異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十九話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影そのものは中々順調に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それもそうだろう。元となる脚本家が居て、台本がある。

いくら涼宮さんが傍若無人とは言っても、ベースさえあれば演じる方としてはありがたいのだ。

とにかく、スムーズに行ってたもんだから俺の頭からは抜け落ちてたんだ。

原作の映画撮影がどんな話だったか、なんて事は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SOS団からすれば制服の朝比奈さんと言うのは珍しい。

今回の映画では学校の日常風景なんかも取り入れた。涼宮さんはつまらなそうだったけど。

だけど今回はウェイトレスではなく朝比奈さんも高校生の設定だからね。

 

 

エキストラとして谷口と国木田、そして鶴屋さんにも協力して頂いた。

三人とも悪の戦闘員ポジションである事は確かなのだが、今回の話は魔法少女と題している。

つまり"それなり"の恰好をしてもらう事になったのだが……。

まあ、これは実際に作品を見てもらえばわかるさ。

中世的な顔立ちの国木田はまだ許せたけど、谷口のは地獄だったね。

思わずテープを叩き壊しそうになってしまった。

 

 

――と、全体の進行具合で行けば中々のもんである。

だがな、アクションシーンを撮るようになってから、俺の嫌な予感は見事に的中してくれた訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは土曜日の事だった。

先ずは一日がかりで残った日常パートを撮り終えると言う事になったのだが。

涼宮さんは急に。

 

 

「う~ん。明智君、有希は謎の魔法少女なわけじゃない」

 

「そうだね」

 

「なんかこう、使い魔的な猫が欲しいわね……」

 

確かに猫はいい。可愛いからね。

俺も犬か猫かで言えば猫だよ。

 

 

「そうだ、野良猫を捕まえましょう!」

 

と言う訳だ。

因みに文芸部に割り当てられた文化祭費用は小道具や撮影機材に充てられる事に。

俺がビデオカメラで映像作品を作る上で気にしていたのはマイクだ。それも、指向性をね。

その指向性マイクも涼宮さんのおかげで、タダではなかったが半額以下で用意できた。

 

 

 

撮影用の猫を捕獲すべくやってきたのは朝倉さんと長門さんが済むマンションの裏手だ。

そこには猫と言う猫が何匹も居る。野良が群れていた。

一匹適当に捕まえてみる。猫たちは警戒心がなく、もふもふし放題だった。

どれ、お前達には用意していたキャットフードをやろう。パラパラと草むらに置いていくと、猫たちは一気に餌を求めて集結していく。

 

 

「黒猫が欲しかったんだけどここには居ないわね。ま、これでいいわ」

 

涼宮さんに"これ"と呼ばれむんずと掴まれたのは一匹の三毛猫だ。

ああ、こいつは間違いなくあの猫なんだろうさ。

試しに猫の股を覗いてみると案の定オスだった。激レアもんだ。

 

 

「有希、これが相棒よ。仲良くしてあげなさい」

 

「……」

 

「にゃあ」

 

猫が相棒とは世も末である。

長門さんが魔女姿で三毛猫を乗せ、川沿いを闊歩するシーンを撮影する事になったのだが。

 

 

「明智君。やっぱり使い魔なら喋るべきよね」

 

「みんながみんなそうとは思わないけど、喋ったら面白いんじゃないかな」

 

「そうね。あの三毛猫は喋れる事にするわ」

 

と言って涼宮さんは長門さんの肩に乗っている三毛猫と顔を合わせ。

 

 

「あなたの名前は今からシャミセンよ。ほら、有希の使い魔なんだから何か喋りなさい」

 

しかし三毛猫は喉をゴロゴロ鳴らすだけだった。

結局、シャミセンが喋れると言う設定については後で誰かアフレコでもすればいいという結論に。

彼もわざわざ喋るほど節操のない猫では無いはずだ。個人的に彼をにゃんこ先生と呼ぶことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アクションシーンの山場の一つ。

武器を失った朝比奈さんが朝倉さんに追い詰められた時、必殺魔法"みくるビーム"で応戦するといった内容だ。

今思えば涼宮さんがアクションを欲しがってたとは言え、俺何でこの内容書いちゃったんだろうな。

 

 

「――さあ、大人しくしてもらうわよ」

 

「ひっ!」

 

朝倉さんはタキシードに身を包んでいる。実にクールだ。

最初に彼女が着替えたのを見た時はこういうのもありなんだなって不覚にも思ったよ。

それに対して胸元が強調されているようなピンクベースに黒が要所にある魔法少女コスプレの朝比奈さん。

変身後は片目がカラコンだ。

 

 

「みくるちゃん。ビームよ」

 

そう、そんな呟きが隣の涼宮さんから聞こえたと思う。

朝比奈さんはポーズをとり。

 

 

「み、ミクルビーム!」

 

