異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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『 "孤島" 症候群 』
第十八話


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がSOS団団員として自主的に原作に関わる以上は、俺も様々な体験をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今にして思えばだが、心構えが甘かったりだとか、覚悟と妥協をどこか勘違いしていただとか。

まあ、俺自身への落ち度を列挙すればキリがない。

過去の後悔とは得てしてそういうものだからだ。

そして、俺が自分自身の過去を乗り越えるのはここからもう少し先のことになる。

 

 

しかしながら、茶番中の茶番と言える出来事は、後にも先にも"この件"ぐらいだったと言える自信がある。

 

 

 

俺の"臆病者の隠れ家"は、異空間作成、疑似空間転移の2つを可能としている。

こんな技術を知ったら世のミステリーやサスペンスに代表される推理小説作家は口を揃えてこう言うはずだね。

 

 

「なんだそれは、ふざけるな!」

 

……と。

 

 

 

つまり、俺が居る以上はだいたいの事件のトリックが可能になるし、アリバイについては言うまでもない。

文字通りの"推理殺し"なのだから、やられた方は楽しくもなんともないだろうよ。

 

賢明な皆さんならば"この件"の詳細については、よくご存じだと思う。

だからこそ、今回ぐらいは趣向。あるいは視点を変えて、そのリアクションを楽しむというのはどうだろうか?

 

 

 

 

物事を知るには広い視野と、見落とさない洞察力。

そして何より多くの時間が必要だ。

でなければ、どんな事象もその一部しか捉えられない。

正に氷山の一角。

 

 

俺の能力である"臆病者の隠れ家"も、本質的にだが、俺が認識していた物と異なる別の"ナニカ"がルーツだったのだが……。

 

 

 

 

 

……しかし、その件は今回において重要ではない。

俺が話をしたいのは未来でも過去でもなく、"この件"についてであり。俺に"推理殺し"としての役割があればそれでいい。

サーカスのピエロはジャグリングも行うが、その役割は司会であり、早い話が道化師の俺は主役のお邪魔虫なのだ。

 

 

どうやら"この件"の仕掛け人もそれを望んでるらしい。

俺に好き勝手されちゃあ計画も、どうもこうもないのである。

 

 

 

 

だが、幕開けの別れをする前に、これだけは俺に言わせてくれないだろうか。

 

 

「あれは夏真っ盛りの七月中旬頃であった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは夏真っ盛りの七月中旬頃であった。

太陽は飽きもせず連日と照り続けていて、まったく、誰と闘ってるのかね。

 

 

俺はいつものように不法占拠している文芸部部室で熱いお茶を飲んでいた。

言うまでもなく朝比奈さんが淹れてくれたその熱いお茶は、こんな毎日において格別の楽しみだ。

別に汗をかいて発散させようという事ではない。何故ならばとても美味しいからだ。

朝比奈さんの慈愛に満ちたそのお茶を飲むと、今までの疲れが全部吹っ飛んで、驚くほどの元気が体の芯から湧いてくる。

信じられないぐらいにいい香りで、また明日から頑張ろうという気持ちになる。

まさに"命の水"だ。

 

しかしながら、そのような素晴らしい体験をしたとしても俺のテストの結果が何一つ改善される訳ではない。

補習という宿命からは逃れられない。こんな時はあれだ、現実逃避をする手に限る。

今この瞬間から現実が崩壊してくれないだろうか、海底からのエイリアン襲来でも、ドラゴンが新宿に出現でも構わない。

 

 

「あの……難しい顔してますけど。お茶、美味しくなかった?」

 

「とんでもない。相変わらずの甘露でしたよ」

 

そんな俺の妄想なんざ、朝比奈さんの不安な顔を見たら一刻も早く中断してしまうね。

俺の嘘偽りない率直な感想に対し夏服メイド姿――生地が薄手らしい――の朝比奈さんは安心した様子で、くすりと小さな吐息を漏らした。

そんな俺と朝比奈さんの至福のひと時を空気を読めずに邪魔する不届き者がいた。

 

