異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十四話

 

 

 

 

 

 

 

 

単にびびっていた訳ではなく、俺はその時、状況をいち早く理解する必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よって、俺が寝ずに起き続けてその日を待っていた事にもきっと意味がある。多分。

間違いなく時計の針が深夜0時を回ったのを確認して、朝倉さんに電話をかけた。

彼女は2コールとしない内に出てくれた。

 

 

「もしもし、オレだ」

 

『……こんな遅くに何かしら?』

 

「朝倉さんだって随分と早く出てくれたじゃあないか。まるでオレの電話が予想できたみたいだ。腹の探り合いはいい、単刀直入に聞くけど"何かあった"んじゃあないかな?」

 

すると朝倉さんは驚いたらしい。

少しの間、反応が無かった。

だがこの情報だけでほぼ答えは出ていた。

俺の電話に対し迅速に出た事から、涼宮ハルヒが何らかの改変を行った事を既に観測していた。

そして、俺の質問が過去に繰り返されているものならば、朝倉さんは正確に結果だけを教えてくれるはずだ。

よって――。

 

 

『ええ。この夏休みは、巻き戻された"二回目"よ』

 

やはり、"一回目の俺は何もしなかった"か……。

 

 

しかし予想通り朝倉さんも原作の長門さんと同じく同期とやらで情報を引き継いでいるらしい。

一回目に関しては誰かに相談したところで特に信用されずに終わる可能性が高い。

さっきの「何かあった」の質問も、そこら辺を配慮した上での事だ。

原作では涼宮ハルヒがいつ改変を始めたのかまでは言及されてなかったはずだ。

となれば一回目の出来栄えに満足いかずにループを開始する、という風に考えるのが自然じゃないのかね。

 

 

 

とにかく。

 

 

「わかった、ありがとう。詳しい話は後ででいいよね。とりあえずもう寝よう」

 

『……そうね。おやすみなさい』

 

ツーツーと電子音が鳴り、通話は切れた。

 

 

「さてと、オレはこれからどうするべきなのかな……」

 

自問自答であり、答えなどなかったが確かな事は一つだけある。

それは。

 

 

「この馬鹿馬鹿しい二週間が終わってくれれば安眠できる」

 

何も楽しいからと言って、自分勝手に世界を変化させるなんて許されるはずもない。

とりあえず今は寝よう。今日は間違いなく八月十七日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませた俺は昨日までならば精々九時ぐらいに朝倉さんのマンションへ向かっていたのだが、今日は八時前には家を出た。

505のインターフォンを押し、部屋に入るとそこには俺以外の来客がちょこんと椅子に座っていた。

朝倉さんと同じく宇宙人の長門さんである。

 

 

「まさか、長門さんも来ているとはね」

 

「……」

 

別に朝倉さんと二人っきりが良かったわけではない。

ただ原作では長門さんはループ現象に対して静観的だったはずだ。

どういう事なのだろう?

すると朝倉さんが説明してくれた。

 

 

「情報統合思念体があなたに興味を持ったのよ。何故あなたが巻き戻り現象に気づけたのか、って」

 

そうなるだろうね。

とりあえず俺は家を出る前の朝食時に適当に考えた言い訳をする事にした。

 

 

「オレほどにジェダイの騎士としての地位が高くなると、予知じみたレベルでフォースの導きってのがあるのさ。"May the Force be with you(フォースと共に在らんことを)"、ってね」

 

その瞬間、感情が無いはずの二人から物凄い殺気がしたのは気のせいだろうか。

少なくとも心なしか視線が冷やかになった気がする。

とは言え、俺が真面目に答えてくれるという可能性を捨ててくれたらしい。

 

 

「……まあいいわ。今度見せてもらうから」

 

玩具の光るライトセーバーで良ければ見せてあげるさ。

それに実際は山を張っただけにすぎない。

これが一回目でなく二回目だからこそ、朝倉さんは俺の「何かあった」を理解できた。

それはさておき、今は与太話よりも今後を話し合うべきだ。

 

 

「オレが朝も早くからここへ来たのは朝倉さんが恋しくなったわけじゃあない。この現象が解決してほしいからだよ」

 

そう。"二回目"ならばただの"巻き戻り"に過ぎないが"三回目"にしてようやく"繰り返し"となる。

これだけは、というか全世界的に迷惑をかけてるのでこの二回目で終わるべきなんだ。

 

 

「そうね。おそらくこのまま放置していれば、間違いなく八月は繰り返されることになるわ」

 

「で、興味を持ってくれたのはいいんだけど。長門さんの意見はどうなのかな」

 

「……どう、とは」

 

「長門さんの任務は観測でしょ? オレみたいに大義も持たないままに行動をしている訳じゃあない。強いて言えばオレのは独善に過ぎない」

 

「よく言うわね」

 

呆れた声でそう言うと、朝倉さんはコップに注いだ烏龍茶を俺に差し出した。

自分と長門さんの分は既に机に置かれていたらしい。

このお茶の色、黒烏龍か。

 

 