そんな声が聞こえた瞬間だった。

正面で撮影していたキョンの身体が、近くに居た長門さんによって倒される。

瞬間的に状況を把握――マジか。どうやらフォトンレーザーが発射されちまったらしい――。

朝倉さんはサイドステップで華麗に回避したが、まだ発射は続いている。

朝比奈さんがふと後ろを振り向くと、そこに立っていた古泉のレフ板が焼き切られる。

しょうがない、俺がやるかと思い両手に――

 

 

「やれやれだわ」

 

朝倉さんはそう言うと神速の動きで飛び回り朝比奈さんに接近。

幸いにも涼宮さんはキョンの方に集中している。あれは人外の動きにしか見えない。

そして一瞬で朝比奈さんを押し倒し、朝倉さんはコンタクトを外したのだった。

 

 

「あ、あれ? 涼子、どうしたのかしら。いつの間にみくるちゃんを倒してるの?」

 

「ごめんね。もっと追い詰めてからビームが出た方がいいと思って、アドリブ入れちゃった」

 

「……そうですね。ビームの方はCG加工となりますから、直ぐ当たっては面白くないでしょう。迫真の演技でした」

 

「ふーん。わかったわ」

 

どうやらキョンは倒れながらも撮影していたらしい。

思わぬ形で迫力のある画が撮れた。

それを確認して満足そうに涼宮さんは朝比奈さんの肩を叩いている。

だが撮影者のキョンは。

 

 

「おい、さっきのは一体何だ。レフ板が一枚使いもんにならなくなったぞ」

 

「見えなかったから無理もないさ。あれが本物の"ミクルビーム"だ」

 

「これよ」

 

と言って朝倉さんはコンタクトレンズを出す。朝比奈さんが付けていたものだ。

 

 

「僕には普通のカラーレンズにしか見えません」

 

「そうだね。だが、そうじゃなかったらしい」

 

「ええ、長門さんが補助してくれなかったら危なかったわ。思ったよりも数段は高い指向性だったから一人じゃ防げなかったかも」

 

朝倉さんの掌は無傷だった。

これで彼女の手に穴でも空いていたなら俺は俺を許さないだろう。

次からは即座に動こう。最近たるんでいる。

 

 

「不可視帯域のコヒーレント光」

 

「なるほど、朝比奈さんはそのコンタクトを付けてレーザーを」

 

「は? じゃあ朝比奈さんは眼からモノホンのビームを発射したってか?」

 

「正確には粒子加速砲ではない。凝集光」

 

「まさか朝比奈さんがこんな事を出来る訳が、いや、する訳がないよ」

 

「ええ。涼宮さんは先ほど撮影前に朝比奈さんに無茶ぶりをしてましたからね。ビームを出せと」

 

「するとこれもハルヒの仕業だって言うのか? おいおい、そのコンタクトは市販されてるような普通のもんだぞ」

 

「そんな事は些細な問題にしかなりませんよ。涼宮さんのさじ加減一つで常識は覆されるのですから」

 

これを聞いたらどこぞの超能力者の二番手さんが怒りそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、これがきっかけとなる。

変身すると目の色が変わる設定は残しておきたい――撮り直すのが嫌だから――ので、朝比奈さんに長門さんがナノマシンとやらを注入することで解決した。

その後も、銃をぶっ放せば遠くの木の枝が何本もへし折れたりだとか、レンズから今度は圧力砲が発射されたり。

いっそアクションシーンを消さないかぎり涼宮ハルヒは何でもしてくるんじゃないかとさえ思えた。

その度に朝比奈さんはナノマシンを注入されており。元々高くもない彼女のテンションが次第に下がっていった。

 

 

「……で、次は何を出したんだ?」

 

「超振動性分子カッター」

 

「幸いにも怪我人は出ませんでした。しかし目にも見えず、質量も持たないカッターですか?」

 

「微量の質量は感知した」

 

「今回は明智君が動いてくれたわね」

 

「朝倉さんに怪我をしてほしくなかっただけだよ。それにオレが映った部分は編集すりゃいい」

 

「あの……あたしは後何回長門さんに噛まれればいいんですか?」

 

涙目で手首をさすりながら朝比奈さんがそう言う。

長門さんのナノマシン注入は噛む事によって行われるのだ。

うーむ。

 

 

「ちくしょう。俺はもう限界だぜ。何もお前の台本が悪いってんじゃねえ、こんな事を立て続けに起こすハルヒにだ」

 

「だが責任の一端がオレにもあるのは事実だ。朝比奈さんの分、殴ってくれても構わない」

 

「あ、あたしなら大丈夫です……。何とかやってみますから」

 

健気にも朝比奈さんはそう言ってくれた。

しかし、何とかはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それは撮影の合間の出来事である。

 

涼宮さんは朝比奈さんを弄っていた。髪とかボディタッチだとか。

何てことは無い、いつも通りなのだが、キョンのイライラは限界だったのだ。

その上涼宮さんもおどおどしている朝比奈さんに対して徐々にエスカレートしていった。

 

 

「あれ、コンタクト付けたままだったの? 次は外していい場面だから」

 

そう言うと涼宮さんはメガホンで朝比奈さんの後頭部を叩く。

 

 

「ひぇっ!」

 