 

「期末テストはどうでしたか? 僕の方はまずまず、といったところでしょうか」

 

うさんくさい笑顔で無駄に軽快な声を出し、俺にとって知りたくもなんともない情報を与えてくるのは古泉だ。

お前はそこで一人モノポリーにでも興じていればいいさ。百歩譲って俺と話がしたいのならテストの話を持ち出すな。

 

 

「これは失敬」

 

おかげさまで再び精神世界へトリップしかけてしまった。俺が現実を放棄したらここの集まりはおしまいだ。

長門はパイプ椅子の上でえらくぶ厚いハードカバーを広げていた。

 

 

「…………」

 

眼鏡の奥に潜む視線からは感情が読み取れないが、思うに長門は本ばかり読んでいるから目が悪いのではなかろうか。

というか、宇宙人でも目が悪くなるものなのか。どうにも情報操作とやらは謎の技術力である。

 

 

「……」

 

そしてもう一人の無言の主は俺と同じクラスの明智だ。

さっきから何かを必死にメモしているようで、俺はちらっと覗いてみたのだがメモにはよくわからない象形文字が羅列されていた。

古代インド人さながらの記号たちを見た俺はむしろこいつの方が宇宙人なんじゃないかとさえ思えたね。

その明智と付き合っている、これも同じクラスの朝倉は他の女子から借りたらしいファッション雑誌を独り言をしながら物珍しく眺めていた。

 

 

「ふーん」

 

俺は朝倉に限らず団員の私服姿など市内散策の折ぐらいしか見ていないのだが、品性のない俺から見ても長門を除くみんなは気を使っている方だと思う。

長門と違って彼女はファッションやファッドに興味があるのだろうか、今度明智にその辺りを聞いてみるか。

いずれにせよ人間社会のいい勉強にはなっているのだろうさ。

 

 

 

 

さて、今更ながらこの文芸部を乗っ取っているSOS団は俺以外の団員全員が例外なく"普通じゃない"。

 

 

天使のような笑みを浮かべる朝比奈みくるさんは未来人で俺なんかついこの間はタイムスリップを体験した。

朝比奈さんの更に未来の姿である朝比奈さん(大)とも対面したことがあるのだが。正直、たまりませんでした。

 

 

夏だというのにやけに爽やかな優男、古泉一樹は超能力者で文字通り巨大な敵との戦いに明け暮れている。

そのくせよくわからない秘密結社『機関』とやらに属しているので、話だけではどちらが悪役かがわからない。

 

 

常に寡黙で読書の方に明け暮れているのは宇宙人こと長門有希で先日のUMAを模した情報生命体とやらの戦いではその宇宙的片鱗が窺えた。

俺じゃなくてもバリアなんか出された日には地球人に理解できない宇宙的な技術がそこにはあると思うさ。

何よりモスマンを相手した時に彼女が居なかったら俺たちは今頃どうなっていたかがわからない。

モスマンが翼を攻撃されてもなお飛べるとは驚いたね。

 

 

そして謎多き異世界人、明智黎。

俺以上に無気力そうな顔のくせに口から出る言葉はやけに前向きなものが多い。

明智はよくわからない異世界的技術で異空間を作ったり移動したりができる。

しかしながらUMAを相手に立ち回ったのを見るに、こいつも只者ではないのは確かだ。

確かに謎といえば他の団員も謎があるのだが、明智は必要以上の事を言わない奴だった。

 

なんと古泉によると彼のような異世界人は明智一人だけらしく、勢力や、まして後ろ盾などない。

未来人は何やら上層部と言える組織があるみたいだし、宇宙人は世界中に紛れているらしい、古泉には『機関』がある。

ただ、スタンドアロンな異邦人、明智黎について俺が確信を持って言えるのは"悪い奴"じゃないって事ぐらいだ。

友人としちゃそれで充分だろう?

