異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十二話

 

 

 

 

 

 

 

 

明智は異世界人らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼がどういう世界から来たのかは知らない、明智には謎が多かった。

 

 

だが、いつぞやのUMAとの格闘。

そしてこれは話に聞いただけだが宇宙人、朝倉涼子の暴走も阻止した。

 

とてもじゃないが普通の高校生である俺にはできない事だ。

よくわからん部屋もたくさん持ってるしな。

 

 

 

その、明智が。

 

 

 

 

 

 

「いなくなった……?」

 

明智の部屋は窓が開けられ、窓辺は嵐によって水浸しになっていた。

それはついさっき開けられたものではない。

少なくとも一時間近くは経過しているはずだ。

そして、彼のいない部屋には血痕と、サイドボードに使用された形跡のない鍵だけが残されていた。

 

おい、何かの冗談だろ?

お前の"ハイドなんとか"とか言う能力で、隠れてるだけなんだろ?

 

 

古泉。

 

 

「はい」

 

いつものポーカーフェイスが消え、困惑の表情を浮かべた古泉がこちらを見る。

 

――長門だ。

 

 

 

「長門を呼んでくれ。今すぐ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝倉をここへ呼ばなかったのは多分、無意識による判断だ。

俺は彼女に明智の失踪を知らせるのを遅らせたいという配慮があったのかもしれない。

ハルヒと入れ替わるように明智の部屋にやってきた長門に俺は言う。

 

 

「この部屋、何かおかしな所はないか? 明智の能力の痕跡だとか、もしあったら長門ならわかるだろ?」

 

俺はすがるように無機質な彼女の目をみてそう聞いた。

やがて、長門はじっくりと部屋を見渡すと、それが終わるとこちらを見て。

 

 

「この部屋に超常的な作用は一切働いていない。いたって"普通"の部屋」

 

なんだよ。

それじゃ、まるで。

 

 

「裕さんに続いて、今度はあいつが消えたって言うのか!?」

 

「そういうことになる」

 

立っているのが辛くなり、俺は壁に背中をもたれかける。

すると新川さんと一緒に森さんのところへ行っていた古泉が戻ってきた。

 

 

「何かわかりましたか?」

 

「なにも」

 

「なあ、古泉。明智はどこへ行ったんだ? 長門が言うにはこの部屋にあいつの能力の痕跡も、何もないらしい。じゃあ、どこへ消えたってんだ……?」

 

「わかりませんが、一つだけ確かな事があります」

 

古泉は出来るだけ落ち着いた表情と声色でこう言った。

 

 

「明智さんも、事件に巻き込まれた可能性が非常に高いということです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の俺がまともに口にできたのは朝食を除けば水程度であった。

せっかくの豪華な食事は昼も夜も無駄になってしまった。

少なくとも、俺とハルヒと朝比奈さんはまともに食事へ手をつけていなかった。

 

 

形だけの晩餐を終え。

部屋に戻るとやがてドアがノックされた。

 

 

「誰だ」

 

「僕ですよ」

 

来訪者は古泉一樹だった。

 

 

 

 

「森さんが明智さんを見たのは、彼が圭一さんの部屋に入ろうとしてストップをかけた時が最後とのことでした」

 

なるほどな。

これで決まりだ、あいつの失踪が。

 

 

「……古泉。俺は今から最悪の事態を想定して発言する。聞いてくれるか」

 

「いいでしょう」

 

そういった優男の表情は、いつになく真剣だった。

 

 

「仮に、あいつが殺された。あるいはそれに近い何らかの状態で行動不能だとする」

 

「ええ。彼が動ければ、流石に食事の際には我々の前へ姿を見せることでしょう」

 

「問題は、誰がそれをやったか。だ。……少なくともあんな事件の後だ、明智は警戒ぐらいはしていたはずだ」

 

「彼が"ただもの"じゃないことぐらいは僕も理解していますよ」

 

そうだ、仮に不意打ちをされたとしても黙ってやられるような奴なのだろうか。

現在行方不明の裕さんを含めて、圭一氏を殺害したと見られている犯人像は"男性"だ。

しかし、この館に残されている男は俺と古泉を除けば新川さんだけだ。

もし裕さんがわざわざ戻ってきたとしても、明智を排除する理由がどこにある……?

