにその辺正式発表されるんじゃないか。
キョンは気怠そうに白米を咀嚼して。
「国木田は俺たちがXデーにテロでも起こす事を期待してんのか? 今年のイヴは振替休日だ」
「それがどうしたってんだ。クリスマス当日は終業式で学校もある。どうせ、お前らアホどもは今年も鍋つつきなんだろ」
三連休明けに一日だけ行くというシステムはいかがなものか。
それはそうと妙に谷口が楽しそうな雰囲気だ。
何かあったのか。
馬鹿らしさに拍車がかかっただけなのかもしれないが。
「じゃあ何かいい案を出せ。俺がハルヒに進言してやらんこともない。採用は多分されないだろうがな」
「涼宮に頼んでまでして予定を埋めてもらうほど俺様は落ちぶれちゃいないぜ」
「まだ周防さんと付き合ってるの? 彼女も不思議な人だよね」
国木田の言う通りだ。
不思議な人というか不思議そのものだからなあいつは。
未だに天蓋領域とやらは未知の存在だ。
情報統合思念体もよくわからず終いだからな。
その辺は喜緑さんに任せよう。
もっとも彼女も謎に包まれたままだが。
今年で彼女が卒業するにしても何かとちょっかいを出してきそうな気がする。
穏健派とは保守ではない。
自分たちにとって穏やかであればいいというイカれた連中だ。
で、谷口は高笑いでも始めそうな気味悪い顔で。
「よくぞ訊いてくれたな。実はな……昨日、あいつが、とうとう俺様の頬に熱いヴェーゼをよ!」
「……お前」
「そ、そう。良かったね谷口」
若干引き気味のキョンと国木田。
……俺も二人に同感だ。
ここまで停滞していたのかお前さんたちは。
その程度で喜んでいる様子から察するに今までキスの一つもなかったらしい。
当然と言えば当然だろうな。
周防がデレデレする様子を俺には想像出来ない。
もしそんな場面があったらそれはきっと世界崩壊の序章だろう。
実際にどうかはさておき、宇宙勢力のいち代表という大物と谷口は付き合っているんだ。
ううむ。
教えてやった方がいいのか。
知らない方がこっちとしては面白いんだが。
周防の判断に任せよう。
俺は知らん。
「これで満足かい……?」
かすれた声で呟く。
誰に訊いたわけでもない。
もう一人の自分か。
他に誰かが居たのかもしれない。
じゃあ神にでもしておく。
無能な神なのは確かだ。
無能な奴が不要なのがこの世界の不文律だ。
「そんな事より、俺は未だに謎でしょうがねえ。明智がどうやって朝倉をオトしたのかが」
周防が宇宙人という事実は谷口も知った方がいいかもしれない。
が俺と朝倉さんの経緯については知らなくていい。
表向きにもぼかしてある。
「オレに訊くなよ」
「じゃ誰に訊けばいいってんだ?」
「さあ。こんな世界にも不思議はあるって事だな。それでいいじゃあないか」
「ど畜生が」
落ち着け、好きにすればいい。
俺たちはお前さんたちを応援しているんだから。
肝心のキョンと涼宮さんは亀よりも遅いペースな気もする。
歩くような速さ、と言ったところで個人差あるって話だ。
「……早く休みてえぜ」
「谷口はこれ以上怠けてどうするつもりなのさ?」
「動くのを強いる世界の方がどうかしてやがる」
「もっともだな」
キョンまでそう言うか。
俺はまだ常識的な思考能力があるというのか。
国木田は模範的すぎる気もするが。
「だいたい短縮授業期間が申し訳程度しかないじゃないか。冬休みも雀の涙だろ」
「しょうがないよ」
本当に国木田が言うようにしょうがないかはさておき本来なら既に短縮授業となっているはずだ。
もはや俺たちにそれを確かめる術はない。
と言うのも去年の今ごろに北高の全国模試の結果が市内の某高に追い抜かれた影響が大きい。
おかげさまで校長が生徒の学力向上を叫んで今日と明日もフル授業。
今年もこの状況なのでともすれば通例化してしまうのかもしれない。
一年生はこの事実を知らないだろう。
恨むのなら結果を出さなかった連中を恨んでくれ。
それか校長だ。
「何が楽しいんだかなうちの校長は」
そう言って窓の外を見るキョン。
学校は過程を見る所だ。
だが、全員が全員そうとは限らない。
組織である以上は結果ありきなのだろう。
くだらない世の中だ。
涼宮さんが絶望したくなるのもわかる。
でも本当に絶望する事はないだろ。
「希望はいいものだ。多分、最高のものだ」
「明智は何が言いたいんだ」
「いいものは決して滅びない。だから楽しいんじゃあないのか?」
「いい歳したジジイが夢物語を見て俺たちに押し付けられても困るんだが」
まあね。
ただ俺たちが何を楽しいと思うか。
考えるって部分だけは誰にも奪う事が出来ない。
それを奪われた時、初めて人は死んだと言えるんじゃないか?
