異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ロールバック・アウグストゥス
8月7日


 

 

 

 

 

 

 

 

――そう言えば、七月七日の話をするのを忘れていたな。

 

しかし何てことはない。

俺にとってはごく普通の平日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも、俺のあずかり知らぬ所でおそらく朝比奈さんとキョンは"笹の葉"イベントをこなしたのだろう。

あれは俺がどうこうするような話じゃあないから仕方ない。

 

 

 

で、唐突だけど、俺の誕生日の話をしたい。

俺の誕生日は前世においてもこの世界においても同じだった。

今日がその日なんだけど、夏休み真っ只中である。

要するに今も昔も家族以外から誕生日を祝ってもらうなんてことが殆どなかった。

いや、俺自身が誕生日を明かすのも嫌だったというのもある。

何せ学生は休み中なのだからわざわざアピールもしたくない。

一部の親しい友人だけが俺の休みに埋もれた誕生日を祝ってくれた。ただそれだけ。

 

 

 

ところで俺は"エンドレスエイト"について詳しく覚えているわけじゃあない。

なんというか、オチっぽいのとだいたいの流れくらいか。

確か十七日に開始だったはずなんだが……何かあれば自ずとわかることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿が終わって以降、原作でキョンがぐーたらしてたようにSOS団の集まりは無かった。

宿題に手を付けてはいるのだが、それが退屈しのぎとしての役割を果たしてくれないのは言うまでもない。

それにもやがて終わりが来るからだ。

つまりですね、今の俺がどうしているかと言いますと。

 

 

「明智君、何か見せてちょうだい」

 

「その台詞を今日こそは聞きたくなかったんだけど」

 

俺の部屋にはエアコンが無い。

じゃあ異空間にでも引っこめばいいのだがそれも結局のところは生活環境がマシになるだけである。

そんなわけで俺は日中に朝倉さんの部屋に入り浸っていた。

いやあ、エアコンは文明の利器ですよ。

 

 

……うん。

自分でも思うさ、何てクソ野郎なんだ。

暫くは惰性から抜け出せそうにない。

 

しかし――朝倉さんのお金がどこから出ているのかは未だ謎だが――お昼ごはんも出してくれる。

言うまでもなく間違いなく生活環境としては上位である。元がいいとこのマンションだし。

朝倉さんは未だに俺の監視なのかよくわからない行動をしており――長門さんの補助もあるからそっちがメインでいいんだけど――早い話が俺の一発芸を毎日期待しているのだ。

 

仕方がないと思い、一度だけロッカールームからいつぞやのベンズナイフをひっぱって見せたのだが大変驚いていた。

本来はこの世界にあるような代物じゃあないからね。解析ができないのも当然である。

その際、かなりベンズナイフを欲しがられたのだが俺は一日中何とか断り続けた。

といった理由で現在は物を出すと言う案は没になっている。極力ね。

 

 

「ケチねえ。今日はせっかくの誕生日なんだから、サービスするべきよ」

 

「いいや、その理屈で言えばオレがサービスされる側なんだけど――」

 

――おい。

ちょっと待て。

 

 

「オレ、自分の誕生日を言った覚えは無いんだけど……?」

 

自己紹介の場でもまさかそんな事を言うはずもない。

すると朝倉さんは「何言ってんの?」と言わんばかりの顔で。

 

 

「涼宮ハルヒと接触した時点で、あなたの情報は各勢力に出回っていたのよ? 調べられる範囲の内容だと思うけど」

 

そういえばそれっぽい事を古泉にも言われたような気がする。

駄目だ、思考がままならない程度には夏に俺は屈していた。

ここからどうにかループ脱出へ向け――ループが起きないのが一番なのだが――切り替えなくてはならない。

何かのプロになった覚えはないが、切り替えが早い人種こそがプロフェッショナルと呼ばれる者なのだ。

 

しかし。

 

 

「誕生日、ね」

 

カレンダーを見るまでもない。

この日、八月七日は俺の誕生日だ。

普通ならばこの話はただの謎自慢で終わってしまうのだろうが、俺はある『因果』を感じていた。

そう、原作における七月七日。七夕との『因果』をだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、日本に限らず沢山の国々の暦はグレゴリオ暦が用いられている。

