異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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一ヶ月後 / あれから二か月

 

 

 一月某日。

 

 北高生の冬休みも開けた週の休日早々に、朝から家を出る女子高校生の姿があった。

 平日だろうと休日だろうとお構いなしの制服姿で町を歩く眼鏡の美少女の名は長門有希。

 彼女が休日に外出をしているのは理由あってのことだった。

 北口駅の近くにある喫茶店、幽鬼のような足取りでその喫茶店に入っていく長門は店内を見回して、目的の人物が座っている窓際の席を見つけると彼女もその向かいに座った。

 

 

「おはようございます、長門さん。わざわざすみません朝早くから」

 

 作ったような笑顔で長門に応対したのは喜緑江美里という長門と同じ高校に通う二年生の女子生徒、彼女は長門と異なり私服であり、厚手でブラウンのチュニックワンピースを着ている。

 しかしながら長門も喜緑も女子高校生なんてものは表の顔にしか過ぎず、その正体は宇宙人のような存在である。

 長門はダージリンをオーダーし、数分後にウェイターが紅茶を届けたのを確認してから喜緑は切り出した。言うまでもなくその間の二人は無言だった。

 

 

「それで、どうですか? SOS団のほうは」

 

「……」

 

「問題なしって感じみたいですね」

 

「……涼宮ハルヒは朝倉涼子に関心を抱いている」

 

「そうですか。まあ当然でしょう、終業式のタイミングで転校生だなんて、しかもその人物が入学してひと月でカナダに転校した帰国子女、作り話にしても無茶がありますよ」

 

 ふふっ、と息を漏らしながら談笑する喜緑。

 当の長門は微塵も笑おうとはしていないが。

 

 

「どうしようが無駄ですからね。遅かれ早かれ、また以前のような間柄になると思いますよ、SOS団と朝倉さんは」

 

「……」

 

「何か釈然としない様子ですね?」

 

 既にぬるくなっているであろうカップの中のコーヒーをマドラーで弄ぶ喜緑の様子など長門は意に介さず。

 

 

「彼女の処分を減刑するよう情報統合思念体に要請したのはあなた」

 

「当然です。朝倉さんは同志ですから、端末といえどわたしにも人並みの仏心はありますよ」

 

「……」

 

「困りましたね。まあ、他意があるのも事実です」

 

 喜緑は長門の前に置いてあるダージリンを眺めながら。

 

 

「いちおうの建前としては『朝倉さんを応援したい』ってことです」

 

「……」

 

「いやあ、好きな人を振り向かせるために世界まで作り変えちゃう、なんて女の人はなかなかいませんよ。それこそ涼宮さんくらいじゃないでしょうか」

 

「……」

 

「二人とも素直じゃありませんでしたから、ようやくこれで一安心ですよ。末永くお幸せになってもらいたいものですね」

 

 客観的に喜緑と長門を見ている人間がいたとしたら間違っても仲のいい女子同士の語らいには見えなかっただろう。

 もし、"彼"がこの場にいたならば長門有希の気分がいいものではないということを見抜いているはずだ。

 

 

「そしてわたしの本音ですけど……長門さんもお察しの通り、あの二人がくっついているほうが色々と都合がいいんですよ」

 

「色々、とは」 

 

「監視しやすいってのもあります、けど何より朝倉さんなら明智さんをうまくコントロールできるでしょう?」

 

「……」

 

「長門さんが提供してくれた明智さんの戦闘データは情報統合思念体の判断を鈍らせるのに充分効果のある劇薬となりましたからね。むしろあれがなければ朝倉さんは高確率で抹消されていたと思います」

 

 無言でダージリンに手をつけた長門を倣うかのように喜緑はぬるいコーヒーをすする。

 さもコーヒーが美味だったかのように舌つづみを打ってから彼女は言葉を続けて。

 

 

「明智さんの能力はこの星の人間という種の枠を逸脱していますよ」

 

「過大評価」

 

「いいえ妥当な評価といえます。朝倉涼子が手心を加えてたかもしれないとはいえ明智黎は彼女との接近戦に対応している、常人の反応速度なら初手で詰みです」

 

「彼は未知数。迂闊に手を出さない方がいい」

 

「念能力。わたしたちが知らない"技術"ですか。ええ……不用意なことはしませんよ、仮に明智さんと戦ったらわたしなんて朝倉さんほど粘れませんからねえ」

 

 それに、と言いながら喜緑はちらりと窓の外を一瞥。

 

 

「明智さんに手を出すとしたらわたしではなく情報統合思念体ですから」

 

 彼女の視線の先に何があったのかまで長門有希は確認できなかった。

 しかし、現状が必ずしもよいものでないことを長門も理解している。

 

 

「朝倉涼子の転校に関する認識の操作そのものは問題なかった。イレギュラーは明智黎と朝倉涼子が親密な関係にあること、各勢力にとっては寝耳に水」

 

「イレギュラーだなんて。長門さんも想定内だったでしょう、明智さんと朝倉さんが一緒になるのは」

 

「……」

 

「先方はパワーバランスの崩壊を危惧しているわけですか。今までは明智さんと朝倉さんのペアがブラフだと知れ渡っていましたが、それすらも情報操作で"なかったこと"になってしまいました。で、朝倉さんの再登場と同時にあれですからね、『機関』のエージェントも現代に派遣されている未来人もてんやわんや。他多数の勢力に所属してらっしゃる方々だって」

 

「そう、この事態を引き起こしたのはあなた」

 

 眼鏡越しの鋭い眼光で対面に座る喜緑をとらえる長門。

 朝倉涼子の処遇を誘導したのが目の前にいる喜緑であるならば、こうなることは織り込み済みだったというわけだ。

 水面下では一触即発。今"彼ら"が味わっているのは仮初の平和にすぎないのだろうか。

 

 

「喜緑江美里……あなたは何を画策している?」

 

「まあ、画策だなんていやですね。人聞きの悪い。まるでわたしが悪者みたいな言い方じゃないですか」

 

「答えて」

 

 喜緑は暫く無言だったが、やがて根負けしたかのように。

 

 

「わたしは穏健派で、それも大局的な立場は中立ですよ? 特別に何かを狙ってなんかいません、仮に明智さんと情報統合思念体とで争いが起これば最後に残った方につくだけです。中立は儲かりますからね」

 

「……そう」

 

