真夜中にかかってきた電話の主は古泉だ。
今から駅前に集まってほしいとの内容で、俺は急いで行く事にする。
この時の俺は、朝比奈さんが偶然にも未来との交信が途絶えたことに気づいたのだろう。
……と思っていたのだ。
「どうも」
「ふぇええええんん」
「……」
駅前に到着するとキョンと涼宮さんを除く全員が揃っていた。
朝倉さんは長門さんと違い、無言というか、目をつむって電柱によりかかっている。
女子がするようなポーズではない。
「じきに彼が到着すると思いますので、その時に説明します」
古泉がそう言ってから数分後にキョンは到着した。
「……で? いったい何なんだよ」
「ふええええん、キョンくん……」
朝比奈さんはその場に崩れ落ちてしまう。
この状況は未来と言うアイデンティティから見捨てられたも同然なのだろう。
今の彼女は文字通りに帰る場所がない。
俺は今の所、元の世界に帰るあてなどない異世界人だと言うのにも関わらず、その気持ちがわからなかった。
何故なんだろう。
「端的に言えば、こういうことです。我々が体験した夏休みは"二回目"です。正確には――」
「八月十七日から八月三十一日にかけて。涼宮ハルヒは九月一日が来る前にこの世界を八月十七日まで戻した」
「と、いうわけです。今この世界には八月から先が無いのですよ」
朝比奈さんは「未来へ帰れなくなりましたぁ」と泣きながら呟き、朝倉さんは無言である。
キョンはいまいち事態を飲み込めていないらしく。
「二回目? 馬鹿言え、俺は夏休みが終わった記憶なんかないぞ。意味がわからん」
「当然でしょう。この世界が全て"巻き戻された"のですから。精神も肉体も十七日まで」
「……百歩譲ってそれを認めてやってもいいが、だったら普通に夏休みを終えればいいだけじゃないのか」
「おそらくですが、それで涼宮さんが満足しなかったからこのような事になったのです。このままでは次も、その次も巻き戻され、やがてループする事になるでしょう」
「じゃあ、どうやってそれにお前は気づいたんだ」
「正確には僕が気づいた訳ではありません。僕も例外なく記憶がありませんから。今回この事実に直面できたのは長門さんのおかげですよ」
「……」
「ふぁい……。長門さんから連絡があって、そしたら『禁則事項』が『禁則事項』になって……ひっく。あわてて――」
まさか、と思って長門さんを見るが、彼女の表情はいつも通りの無機質そのものだ。
このの口ぶりでは、まるで長門さんがこの巻き戻り現象について説明したみたいじゃないか。
「長門さん、何で……?」
観測だけを任務として、原作では"エンドレスエイト"に静観を決め込んでいたアンドロイド。
その彼女が何故――。
「あなたはこの現象を解決すると言った」
「ふふ。余計なお世話だった?」
まさか、そんな訳ないだろ。
最悪の場合として俺一人で課題作戦を無理矢理にでも展開させていくつもりだった。
だが、どういう訳か協力してくれるらしい。
「異世界人のあなたが何をするのか……涼宮さんがこの夏休みをループさせるなら、一回ぐらいはあなたを観測するのも悪くない。長門さんはそう考えたのよ」
「……」
まったく。
これで感情が無いらしいんだから、詐欺もいいとこだよ。
いや、正確には理解できないだけなんだろうけど。
しかしながら他の三人を置いて話を展開してしまい。
「お前達は何を言ってるんだ? 俺にわかるように説明してくれ」
「なるほど……」
「どういう事ですか?」
一名だけ何かを納得しているがキョンと朝比奈さんは、俺と宇宙人の話を理解できていない。
理解してもらわなくていいんだけど。
まあ、いいさ。
「みんな、オレに考えがある」
ここに居る全員が協力すれば、涼宮ハルヒの心変わりくらい"わけない"。
俺が原作のループについて考えた内容はこうだ。
涼宮さんは楽しい夏休みが"終わってほしくない"から巻き戻した。
正直俺も最初は、ただ夏休みに満足していないからループを引き起こしたんじゃあないのかと思ったさ。