俺は別にローマが偉大だって話がしたい訳じゃあない。

新暦の逆、旧暦の話がしたいだけだ。

日本における旧暦である太陽太陰暦は、詳しい説明は省くがだいたい今とひと月ぐらいズレている。

それはつまりグレゴリオ暦に変換すると旧暦は遅いという意味なのだが――正確には速さではなく基準の問題なんだけど――そこは気にしなくていい。

で、日本では一ヶ月遅れの旧暦で年中行事を行うといった風習があるところもあり。

八月七日は旧暦における七夕なのだ。北海道や愛媛県、他の田舎なんかでもあるはずだ。

 

だがそんな事言っても長門さんはどうやら七夕より前から涼宮ハルヒを観測してたみたいだし、補助役だった朝倉さんもそのはずだ。

せいぜい俺の場合はよくできた偶然なんだろうさ。

 

 

「そんなに面白いものが欲しいならこれでもやってなよ」

 

俺が無造作に床に左手をつけ、ロッカールームから手のひらサイズの箱状の物を取り出して朝倉さんに投げ渡す。

かがんでキャッチしたそれを朝倉さんは意味が分からないといった顔で。

 

 

「なあにこれ?」

 

「ぷちぷち、って潰せる梱包材があるだろ? あれを潰した感覚を無限に楽しめるおもちゃさ」

 

ちなみにこの時代にはまだ販売されていない。

微妙に未来のテクノロジーなのだが彼女はそんな事は知る由もないだろう。

ベンズナイフと違って毒が仕込まれてたりだの変な技術もないし、原材料は普通だからね。

試しに朝倉さんが指でぷちぷちを押すとおもちゃの裏側から「プチッ」というよりは「パキッ」に近い電子音がする。

その指を放すと押されたぷちぷちは元に戻るという実に――

 

 

「意味がわからないわね」

 

だよね。

 

 

「そのアイディアを玩具販売メーカーに持ってけば多分一儲けは出来るんだけどね」

 

「異世界の玩具なの? あなたが持ってけばいいじゃない」

 

「興味ないさ」

 

しかしながらこの日常も十日後にはどうなるかわからないのだよ。

いや、むしろ後十日間もこんな怠惰な生活を送るのはまずいだろう。

チラリと右手の腕時計を見ると、まだお昼前もいいとこだった。

今日からでも卒業だ。

 

 

「ずっと家に居るのも飽きたよね。しかしオレも提供できるような物なんか特に持ってないんだ」

 

何も持っていないわけではないが、中には物騒な物もある。

玩具や小物程度ならいくらでもあるんだけどね。ぷちぷちしかり。

そんな俺の発言に対して朝倉さんは俺が何か案を持っていると思ったらしい。

 

 

「ふーん。じゃあ何かいい考えがあるの?」

 

「そうだね」

 

とりあえず。

 

 

「外へ出ようか。歩いていれば何か見つかるかも知れない」

 

割と真面目に考えた末の発言だったのだが、異世界ジョークと受け取られたようだ。

朝倉さんは笑っているが俺は笑えない。

 

 

「まるで涼宮さんみたい」

 

「褒め言葉としては微妙だね」

 

「うん、いいわ。どっか行きましょ」

 

どうやら許可されたらしい。

思えばここ数日はこのマンションへの移動以外にまともに外へ出ていなかった。

夏を満喫するという意味では"エンドレスエイト"様様なのだが、無限ループだけは勘弁してくれ。

でも朝倉さんは何故か俺に協力的な面もあるから、こっちが聞いたら教えてくれるだろう。

何故わかったかはあれだ、異世界パワーでごり押そう。あながち間違ってはいない。

 

 

 

 

あてもなくふら付くだけで、目的なぞない。

昼食を含め通りすがりの店に立ち寄ることはあるかも知れないが、結局のところSOS団の市内探索と変わらない。

……ただ。

 

 

「まさか明智君がデートに誘ってくれるなんて。てっきり引き籠りの素養があると思ってたわ」

 

俺はどちらにどう突っこめばいいんだろうね。

朝倉さんは宇宙人と言えど長門さんほど社会性から遠いわけではなく、一応身だしなみを整えてから出かけたいらしい。

別に気にしないんだけど、まあ、これも一種の勉強になるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず先に玄関へ行って、新調したばかりの靴でも履いて待ってるとするよ。

 

 

 

 

 

 


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