 ガタリ、と席を立ち伝票を手に取る長門。

 もはやこれ以上有益な情報は得られないと判断したらしい。

 喜緑はそんな長門の様子を受けて悪びれたように。 

 

 

「わたしが支払いますけど?」

 

「あなたは大きな勘違いをしている」

 

 その時の長門が口にした言葉は、

 

 

「中立が儲からない場合もあるということ。そして――」

 

まるで大きな何かに対する宣戦布告のようであった。

 喜緑江美里も、まるで自分が勝負を受けるかのように耳に入れる。

 

 

「勝つのは明智黎個人ではなくわたしたちだろう」

 

 それだけ告げると長門は踵を返してレジへと向かっていった。

 店内には再び喜緑江美里と、数名の客が残されるだけ。

 最初から長門有希など来店していなかったかのように思えるほどあっさりと流れた短い時間。

 

 

「だと、いいですね。みなさん」

 

 しかしながら喜緑の向かいに置いてある空のティーカップが長門有希の来店を確実に証明していた。 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二ヶ月。

 

 長かったような俺の高校一年生も残すところひと月とちょっとであり、登校日数に換算するともう二十日程度しかない。まさしく光陰矢の如し。

 その間の出来事について語ろうかとも思うのだが、実のところ大した出来事があったというわけでもないのだ。

 冬休みに入り、キョンの旧友である中河君の誘いによるラグビー観戦をした。

 彼が持つ情報統合思念体にアクセスするという力はいつか何かの役に立つかもしれないので俺は長門さんに頼んで彼の能力を消去するのではなく普段は発動しないようにプロテクトをかけてもらうことに。

 まあ、どの道中河君は試合中の事故に見せかけた荒治療を受ける運命からは逃れられなかったようで、その辺はご愁傷様である。

 

 

 

 次に雪山への合宿となったが俺たちは原作のように遭難などしなかった。

 はて何故だろうかと考えを巡らせたところで俺は事前に何もしてなかったので俺に理由などわかるわけもないし、何よりトラブルはない方が都合がいい。ラブアンドピースで行こうと某ガンマンだって言っているのだ。

 予期せぬ原作との相違に若干の不安はあったもののウィンタースポーツを堪能するために俺は無理矢理にでも忘れることにした。原作はあくまでひとつの目安でしかなく、今更違うとか言い出したってもう遅いというのは俺がよくわかっているつもりでね。

 当たり前といえば当たり前だが合宿に朝倉さんは参加していない。今は団員じゃないからだ。

 鶴屋さんも涼宮さんも朝倉さんが来ることは構わないようで、むしろ人数が増えることは大歓迎のムードだったのだが朝倉さんは丁重にお断りしていた。今の彼女の立場を考えるとやむなしである。

 合宿の十数日も前には同じ部室の同じ仲間だっただけに寂しく思えてしまう。

 が、朝倉さんがいるだけで俺は満足だ。ここは今も昔も、きっとその先も変わらないだろう。

 本当に世界から朝倉さんがいなくなっていたら俺はきっと合宿なんて満足に参加できなかったに違いない。なんなら周防九曜とか関係なしに雪山で遭難したかも。

 とはいえ、実をいうと朝倉さんは合宿そのものには参加していなかったが合宿地の鶴屋家が所有する雪山の山荘には来ていた。

 何を言ってるかわからないと思うのでとりあえず説明をしよう。

 

 

 

 合宿は俺がいること以外は原作通りのメンバーで、キョンの家からは妹さんと彼の飼い猫のシャミセンがやってきていた。

 もちろん猫はスキーなどせずに暖がとれる山荘の中で寝てるだけなので日中外にでづっぱりだった俺はしだいにシャミセンをもふもふしたい欲求が高まっていったのを覚えている。

 とまあ、周防九曜のすの字もないまま何事もなく一日を終えようとしていた俺は寝る前に念の修行に励む。

 喜ばしいことに俺には"円"の適正があったようで、今はそれこそ四メートル程度かつ安定した制度のものは十分もつかどうかだが鍛錬次第で伸びていくんじゃなかろうかというぐらいにはすんなりと円を発動できた。

 円について改めて説明すると、円とは念の技術の一つであり、自分を中心に文字通りオーラを円状に展開していくことで円の範囲内にあるものを第六感的に探知できるという大変便利なウルテクだ。

 よくよく考えると俺って凄い才能の持ち主なんじゃないか? と天狗になるほど習得が難しい技術らしい。この世界には俺以外に念能力者はいないだろうから比較できないけど。

 とにかく念の修行なんてものは基本的に反復練習でしかない。部屋の真ん中に立ち、円を使って限界まで維持しようとしたら、だ。

 

 

「ん……?」

 

 明らかな異変を感じた。

 俺以外に誰もいないはずな山荘の一室。そのベッドの上に人らしきものが座っているような感覚。

 慌ててベッドの方を見てみるがまあ誰もいるわけがない。布団が敷いてあるだけ、しかし円には引っかかっている。これはおかしい。

 ためしに隠されたオーラを視認できる"凝"を使うがそれでも何も見えなかった。仮に生物がいるのなら生命エネルギーであるオーラは確認できるはずで、となると考えられる可能性はメレオロンのように透明化能力を持つ者がこの部屋に侵入しているということだ。いったい何が目的で? なぜ何もしてこない? なんて疑問は後から考えろ。俺はすぐさま円の範囲ギリギリ――といっても四メートル――まで距離を開けて臨戦態勢に。

 

 

「おい。誰かは知らないが侵入者さんよ、あんたがベッドの上にいるのはオレにバレバレだ…………姿を見せたらどうだ」

 

 半分ハッタリみたいなものだ。

 ベッドの上の存在が悪意ある侵入者だったとして、姿を消されたまま戦ったら俺は圧倒的に不利。いずれ円も維持できなくなる。まして距離を開けられて遠距離戦なんてなったら勝ち目がまるでない。こういう時のために空条承太郎よろしくベアリング弾は用意してあるがズボンのポケットに入れているのは四発程度。相手を捉えられなければまるで意味のない数。