俺はそう思うね。
「でも、どんな人からでも学ぶことはたくさんあるよ……谷口相手でも、一つぐらいはあるんじゃないの」
そうかい。
国木田のそういう姿勢があれば一番だ。
お前みたいな奴に教師になってほしいな。
是非ともね。
「ん? 今、俺を馬鹿にしたのか?」
言っておくがそれがわからないようならやっぱりお前さんは馬鹿だぞ。
午後十五時過ぎ。
掃除当番の連中を尻目に部室棟へ移動する。
いくら二年生の校舎から近いとはいえ少しでも外に出ると寒いものは寒い。
どうにかならないものかね。
「口を開けば寒いしか言ってないわね」
「事実だから」
「その分私たちがアツくなればいいじゃない」
熱血というより多分扇情的な意味合いが朝倉さんの言葉には含まれているのだろう。
なんて下らない話をしているうちに部室棟に到着して、そうして文芸部室までやってきた。
入ると既に古泉と長門さんが居て。
「どうも」
「……」
いつも通りの風景だ。
次第に朝比奈さん、キョン、とやって来て最後にようやく。
「待たせたわね!」
と涼宮さんが到着。
浮足立っているというのはまさに今の彼女の状況だろう。
クリスマスパーティは今年も開催らしい。
彼女はホワイトボードの前に立ち。
「で、肝心の内容よね。サンタを召喚するにしても前日は休みだし」
「お前にしちゃ珍しいな。休みだろうとお構いなしだと思ってたぞ」
「団員のプライベートにまでは口出ししないわよ。だいたい前日に祝おうってのがおかしいと思わない?」
「俺に文句を言われてもな。どうも思わん」
サンタ召喚に対して誰か突っ込まないのか。
朝比奈さんは去年サンタのコスプレをしていたが未来でも相変わらずクリスマス文化はあるのだろうか。
未来の世界観が謎なんだよな。
知らない方がいいんだろうけど。
「そういう事だから、別に二十五日にパーティしようが構わないってわけよ」
年中お祭り連中の俺たちには今更だ。
構う構わないはさておきSOS団は災害クラスの集まりでる。
何かを巻き込まずにはいられないのさ。
「なるほど。僕は二十四日であれ予定が空いていますが、自分だけの時間というものもいいでしょう」
こんな呑気している古泉一樹。
ホームセキュリティは万全である。
彼の牙城が崩壊するのはこの時から四年後である大学三年生の時の話になる。
橘の原動力は何なのか。
精神病とは彼女のそれを指すんだろうそうだろう。
スペシャルパーティとホワイトボードに書く涼宮さん。
「鍋も良かったけど、やっぱりクリスマスと言えばチキンじゃない?」
「そうだな」
「タンドリーチキンね」
「フライドチキンじゃないんだな」
「そこらで売ってるものを食べても楽しくないわよ」
「……お前は鳥の調達から始めないと気が済まないのか」
古泉のアテに精肉店の一つや二つあるだろ。
あるいは養鶏場だ。
関係ないが北京ダックを初めてお店で注文した時のガッカリ感はえらいもんだった。
あれの肉を丸ごと食べたいと思ったのに、切れ端くらいだもんな。
自分で作るしかないな。
「僕の知り合いに鳥の都合がつくか尋ねてみましょう」
「解体ショーを部室でおっ始めるのか? 勘弁してくれ」
「まさか。肉だけですよ」
「新鮮ならいいけど、そうじゃないならバラしちゃいましょ。とにかくその辺は古泉君に一任するわ」
「承知しました」
チキンだけとは行かない。
他にも何かとあるだろ。
この日は食べるものの話に終始してしまった。
「あたしもたくさん料理の勉強をしないといけませんね」
朝比奈さんは作りたい相手など居るのだろうか。
この時代に居ないのだけは確かなんだよ。
彼女の家族について腐れ弟ぐらいしか俺たちは知らない。
禁則らしい。
禁則がゆるくなった今の彼女でもそうなのだ。
それなりに重要な秘密があるのだろうか。
気にするだけ無駄なんだろう。
「……」
「長門さんは普段何を食べてるのかな?」
「色々」
「自分で作ってるんだよね?」
「そう」
完璧超人なので料理の実力については言うまでもない。
それでも食生活が乱れてそうな印象なのは何故だ。
フードファイターのイメージが先行してしまっているのか。
「調理するのにこの部室じゃ手狭ね……」
「もうここでする必要があるのか?」
「うーん。そうねえ」
場所についてか。
機関で用意するか分譲マンションが安定だろう。
追って決めていけばいいさ。
時間はあるんだから。
午後十八時二十分。
朝倉さんを送迎した。
マンション前でお別れといってもいいのだが。
やれやれ。
「去年は馬鹿やったからな……」
すたすたとエントランスに入ろうとする彼女を呼び止める。
入口の手前で立ち止った。
「何かしら?」
「このまま帰っちまったら甲斐性なしどころかいいとこなしだと思ってね」
鞄から満を持して取り出す。
大したものではない。
長方形の包装された箱。
中に何が入っているのか?
女性にプレゼントするんだぜ。
そこそこの値段がして、かつ、大切にしてもらえそうなものだ。
例えば首にかけてくれるようなもの、とかね。
「……別に私は何か欲しかったわけじゃないのよ?」
「それでも去年のオレは駄目駄目だったからね。リベンジだ」
十二月十七日。
去年の朝倉さんがフラッシュバックする。
あの日、彼女は終始笑顔じゃなかった。
しかし今日ではない。
それに――。
「ふふっ。じゃ、遠慮なく頂戴するわね。中身は後で確かめさせてもらうから」
異世界人ってのは曖昧な存在でしかない。
やっぱり俺もそうだ。
だから、記憶の中の朝倉さんが笑顔じゃないと何故言い切れる?
思い出というのは美化されがちだ。
ま、その必要がないくらいに朝倉さんは容姿端麗なんだけど。
「ハッピーバースデイ……ってね」
登場人物はさておきどこにでもある話でしかない。
既に述べたように、日本中に高校生カップルは幾らでも居る。
……ああ、普通だ。
俺たちが特別だと勘違いするのと同じく、そいつらだって勘違いしている。
だが不思議を不思議だと判断出来るのは普通を知っているからだ。
常に不思議しか体験していないなら、それが特別だと思わないだろう。
そう、今、この瞬間に朝倉さんは笑顔でいてくれている。
たったそれだけの事だ。