 

 

その彼女である朝倉涼子も長門と同じく宇宙人らしい。

クラスで言えばハルヒと同じくらいの北高でもトップクラスの美人で、何よりハルヒと違って人当たりがいい。

人気が出るのも当然で、そんな彼女が明智と付き合ってる事が発覚した時は全校中で騒ぎになった。

内情を知ってても俺が明智に、ほんの1ミクロン程度しか同情できないと思うのも当然だろう。

あんな美人さん相手に一体何を考えているんだ。忌々しい、クソ忌々しい、忌々しい。

まあ、流石に高速で明智を殴り飛ばした時は俺もビビったが。

 

しかし、朝倉と長門は同じ宇宙人とはとても思えない程に全てが正反対である。

こういうケースもあるのだろうか。

俺はいつぞやの来訪者、喜緑江美里さんを思い出したがそれでも参考にならず思考を中断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小腹が空いた俺は購買部から仕入れたハムパンで飢えを凌ぐことにする。

お茶が進む。

 

――それにしても全員ヒマである。

テスト期間中も集まっていた上、苦しんでない様子を見るにこいつらは俺と頭の構造が違うらしい。

理不尽ここに極まれり、だ。

 

 

「あたしもお弁当にしますね」

 

朝比奈さんは自分の分のお茶と、とってもキュートなお弁当箱を用意すると俺の向かいに着席した。

ああ、その一挙一動に癒されます。

 

 

「僕ならお構いなく、どうぞ昼食の方をお取りください。学食で済ませましたので」

 

そうかい。俺は気にもしてなかったがな。

長門は読書に集中しているのかそれとも既に何か食べたのかはしらないが、明智と朝倉のペアは既に朝倉のお手製弁当を食べてきたらしい。

授業短縮で午前で終了するようになってからは朝倉が毎日お弁当を作っているそうだ。

その楽しそうな光景を考えるだけで、そこの倦怠男に殺意が湧くね。ちくしょう。

やがて朝比奈さんがふりかけがかかった白米をつついて

 

 

「涼宮さん、遅いですね」

 

「さあ。どっかその辺でバッタやカブトムシを探してるんじゃないですか。夏ですし」

 

「涼宮さんなら先ほど学食でお見かけしましたよ。食欲旺盛極まれりといったご様子で、人間の神秘を感じさせましたね」

 

「あいつの胃袋に興味なんざないさ。夕食まで食堂に居てくれていいんだぜ」

 

「そうもいかないでしょう。何やら今日は重大発表があるそうで」

 

あいつの思いつきとやらが某忍者養成学校の学園長と同レベルだという事をこいつは理解していない。

ハルヒがやってきたことが有益であったためしがないからである。お前の記憶は一晩で消し飛ぶものなのか?

 

 

「どうしてお前にそれがわかるんだ?」

 

「さあ、どうしてでしょう。お答えしても構いませんが、ここはやはり、彼女の口から直接耳に入れるべきでしょうね」

 

「お前がそうする事で少しでも重大発表の内容が改善されるのであれば永遠に黙っててくれ」

 

「これは手厳しい」

 

手厳しいも何も当然の対処である。

たった今、ここで、俺の平穏は消え失せたのだ。

どうしてくれる、と言おうとした俺のセリフはいつも通りに勢いよく開かれたドアの音に遮られた。

 

 

「みんなそろってるわね! 今日は重要な会議の日だからね、重役出勤なんて平社員としてあるまじき行為よ。あなたたちにもそろそろ団員としての自覚が芽生えてきたみたいで、とてもいい兆候よ」

 

今日が会議だというのは少なくとも俺は初耳だし、お前がいつの間にか設立してた会社に入った覚えもない。

そしてその兆候とやらは徴候に他ならない。いつぞや谷口が言ってた涼宮毒のである。

 

 

「遅かったじゃないか」

 

「学食でたらふく食べるコツはね、営業終了間際に行く事よ。タイミングが命なの。うまくいけばおばちゃんが余りそうな分もオマケしてくれるわ」

 

「ラッキーなことで」

 

「まあそんなことはどうでもいいの」

 