けれど、キョンの宿題を手伝うというだけでループから抜け出すという"事実"を考えるとどうもおかしい。
だって宿題だぜ? 楽しい夏休み、つまり遊びとは正反対じゃないか。
だから、きっと涼宮さんは"満足してしまった"んだ。遊びだけで充分だ、って。
他にもう楽しい事はないんじゃないか、そう考えちゃったから遊びだけの二週間を求めたんだ。
つまり――。
「逆だったんだ。夏休みに"やり残した事がある"から巻き戻したんじゃあない。もう"やり残した事は他にない"……その絶頂である満足感を永遠に味わい続けたいから、こんな事になったんだ」
そう。これが俺の考えたエンドレスエイトにおける"諸悪の根源"。
そしてこれをどうにかするには俺一人がどう動こうが、きっと無駄だ。
もしかしなくても次回以降のループで俺の存在が消されかねない。
朝倉さんが涼宮さんを殺そうとしても、きっとそうなるだろう。
遊びの輪を乱す者は除け者にされる。小学生だってそうだ、涼宮ハルヒにおいても例外じゃない。
「だから、オレ一人じゃ無理だ。みんなの協力が要る。まだ出てない、夏休みにやりたい事の案を出すのもよし。涼宮さんに九月一日以降の可能性を見せるもよし。とにかく、みんなの協力が必要なんだ。涼宮さんがわざわざ集めたみんなだから、涼宮さんもきっとオレたちと同じ気持ちになってくれる。SOS団は、そのための集まりなんだ」
SOS団の活動内容は宇宙人未来人異世界人超能力者と一緒に遊ぶこと。
"鍵"であるキョンは最早涼宮さんと同じ次元だ、言うまでもなく遊ぶ権利がある。
そして、遊びとは心の満足のための行為でる。よって。
「オレ達はまだ満足しちゃいない! ……これを涼宮さんに伝えるんだ。そうすれば八月三十一日は終わる」
俺の話がどこまで信用されたのかはわからないが。
「やれやれ。どうやらまたハルヒのわがままが原因らしいな。俺もSOS団結成の責任がある以上、協力しないはずがないぜ」
「涼宮さん、そんな風に考えてたんですね……。あたしも何かみんなとやりたい事を考えてみます」
「これはとても興味深い意見ですね。そして、それを知った以上は、僕個人としても涼宮さんのために行動したいものです」
「……ユニーク」
「なによ。結局まともな作戦があったじゃない」
やってみるさ。俺に何が出来るか、まだわからないけど。
涼宮さんじゃないが、思い立ったが吉日とはまさにこのことだろう。
次の日は夜からの天体観測のみの予定だったが、キョン経由で急きょ朝から予定を入れた。
「海釣りに行くわよ!」
流石に服装までは本格的なものが用意できるはずもないが、海までは電車とバスを使えばそう遠くない。
ちょろっと楽しんで帰ってくる頃にはすっかり夜だろうさ。
シーズンという事もあり、海岸には釣り目的の人もそこそこ窺える。
そして釣りが出来るような海岸の近くには釣具店があるのがセオリーだ。
俺は用意があるが他のみんなは持っている訳もなく、レンタル品となる。
「じゃんじゃん釣るわ~」
との言葉通りに何故か涼宮さんのところへは様々な魚が集中する。
これが本当の神業なんだろうよ。
俺たち男子が釣ったものなど今の所地球だけである。
「たまにはこうして、落ち着いて潮風を浴びるというのもいいものですね」
「違いない。俺の所には一向にかからないがな」
「どうしようもないね」
朝倉さんと長門さんは黙々と成果を上げ、朝比奈さんでさえ一匹ヒットしている。
SOS団男子にはボウズの未来しか見えていない。
まあ、クーラーボックスに入れられはしたものの、結局はその魚たちも海へ放されていったのだが。
釣りが終わり、朝倉さんと長門さんの住むマンションの屋上での天体観測。
海からこっちへ戻ると古泉と一旦別れる。天体望遠鏡を持ってくるらしい。
ごつい望遠鏡があるのはいいことだが、ここが都会じゃあないにも関わらず空には星がまるで見えない。
