異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュパカブラが何故、かくも恐れられているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇夜に煌めく深紅の眼光や、空を飛ぶことや、吸血のための鋭い牙や爪をもつことでもない。

まあ、それは確かに恐ろしい。畏怖の対象と成り得る。

しかしながら、もっと、もっと、単純なことなのだ。

 

 

 

 

チュパカブラは力が強い。

 

 

 

 

 

チュパカブラは脚力だけで、5メートル以上も軽々と飛び上がる事が出来る。

UMAに生物学が通用するのかは甚だ不明だが、チュパカブラは亜人型だ。

人間の脚力は、腕力のおよそ5倍。少なく見積もっても4倍は超えるとされている。

つまり、自重を踏まえても、逆立ちして1メートル以上は上昇できるほどの腕力を持っているのだ。

 

だからこそチュパカブラは恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明智よ。チームで戦うと言ってもだな、……俺と朝比奈さんは残念ながらお前たちに何も貢献できないと思うぞ」

 

申し訳なさそうに頭をかきながら、キョンは俺に向かってそう言った。

彼の横に居る朝比奈さんも同様で、「すいません……お役に立てなくて」と悲しげな声を上げている。

だが、俺のチームプレーという言葉の意図をこの場に居る彼ら二人以外は確かに理解していた。

 

 

「いえ、それで構いません。むしろそれがいいのですから。そうですよね? 明智さん」

 

古泉は俺に続きを促した。

慌てずとも説明してやるさ、作戦をな。

 

 

「チュパカブラは"吸血"という本能に身を任せて行動して、その犯行は無差別的に行われている。つまり、ここに居る全員がターゲットという訳だ」

 

「ああ、それぐらいはわかるぜ」

 

「このまま俺たち全員が固まっていたとしても持久戦となって効率がとても悪い。奴の移動速度を見ただろ? 何度も不意打ちに対応できるとは限らない」

 

「そこで明智さんが提案した"チーム"なのです」

 

「具体的なプランはこうだ。オレと朝倉さんがチュパカブラを追いかける、キョンと朝比奈さんは長門さんに守ってもらいつつ、俺たちの後を追う」

 

このプランは、このままではただ単純に頭数を減らしただけとなってしまい。効率が悪い。

先ほど言ったように、長門さんも必ず守り切れるとは限らない。

 

 

本来ならば持てる限りの最大戦力で仕掛けるのが、複数対個における戦闘の基本。

しかし、今回に限り、非戦闘要員が6人中2人と全体の三分の一を占めている。

 

チュパカブラは背水の陣が通用するような相手ではない。

少なくとも知能指数が低ければ、既に世間に正体が明らかとなっているはずである。

この場における最高戦力である長門さんでなければ、護衛役は務まらない。

だからこそ――

 

 

「そして古泉が先導するオレ達二人と、長門さん達三人の間に入る――」

 

「つまり、アレがどちらのチームを叩いても構わない。そこを僕が攻撃する"はさみうち"の形になる訳です」

 

「その通りだ。チームの最大の目的は、どちらでもいいからチュパカブラの動きを止めてやる事だ。そうすれば古泉がトドメを刺してくれる」

 

「いやはや。責任重大ですね」

 

古泉が茶化した様子でそう言うが、今回の彼の表情は真剣そのものであった。

 

 

「チームプレーにおいて大事な点は一つだけだ、くれぐれも勝手な行動をとらないでくれ。最悪の場合、全滅に繋がる」

 

「……やれやれ。囮ぐらいにはなれってワケか」

 

「ぐすんっ。私も頑張ります!」

 

涙目だった朝比奈さんもいつぞやのようにきりっとした表情である。

 

 

「移動範囲は古泉を基点に、古泉と各チームの連携がとれるギリギリだ。オレも深追いはしないし、長門さんも必要以上の攻撃は避けてくれ。防御の隙を突かれかねない」

 

「わかった」

 

「では、追跡を始めるとしましょうか」

 

