異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十九話・偽

 

 

 俺の念能力――正確には念能力じゃないらしいが、この俺は知る由もない――である"臆病者の隠れ家"は某人気漫画に登場したノヴというキャラクターが使っている"四次元マンション"と殆ど同じだ。読み方も彼のと同じハイドアンドシークだし。

 常識で考えて異空間作成と物質転送なんてものは一対一の戦闘では役に立ちにくいものの、戦術的には計り知れないほどの価値があり、事実ノヴがキメラアント討伐隊のメンバーとなったのはそのような理由からだろう。

 でも、それはノヴという男が達人だったから。

 ピーキーな能力の使い手なんてものは世界にいくらでも転がっているはずだ。だのに彼が選ばれたのは長年の修行の末にたどり着いた境地のひとつがハイドアンドシークという誰の眼から見ても有用に感じられる、確かな評価を得たからに違いない。

 つまり彼のうん十年間と思われる研鑽の期間と、俺がこの世界に来てからの三年間がイコールなはずもなく、いくら俺の才能がゴンやキルアレベルで高かったとしてもまず俺に念の師匠すらいなかったので普通に考えれば俺がノヴと同じ能力を手に入れられるわけがないのだ。

 だから"臆病者の隠れ家"には念能力者として大きな制約がある。一度に自身の身体に顕在できるオーラの範囲は両手二つぶん、正確には中指の先から手首までの範囲二つだけが三次元的に展開できるオーラの範囲なのだ。

 身体強化なんてまるで期待できない、部分的にパンチの威力を上げるなどはできるものの他の部分は精々が素人に毛が生えた程度。武闘家ですらない俺はヘタレた状態のノヴにすら負けかねないという残念さ。

 

 

「……とっても残念だぜ」

 

 だがしかし俺には最後の奥の手として、これらのオーラ顕在に関する制約を無視する方法がある。

 それが今行った"解約(リリース)"だ。

 

 

「いや、マジに残念なんだよ。朝倉さんにはわからないかもしれないかな」

 

 おそらくノヴが持っているわけがないだろうこの発を使うと、早い話が俺はもう二度と"臆病者の隠れ家"およびその派生技であるスクリームを使うことができなくなる。

 そのかわりにオーラ使用の制約を無視するという、いわば『制約を制約で上書きする能力』に相当する。邪道そのものさ。

 もちろん一度能力作成のために圧迫したメモリが解放されることはない。メモリというのは個人の才能を容量化したようなものであり、能力を作るごとにこれが圧迫されていく。ハイドアンドシークなんて汎用性が高すぎる能力を手に入れた俺に残っているメモリなどきっと皆無だ。俺はこれから"発"が使えない念能力者として生きていくことになるわけさ、身体強化に長けた強化系でもないのに。

 

 

「家具に家電……金額にしたら全部でいくらぐらいになるか想像もつかない。まあ、臆病者の隠れ家に置いてたものはほとんどオレの兄貴が買ったものなんだけどさ」

 

 当然、各部屋に置いていたものだけでなくロッカールームの中のものも取り出せなくなった。そもそも解約を行うとこの世界のどこかに存在していたはずの隠れ家が消滅する。らしい。

 よって副次的な効果として俺が隠れ家の維持に使用していたオーラが全て俺に還元される、さながらグリードアイランド編で登場したレイザーのように。

 そんなわけで朝倉さんには見えないだろうが四方八方から俺の身体にオーラが飛来してきた。生命力が根源であるオーラが俺をたぎらせる、制御不能なほど。

 彼女にはオーラを視認することができないとはいえ、こちらが何かしたということは認識しているようで、

 

 

「さっきから明智君が何を言ってるか私にはさっぱりで、とても理解しがたいけど今のあなたに隙がないことぐらいはわかるわ。単なるハッタリじゃないみたいね」

 

朝倉さんは再びナイフを構えてこちらを警戒する防御態勢に入っている。 

 オーラの奔流によって髪が逆立ちそうになるのを自覚した。

 ゴンさんには到底及ばないが戻ってきたオーラを最大出力で展開させる。念能力の基本中の基本である四大行の一つ、"纏"だ。基本中の基本のくせにこれを満足にできなかったんだから我ながら笑えるが。