 そして俺の言葉に反応したらしい見えない何ものかはゆっくりとベッドから立ち上がる。

 俺から仕掛けるというのも選択肢にあったが向こうの素性が一切わからない以上、下手な真似はできない。

 周防九曜か? あるいは情報統合思念体による刺客か? はたまた俺以外の念能力者なのか? わからないがこういう時こそ慎重になるべきだ。

 もし相手が梟の"不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)"みたいなカウンター系統の能力を隠し持っていたら即アウト。基本的に近づいて殴る、が決め手の俺には荷が重い。"路を閉ざす者(スクリーム)"を使えたらまた違ったんだろうけど。

 それにしても違和感、というか既視感、でもなくてよくわからないが変な感覚だ。

 メルエムぐらいハッキリとした円じゃないから俺は輪郭程度しかわからないんだが、そこにいるのは女性のようで、しかも割と知ってる体つきのような。

 

 

「……あら。よく気づいたわね」

 

 そんな聞きなれた声が聞こえたかと思えば、すーっと姿を現したのはこの場にいないはずのお方であり、とっくに察していただけたと思うが。

 

 

「あ、朝倉さん!?」

 

 って声が大きいぞ俺。

 もう十時半という修学旅行でいえば就寝時間だろう頃合い、I should be quietだ。

 すぐさま廊下に出て、少しの間、誰も来ないことを確認してから再びドアを閉める。この間も円は解除していない。

 部屋に置いてあった椅子に座ってこっちを見ているあの彼女は本物なのだろうか。私服のセンスは本人っぽいけどいかんせん怪しい。

 彼女は無言で見つめる俺を不思議がり。

 

 

「どうしたのかしら?」

 

「どうもこうも、君は本物の朝倉さんなのか」

 

 未だ一定の距離を開けての質問。

 俺の対応はいたって正常そのものだったと自負しているが、彼女は自分が疑われていることが気に食わなかったようで。

 

 

「ふうん。あなた私が偽者だって思ってるのね」

 

「いや……朝倉さんがここにいるのがおかしいんじゃあないか。合宿には行かないって言ってたし」

 

「べつに何もおかしくないわよ? 私は合宿に参加するつもりはないけど明智君とはいっしょにいたいからついてきたんだもの」

 

 くうっ。

 甘い言葉で俺を惑わそうとしているに違いない。

 

 

「ちょっとショックだわ。ねえ、どうすれば信じてもらえるのかしら」

 

 どうもこうも、こっちは軽い精神恐慌だぜ。

 すると朝倉さんはさもナイスアイディアを思いついたかのように。 

 

 

「そうよ。私が本物かどうかは触って確かめればいいじゃない」

 

「なっ…………まさか、冗談よせ」

 

 ハンター試験のレオリオは似たような手口でレルートにしてやられたけど今の俺は彼に同情できるね。そうだろ。

 

 

「遠慮しなくていいわ。だって一昨日はあんなに私の」

 

「わーっ! 勘弁してくれ!」

 

 それとこれとは話が別だろうに。

 今すぐにでも"臆病者の隠れ家(ハイドアンドシーク)"に逃げたい気分だ、俺は。

 だがしかし今の俺はそんなものに頼ることができない。ちなみにこの話は既に朝倉さんや涼宮さんを除く他団員にも言ってある。隠しててもしょうがないし。

 ならば、こういう時は本人にしか答えられない質問をするべきだ。

 

 

「君が朝倉さんならオレが一番好きなコスプレが何かわかるはずだろ」

 

「ええ。あなたは女の人が着るタキシードが好きなのよね」

 

 ちくしょう正解だ。

 が、それくらいは俺をよく観察していればわかる範囲のこと。まだ行くぞ。

 

 

「オレのお気に入りの小説は?」

 

「『比類なきジーヴス』」

 

「今まで君が作ってきてくれたお弁当のおかずで、オレが一番美味しいって言ったものは?」

 

「そうね、鶏つくねと僅差でハンバーグかしら」

 

「オレの本当の名前は?」

 

「あなたは明智黎じゃなくて――」

 

 ううむ、こんなくだらない質問にもすんなりと彼女は答えてくれるのを見るに、この朝倉さんは本物だと思う。

 俺が元々いた世界での名前を知っているのは朝倉さんだけだ。俺は他の人に教えてないし朝倉さんもこんな情報を広めてないだろうし。

 

 

「オーケイ、どうやら正真正銘の朝倉さんらしい」

 

「……うそつき」

 

 ぬっと近寄ってくる朝倉さん。

 何だか怪しい雰囲気、もとい危ない雰囲気なんですが。

 

 

「まだ私のことを疑ってるんでしょう?」

 

「いや、その、ああっと……」

 

 というよりは君が来たことそのものに対して困っているんだけど。

 正直この朝倉さんが偽者、なんてことはさっきの問答を抜きにしてもないんじゃないかと考えている。彼女の容姿を模倣できたとしても彼女の心までは模倣できないだろう。俺が好きになったのは"この朝倉さん"であり、よく似たパラレルワールドの朝倉さんが来たとしても違う人だと直感的に感じられる自信があるね。この前の時はすぐ気付けなかったから説得力には欠けるが。 

 俺は一旦思考をリセットしたいので朝倉さんを疑ってないことを一通り釈明してから。

 

 

「すまないけど今日のところは……っていうか君は先に帰っててくれ。まだ合宿は三日も残ってるんだ、その間どうするつもりなのさ」

 

「この部屋に泊まれば平気よ、不可視遮音フィールドを展開すれば見つからないわ」

 

 ってことはこの朝倉さんが本物なら早朝に合宿メンバーが集合した段階から彼女はいたんだろうな。

 時折長門さんがどこかあらぬ方向を見つめている、とは思ったがそれはいつもの団活風景でも見かけるから気にしなかったが、ひょっとして長門さんは朝倉さんの密航を知っててあえてスルーしたのか。おいおい、そこはしっかり止めてくれよ。

 しかし、いやあ、よりによってこの部屋に泊まるだなんてのは困るぜ。

 そして迫る朝倉さんに段々とドアの方にまで追いやられているのがわかる。袋の鼠ではないか。

 俺は押し返すかのように手のひらを彼女に向け。

 

 

「お、落ち着いてくれ」

 

「私は落ち着いてるわよ」

 

「今すぐにでもここから出てってくれ、そして君は帰るんだ。頼む」

 

「なんでかしら?」

 

「理屈云々の話じゃあない」

 