世知辛い時代になったもんだ。
星の軌道などまるで知らない涼宮さんはUFOを探しにあちこち動かしている。
これで見つかったらそれはそれでまずい。頼むから見つかるなよ、グレイ。
すっかり夜も遅くなり、涼宮さんと朝比奈さんは寝てしまった。
朝倉さんは退屈そうにいつぞやの無限ぷちぷちを押している。五十回で音が変化する。
大人しくすやすやと音を立てる涼宮さんの寝顔を見てキョンは。
「何がしたいんだろうなハルヒは……。夏休みに遊ぶのもいいが、冬に山荘に行きたいんじゃなかったのか」
「神はサイコロを振らないんだ。涼宮さんも気まぐれなのさ」
「そうかもしれませんね。これも彼女の気まぐれなのです」
「その結果九月が来ないって? おいおい、夏休みに田舎で遊ぶゲームと現実をごっちゃにするなよ」
「ひょっとして、我々が今居るこの世界だって現実かどうか……。確かめる術はないのですよ」
「どうもこうもないさ。オレにとってこの現象は"煉獄"そのものだね」
涼宮さんが神ならば、彼女と親交の深い俺たちがどこへも行く事が許されない。
つまり、永遠の苦しみを強いられている。
もっとも、悔い改める事すら許されないから本物の煉獄より性質が悪い。
長門さんは虚空を見つめていた。彼女のレンズには何が映っているのだろうか?
次の日はバッティングセンター。
涼宮さんはいつぞやの金属バットを持参している。でこぼこで実用性は皆無だ。
そんなポンコツで百三十キロをホームランの的へ送り込んでいるのだから超人としか言いようがない。
朝比奈さんにも本格的なバントを教えてるようで、ひょっとすると来年も草野球大会に参加するのかもしれない。
その日の夜は、一部に迷惑をかけたかも知れないが昨日と同じマンションで屋上バーベキューを敢行した。
食材はバッセンの帰りに買い出しに行き。またまた別れた古泉は俺たちがマンションへ戻ると立派なコンロを用意して待っていた。
「車で運んでもらいました。流石に僕一人じゃ無理なので屋上まで手伝ってください」
女子は先にエレベーターで上がってもらい。俺たち三人で食材や炭、コンロ等を運搬した。
本格的なBBQと言うと実は大きいコンロを用意するよりも二つ用意して使い分けるものなのだ。
しかしながらSOS団はルール無用の変人集団。
そんな事知るかと言わんばかりにどんどん食材が並べられていく、主に涼宮さんのせいで。
野菜から楽しんで焼いていくのがセオリーなんだがな……。
「この大きいベーコン旨いじゃない!」
「それはパンチェッタです。塩味がなかなかピーマンと合いますね」
「うん。まだ肉は焼けてないわ」
「お前ら適当に焼きすぎだ」
「……」
「ふぇっくしょん。コショウで鼻がむずむずします」
長門さんは焼けてるかどうか怪しい野菜をむしゃむしゃ口に入れていた。
彼女の好みは何なんだろうね。基本的に雑食みたいだけど。
まあ、煙たくならなければそれでいいさ。
宇宙人もきっと情報操作とやらでこれが邪魔されないようにしてるはずだし。
花火大会、海釣りの次は川釣り。
ちゃんと全員自転車に乗った上でのサイクリング、何もないような山のふもとまで行きピクニックだ。
一日中、市民体育館に籠って様々なスポーツも楽しんだ。
羽がボロボロでロクに使えないようなシャトルとガットの張力が怪しいラケットを用いたバドミントン。
ラバーなぞあってない同然のラケットによる卓球。唯一まともにできたバスケットボール、3on3で一人交代制だ。
長門さんの部屋を使って女子はお菓子作りなんかもしていたな。
俺はシュークリームだけはちょっとしたトラウマがあるから苦手だが、出されたのは立派なパンケーキやプリン。
味については言うまでもない。SOS団はもれなく変人だが、女子力はあったのだ。
――とにかく、涼宮さんを満足させないために色々な事をやった。
駅前の喫茶店。今日は八月三十日。
昨日は夜に肝試しをするために広々した墓場まで行った。