 

いや。

 

 

「間違いなく、明智はこの事件について"何か"を掴んでいた。だから俺とハルヒとは別の行動をしたんだ」

 

「外を調べるより重要な"もの"が、この館にある。と?」

 

「俺にもわからん。だが、犯人にとってあいつが邪魔になる理由はこれぐらいだ。明智は犯人がわかった」

 

「ではどうやって犯人はそれを知ったのでしょう? そして、明智さんを黙らせるにしても一筋縄ではいかないはずです」

 

そうだ、それに明智の部屋も鍵がかけられていたし、サイドボードには鍵だって――

 

 

「スペアだ」

 

「はい?」

 

「スペアキーなら、明智の部屋に入る事も、あの状況を作り上げることもできる」

 

「……ですが、それが可能な人間は一人しかいません」

 

そうだ、スペアキーを管理していると言ってたのは。

 

 

「新川さんが、犯人なのか……?」

 

「しかしそれでは圭一さんの事件についてはどう説明します?」

 

「あの部屋には事件発生以来だが立ち入りが許されていない。鍵を何らかの方法で新川さんが入手していたとしても不思議じゃない。俺たちは部屋をしっかり確認できなかった」

 

「なるほど。ですがそれでも二つほど疑問が残ります」

 

古泉は困った表情で作り笑いをして。

 

 

「一つは行方不明中の裕さんです。彼も新川さんが手にかけたのでしょうか?」

 

「さあな。だが昨日の夜、俺たちはワインを飲んで前後不覚の状況だった。新川さんの行動なんか一々確認できちゃいないさ」 

 

「そうでしょうね。では、もう一つ。今回失踪した明智さんが新川さんこそ犯人だ、とわかったとしましょう」

 

「ああ、犯行が可能な条件を満たしているのは新川さんだけだ」

 

「そんな犯人の新川さんが、明智さんの部屋を訪ねたとして、わざわざ黙って襲われるでしょうか? 少なくとも不意打ちなんてできないでしょう」

 

確かに。

明智を倒せるとしたら完全の不意打ちだけだ。

それも警戒すらしてない相手からの。

犯人と思われる新川さんがやってきたとしても、能力で逃げるくらいはできたはずだ。

一瞬俺は朝倉の顔がよぎったが直ぐに取り消す。

間違っても、そんなことがあってはいけないからだ。

 

 

「そして新川さんについてですが、つい先ほどまで圭一さんの部屋の前に居ました。森さんが定期的に確認していたそうです」

 

短時間での犯行は厳しい、か。

 

 

 

 

だが、待てよ……?

もしかすると――。

 

 

 

俺がなけなしの脳細胞をフル活用して浮かんだ推理を古泉に聞かせる。

すると古泉は納得したかのような表情で。

 

 

「まさか、そんなことが。……ですがこれならば犯行についての説明が全て可能です」

 

死体が放置された圭一氏に対し、身体すら残さずに消えた裕氏と明智。

俺の推理には悔しいが穴がなかった。

 

 

「とりあえず僕は涼宮さんの部屋へ行ってきます。あなたも気を付けて下さい。何かあれば、飛び降りてでも逃げて下さい」

 

そう言って古泉は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り残された俺は一人で思考する。

俺の出した結論は全ての事件に一応の説明がつく。

 

しかし、どうにも腑に落ちない事があった。

 

 

「何で犯人は凶器を残したんだ……」

 

圭一氏のナタ。明智が刺されたと思われるナイフ。

これらは処分する時間があったはずだ。

そして。

 

 

「"SCREAM"の文字だ」

 

圭一氏の事件は、凶器を隠すよりも、あの字を書く方が優先されたというのだろうか?