 常に紳士たれという精神は掲げているが俺にも理性の限界はある。

 朝倉さんと同じ部屋で寝ろだと? 無理に決まっている、心臓バクバクだぞ。彼女の身体は殺人的な発育だ。

 満足に寝てないというそんなコンディションの中スキー三昧なんて日頃鍛えてる俺でもぶっ倒れる。念能力者だって最強じゃないんだから病院がリスポーン地点にはなりたくない。

 なんて俺の考えを読み取ったかのように朝倉さんは更に俺との距離を詰めて。

 

 

「あんまりだわ明智君。あなたは私に帰ってほしいみたいだけど、ようは明日の早くから一人で列車に乗れって言ってるのよ?」

 

 自業自得な気がするんだよね。

 いや、ここで追い返す俺も酷なのか? いやいや想定外すぎるってこんなの。

 

 

「わかったって! わかったからとりあえず結論は明日出そう。今日は長門さんの部屋にでも行けば大丈夫だと思うからさ」

 

「嫌よ。わざわざ何もない雪山に来てまで長門さんと二人きりだなんて」

 

 がたっと俺の背中がドアに付く。

 しまった、本当に追い詰められた。前に逃げ場はないぞ。廊下に出たところで根本的な解決にはならない。でもここは廊下に出て逃げよう、逃げ続ければいいだけの話だ。それで解決だ。開き直れ、俺。朝倉さんもみんなに見つかるわけにはいかないだろ。

 って、あ、あれ? おかしい。ドアノブを回そうとするがうんともすんともいわず、回らないんだけど。

 

 

「逃げようとしても無駄なの」

 

 眩しい笑顔を向ける朝倉さんの一言で嫌な予感は見事に的中しているのだと理解する。

 

 

「たった今、この部屋のすべては私の情報制御下になったわ」

 

 う、うわあ。

 ありかよ、そんなの反則だ。原作のキョンの気持ちがよくわかるぞ。

 そして朝倉さんはすっと身体を寄せてきた。

 同じ国に生きてる人間とは思えないほどかぐわしい朝倉さんの、いい匂いが鼻をつんざいて俺のニューロンをショートさせ、正常な判断力を欠落させる。ああ、マジで反則だ。 

 とどめに俺の耳元で小さく妖艶な声で、

 

 

「ねえ……いいでしょ?」

 

彼女はこう囁いた。

 個人的な評価に過ぎないが贔屓目に見ても日本一世界一どころか全宇宙一をあげてもいいぐらいの美しい女子高校生が俺のことを好きという前提あってのこれだ。

 

 

 あなたならどうする?

 

 ――俺かい。

 俺は、まあ、察してくれ。

 残念だが何があったかを説明する気にはなれない。

 ひとつ言えるのは遮音フィールドとやらがなければ今頃俺は雪山で埋もれ死んでることだろう。内々忸怩たる思いだ。

 ご丁寧なことに朝倉さんは事前に他の宇宙人仲間を使って『機関』に一報入れてたようでご飯の心配も、新川さんや森さんによるその他サポートも受けられるとのことでどうにかこうにか表向きは朝倉さんの来訪を隠し通せたまま合宿を終えられたものの帰宅した俺がすぐにベッドに入って半日寝込んだのは当然の帰結と言えよう。  

 ところで朝倉さんの処分に関しては長門さんも何かしら助けになった部分があるのではないかと思う、自分で言ってたようにかなり軽く済んでいるからだ。だって原作だと話の都合もあったかもしれないけどキョンを襲って一発退場、その基準なら今回の一件は百万回死んでもおかしくない気がするんだけどね。

 いずれにせよ情報統合思念体のやり方は気に食わない。いつか、どういう形になるかは知らないがきっとそいつとは明確に敵対する時が来る。

 その時こそが真の"決着"の時なんだからな――

 

 

「ほら起きなさい」

 

ばさっと布団を剥がされる。

う、んん、もう朝か。

 

 

「もう朝かじゃないわよ、何時だと思ってるの?」

 

「……七時くらい?」

 

「八時半よ。わかったらさっさと起きて着替えなさい」

 

そう言って俺の部屋を出て行く朝倉さん。

ちょっとばかし寝過ぎたか、といってもキョンみたいに怠けてるわけじゃなくて念の修行によって疲労が溜まっていただけなんだよ。その修行とは"練"を三時間維持するというお馴染みのヤツで、練がわからなければ滝に打たれる修行のハードモード版だとでも思ってくれれば俺の苦労もご理解いただけるだろうか。

早起きに定評のある俺でも生理的な休息の欲求には敵わないのでここのところ起床時間が後退しつつあるということさ。それにしても今日の八時半ってのは酷いな、いくら日曜日だからってこれはマズい。最近ようやく地力が付き始めてきただけに余裕もあるかと思っていたんだがまだまだ修行は必要みたいだ。

 

 

「よっ、と」

 

 ベッドから出て軽く柔軟。

 俺は強化系の能力者ではないもののもう"発"の取得は不可能だと思っているのでゴンのように地道な鍛錬を続けていくしかない。

 "臆病者の隠れ家"は手放すには惜しい能力だったが、しょせん他人のパクリだし、何より朝倉さんがいるこの世界を選んだのは俺だから文句は言わんさ。

 念能力者だって結局は修行の積み重ねがモノをいうんだから、怠ってた分をこなさなくちゃいけないだろうよ。無論、修行が負担になりすぎていざという時に動けないのは論外である。

 さて、近況についてだが、休みにも関わらず朝倉さんが俺を起こしに来ていたのは何故かというところから話そうか。理由としては本人曰く家が近いから俺の世話ができるんだと。

 "家が近い"だなんて今や俺は"隠れ家"も使えないのにどういうことかと訊かれたらまさしくそのまんまなんだよ。それも近いどころではないのだが、まあいい。

 思い返すは去年の十二月二十四日、終業式の日の話。

 

 

 

 あの屋上でのドタバタから少しして俺は団活に向かわねばならなかった。SOS団の団員だからな。

 直帰したかったが年に一度のスペシャルイベントであるクリスマスパーティーというのは魅力でもあったし、何より言い訳しないで放置する方が傷口が広がると踏んだわけだ。

 でもってSOS団クリスマスパーティーで最初に行われたのは昼飯代わりの鍋パーティー。

 部室棟は火気厳禁だなんてのは部室棟に限らず校舎内は基本的にそうなんだが、とにかく風紀だとかは俺たちに通用しないんだよ。こんなんだから不良という風評被害を受けるのだ俺は。泣けるぜ。

