先ずは昨日の話をさせてほしい。
こいつらは学校に行くよりやる気あるんじゃないのか。
と、言わんばかりの時間帯で、朝も早くから長門さんの家へSOS団は集合した。
正確には。
「あら、妹ちゃんも一緒なの?」
「こいつが勝手についてきただけだ」
キョンの妹も来ていた。
だが、長門さんの部屋にはゲームの類など一切合財置かれていない。
呼ばれたはいいが課題が終わっている朝倉さん涼宮さんと遊べばいいさ。
朝比奈さんも全部終わるのにそこまで時間はかからないだろう。
小論文については涼宮さんが何か口出ししてたけど。
長門さんの部屋でやるはいいが元々置いていたこたつだけでは机としての役割を果たせない。
仕方なしに俺が朝倉さんの部屋経由で、"臆病者の隠れ家"から適当な机を引っ張り出してきた。
一人暮らしにしちゃ、ほんと広すぎる部屋だよ。
涼宮さんは仏の心で課題のノートをどさっとキョンの前に置いて。
「はい。丸写しはダメだから」
「勘弁してくれ」
「いや、自分の責任だろうよ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「一時間とちょっとで終わるんじゃないかな」
「俺も少しは手をつけとけばよかったよ」
「いいから! キョン、あんたは黙って手を動かしてなさい」
「……」
実にその通りだね。
古泉はよく思えばクラスからして俺たちとやってる事が違うのだ。
課題の内容や量も多少異なっているのが見受けられる。
その日のお昼ご飯は女子が作ってくれたおにぎりだった。
俺はこういうシンプルなのに弱いんだよ。
コンビニで食べるようなツナマヨもいいが、手作り特有の味気ないのも好きだ。
その後、半日以上の格闘の末、ようやくキョンが。
「ぬぅぅうう。……終わった」
「遅いわよ!」
「むしろ今日一日でここまでやった事を褒めてほしいね」
悪いが彼に賛同する者はこの場に誰も居なかった。
キョンは妹にも「おそーい」と笑われていた。
当然だがキョン以外の全員はとっくに終わっている。時計は十七時を回っていた。
「さあ、明日もあるんだし今日はもう解散よ!」
キョンのせいですっかり遅くなったが、涼宮さんは言うほど気分が悪くなさそうだ。
俺は用意した机を片付けるために多少残ったのだが、帰り際に玄関へ行こうとする涼宮さんに声をかけた。
「涼宮さん」
俺に呼ばれたのが不思議に思ったらしい。
こちらを不思議な顔で見る。
「また明日」
「うん。明智君も、また明日ね!」
この反応だけで、勝利を確信したさ。
どこぞの魔法学校校長の気持ちがよくわかる。
――そして。
俺の携帯電話の時刻が0時を迎え、日付が変わった。
九月一日。
どこぞのゲームよろしく八月三十二日なんかじゃあない。
間違いなく八月三十一日を超えている。
「フ…フハ…フハハハハハハハハハ! 戻らなかったぞ……」
これで暫くは安眠できそうだ。
とにかく、明日は遅刻なんてしたくもない。
寝起きが悪くなってしまうからね。
"巻き戻し(ロールバック)"は結局、"繰り返し(ループ)"にはならなかった。
俺はこれだけでもう、充分さ。
「結局、次は無かったわね」
朝倉さんは残念そうに言う。
約一ヶ月ぶりの登校。久々の光景だ。
今日は午前で終了なので弁当を用意してくれている。
本来ならば弁当を作ってもらった日は一緒に登校をしていないのだが、今回は反省会ということで例外である。
「朝倉さんはあった方が良かったのかな?」
「さあ。でも、色々と楽しめたかも知れないわ」
「その楽しみとやらが物騒な話じゃあないことを願うよ」
どっちにしても、その場合俺は覚えちゃいないんだから。
すると朝倉さんは口に出してもいないのに。
「そうね、明智君が忘れてたらつまんないもの」
「ループさせてオレから何かを見たかったのかもしれないけど、そいつは御免蒙るよ」
「ええ。きっとあなたなら前の記憶がなくてもガードが堅いでしょうね」
じゃあ何で朝倉さんは俺なんかの監視をするんだ?
元々他人の心を読むのに長けてない俺にとって彼女は強敵でしかない。
すると。
「あなたは私に隠してる事が多い。口が堅いからこっちも燃えるのよ。それに、自分自身でも気づいてない"何か"がきっと明智君にはあるわ」
よくわからないし変にやる気を出さないでくれ。
それに、"何か"と言われても……。
俺が一番わからないのは何故この世界に居るのかって事なんだけどね。
「過大評価さ」
その通りさ。
俺は朝倉さんを助けたのもそうだけど、今回のループについてもある疑問が残っている。
果たしてこれで良かったのだろうか、と。
後悔をするつもりはない。ただ、どちらにせよ俺の勝手な判断だ。
涼宮さんだっていつかはループを終わらせたかも知れない。途方もない時間だろうけど。
朝倉さんや長門さんのためと言っても、結局は自己満足のためなのだ。
そして、涼宮ハルヒも自己満足のために二人どころか世界を巻き込んだ。
結局はどっちが勝ったのか、勝った方が優先された、それだけなんだ。
「そして、オレのは正義じゃあない、独善だ。……朝倉さんは今でも変革を望んでいるんでしょ?」
俺のこの質問に対し彼女は「うーん」と考えていた。
意外だった。直ぐに結論が出ていると思っていたからだ。
やがて朝倉さんは話がまとまったらしく。
「わからないわ。長門さんなんて涼宮ハルヒの観測だけで充分だと思っているもの。……でもね」
「ん?」
「今回、間違いなく"鍵"の彼を含めて未来人超能力者、そして私と長門さんを動かしたのは明智君。あなたなのよ」
「まさか。……オレは本当にノープランだったさ。涼宮さんが満足している、だなんてのも出任せだよ」
「それでもあなたが居なければ、私はここに居ないかもしれないし、今日だって来なかったかもしれない」
その一言で心が救われる。
悪魔の囁きってのは、きっとこんな感じなんだろう。
だが、全てを投げ出せるほど俺は強くなかった。
「いいように考えればそうなるさ。オレは自分の責任は放棄したくない」
「卑屈になる必要はないのよ。あなたはきっと――」
そう言いかけて朝倉さんは話すのを止めた。
なんだ。気になるじゃあないか。
「――ううん。何でもないわ」
「とりあえず、新学期早々の遅刻だけは勘弁だね」
「そうかしら? 私と明智君が出遅れたらスキャンダラスな話が流れるかもしれないわ」
「これ以上悩みは増やしたくないし、涼宮さんに下手な悪影響を及ぼすからノーで」
朝倉さんは退屈そうな表情をしていた。
残念だが俺はピエロだとしても出来損ないのピエロなんだ。
他人を楽しませられるような才能なんて持ち合わせちゃいない。
色々あったが、とりあえず、無事に九月を迎えられたんだ。
暫くは平和である。
今からでも文化祭の映画の脚本を考えとこう。
俺は人に見せてもいいような話にしたいんだ。
原作のあれは悲惨だね。
俺は今まで、何かを手にしようと思って行動をした事はなかった。
それはこれから先も変わらない可能性はある。
だが、もしかしたら、こんな俺にでも何かを変えてやる事は出来るのかもしれない。
もし俺が。
俺が、変えれるのであれば――
「朝倉さん」
「なあに?」
「久しぶりのお弁当、楽しみにしてるよ」
「ふふ。だから作り甲斐があるのよ」
彼女の笑顔を、いつの日か、本物にしてやりたい。