現場のかく乱にしてはその意味がわからない。

まるで、"あえて差をつけている"かのように感じられた。

猟奇的な演出がしたいならば、首なし死体だけで充分だというのに。

 

 

明智の事件についてもまだ謎がある。

果物ナイフには十分な長さがあったので、あれで致命傷は与えられるだろう。

謎は明智のサングラスだ。

 

明智はメモをたまに取る程度には几帳面な奴だ。

そんな彼が長門から返してもらったサングラスのレンズをもとのレンズに"戻さない"。

なんて事があるのだろうか。一日目の夜ならばいつでも時間はあったはずだ。

確かに大嵐のおかげでサングラスの出番は昨日からなくなった。

単純に彼が忘れていたのだろうか?

 

 

 

 

そんな事を考えていると再びドアがノックされた。

 

俺は一瞬恐怖に襲われたが、なんとか来訪者の確認だけでもしなければならない。

出来るだけ平静を装って、相手を窺う。

 

 

「誰だ」

 

「キョン君、私よ」

 

その声は宇宙人、朝倉涼子のものだった。

 

 

 

自分の彼氏が行方不明だというのに、朝倉からは何も感じられなかった。

かえって無気力になっていたのかもしれないが、本物の感情がないらしい彼女の考えていることは俺にはわからなかった。

もしかすると、明智ならそれがわかるのかもしれないが彼はもうここには居ない。

 

 

「あなた達と一緒に涼宮さんの部屋を出てしばらくしてからね。明智君は私たちがいた涼宮さんの部屋に一度戻って来た」

 

「なんだと?!」

 

私たち、と言うのは長門と朝比奈さんと妹が含まれている筈だ。

するとあいつが一人で行動を開始してから、すぐの事だったのだろう。

朝倉は後ろ手に持っていた手帳を取り出して。

 

 

「もし自分に何かあったなら、これをキョン君に渡してほしい。そう言われたわ」

 

その手帳はいつも明智が書いていた黒のメモ帳とは異なり、しっかりした造りの青の手帳だった。

明智が何かを書いているのは時折見ていたが、この手帳は始めて見た。

表紙にはDIARYとプリントされている。日記帳か。

 

 

「私も中身は見てないわ」

 

じゃあね。と言って去ろうとする朝倉を俺は「朝倉!」と呼び止めた。

 

 

「お前は、その……大丈夫なのか? 明智がいなくなったんだぞ、もしかしたら――」

 

殺されてるかもしれない。とは口が裂けても言えなかった。

俺のその様子を見た朝倉は。

 

 

「そうね。でも、どうでもいいわ。彼と約束したから」

 

何をだ? という俺の問いに対して。

 

 

「ふふ。二人だけの秘密よ」

 

俺はそれ以上朝倉から話を聞かなかった。

バタン。とドアが閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び部屋には俺一人だけが取り残された。

壁にかけられた時計は12時を回っていた。深夜だ。

 

寝るに寝れないので、俺はベッドの近くのライトをつけて明智のらしい日記帳を読むことにした。

ぱらぱらっとめくるも後ろの方には何も書かれていない。

とりあえず一番最初のページを見る。

 

 

『合宿一日目。

 

合宿日和とはまさに今日のためにあるような天気で、退屈なはずのクルージングも許せた。

 

フェリーでは様々なものを見て回った。

 

外の風景、他の乗客、ちょっと能力を駆使して機関室に潜り込んだのは秘密だ。

 

しかし、これも立派な創作活動として役立てるつもりなのでどうか見逃してほしい。

 

乗り継ぎの港へ着くと執事の方とメイドさんが我々を出迎えてくれた。

 

古泉とは旧知の仲だという。ちょっと彼の家系が気になった。

 

で、さっそくビーチへ行くことになったのだが、朝倉さんの水着姿はオレの期待の数段上であった。

 