そして、チュパカブラ討伐作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無音の森の中で聴こえる音など、俺たちが草木をガサゴソとかき分ける音ぐらいだった。

こんな中にチュパカブラが潜んでいるというのだから、仮に実在してたとしても見つからないわけである。

人間の声の届く範囲は状況によって異なるのだが、このように木が生い茂っている森の中では音が反響する。

よって、今は風が吹いていないとは言え、大事をとって古泉から離れていい最大距離を半径100メートルに設定した。

 

 

確かに、こんな状況は想定していなかった。

しかし。

 

 

「まさかの為に持ってきた、こいつを使う羽目になるとはね……」

 

俺は七月の中ごろと暑い時期にも関わらず、今日はブレザーを着用していた。

有事の際に皮膚の露出を控えたいという意識もあったが、他にも意味があった。

 

 

 

 

 

――それはチュパカブラ討伐のための追跡が宣言された時であった。

俺は着込んでいたブレザーを脱ぎ、キョンへ投げ渡した。

 

 

「キョン、悪いが預かっていてくれ」

 

「ああ。構わねぇが、……それは何だ?」

 

キョンが指した"それ"とは俺の夏服の上にある、左胸に装着されていたナイフホルダーであった。

 

 

「見ての通り、武器さ」

 

「それが明智君の"奥の手"なの?」

 

「朝倉さんのご想像にお任せするよ」

 

俺は、仮に自分が戦闘する事になった場合を想定して武器を用意していた。

巨大カマドウマ相手には無手で挑むよりこれを使う方がまだマシだと判断して、マンション前に再集合するまでの間、密かにロッカールームから取り出したのだ。

 

"奥の手"などではなく、どちらかといえば"隠し玉"なそのナイフ。

それは、過去にとある大量殺人鬼が犯行の記念として人の命を奪う度に製造したと言われている、曰く付きのナイフだ。

名をベンズナイフといい、この世界の技術で作られた武器ではないのだが、その話は今はいいだろう。

 

 

 

 

俺と朝倉さんが立てた追跡チームの作戦は単純明快。

空中の敵も攻撃できる朝倉さんがどうにかチュパカブラを引きずり降ろし、俺が古泉の攻撃のために隙を作る。

そして恐らく、チュパカブラが次に狙うのは俺ではなかろうかといった予感もしていた。

何故ならば一度キョンと朝比奈さんへの奇襲が長門さんによって阻止されている。

チュパカブラの知能指数がどれほどかは未だ不明だが、確率的に次は俺か。或いは古泉だ。

 

 

 

 

そして、追跡を開始してから十分ほどが経過したその時である。

俺の後方から人間のものではない金切り声が聴こえた。

それはチュパカブラ特有の泣き声、「ルーンヤッ」だった。

狙われたのは――

 

 

「古泉!!」

 

俺は後ろを振り返り、すぐ傍にいた朝倉さんに「古泉の援護を頼む」と指示。

彼女はいつものナイフを構えて、攻撃の隙を図った。投げるつもりらしい。

 

 

「おや、お次は僕が標的ですか。ありがたいですが、役者不足だと思いますよ」

 

そう言うと古泉は上空から襲い掛かる吸血生物の爪による一撃を半身になって回避。

その体勢を崩さぬまま、右手に持つ光球を投げずにそのまま振りかぶる。

カウンター。光球を直でぶち込むつもりらしい。

 

 

ギッ?!

 

と奇妙な声を上げたチュパカブラは、それを察知したのだろうか。

地面に着地するや否や大きくジャンプした。あれが持ち前の跳躍力か。

古泉の一撃は空を切る。

そのままチュパカブラは空中へ逃れ、再びいなくなってしまう。

 

 

「すみません。取り逃がしてしまいました」

 

申し訳なさそうに一礼する古泉。

動きが制限される森の中を自由に飛び回る相手。

楽な相手ではないのは明らかだった。

 

 

「うーん。当たらなかったなぁ」

 