 

 

「で、あなたたちはどういう関係なの?」

 

 鍋が煮えるよりも先に涼宮さんによる単刀直入すぎる一言が俺を襲う。遠慮がない。

 わざわざ朝倉さんも連れてこいとメールが来たあたり覚悟はしていたが、いや、冷や汗が滝のように出るは出る。

 俺の予想が間違っていたということに前もって気づくべきであった。

 何が悲しくて鍋をつつくような場で恋バナを強要されねばならんのか。女子会かよ。

 部室にいたのが団員以外では鶴屋さんだけでよかった、谷口にはあんな光景早いとこ忘れてもらいたい。あれは何かの間違いだ。

 ノーコメントの権利ぐらいは俺にもあるだろ。と終始無言を貫こうと断固たる決意で鍋に鶏つみれを投入する作業に徹していたのだが、

 

 

「そうね……婚約者ってとこかしら」

 

爆弾を投下したのは朝倉さんの方であった。

 俺は気が動転して鍋のふちに手をくっつけてしまい軽い火傷を負う。左手を庇いつつも俺は誤謬の流布を抑止すべく立ち回らねばならない。

 違うぞ皆の衆、これは全くのでまかせであると弁明しようにも朝倉さんが次から次へと燃料をぶちまけるかの如く根も葉もないことを言い続けたので俺の介入の余地がなかった。

 曰く俺とは幼馴染と呼んでも差し支えないほど長い付き合いであり、既に家族の仲だと。キョンや朝比奈さんはさておき『機関』の古泉お前はそんなの嘘だと知ってるだろと突っ込みを入れたかったものの、涼宮さんの前で言えるわけもないので口を閉ざしたまま鶏つみれ投入を継続する他あるまいて。

 結局屋上での一件についてはカナダから帰ってきて以来の半年ぶりの再会に気持ちが高揚した末の出来事であり、若気の至りということでカタをつける。

 

 

「ふーん、俗に言う遠距離恋愛ってやつだったのね。いちゃつくのに時間を割くことの何が楽しいのかあたしにはわかんないけど」

 

 話を聞き終えた涼宮さんは至っていつも通りの様相で、ともすれば俺と朝倉さんを別の惑星の生物かとでも思ってるような理解不能と言わんばかりの視線で見ていた。 

 それ以降は朝倉さんがカナダ生活について語るコーナー。これには驚いたのだが彼女は本当にカナダに行ってたのでは――みんなにしてみれば疑う必要がないことなのだろうが――と俺も感じるぐらい朝倉さんはあっちで体験したという出来事を詳細に話す。カナダは移民の国といわれるだけあってアジア系だけでも多くの国の人と友達になれただの、治安がいいとはいえ日本と同程度には重犯罪事件も起きるし危ないクスリも流通しているので気苦労することもたまにはあっただの、俺が記憶を放棄するほどの情報量が彼女の口から出るわ出る。鶴屋さん提供による冬合宿の話になるまで長らく朝倉さんのターンであった。

 その冬合宿については既に回想した通りのものだ。

 鶴屋さんは朝倉さんに「べつにきてもいいよっ」と仰り、涼宮さんも「参加者は多い方が合宿のやりがいがあるってもんよ」と言ってくれたのだが朝倉さんは丁重に断った。言わば朝倉さんは保護観察中のような身なのだ。だのに俺目的での密航は咎められない、なんて情報統合思念体の判断基準はどうなってるんだろうね?

 舌が躍るような美味しさだった鍋を平らげ一発芸大会を終えると校舎から出て、所用があるらしい鶴屋さんとはお別れ、他のみんなで注文しておいたクリスマスケーキを取りにケーキ屋に行くということに。ちなみに俺がどんな一発芸をしたのか、なんてことは気にしなくてよろしいのであしからず。

 クリスマスパーティの二次会場は長門さんの部屋、もちろんあの分譲マンションにある一室だ。

 彼女の部屋は生活感など微塵も感じられぬほどに寂しい仕様となっていたが、この日ばかりはそうでもなかっただろうよ。SOS団のシックスマンである俺と流れで参加した朝倉さんを入れてもキャパシティに余裕があったほどだ。というか涼宮さんに関わらない方向でいくためにみんなの記憶から朝倉さんが団員だったという情報を消去したはずなんだけど彼女がいてもよかったのか、いや、誰がなんと言おうが俺だけは絶対に許すさ。

 そして居間の小さなこたつに特大ケーキを乗せ、七人という大人数でそれを囲む。外は既に暗くなっていた。

 部室からそのまま持ってきたクリスマス用の三角帽を被った涼宮さんはえらく上機嫌で。

 

 

「今日は飲んで飲みまくるからね!」

 

「シャンメリーしか買ってきてないがな」

 

 冷静に突っ込みを入れるキョンもいつになくニヤニヤ顔だ。

 ちなみにシャンメリーは最寄りのスーパーで陳列されていたキャラものを無造作に何本も持ってきたのだが、なんであれ飲めればいいのさ、プリキュアの絵柄だろうと特撮ヒーローの絵柄だろうとどうでもいい、無礼講だ。品なんて考える暇がありゃ楽しまなきゃ損だろうに。

 

 

「さあ、乾杯よ!」

 

 きっと涼宮さんはこんな大人数でクリスマスに遊んだことなんかないんだろう。

 俺だってない。他のみんなは知らないけどきっと全員が味わったことはないはずだ。

 七人分に切り分けても一人頭ショートケーキ二個分は軽く超える量のケーキを食べて、クリスマスには欠かせないターキーを貪る。栄養バランスなんてドブに捨てたような晩餐だ。

 そこそこ腹が膨れたら食後の運動ということでツイスターゲームなんかをやったりもした。

 

 

「ちょっと、あんた、もうちょっとズレなさいよ」

 

「んぐぐ……そ、そうは言うがな、この体制は、限界、だっ」

 

 キョンと涼宮さんの対決は大接戦であったが最後は我慢がならなくなった涼宮さんに突き出されてキョンがあえなく敗北。

 彼は「直接妨害するのは反則だろ畜生」と小言でぼやいていたが涼宮さんにそんなことを言っても無駄なのは今や猿でもわかる普遍的事項さ。

 古泉はルーレット回転役に徹するというファインっぷりで、正直俺も彼と同じ役割がよかったのだが参戦させられる。

 