色々あってなし崩し的に彼女と付き合う事になってしまったが、こういうのは悪くない。

 

別荘で出された食事はたいそう豪華なもので、執事の新川さんが料理長を兼任しているらしい。

 

言うまでもなく美味しかったが、朝倉さんの料理もそれに負けていないとオレは思うね』

 

 

 

どうやらこの手帳は合宿のためだけに用意されたのだろうか。

普段から常用している日記ならばもっと前の内容が書かれているはずだからだ。

今となってはそれも不明だ、本人が居ないので確かめようがない。

内容に色々と突っ込みどころはあるが、俺は次を読むことにする。

 

 

『合宿二日目。

 

この日はあいにくの空模様で、どうやら台風が接近しているらしい。

 

残念ながら外へ出るのもおっくうだ。新川さん曰く、嵐が訪れたのは早朝との事。

 

そういえば昨日はワインを嗜んだ。そのせいもあってか一部団員の気分は優れない。

 

長門さんはぐびぐび飲んでいたが気に入ったのだろうか。朝倉さんは一杯で止めていた。

 

ワインはなかなかの名酒らしく。我々には少々勿体なく思えたが、タダより高いものもない。

 

昨日の晩餐は古泉と他愛もない話をしているとあっという間だった。

 

そういった背景もあり二日目の午前中はとくに動き回りもしなかった。

 

午後からは全員が本調子に戻ったらしく、卓球と麻雀に興じた。

 

オレは卓球について素人ではなかったが涼宮さんは文字通り格が違った。

 

昨日のビーチバレーといい、素晴らしい多才な方である。オレは器用貧乏なのだ。

 

麻雀についてはオレはもともと運が無いので話にもならなかった。

 

そしてこの日の晩餐でも森さんによってワインが振る舞われた』

 

 

 

ふむ。なんてことはない、ただの日記だ。

どうせ今日の事が書かれてはいないだろうと思ったが、俺は何となく次のページを開いた。

しかし、そこには三日目である今日の内容が書かれてある文章があった。

 

 

『三日目。

 

さて、何から書くべきか。まあ、圭一さんと裕さんについてかな。

 

一連の事件の犯人についてはだいたいの推測がついている。

 

しかし、それでは納得できない部分があるのも事実だ。

 

とにかく、これを読んだ人にオレが伝えたいことは一つだけだ――』

 

 

 

どうやらいつ書かれたのかは不明だが、この内容が圭一氏の事件が発覚した後のものであるのは確かだ。

そして、その日記はこう締めくくられていた。

 

 

「『一期一会。人間とは、出会いこそが全てなのだ』……?」

 

先のページには何も書かれていない。これで最後らしい。

何故この日記には犯人について書かれていないのだろう。

単純に時間がなかっただけかもしれないが、だが、この内容の意図がわからない。

しかしながらそれは明智なりの皮肉にも思えた。

 

 

「出会いね……やれやれ。だとしたら今回の合宿は最悪の出会いになったってわけだ」

 

殺された別荘の主人、大富豪の多丸圭一さん。

その弟の多丸裕さんも"恐らく"殺されている。

犯人の可能性が高い執事の新川さん。

そして、メイドの森園生さん。

 

 

彼らは、俺たちSOS団と出会わなければ、このような状況にならなかったのだろうか?

犯人について気づいていた明智にもそれはわからないだろう。

裕さんと圭一さんの兄弟げんかとやらも気になるしな。

とにかく、警察がやってくる明日の午後まで生きなければならない――

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで考えて、俺はふと気づいた。

 

 

「出会い……?」

 

そうだ、この事件の違和感の正体。

そこには"出会い"があった。

 

そして。

 

 

「まさか。これは全部、"仕組まれていた"んだ――」

 

ああ。

いいぜ、わかった。

 

こういう時はきっと、「名探偵」様ならこう言うんだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――謎は全て解けた」

 

ってな。

 

 

 

 


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