「お前が言ったんだろ」

 

ハルヒの反応はない、無視である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ハルヒによるいつもの朝比奈さんイジりが行われた後、会話の流れで重大発表とやらがあった。

 

 

「夏休みには合宿にいかなければならないのよ!」

 

「合宿、だ?」

 

「そうよ」

 

合宿というとあれだ、運動系に限らず放送局や吹奏楽部でも行われている合同宿泊研修訓練のことだ。

しかし俺たちのどこに合宿をする必要があるんだ。まさか異形の生物を捕獲しろとでも言うのか、もうUMAを見るのは懲り懲りだ。

 

 

「……その合宿とやらで、どこへ行こうと言うんだ?」

 

「孤島に行くつもりよ」

 

それも孤島に"絶海の"がつくらしい。

行きたいなら勝手に行けばいいさ、お前のロビンソン・クルーソーごっこに付き合う必要がどこにある。

 

 

「この夏休みは海、いえ、孤島に行くわよ!」

 

何やら俺の言葉を無視して雪山だの冬休みの楽しみだのと言ってた気がするが、合宿は既に決定事項らしい。

確かに夏と言えば海なのはわかる。魅力的だからな。

 

 

「で、そこまで言うからには絶海の孤島に海水浴場があるんだろうな?」

 

ここまで振っておいて崖から着水しろだなんて言われたら俺はここから飛び降りてでも合宿に参加しないぞ。

 

 

「もちろんよ! そうでしょ、古泉君」

 

「ええ、あったはずですよ。砂浜だけが広がる無人の海水浴場ですが」

 

ちょっと待て、なんでお前が合宿の話に関わっているんだ。

 

 

「それはですね――」

 

「今回の合宿地は古泉君の提供だからよ! この功績は団長である私に認められ、あなたを二階級特進してSOS団副団長に任命するわ!」

 

「拝領いたします」

 

その手書きで「副団長」と書いてある腕章なんざ羨ましくもなんともないからこっちを見るな。

 

 

「というわけで三泊四日の豪華ツアーです。今から張り切って準備しときなさい!」

 

どういうわけなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

その後の補足によると、どうやら古泉の遠い親戚の富豪さんとやらの提供らしい。

無人島を丸々買い取って別荘を建てたはいいのだが、その館の落成式に行ける人がなかなかいないので、古泉まで話が回ってきたとのことだ。

 

……どこまでこいつの話を信用できるのかね。

いかにも『機関』とかいうアホの集まりが関係してそうだ。

しかしながらハルヒはノリノリだし、俺の頼みの綱であった明智さえもハルヒの話に頷いている。

とどのつまり、毎度のことだがハルヒがやりたいように俺たちも振り回されるのだ。

 

 

「そういうわけだから、行くわよ孤島! そこにはあたしたちを何かが待ち受けているの、きっと面白いことが。あたしの役割もとっくに決まっているのよ!」

 

そういって団長机から取り出した腕章には「名探偵」と殴り書きされていた。

どうでもいいが、頼むから世界が滅ぶような謎だけは望まないでくれよ。

冷蔵庫のプリンが減っただとか、俺の手に負えるヤツにしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――SOS団団長、涼宮ハルヒ。

彼女にはどうやら願望を実現する能力があるそうで、この部室に宇宙人未来人異世界人超能力者がたむろしているのも。

 

 

「あたしのところへ来なさい!」

 

と望まれた結果らしく、なんともまあわざわざハルヒの前へ行く方も行く方である。

 

そのくせ自分やその周囲の特殊性に無自覚らしく、こいつの知らないところで世界が滅びかけているのだから、困るでは済まされない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、これでわかったろう?

 

 

この部室に居る普通の人間は俺だけで、何故俺がここに居るのかもよくわからんのが現状だ。

 

"鍵"だとか言われても俺は特別な鍵なんか持ち合わせていないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてやれやれ。

わかりきっていたことだが、合宿はロクなもんじゃなかったさ。

 

 

 

 

 


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