 

「あ、ひっ、むむ無理です、手が届きません」

 

「何言ってるのよみくるちゃん。こう、当たって行きなさい」

 

「ハハハ、いやあ愉快ですね」

 

 よりによって対戦相手が朝比奈さんということもあり生きた心地がしなかった。

 何故かって? そいつはヒソカクラスの身が凍てつくような殺気を俺に絶え間なく送り続ける彼女に聞いてくれ。

 不可抗力で朝比奈さんの"あれ"に手で接触してしまいそうになった時は流石に死ぬと思ったね、うん。そして古泉お前の煽りが無性にイラつく。内心で毒づいている時のキョンはいつもこんな気分なんだな。

 と、このように宴もたけなわな状態で、午後も八時を終えようかという頃合いだった。

 

 

「……まったく、無茶もいいとこだよな」

 

 キョンが俺と朝倉さんに今日はもう帰っていいぞなんてことをぬかし、涼宮さんには自分が言いくるめておくから、などという彼らしからぬ気遣いによって俺と朝倉さんは先に帰ることになったわけだ。

 とりあえず彼女をさっさと部屋まで送って俺は帰ろう、とエレベータのボタンの五階を押したら、

 

 

「私の家はそこじゃないわよ?」

 

朝倉さんによる謎の指摘が入った。

 ではどこなのかと俺が尋ねたら。

 

 

「まだ言ってなかったけど私引っ越ししたから」

 

 は、はあ。

 たしかに今日学校へ登校する前にここへ立ち寄った際505号室の反応がなかったがそういうことだったのか。おかげさまでこっちは勝手に胸を痛めてたんだぜ。

 五階で一旦停止してから一階まで俺たちを送り届けたうすのろエレベーターを出て、エントランスを後にする。

  

 

「朝倉さんが先導してくれ。君の家の場所を知らないと都合が悪いだろうし」

 

 ここで一応弁解しておきたいのだが俺は彼女を家まで送り届けたら大人しくのこのこ帰宅するつもりだった。当たり前だろ、俺はそれなりの自制心を持ち合わせているのだから。送りオオカミになるつもりなど毛頭ない。

 真っ暗な寒空の下そんなこんなで家路を辿る俺たち。あとの祭りとは今まさに味わってる感覚そのもの。

 しかし、まあ、なんといいますかそれ以上にさ。 

 

 

「……えっと確認しときたいんだけどさ」

 

「なあに?」

 

「新手のドッキリ、じゃあないよね」

 

 アテがあるとかぬかしてたくせに俺は正直彼女が俺を好いてくれているのか未だに不安であった。

 すると朝倉さんはきっぱりと。

 

 

「ドッキリで宇宙規模の事象改変を起こすのなんて涼宮さんぐらいよ」

 

 失礼かもしれないが同感だ。

 だいたい、ヒントはいくらでもった。原作と照らし合わせるのを抜きにせよあの世界で俺と朝倉さんが付き合ってるなんて設定はいらないだろ、常識で考えて。

 

 

「ほんと、君が無事で何よりだ」

 

「そんなに心配してくれたの? 後で長門さんに詳しく聞かせてもらおうかしら」

 

 お願いしますやめてください。

 抜け殻のようなテンションだったことはもはや俺の中で黒歴史と化している。一喜一憂じゃ足りない、百憂百喜だ。

 それはさておき、このルートなのだが。

 

 

「朝倉さん……君はどこに引っ越したんだい?」

 

 もう少し進むと方向的にちょっとした住宅街で、住居がちらほらある。とはいえそのほとんどが一戸建て。アパートがあるにはあるものの築三十年は経過していたはずで、彼女が住んでいた分譲マンションとは雲泥の差。安っぽいアパートに引っ越しを余儀なくされたのも"処分"の一環ということなのかな。

 

 

「それは着いてからのお楽しみよ」

 

 楽しげに言ってくれる朝倉さんに対して俺が憐みの念を抱きつつあることを彼女は予想だにしていないのだろう。

 しかし予想だにしていなかったのは彼女ではなく俺の方だった。

 世間話を交えながら更にのこのこ歩くこと十分弱、朝倉さんが一軒の家屋の前で立ち止まる。

 

 

「ここよ」

 

 二階建て一戸建てとしては平均的な大きさの家であり、外装もまあまあ綺麗で少なくともボロアポートほどは築年数が経過していないと思われる。どんな魔法を使ったのやら、人ひとりで住まうには手に余るほどだぞ。

 ああ、もう陽が沈んで何時間も経つのによく家屋についてわかるって? そりゃあしばしばお目にかけてるからわかるさ。

 

 

「どこだって?」

 

 朝倉さんにこう返した俺の顔はさぞマヌケなことだったろう。

 

 

「だから、ここが私の新しい家になるわ」

 

「嘘だろ」

 

「うそじゃないわ」

 

 ドアの前まで行き、さっと鍵を取り出して開錠する朝倉さん。

 このお方には鍵のかかったドアひとつ開けるのなんてわけない能力があるのだが俺にマスターキーを見せつけることで自分が本当にこの家の住人だということをアピールしたいらしい。

 さて、ここで争点となるべきなのは彼女の新居だという一戸建てハウスがまさしく我が家の右真横に位置しているというわけさ、今立っている場所から見て。

 直近で空き家となっていたわけではなく、この家は今年の五月半ばに空き家となっていた。子供が自立とともに家を出て久しい中年夫婦が住んでいたと記憶しているが遠くに引っ越したそうだ。理由は知らない。

 たまにハウスクリーニング業者が入っていたのを見かけているので中は綺麗に違いないのだが、だからってこんなところに何故。

 

 

「だってあなたの家が近い方が便利でしょ」

 

 いやいや明智君何を当然のことを訊いているの、みたいな顔をされても冗談きついって。近いどころか目と鼻の先じゃないか。

 そりゃあ"隠れ家"が使えなくなったのでこれから先は咄嗟の事態に朝倉さんと合流するのが手間だと思ってたから便利といえば便利にあたるが、よもやこういう展開は想定すらしていなかった!