「わからない。ただ、あなたが涼宮ハルヒに対して何かすると言うのなら私はそれを含めて観測する。それだけ」

 

ご期待の所、悪いけど俺が涼宮さんに何かかをしようとするつもりは今の所ない。

この事態を解決できるのはいつも通り"鍵"であるキョンだけであり、結局はいつも通り――

 

 

「世界に助かってもらおう」

 

中立が一番儲かるのさ。多分。

 

 

 

 

 

 

そんな中身がまるでないやり取りを終えた後、お茶を飲み干した長門さんは自分の部屋へ帰って行った。

涼宮さんから呼び出しがかかるまで俺は何もする気はなかったのだが、彼女なりに気を遣ったというのだろうか。

 

しかしながら。

 

 

「プールか……」

 

「何であなたがそれを知っているかは聞かないであげるわ」

 

そうだ、確か今日はプールの日だ。

嵐が来るのを知っていたにしても、海水浴が一日だけだったいつかの合宿はとても残念であった。

思えば合宿で長門さんと潜水対決をしたが強敵どころか俺がかなう相手ではなかった。

どこぞの肺活量に自身のあるお方ならば勝てたのだろうか。

いずれにしても水着はいい。ビーチバレーの時といい最高だったね。

ただ、朝倉さんとペアを組んだ以上は彼女のグンバツの脚をじっくり見れなかったのが心残りだったのだ。

……うん。半分くらいは冗談だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはまったく意外だったが、お昼近くに涼宮さんから俺の携帯に電話がかかってきたが、俺は朝比奈さんに次いで二番目らしかった。

流れで行くと、キョンが最後ということになりそうだ。

 

 

『明智君は今日暇よね?』

 

その質問は俺にとって死の宣告に他ならなかった。

例え用事があろうがそれが法事でない限りは涼宮さん優先である。

彼女から必要な持ち物を一通り聞いた後、俺は「朝倉さんと長門さんにもこの内容を伝えておく」と言っておいた。

実際は"二回目"だから俺が言う必要もとくにないんだけどね。

そんな訳で水泳道具を取るためだけに俺は"臆病者の隠れ家"を使った。

どうせ長門さんにも伝えるんだから行きは三人で行くことにした。俺は自転車を手押しである。

やはりと言うか、長門さんはセーラー服だった。

さっきは私服だったのにわざわざ着替えたらしい。それにも意味はあるのだろうか。

 

 

 

SOS団が集合する際に、キョンが一番最後に到着するのは何かの宿命なのかもしれない。

これはもしかしたら涼宮さんの能力ではないかと勘繰ってしまうが、多分そうじゃないにしてもキョンが一番最後のような気がする。

俺の友人にもそういう奴は居たからな。

キョンに対する恒例のお説教があった後、涼宮さんは。

 

 

「それじゃ、全員揃ったことだし出発よ」

 

「どこへだ?」

 

「プールよプール、市民プールに決まってるじゃない」

 

その後ありがたくはない彼女の哲学が一通り語られた後に自転車でプールへ向かう事になった。

単純に自転車で行くと言っても何と自転車は三台しか無い。男子しか自転車を持参していないのだ。

実は俺は性能面だけで言えば軽いしタイヤもゴツいバイシクルがあるのだが、今回は多人数による乗車が強制されている。

要するに今回、俺は最早消耗品と呼ぶに相応しい値段や性能のママチャリである。

別に俺は原作のキョンのように三人乗りを余儀なくされなければ誰が後ろに乗ってくれても良かったのだが、当然の如く朝倉さんが後ろに乗った。

というか乗られた。

 

 

「いくぜぇ、流星号!」

 

「それ前回も聞いたけど何なの?」

 

そんな訳で流星号もとい安物のママチャリを後ろに朝倉さんを乗せて俺は走らせていた。

しかしながらアルミフレームの穴ぼこ荷台では申し訳ないと思い俺はあらかじめウッドベースのシートが取り付けられているリアキャリアと交換していた。

これなら負担も少なくて済むだろう。……いや、朝倉さんが重いって訳じゃあないんだけどね。

原作そのままにキョンは涼宮さんと長門さんを乗せてちんたらやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市民プールのレベルの低さはアニメを見た時に分かり切っていた事なのだが、しかし何もここにする必要はあったのだろうか。

いくらここが都会じゃないとは言っても少し離れればしっかりとしたプール施設があったはずだ。

それに俺は屋外プールより屋内プールの方が好きなのだが……割り切ろう。

涼宮氏に急かされた平団員は荷物置きを終え、有象無象のプールに入ることとなった。

 

 

 

 

 

最早直進が不可能な条件下である時点でレースとしては某大陸横断レース並の厳しさであり、そのような中で敢行された五十メートル自由形は原作通りに長門さんの優勝であった。

ここがしっかりレーン分けされているような温水プールならば俺も本気の出し甲斐があったのだが、お子様達の群れをかき分けることを余儀なくされる以上はまともな試合など望めない。

涼宮さんは長門さんに優勝を奪われて悔しそうではあったが、これがまともな条件下だったらと思うと優勝者もどうなったかわからない。

 