 

 

「あまり時間がないみたいだから手短に言わせてくれ」

 

 俺は左手に持つ鎌のように特徴的なエッジのナイフを構えながら、

 

 

「今しがた君が言った言葉をそのまま君に返すよ、朝倉さん『本気で来な』……ってね」

 

挑発的に笑ってやった。

 まあ、そっちが来ないのならこっちから行かせてもらう。二刀流とまともにやりあうのはもう面倒なのさ。

 朝倉さんとの距離は七メートル前後。イメージするのは難なく一跳びで彼女の元まで踏み込む自分だ。

 そして実際に爆発的な速さでもって接近すると同時に軽くジャブのように右手の拳で彼女の左腕を光速で三回小突く。

 

 

――ト、ト、トン

 

 もし打撃音が聞こえるとしてもそんなナヨナヨっとした音だと思われるが、威力は充分にあったのか朝倉さんは次の瞬間には左後方に吹き飛んでいた。

 何をされたのかわからなかったはずだ。しかし、彼女を倒すには至らなかったようで右手のアーミーナイフこそ弾き飛ばせたが更に十メートル以上の間隔を空けて彼女は立っている。開いた距離は俺がパンチで吹き飛ばせた距離ということか、やはり手加減していたとはいえこの程度とはね。

 朝倉さんは殴られた左腕をやや庇いながら。

 

 

「驚いたわ。あなた本当に人間なの? 咄嗟の防御で構成が甘めだったけど、それでも私の障壁を貫通してくるなんて信じられない」

 

「今ので諦めがついてくれればオレとしては助かる」

 

「まさか。あの程度は知覚の範囲内よ」

 

 お返しとばかりに朝倉さんがベンズナイフを持って駆け出して来る。

 いつぞや彼女と教室で対峙した時の動きよりも格段に速さが違う、だが"纏"よりも上位のワザである"堅"を行うことで更に身体を強化させる。

 朝倉さんは最早殺す気で放ってるんじゃないのかというほどの勢いでナイフによる連続の突きで俺の動きをとらえようとしているが、反応速度も底上げされているらしい俺は最小限の身体捌きでナイフを回避していく。一歩間違えれば三枚おろしだがちょっとした達人気分だ。

 

 

「っ、ちょこまかと!」

 

 攻撃が雑になったほんの一瞬、そのタイミングを俺は逃さずに仕掛けた。

 ここで俺が先ほど用意したナイフについて解説をしよう。

 ともすればナイフとは思えないようなフォルムのそれは前述の通り直刀ではなく鎌に近い。

 セレーションと呼ばれるエッジを持つそのナイフの名前をカランビットといい、東南アジアをルーツとする武器だ。

 言うまでもなくブッシュナイフとはリーチが雲泥の差であり、普通のアーミーナイフと比較してもカランビットは小型に分類されよう。

 しかしながらこの武器、鎌状の刃による殺傷力の高さもさることながら武装解除すなわちディザームに長けている。

 ナイフファイティングにおける最大のリスクとは他でもないナイフを失ってしまうことだ。どうナイフを握ろうとナイフは身体の一部とまではならない、合気道の達人にでも掴まれてしまえばたまらず手放すだろうさ。

 その点カランビットは違う。グリップエンドに輪っかみたいな穴が開いていて、そこに指を通して握ることで武器を落とすというリスクが軽減されている。

 流石に合気道にはかなわないと思うけど、それでもこの武器の優位性としては立派なものだ。

 

 

「なっ!?」

 

 と彼女が口にした時にはもう遅い。

 逆手に握ったカランビットでもってベンズナイフの細くなっている根本、リカッソを引っかけて朝倉さんの肘を右手で掴む。

 俺が彼女の手からナイフを弾き落とすのと朝倉さんが咄嗟に俺の頭に右手でパンチを与えるのは同時だった。ので目的は果たせたもののたまらず互いに後退してしまう。

 痛え、痛いすぎる。ノーモーションで放ったパンチでこれかよ。曲がりなりにも俺は"堅"で防御力も高めてたんだぜ、いくら俺の念の練度が高くないとはいえこうも朝倉さんが化け物じみているとは。