 あるいは俺の家までやって来て「今日から"ここ"が私の家になるから」ってのも相当にロックではあるね、マリリン・マンソンもスタンディングオベーションだっぜ。

 ――うむ、今すぐ胃薬と頭痛薬と適度な睡眠薬が欲しい気分だ。

 俺はドアを開けて玄関を見ることで万が一にも他の住人がこの家にいないことを確認してから一言。

 

 

「ここを次の拠点にしたのは情報統合思念体の指示か?」

 

 なんというか、今日一日の出来事があまりに多すぎたからこのような台詞を吐いてしまったのだろう。我ながらデリカシーに欠ける。

 片手で鍵を弄ぶのをやめて朝倉さんは、

 

 

「違うわよ」

 

明らかに不機嫌そうな顔になった。

 そんな反応されても唐突に近場に引っ越される方としては内心穏やかではないわけで、ちゃんとした理由があるのなら知りたいと思うのは当然だろ。

 

 

「じゃあどうして」

 

「どうもこうもないわよ。いちいち私に聞くなんて馬鹿ね、ちょっとは自分で考えなさい」

 

 ううむ。

 急に手厳しい反応ではないか。何か地雷を踏んだのかもしれない。

 俺は灰色の脳細胞を必死に稼働させて彼女の意図を考えた。

 少なくとも件の一戸建てを新しい家にしようと決めたのは朝倉さんの意思によるものらしく、誰かに指図されてのことではないと見受けられる。だとしたら、だ。

 

 

「朝倉さん、この家に引っ越すことに決めたのはいつかな」

 

「一昨日には入居させてもらったけど」

 

「君の"処分"が決まったのは?」

 

「金曜日の夜よ」

 

 つまり今日から見て三日前か。

 なるほどね。

 

 

「もういいかしら? あなた明日朝早いみたいだし、今日のところはお開きにしましょ」

 

 そんなことを言う彼女はどこか疲れた様子。

 ちなみに明日は朝から涼宮さんが住んでいるとこの子供会にSOS団が場を盛り上げるために行くことになっている。世界を盛り上げるには先んじて身近なとこからというわけなのかね、単純に地域貢献を兼ねた暇つぶしなんだろうが。

 それはさておき、まあまあ朝倉さんや待ってくれよ。だいたいの予想はついたから俺が思いついたのであってるかどうかのせめて答え合わせをさせてほしいね。こんな家の前での問答をすっきり終わらせて帰りたいのさ俺は。

 俺は仮に違っていたとしたら相当に気持ち悪い野郎だな、と心の中で己をなじりつつ。

 

 

「ひょっとして君は、オレの内申を上げるためにここを選んだのか」

 

 お笑いピエロもいいとこな発言だよ。自覚はあるさ。要するに地の利を活かした俺へのアタックを狙っていたのかと訊いているわけなんだから、俺のどの口がこんなことを言うのやら。

 しかしだな、考えてもみてくれ、彼女が原作でいうところの消失世界を作ったのだって俺へのアピールが動機なんだ。言わなかったが俺にはわかる、朝倉さんは普通の人間として俺と付き合いたかったんだよ、原作の長門さん同様に。

 俺と朝倉さんの関係なんてものは言ってしまえば契約ですらない有耶無耶なものであったし、涼宮さんにはただのクラスメートとして細々動向をチェックしなければならず、SOS団の一員という繋がりもなくなるのだから自然と俺は朝倉さんと関わらなくなるわけで、いわゆるジリ貧を打開すべく打った手がこれだったというオチ。よもや俺が屋上であんな暴走をするとは朝倉さんも想定していなかったということか。

 なんて思春期の中学生より痛々しいこの考えは正解か不正解か、それは俺が決めることではなく朝倉さんがジャッジすること。

 朝倉さんは反応を窺う俺の視線をかわすかのように眼を泳がせて、

 

 

「……そうよ」  

 

ちょっと恥じらいまじりに肯定する。

 ああ、そんな顔されたらこっちも嬉し恥ずかしというか、たまらない。

 相当に悶々としている男子高校生などハタから見たら相当に気持ち悪いだろうがこの日の俺は――というか今も――自分が世界で一番幸せ者だと感じているわけだ。ハイになっていた。

 つい数日前は彼女とナイフで切り結びあっていた仲だったのにこれなので自分は精神的に破綻してる野郎な気がしなくもないが、べつにいいだろ。

 

 

「ねえ、明智君」

 

 ふっと地面を眺めていた俺が顔をあげると、至近距離に朝倉さんの顔が。

 なんだ、もう帰ろうとしていたのに俺に近づいてきてどうしたんだ、というか一瞬で間合いを詰められていたぞ、なんて思考を停滞させている隙にすっと彼女は俺の頬にキスを。

 

 

「またね」

 

 そう言ってほほ笑んだ朝倉さんはあっという間に玄関へと入っていき、ガタンとドアが閉められた。

 あっという間の出来事でよくわからないがこれだけは言える。頬に残った余韻に浸る俺の顔はさぞ気持ち悪いぐらいにやけてんだろうなということだ。

 ちなみにこの日の夜中、俺は文字通りに朝倉さんから襲撃を受けたりもするのだが、べつにその話はいいだろ? 以上で回想終わり。

 

 

 

 かくして現在、朝倉さんがお隣さんというわけである。 

 俺の両親は彼女の正体について知らない。それどころか俺が異世界人だってこともまだ言ってないんだから文字通り蚊帳の外。

 まあ、まだ何かが劇的に変化したということではないからね。俺と朝倉さんがどうなろうと世界の全てがひっくり返るなんてことには至らない。それができる人は涼宮さんだけで、だからこそ得体の知れぬ連中が彼女を注目してるってことだ。俺もその一人。

 つい先日にはバレンタインなんてイベントがあり、俺にとっては連休期間を含めて愉快な時期であったのだが、キョンは原作通りのイベントを進めていたようだ。きっと未来人と思わしき男と、朝比奈みちる誘拐犯のグループとも邂逅していたそうだ。

 俺の知らないところで"何か"が動き出そうとしている。

 ともすればパワーバランス、ひいてはSOSの崩壊すら狙ってくるようなヤツが来てもおかしくはない。

 もし、そんな時が来たらどうするかって?