そう言った朝倉さんの手にはナイフが無い。

しかし手を軽くスナップすると次の瞬間にはナイフが握られていた。

いつも思うがそれはどういった原理なのだろうか。

 

俺が確認できた範囲では少なくとも二本以上、今の攻防でナイフが投擲されていた。

一本はチュパカブラが古泉に接近し、地面に着地した瞬間だ。そのナイフは古泉の近くにある木に刺さっている。

そして空中へ逃れた時にもナイフを投げていたのが窺えたが、効果はなかったらしい。

チュパカブラは散弾銃を持ったハンターですら仕留められない相手なのだ。

 

 

「次は当てるわ」

 

「別に、アレを倒してしまってもいいんだぜ」

 

「ふふ。美味しい所は残しておくものよ」

 

全く以て、嬉しくない提案である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュパカブラが逃れた方向を更に追跡すると、やがて水辺に出た。

見たところはそこまで深くなさそうだが、何かの拍子で足場を取られるリスクはある。

よく、水中の丸石に滑って転ぶことがあるだろう? ここ一番でそれは勘弁してほしいが。

水中での動きは森林以上に制限される。間違いなく、奴はこの場所で俺たちを狩る心算なのだ。

 

 

「全く、どうしようもないな……。古泉、チュパカブラはここで再三襲撃してくる可能性が高い」

 

「心得てます。超能力者の名誉挽回、と行きたいものですが」

 

 

 

 

俺はチュパカブラを誘うために水辺へと入り先導、朝倉さんが俺の数メートル後方に続き、古泉は長門さん達と一緒に川に入らずにほとりで警戒している。

 

やがて一番深い所まで来たのだろうか。ひざ上から腰近くまで、俺の下半身は浸水していた。

その時である。水辺に群生している細い木の上から泣き声が聴こえた。

そしてその木に赤い残光を残し、上空からこちらへ接近する。

 

 

ルーンヤッ、ルーンヤッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――勝負は一瞬だった。

 

後ろに居た朝倉さんは両手に持つナイフをそれぞれ投擲し、チュパカブラの脇下にある翼を引き裂く。両翼だ。

俺はナイフホルダーからベンズナイフを抜刀、右手で逆手に構える。

空中で制御を失ったチュパカブラは落下しながらも長い舌を伸ばし、俺に突き刺そうとする。

ヤツは牙や爪以外にも、先端が鋭く発達した数メートルにも及ぶ細長い舌を持っている。

一説にはその舌で獲物の血を吸うとも言われているが、おそらくは手段の一つなのだろう。

 

その攻撃を右に回避し――左頬に掠ったが問題ない――ベンズナイフで舌を切り裂く。

グガッ。と呻き声を上げたチュパカブラは着水するや否や俺に掴みかかろうとする。

力押しじゃ俺はかなわない、朝倉さんが次を投げるより早く俺はチュパカブラの一撃を貰うだろう。

 

だが、突如としてその動きが硬直した。

 

 

「やれやれ……。"毒"が効かなかったら詰みかけていたよ」

 

ベンズナイフには288本と様々な種類があるのだが、俺が持つのは中期に製作されたと言われている。

魚の骨が曲線を描いているかのような特徴的なエッジ。そこには、ごく少量であろうとクジラを動かなくさせる程の神経毒が仕込まれているらしい。

 

つまり、このメンバーを相手に、空が飛べなくなった時点でチュパカブラは"詰んでいた"のだ。

 

そして、その決定的な隙を見逃さずに古泉が光球を空高く放り投げた。

巻き込まれたくないので俺は全力でその場から逃げる。

……これが終わったら、靴下を買い替える必要がありそうだな。

 

 

 

 

「ていっ!」

 

原作と同じ、バレーボールサーブの要領で放たれた光球はチュパカブラに見事命中する。

 

 

「これで終わりですか?」

 

「そう」

 

長門さんが肯定すると、チュパカブラの身体は霧散し、森の風景も消えていく。

そこには、俺たちの他に仰向けに気絶しているコンピ研の部長だけが取り残された。

部長氏の自室に戻ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「約二億八千万年前のことになる」

 