 

 

「うう、も、もうちょっと加減してくれよな。ただでさえ良くない頭が谷口並に馬鹿になっちまうぜ」

 

「ちいっ……正直侮ってたわよ、あなたのことをね」

 

「もう君の手元に光り物はないけど、まだ続けるつもりかな」

 

「当り前よ」

 

 いったいどんな原理なのかは知らないが朝倉さんはナイフを持たずとも手刀ですらただの人間を相手するには充分な手刀を持っていた。

 その証拠に俺はカランビットを持った左腕は使わずにジークンドーのような半身を相手に向ける立ち位置でもって、片手で手刀をいなして応戦しているのだが、彼女の"手"が掠った部分はそれこそナイフで切られたかのように切れている。シャツの袖は気が付けばボロボロで、これはもう学校に着ていけないだろう。

 俺にも体力の限界はあるが、オーラを自由に扱えるようになったことで余裕が出てきたのか呼吸は乱れていない。まだ戦える。

 朝倉さんの猛攻を凌ぎながら再び問いかける。

 

 

「朝倉さん、何故君はこんなことにこだわるんだ」

 

 返事はない。

 むしろお返しと言わんばかりに攻撃の速度が更に上昇していく。

 文字通り俺は手痛いというわけだ。

 

 

「意味がないじゃあないか。君たちが主張している自律進化の可能性とやらだって、潰えてしまうはずだ」

 

「意味があるかどうかは私が決めることでしょう」

 

「暴論だろ」

 

「こんな争いだってしなくていいようになるの。平和な方があなたたち有機生命体にとっては喜ばしいはずよ」

 

 それでも。

 

 

「それでもオレは、こっちの方がいいんだよ!」

 

 既に右手の感覚が無くなりつつあったが構わない、朝倉さんの貫き手を右腕を盾にして防ぎきり、彼女がもう一発を放つよりも先に右足に足払いを仕掛ける。が、倒れない。まるで鉄の塊でも蹴ったかのような硬さだ。

 

 

「無駄なの」

 

 しかし狙いは別にある。

 朝倉さんの意識が下段に行ったその一瞬、俺は後ろ手に隠しているカランビットの持ち方を変えた。

 カランビットには"ローリング"と呼ばれる持ち方を咄嗟に変える技術がある。

 今まで俺はグリップエンドの穴に人差し指を通して逆手にカランビットを握っていたが、手を開き、人差し指を軸に半回転させることで拳から牙が生えたような持ち方になる。

 カランビットのグリップを握るのではなく、末端にある輪の部分だけを持つことによってグリップの長さだけリーチを長くすることができるというわけだ。

 下段はフェイント。

 

 

「……チェックだ」

 

 首元に切っ先を突きつける。俺が持っているカランビットは両刃、まさしく王手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、残念だわ。二度もあなたにしてやられるなんてね」

 

 ようやく観念してくれたのか朝倉さんはそんな言葉を吐いて、右手で指パッチンをする。

 

 

「負けよ負け、私の負けよ。明智君の勝ち。だからもうおしまい。諦めるわ。事象改変も中断したからさっさとこれをどかしてくれない?」

 

「……ふぅ」

 

 すっと手を戻して朝倉さんを解放。

 本当に交戦の意思はないようで何もしてこないし、ちらっと見るにあの黒い雲みたいなのも消えている。 

 まだまだ油断できないが一応競り勝てたらしい。

 

 

「ご苦労様ね。この敗北が人類にとって大きな損失でないことを祈るばかりよ」

 

 やれやれって感じだな。

 ボロボロになった右腕の痛みがなければ現実とは思えない。俺は放り投げていたシースを拾ってカランビットを収納。

 ブッシュナイフやベンズナイフも地面に落としたままにしとけないし、とにかく一旦解散してから落ち着いて話し合おう、と提案しようとしたその瞬間、言葉を出すことができなくなった。

 例の金縛りとやらだ。しかし朝倉さんではないらしく彼女は俺の後ろの方を見てため息を吐き出している。

 

 

「遅かったじゃない、長門さん」

 

 長門さんだと?