間違っても幽霊なんかに出られた日には極楽へ行かせてやらなければいけない。
ちなみに俺はルシオラ派だった。
そして、涼宮さんはいつかの予定表を見て。
「……うん。ほんと、今年の夏休みはよく遊んだわ! みんなのおかげよ。まあ色々行ったし、こんなもんよ」
満面の笑みである。
「明日は予備日として開けてたけど、もうやり残した事はないわね。みんな明日は休みでいいわ。じゃあ、今日はこれで――」
「まだだ」
キョンが腕を組んで目をつむり、そう言い放つ。
席を立ち上がろうとしていた涼宮さんの動きは停止する。
「お前は確かにそうかもしれんが、ここに居るこいつらの顔を見てみろ。まだやりたい事があるらしい」
「そうなの?」
涼宮さんはこちらを見まわす。
俺たちはそれに対し様々な反応をした。
「オレはこの時期にやっている演劇が見に行きたかったんだけど、時間がなかったみたいだ」
「あたしは動物園に行ってみたかったなぁ……」
「僕の知り合いのつてで、人数分の遊園地のチケットが手に入りそうなんですが。いや、明後日からは学校ですから」
「……寿司」
「最近出来たアウトレットモールに興味があるんだけど、ここから遠いもの。残念ね」
長門さん、お寿司は夏休みじゃなくても行けるよ。
キョンは涼宮さんの目を見て。
「ハルヒ、らしくないな。お前は満足しているのかも知れんが、こいつらはまだまだやり残したことがあるんだとよ」
「そんな事言っても……夏休みは後一日しか無いわよ?」
「それがどうした? 俺が言ってるお前らしくないってのは、休みだとか言ってる事に対してだぜ」
「SOS団は年中無休。オレはそう思っていたよ」
「僕も最近、みなさんの顔を見ていないと落ち着かなくなってきましてね」
「私もけじめはつけた方がいいと思うけど、涼宮さんがやりたいようなことはどれも楽しそうね」
「あたしも、休み明けでお茶の味が落ちてないといいなぁ」
「……」
俺は涼宮さんがあっけにとられる顔を始めて見た。
そしてキョンが。
「はあ。俺の課題がまだ終わっちゃいねえ。これじゃあ岡部に睨まれちまう」
「なんだかんだでオレも途中までしかやってないや」
「おい明智、俺は手をつけてないようなもんだ。明日はSOS団休業日なんだろ? 頼むから宿題を手伝ってくれ」
「自分で勉強しなよ」
「それが出来たら困ってねえよ」
「おや、僕もよろしいでしょうか。バタバタしていたのでまだ半ばなんですよ」
「あなたたち……。明智君もだらしないわね」
「大丈夫さ朝倉さん、一日あればパーペキさ」
「ついでだから長門も、朝比奈さんも一緒に課題を終わらせましょう」
「……」
「でも、どこでやるんですか?」
「俺の部屋はこの人数だときついな。……長門、悪いがお前の部屋を使わせてくれないか?」
「かまわない」
「よし。ノートも問題集も全部持っていこう。明智、俺に写させろ」
「数学は自分でやりなよ。それに朝倉さんの方がオレより頭いいよ、きっと」
「人の彼女に頼れるかってんだ」
「まあ、せっかく集まるのですから、次の休みに向けて今の内から計画を練るというのはどうでしょう」
「どうでもいいが、俺の課題が先――」
――バン!
と机が勢いよく叩かれた。
台パンは軽く鬱になるからやめてほしい。
音の主は涼宮さんだ。彼女は怒り心頭といった様子で。
「なにあんたたち勝手に話を進めてるの!? 団長のあたしの許可もなしに、勝手な行動は許されないわ!」
「じゃあ」
「今日はこれから動物園に行くわよ! 帰りは有希が言ってたお寿司でいいわ。他の内容はまた今度にしましょ」
「おい、俺の課題は……」
「明日でいいでしょ。それに、あたしも行くんだからね!」
さっきまで帰ろうとしていた涼宮さんの目は、確かに死んでいた。
だが、高らかに宣言した彼女は。
「そう。明智君が言ったように、SOS団は年中無休なのよ! さっきのは忘れてちょうだい!」
――こんな俺でも素直に感心したくなるような、熱意と輝きに満ちている。