 

 

「……はっ」

 

 身支度を終えてドアを開け、部屋を出る。

 居間にいる母さんが言うには朝倉さんは外で待っていてくれてるそうだ。

 今日は、っていうか休日にSOS団で集まらない日は彼女とデートとなっている。表向きは人間社会の観察という体だけどさ。

 お気に入りの一張羅を羽織り、高くも安くもない値段のスニーカーを履き玄関を出た。

 

 

「遅いよ」

 

 朝倉さんは確かに我が家の門の右に立ち待っていてくれたようだ。

 なるはやで来たつもりだったんだが、一挙一動までキビキビ動かしていたかと言われれば違う。寝起きなんだからそこら辺はご容赦願いたい。

 

 

「ごめん」

 

「ほんとに申し訳ないって思ってるの?」

 

 割合にしたら二十パーセント程度は。

 そんな我が胸中を汲み取った彼女はため息を吐く。

 二月の朝の日差しはそれなりで、今日の天気はまさしく快晴なのだがいかんせん空気ばかりは冷ややかだ。彼女の吐息もまだ白い。もう少し時間が建てば暖かくなるだろうか。

 べつにうちの中でくつろいでてもよかったのに、という無神経な言葉を呑み込んで。

 

 

「この埋め合わせは後でするからさ、とりあえず行こう」

 

 今日はちょっと遠くの街まで行く予定だ。

 プランらしいプランなどいつもないが、彼女は多くのものに興味を示してくれている。最近では長門さんを見習ってなのか、はたまた俺なのかは知らないが読書までするようになっていて、毎回最後は本屋に入るのがお決まりとなっている。動物好きに悪い人はいないっていうけど、本好きはどんな人がいるんだろうな?

 彼女は俺の言葉に対して「はいはい」と苦笑してから、

 

 

「待たされるのも嫌いじゃないけどそろそろうんざりだもの、反省してるなら言葉じゃなくて態度で示してちょうだい」

 

すっと右手を差し出してきた。

 対する俺はというと左手で彼女の右手をとる。

 

 

「善処するよ」

 

「もう……明智君ってばそればかりね」

 

 第二の口癖みたいなものだから気にしないでくれ。

 ゆっくり駅まで歩こうとしていた俺の意表を突くように彼女はぐいっと進んでいく。引っ張られるような感じでついていく俺、おいおい、こんな光景アニメで見たぜ。

 

 

「時間は有限よ、少なくともあなたにとっては。でも」

 

 ああ、そうそう、現状が激変するような事態があったらどうするか、だったね。

 

 

「いずれ終わるなら後悔しないようにあなたと色んなことをしておきたいの」

 

 答えはもう出ているつもりだ。

 最初に放課後の教室に向かったあの日から。

 俺がいいと思えることを選択して、やりたいことをやってやる。

 そこに正義があるかは知らないが独善であるという生き方を変えるつもりはない。こんな風にしか生きられないんだ。

 けど、朝倉さんが望むのなら俺は変わってやろう、変えてやろう。本当に"いい"方向に。

 

 

「だから今を楽しみましょ」  

 

「うん」

 

 彼女と手を繋いで歩くこの時間だけは、誰にも奪わせないさ。

 それでも平穏が嫌いな奴がいたら俺のところに来い。

 どのように対応するのかは相談次第ってことで。 

 

 

「ところで明智君、今日の私の服はどうかしら?」

 

 楽しそうに挑戦的なことをおっしゃる。どう、ね。どうもこうもないって言った瞬間に額にナイフが突き刺さりそうだぜ。

 季節感が皆無な万年制服文学美少女長門さんを連想しちゃうのは比較対象として相応しくないが――あれだ、サッカーと野球の競技性の違いみたいな――とにかく

 

 

「似合ってるよ」

 

 最高だ。

 何を着ても最高で、えらい美人な、俺の大切な人だ。

 

 

 











『一言(一言ではない)』


 後書きらしい後書きを書くのもずいぶんと久方ぶりな気がしてなりません。

 どうも、お久しぶりです。
 なんといいますか、「俺たちの戦いはこれからだ」エンドな番外編です。
 結末まで構想はあるんですけども、正直この作品で遊ぶのはこれで最後にしようかと思います。そろそろ本当に終わりにします。
 書いたとしても多分公開せずにHDDの肥やしになってそうです。
 何よりもリメイクやリビルド、リファクタリング等々やるにしても"これ"ではなく別の作品として投稿しますので。



・テーマ

 目指したのは王道です。
 しかしながら作風はあえて本編連載時のそれに近づけました。
 挑戦的な意欲作としてこの番外編を書いたというよりは未練を断ち切るために書いたつもりですので。
 
 いずれにせよ一貫しているのは窮地のお姫様を救い出す、そんなありきたりな話をゴテゴテ粉飾させたのが本作ということです。
 番外編について解説したいことは特にないです。
 いつの間にか私の中で喜緑さんがユウキ=テルミみたいなポジションになっていたのは気のせい。



・反省点

 本編通しての全体の反省点としましては、やりたいことを詰め込んだ結果キマイラもびっくりの超合成獣的とんでも拙作となってしまったことです。
 もう少しポイントを絞るべきでした。そこらへんが体裁以前の読みやすさにつながるのかな、と。
 


・次回作に向けて

 近々に既に投稿している方の作品を終わらせ――あと三話で終わるのに筆が捗らない、部分部分のシーンを書いてはテキストファイルとして積もらせている、なんて情けないんでしょう――たいです。る、と言い切れないのが本当に私の駄目なところ。しかしながら俗にいう"エタる"つもりはありません。現状半分エタですが。

 さて、既に書きましたがここで本当にこの『異世界人こと俺氏の憂鬱』の更新はストップさせます。
 未来編は書き終わるのに時間かかる内容なので削除しました。
 いつの日か、HDDの肥やしが解禁されるかもしれませんが期待はしないでくださいまし。

 ハルヒシリーズの次回作でいえば三つほど考えています。
 それぞれストーリー性、斬新さ、そしてヒロインとのイチャラブといったように需要を分けていきます。
 もともと私はROM側だったということもあり、読むにあたっての需要を考え直そうという意図があります。一度に複数の要素を詰め込めるような技量は私にはありません。残念ながら。
 で、別の作品の新作(これが一番時間がかかる想定)ですが、これについては活動報告でちらっと書きたいと思います。  



 とにもかくにも、今年も残すところわずかなのでエンジンを上げて書いていきますので。だれないように。
 

 ここまで読んでくださった方々、お疲れ様でした、そして本当にありがとうございました。 
 願わくば次の作品の後書きを書ける日が早く来ますように。


 ではっ!

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