そうして入学式から一週間以上が経過した。
二度目の学生生活でわざわざぼっちの道を進むのは苦痛以外の何物でもない、
それに、少なくとも高校の三年間は原作メンバーと関わる事になるのだ。
パイプを作るなら早い方がいいはずだと考えた俺は、原作主人公、彼と同じ中学出身の国木田、そして涼宮ハルヒと同じ東中出身の谷口と昼飯を共にするようになった。
ちなみに、俺の出身中学校はこの3人とは違う。
「お前ら、もし涼宮に気があるんなら悪いことは言わん、やめとけ。あいつが変人だってのは充分理解したろ」
谷口はゆで卵を咀嚼しながら東中学校出身ではない俺を含めた3人に警告する。
こいつ(主人公)が涼宮に絡んだのはさておき、何故俺と国木田にも言うんだ?
「あいつの奇人ぶりが常軌を逸しているからだ。中学時代からああでよ、高校生にもなったら少しは落ち着くかと思ったが、まるで成長していねえ。お前らも聞いただろ、初日の自己紹介を」
「宇宙人がどうとか言うやつ?」
自己紹介という単語に反応したのは焼き魚の切り身から小骨を取り除いていた国木田だ。
丁寧な言葉使いだが国木田の言葉にはどこかトゲがある。
「ああ。涼宮で宇宙人と言えば有名なのが校庭落書き事件」
「何だそりゃ?」
主人公が訝しむような目で谷口に聞き返す。
ちなみに俺と彼はとっくに弁当をたいらげている。
俺は昔から食べるのが早かった、のんびり麦茶を飲みながら谷口の話を聞いている。
「石灰で白線引く道具があるだろ、涼宮はそれで校庭にデカデカとけったいな絵文字を書きやがった。しかも夜中に学校に忍び込んでだ、訳わからなくて笑えるぜ」
「話だけならオレも聞いたことあるけど、その涼宮ハルヒってのがまさか……あそこで退屈そうにしている女子生徒とはね」
今の発言は俺だ。
当然原作を知っているのでこれは嘘だが、異世界云々を話した所で、俺も涼宮同様に精神病と判断されるのがオチさ。
「それ見た覚えあるな。確か新聞の地方欄に載ってなかった? 航空写真でさ。 出来そこないのナスカの地上絵みたいなの」
「載ってた載ってた。中学校の校庭に描かれた謎のイタズラ書きってな。で、こんなアホなことをした犯人は誰だってことになったんだが」
「それがあいつの仕業ってか。よく警察沙汰にならなかったな」
「調べる前に本人から自白したんだ。当然、教師に呼び出されて校長室で尋問タイム。……だが動機は不明だ、だんまりを決め込んだ涼宮に職員一同お手上げで事件は終わる。一説にはUFOを呼ぶための地上絵、あるいは悪魔召還の魔方陣、または異世界への扉を開くだの、噂はいろいろあった」
その話を聞いた俺は思わずむせかけてしまった。
原作の細かい台詞など覚えていないが、その予想はどれも正解に近いと言える。
内情を知っている以上はどうしても笑えないし、反応に困る内容だ。
アンドロイド的宇宙人集団は実在する、そして他でもない異世界人が自分なのだから。
しかし、悪魔召喚の魔法陣か……。原作では悪魔というポジションの人物は居ない。
そして自己紹介の時に悪魔来い、と言ってない以上は元々悪魔に興味が無いのか、そうじゃなければとっくに悪魔とお付き合いするのを諦めているのだろう。
ただ、涼宮ハルヒがどこまで不思議を求めているのかは原作を読んでいてもよくわからかった。
なんと言うか、ただ"退屈"という不平不満を周囲にぶつけているだけにしか見えない。
少なくとも不思議を見つける事に対する執念を感じられる場面はそうないはずだ。
実際、主人公に対して妥協めいた台詞も言っていたと思うし。
……いずれにせよ本当に悪魔なんか呼ばないでくれよ。
『ファウスト』みたいな目にあうのは御免だ。
「――で、お前はそのAAランクプラスと何を話していたんだ? 今日の朝も会話してただろ」
いつの間にか話の内容は涼宮ハルヒの奇行から同じ学年である、一学年女子生徒のクオリティについてシフトしていた。
話半分で与太話を聞いていたのでよくわからなかったが、どうやら谷口は俺に言いたいことがあるらしい。
「だから、お前は今日の朝に朝倉涼子と仲良くお話ししてたはずだ。それともお前にとって美人と話す事に思うところがないのかよ、ちくしょう」
結局はただの嫉妬だが、そういう人間臭さがこいつを憎めない所以である。
下心はあるくせに変に純情なんだよな。
さて、谷口が名前を挙げた朝倉良子、原作1巻における重要人物である。
何故かと言えば彼女の行動が切っ掛けとなり、物語が加速するからだ。
主人公が身の回りの不思議を理解する切っ掛けでもある。
正直な話、今の段階でそんな重要人物とコンタクトするのはリスキーで、話かけられた時は恐怖したね。
彼女は宇宙人に分類される立ち位置で、俺の正体を掴まれている可能性があるからだ。
とは言え、表立った行動はしていないのでその可能性は現段階で低い上に、話の内容も世間話以下である。
「どうもこうもないよ。何を勘違いしたかは知らないけど、オレは彼女と世間話を楽しんだ訳ではないんだよ。ただ、オレがそこの物好き君と涼宮さんが話していたのを眺めていたら尋ねられたのさ。涼宮さんと話をしている彼……つまりこいつについてだ。オレには興味なし、じゃあないかな」