「あら、駄目じゃないみくるちゃん! あたしが頭を叩いたら目からコンタクトを出すの。さあ練習よ」

 

流石に俺もまずいかなと思い、ふとキョンの方を見ると涼宮さんへ近づきメガホンを取り上げた。

この間にも朝比奈さんは頭を叩かれており、すっかり目には涙が滲んでいる。

キョンは焦ったような声で。

 

 

「やめろ。朝比奈さんはお前のオモチャじゃないんだ、何度も叩いて良いわけあるか」

 

「はあ? みくるちゃんはあたしのオモチャよ。それ返してちょうだい」

 

それとはメガホンの事だが、そんな事はどうでもいい。

 

 

 

――まずっ。

 

と俺が思った瞬間には既に、キョンは古泉に腕を押さえられている。

一言で言えば、"彼は涼宮さんを殴ろうとした"。

そして、その動きに迷いは無かった。頭で考えての行動じゃない。

キョンも我を忘れての咄嗟の行動だったらしい。目を見開いて慌てている。

涼宮さんは彼の反抗的な態度が気に食わないようで。

 

 

「何よ。何なのよ! あんたはあたしの言われたことだけやればいいのよ……あたしが偉いのよ! 大人しくしてなさい」

 

「てめぇ!!」

 

再びキョンは動こうとした。しかし古泉がしっかり両腕を押さえつけている。

だが、それでもこれが危険な状態には変わりない。どちらも血気盛んだ。

沈静化させる必要がある、どうもこうもない痴話喧嘩なのにな。

 

 

……やれやれ、"脅し"に使うのは合宿の時以来か。

 

 

 

 

 

俺が二人の間に割り込んだ瞬間、キョンと涼宮さんの顔色は悪くなった。

擬音で言えば「ゾワっ」と言うヤツだろう。青ざめ、汗が出てきている。

 

 

「なっ……」

 

「うぅ」

 

無理もない。常人にはキツいし、身体に悪い。覇気が使えたら気絶でもさせられるんだけどね。

俺は左手をキョンに向けて。

 

 

「キョン、激昂するんじゃない。少し頭を冷やすんだ。……涼宮さんも、落ち着いた方がいい。今日は終わりにしよう。もう少しで完成だから、充分だ」

 

とだけ言ってその場を後にする。

早い所仲直りしてくれよ。切実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"あれ"は明智君の仕業ね?」

 

一人で帰ろうとしていた俺の後をつけてきたらしい朝倉さんがそう言って来た。

しょうがないので道を変更して彼女のマンションへ向かう事にする。

 

 

「一人で帰ろうとして悪いね。やっぱり朝倉さんを送る事にするよ」

 

「それはうれしいわ。でも、私の質問に答えてくれると、もっとうれしいな」

 

まったく。ノリがアメリカ映画さながらだな。

それに朝倉さんに誤魔化しが通用しない事ぐらいはとっくに知っている。

わざとらしい彼女の笑顔は見飽きた。

 

 

「誰か、と聞かれたらオレの仕業になっちゃうのかも」

 

「ふーん。精神論かと思ってたけど威圧なんて存在するのね。私に向けられたものじゃなかったけど、あなたから確かな危険を感じたわ」

 

実際は大した話ではないが、ネタが割れてない方がこちらは有利なのだ。

わざわざ説明する必要はない。

 

 

「そんなことより二人は大丈夫だったのかな?」

 

「さあ。興味ないもの」

 

「せめて涼宮さんの方は気にしてあげなよ」

 

「長門さんが居るし、古泉一樹は涼宮さん信者よ。そっちは大丈夫じゃないかしら」

 

問題はキョンの方か。

同情はしてやれるが、あいつもあいつで負けず嫌いだからな……。

 

 

「キョンのフォローは後でオレがしよう。また世界の危機まで発展されちゃ身がもたないんだ」

 

「難儀してるのね」

 

「それがオレ達の役目でしょ」

 

「……」

 

ま、朝倉さんはそーゆーのが嫌なのはわかってるさ。

素直に謝ろう。

 

 

「ごめん。冗談だよ、忘れてくれ」

 

「いいわよ、私が考えてた事は別だから」

 

彼女のそれに興味がないわけではなかったが、多くを語らない俺が質問するのも失礼だろう。

 

 

「とにかく、さっきも言ったように後少しなんだから……我慢してほしいんだけどね」

 

「私に言われても困るわよ」

 

「たまには愚痴もいいでしょ」

 

「人間で言えば、それも"つまらない"のよ」

 

「確かに」

 

でも、俺からすれば朝倉さんは退屈しない相手なんだけどね。

もっとも彼女が何を考えて俺を行動を共にしてくれるのかは未だ謎だ。

普段の様子からすると、何か理由があるみたいではあるが。

しかし俺は読心のスキルなどない。だが、読唇の方は出来る。

たまに他人の何気ないやりとりを遠巻きに見て、その会話を知るのに重宝する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、言い忘れてたが、にゃんこ先生もとい喋る三毛猫はキョンが預かる事になっている。

 

 

 

 

 

 


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