それからの長門さんの説明は原作通り。

太古の地球へやってきた原始的な情報生命体とやらが長き眠りから目覚め、コンピュータネットワークを依り代にしたらしい。

涼宮さんが描いたエンブレムは召喚魔法陣の如く起爆剤となった上に、俺のサイト内容もあってチュパカブラの姿になったという、俺の予想通りであった、

 

しかし、一連の説明にキョンは納得がいかなかったらしく。

 

 

「おかしなことがある。……俺はハルヒが前衛的なアートに勤しんでいた場に居合わせたが、何も起こらなかったぞ。だいたいからして絵が完成した時に何故そいつは出てこなかった?」

 

「あの部室はとっくに異空間化してますからね。我々が特殊だというのもありますが、やはり涼宮さん本人によるところが大きいでしょう。様々な要素や力場がせめぎあい、飽和して、かえって普通に感じてしまうのです」

 

「文字通り"飽和"しているから、チュパカブラは出てこなかったという訳か」

 

「その通りです」

 

俺が部室に設置した"出口"も、その要因の一つなんだろうな。

 

 

 

 

その後、長門さんの解説によって今回と同様の被害があることが発覚。

8名の被害者うち5名が北高生で、他の3名を助けるには新幹線に乗らないといけない。

どうせ新幹線の代金は『機関』持ちだから気にしない。

帰りは俺の"臆病者の隠れ家"を使わせても構わない、ちゃっちゃと帰りたいのだ。

このための出口は長門さんの部屋に設置した。

 

キョンは涼宮さんをコントロールできなかった尻ぬぐいをしたいらしく、朝比奈さんもやる気を出しており、二人とも討伐へついてくるらしい。

こうして再び、異空間でUMAと格闘することになったのだ。

 

 

……その話は割愛させてもらおう。

まあ、雪山で対峙したビッグフットは強敵だったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。朝倉さん」

 

「何かしら? 明智君」

 

そんな激闘の日々は夏休み前の期間にどうにかこうにか完了し、今日は終業式。

すっかりいつも通りになってしまったが俺は朝倉さんと登校していた。

 

 

「この間のことなんだけど、そういえばまだお礼を言ってなかったよ。……俺を殴ってくれて、ありがとう」

 

立ち止り、彼女の前で頭を下げる。

客観的に登校中の風景とはとても思えない。

だが、暫く反応が無かったので顔を上げると朝倉さんは不思議そうな表情をしていた。

 

 

「あなた殴られるのが好きなの?」

 

「まさか。勘違いしないでくれ、そういう意味じゃないよ。オレが感謝してるのは情けないオレを矯正してくれたことだよ」

 

「別に……何故ああしたのかは私にもよくわからないわ。ただ、あの程度で明智君に死んでもらっちゃ困るの」

 

「そうかな。オレが死んだら朝倉さんが困る事ってなんかあったっけ?」

 

俺がそう言うと朝倉さんは「はぁ」とため息を吐いた。

呆れた表情で彼女は説明する。

 

 

「私個人を守ってくれるのは明智君だけよ。今も依然変わりなくね。それに、何より約束したじゃない」

 

「約束?」

 

 

 

 

 

「私と一緒に死んでくれる? って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその時、一週間以上も前にあった原作剥離の時よりも硬直していた。

 

そういやそんな事言ったっけ。

確かに。

 

 

……おい、ちょっと待て。

 

 

「そのお願いって、"あの時"だけだろ?」

 

「あら。私そんな事一度も言ってないわ」

 

話術もここまでくれば詐欺だ。

大体、涼宮さんに殺されるのが嫌だから俺にそう振ったんじゃなかったのか。

 

 

 

 

 

明日からは合宿だというのに。

朝倉さんは俺の悩みの種を増やすのがどうしてこうも上手なんだろう。

 

 

「まったく……」

 

 

 

 

 

 

「「どうもこうもない」」

 

 

 

 


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