そんなやり取りを終え、女子はプールで自由に動き回っていた。

涼宮さんと朝比奈さんは水中で格闘戦――まあ朝比奈さんが一方的にされてるだけ――を繰り広げ、長門さんは持参したらしい浮き輪でぷかぷか揺れていた。

朝倉さんはゴーグルを付けて退屈しのぎに泳ぎ回っていたが、どうやら今日の彼女の水着は合宿の時と異なっていた。

ネイビーカラーで下がスカートのような形になっているワンピースタイプのものだ。

女子高生にしては大人びたチョイスである。まあ、悪くないんだけどね。

ここがもっと落ち着いた場所なら俺も泳ごうと思うんだけど、男子三人は彼女らの光景を眺めているだけだった。

 

 

「いやあ。楽しそうですね」

 

「オレは場所に文句を言いたいんだけど」

 

「これも一興でしょう。実にほほえましい光景で、何より平和です」

 

現在進行形でその平和が損なわれつつあるんだけどね……。知らぬが仏って奴か。

 

 

――俺は考えた。

原作においてループ現象が発覚したのは朝比奈さんの何気ない行動がきっかけだったはずだ。

そして同時に必ずループ現象を自覚できた訳ではなかった。

パーセンテージは統計的には半分を超えていたが、実際には後半に入ってからループ現象に気づく頻度が高くなってきたと言う。

キョンの既視感なんかがそうなんだろうが、それにしても謎である。

肉体的にも精神的にもリセットされているはずではなかったのだろうか?

じゃあ、どこにその既視感を生み出した要素が残っていたと言うのだ。

 

 

「心、か……」

 

非論理的にもほどがあるさ。

しかし、確かな事の一つとして、この"二回目"において朝比奈さんが"巻き戻し"現象に気づく確率は低いらしいという事だ。

長門さんは観測が任務だからわざわざキョン達に説明しないだろうし、朝倉さんもわざわざそのような事をしないだろう。

俺がどうこうしない限り、宇宙人と俺を除く皆は異常を知らずに"二回目"を終えてしまう事になる。

そして俺にはみんなに知らせるその覚悟が無かった。ただの原作知識に頼った結果に過ぎないから。

相も変わらずに臆病者だった。

 

つまり、何故か俺だけが例外だった。

朝倉さんはこの事件においても俺の秘めた実力とやらを期待しているのだろうか?

少なくともはぐらかそうと思えばいくらでも出来たはずだ。

あっちが知ってるかは知らないが、俺には現象を確かめる方法が無いのだから。

それに、今回は全世界レベルでの異変だが何も滅ぼそうって訳じゃないんだ。

元に戻ってくれればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

お昼ご飯として涼宮さんから各団員に配布されたのは朝比奈さん特製のサンドウィッチだと言う。

ふむ、食パンベースのミックスサンドか。朝倉さんがお昼に出してくれたサンドウィッチはバンズだったが、まあ、こちらも美味しかった。

しかしながら既製品でない食べ物を比較することなど不毛以外の何物でもなく、失礼に値する。

俺だって料理に多少の心得はある――こと炒飯に関しては負ける気がしない――が、頼れる以上は頼るべきなのだ。

彼女には食事を楽しむという概念はあるのだろうか。さっさと口に入れた涼宮さんは

 

 

「もうひと泳ぎしてくるわ。みんなも食べ終わったら来るのよ!」

 

と言い残してプールに飛び込んだ。子供は真似しちゃあ駄目だ。

そこら辺で調達してきたスポーツドリンクを飲みながらのんびり食事をしていると朝倉さんが

 

 

「何かプランはあるのかしら?」

 

と訊ねてきた。

 

 

「朝も言ったはずだよ、"助かってもらう"のさ。俺は異世界人、宇宙人未来人超能力者と並ぶただの人形だよ」

 

「ふーん」

 

とつまらなそうな声を上げた朝倉さんもミックスサンドを平らげ、俺の手からスポドリをぶん取って飲み干すとこう言い残した。

 

 

「私はそれが嫌だから変革を望んだのよ。そして多分、あなたは勘違いしてるわ」

 

何を? と聞き返す前に朝倉さんはさっさとプールの中へ消えてしまった。

優等生だけあってダイブなんかするはずもなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺はどうしたいんだろうな。

 

 

この"二回目"で終わってほしいし、それを実現させるために何かがしたいと思う反面。

涼宮ハルヒの人形である事を受け入れ、"鍵"であるキョンが解決してくれればいいと思う無責任な自分も居た。

どうもこうもない。

 

何せ俺一人の行動で原作が変化する事に関しては実証済みだ。

朝倉さんもそうだし、情報生命体や、合宿の殺人事件だってそうとも言える。

俺は不安に駆られていた、再び揺らいでいた。

自分に責任は持てても他の誰かの分はわからない。

だからこそ俺は朝倉さんに対しての結論を先送りにしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に他の団員の姿は無く、プールサイドには俺だけが取り残されていた。

 

 

 

 

 


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