朝倉さんがどこまで考えて俺に接触したのかはわからないが、これは事実である。
曰く私を含めたクラスの女子ほとんどが涼宮さんに話しかけてもこれといった反応がない。
そこで、主人公とつるんでいる俺に主人公の人となりと聞かれたという訳である。
話しかけられたのは出席番号の都合で、俺と朝倉さんの席が近いというのもあったはずだ。
という言う方も聞く方も嬉しくない説明を俺はさせられた。
谷口は憐れむような目で「そうかそうか」と言って与太話を再開するのだった。
ナンパが生き甲斐の今のこいつを見ているのも面白いが、クリスマス前に付き合う彼女の件で報われればいいんだけどね。
その点をどうにかしてやりたい気もするが……それは俺の活躍次第だろう。
何せその相手は一般人ではないのだ、トラブルは御免だね。
俺に出来る事は限られているんだ。
それから、主人公君が涼宮ハルヒと親睦を深めている間にゴールデンウィークに入った。
GWに入るころには、めでたく主人公君のキョンというあだ名は浸透していた。
そして連休明けの一日目、授業が終わり、放課後となった。
普段ならそのまま帰宅するのだが、今日は行くところがある。それは文芸部室だ。
つまりこういう事だ。
俺が原作に介入する上で涼宮さんに変に目を付けられるよりか、既に文芸部員として居る方が立場がマシになるのではないかと思ったからだ。
少なくとも涼宮ハルヒ以外のメンバーからの同情はあるだろう。
こちらから直接涼宮ハルヒに接触しようものなら、他の勢力を全て敵に回しかねない。
少なくともマークされるのは確かで、そんな事情も露知らずキョンは涼宮さんと親睦を深めている。
"鍵"という役割があろうとなかろうと各勢力からキョンは恐ろしい奴だと思われるのも無理はない。
早い時期に部員として居座ることも可能だが、それをしなかったのは単純な話で、涼宮ハルヒと俺が接触するには時期尚早だと判断したからだ。
涼宮さんは全部の部活をGW前にとっかえひっかえしていた、
普通なら凡人である俺など涼宮さんは意に介さないと思うけれど、念には"念"を入れたい。
――さて文化部部室棟3階、文芸部室の前にやってきた。
いきなり攻撃なんてされないと思うが、覚悟はしておく。
彼女は任務に忠実だから過激な行動はしない、と信じたいね。
ドアノブを握り、静かにドアを開ける。
部室は意外に広い。長テーブルとパイプ椅子、スチール製の本棚くらいしかないせいもあるが、俺一人が物語に増えた所で空間における支障はまるでないだろう。
クリスマスにはメンバーを集めてパーティもしてたはずだ。
そしてやはり、部室の中には一人の女子生徒がパイプ椅子に座りながら読書していた。
「どうも。……ここは文芸部室で間違いないかな?」
「……」
突然の来訪者である俺に対し、彼女は無表情でこちらを見つめてきた。
沈黙は恐らく肯定なのだろう。ともかく会話を続けることにした。
「文芸部室のプレートを見てね、こう見えて創作活動には興味があるのさ。部長はどこかな?」
「私」
「他の部員は?」
「いない」
「すると、君一人の部活動って訳かな。魂消たよ」
「そう」
すると彼女は本に栞を挿めて、ばたんと閉じた。どうやら本格的に会話してくれるらしい。
「オレもここで文芸部員として活動したいんだがいいかな?」
「……」
長門は少しの間沈黙した。もしかしなくても値踏みしているのだ、俺という存在を。
やがて小さなトーンで一言だけ、どうぞ、と口を開いた。
「どうも。オレは物を書くのが好きでね。それなのに物覚えが悪いから、メモ帳とペンは手放せないんだ。アイディアは創作活動の命らしい」
「そう」
「君はどうなのかな、書く方は」
「長門有希」
それは平坦で耳に残らないような声だった。
元々俺が一方的に彼女――長門有希――の名前を知っていたというのもあるが、それ以上に緊張していたせいで自己紹介を失念していた。
俺もそれに応じる事にした。
「読書だけ」
「長門さん、本は好きかい?」
「わりと」
「そうか。……オレも好きだ。読書をすることで見知らぬ人間の感情を手に入れられる」
「……」
持論に思うところがあるのか長門も特に反応はしなかった。
だが、俺は台詞にただ、と付け加えて話を続ける。
「それと同じくらい、あるいはそれ以上に執筆も素晴らしいとオレは思う。話し合いをしなくて済むからね」
「ユニーク」
「はは、オレのはただの没個性だよ」
なかなかどうして長門さんとの会話は愉快だが、これ以上読書を妨害するのも忍びない。
俺はさっさと退散する事にした。
「それじゃあ、帰るついでに入部届を先生に提出しに行くとするかな。出来るだけ放課後はここに来るようにするよ」
「わかった」
「長門さん、さようなら」
「……」
別れを告げてからゆっくりと長門さんは視線を俺から手元に戻し、本を開いて読書を再開した。
この時の値踏みで俺がどんな判断をされたのかは今でも不明だが、敢えて尋ねようとは考えていない。
彼女に聞けば教えてくれるのかも知れないけれど。
――とにかく、こんな感じで俺は文芸部の一員となった。
言っても一か月とない、至極短い間だったが。