 やがて足音も立てずに俺の横を通り過ぎて朝倉さんの前まで移動する眼鏡をかけたショートの女子高生。確かに長門さんがいた。

 

 

「私を止められなかった憂さ晴らしにでも来たのかしら?」 

 

「あなたは重大な規律違反を犯した。あなたの独断専行は許可されていない」

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

「涼宮ハルヒが持つ特異性……あれは我々が干渉するのではなく、彼女個人が発展させるべき力」

 

「利用価値はあるわよ」

 

「朝倉涼子。あなたはその域に達していない」

 

「ええ、長門さんもね」

 

 何だ。

 何の会話をしている?

 そもそも俺の動きを封じる必要がどこにあるってんだ。

 鼻で息をすることしかできない俺に向かって朝倉さんは清々した様子で。

 

 

「というわけで明智君。敗者はただ去るのみってやつよ」

 

 それを言うなら敗者は黙して語らずと老兵はただ去るのみだろ、混同してるんじゃないか。

 突っ込みを入れたいとこだが生憎と指の一本も動かせない。

 長門さんは一言。

 

 

「あとのことはわたしに任せてほしい。朝倉涼子の処分は情報統合思念体が決定する」

 

 なんて言ってくれるが、おい、おいおいおい。

 まさかこれで終わりってんじゃないだろうな。処遇じゃなくて処分だと。

 もしかしてよ、このまま原作みたいに朝倉さんがフェードアウトするってことはないだろうな。ないって言ってくれ。

 俺は世界を守るなんて仰々しい理由でここに立っていたわけじゃないんだぜ。もっと、ごくごく個人的なくだらない理由だ。

 だがな、

 

 

「く、だ……でも、オレは」

 

俺にとっては大きすぎる理由なんだよ。

 全身が悲鳴を上げている、動けないものを無理に動かそうとするからだ。

 どれだけ"練"をしようと満足に身体が動くはずはない、が、今だけは関係ない。動け。 

 長門さんはギリギリと手足を動かしていく俺を見て静止させようとするが、朝倉さんが長門さんを差し押さえて俺の方に近づき。

 

 

「あなたとのごっこ遊びも悪くなかったわ」

 

「……あ、さ」

 

「本当はもうちょっと遊んでいたかったけど、最後にいい思いをさせてくれたから満足よ。後悔はしてないから」

 

 ふざけるなよ。

 勝手に迷惑かけて、勝手に消えようとするな。

 長門さんもなんとかしてくれよ。

 そりゃあ、原作なら五人だったけど俺にとっては七人でSOS団なんだ。

 俺がいてキョンがいて、涼宮さんがいて朝比奈さんはみんなを癒してくれて、古泉は体のいいゲームの相手になってくれて長門さんは自然に佇んでいる。そこには朝倉さんも必要なんだよ。

 普段は何をするでもない集まりだけどさ、行事ごとにやらかさないのを含めても楽しいと思ってるよ。朝倉さんは違うのかい。俺はあのぐだぐだな空間が好きだし、何より、とにかく、俺はさ。

 

 

「明智君。私ね、あなたのことが――」

 

 その先の言葉が俺の耳に届くかどうか、そんなタイミングで俺の意識は急速に刈り取られていった。

 視界が黒く染まっていく。五感が奪われていく。未来人の時間酔いよりはマシだが奇妙な感覚なのは確かだ、感覚がないのに感覚ってのもヘンだけど。

 要するにどういう攻撃をされたのかはわからないが、まあ、宇宙人相手にそんなことを気にしてもしょうがないのかな。

 どちくしょう、どうやらここまでが限界らしいぜ。なんて情けない野郎なんだ、俺は。俺の覚悟ってのは第三者の介入であっさりと崩れるもんだったのか、ええ、明智黎。何が念能力者で何が異世界人だ。

 

 

 俺は、惚れた女の命を助けることすらできないってのかよ。

 

 


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