異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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The Disappearance of the Alien
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――かつて、俺は夏より冬の方が好きだ、なんて言ってたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。今でもその主張を曲げるつもりは無い。

理由は汗をかかずに済むからだよ。それだけ。

インフルエンザなんて予防接種するだけで違う、手間を惜しむから苦しむのだ。

 

今にして思えば一ヶ月ほど前の文化祭は秋だと言うのにどうもまだ暑かった。

しかし、今は十二月。

 

 

 

 

 

 

 

そう、十二月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は"涼宮ハルヒの憂鬱"が好きだった。

いや、今でも好きだが。

だが記憶なんてやがて劣化していくし、そもそも正確に全てを把握していた訳じゃない。

 

そして――この時が俺の人生において最後ではあるものの――俺は油断していた。

 

 

 

先ずはその日の前までの出来事について話そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、クリスマスイブに予定のある人いる?」

 

団長である涼宮さんは部室へ入るなり鞄を投げてそう発言した。

いわゆる「お前ら、私が何言いたいのかわかってるよな?」と言わんばかりの圧力が言外にあるのだ。

部室内の全員の動きが止まる。懐かしいTRPGなんぞに興じているキョンと古泉。

メイド衣装で大森電器店から貰いうけたストーブで暖をとる朝比奈さん。読書の長門さんもだ。

俺か? 言うまでもなく予定なんかないさ。

しかし今回、俺はその質問に対して真面目に考える事にする。

ちらり、と俺の隣でお茶をすすってのんびりしている女性を見る。

 

 

枝毛なんて存在していないほど、綺麗に生え揃った青みがかった毛色のロングヘアー。

まるで精巧に造られた人形かと見紛うまでに美しいマスク。

それらを持ち合わせている文字通り俺の彼女らしい彼女、朝倉涼子その人だ。

付き合う事になってしまった背景は割愛させていただく。

未だに俺も謎だからな。

 

 

 

――しかし、クリスマス。クリスマスねぇ。

 

俺は年甲斐もなくはしゃごうだとは思わないが、義理にも相手が居る以上は多少の意識はするさ。

ずるずると、まさか半年以上経過してしまったのだ。

特別な何かがあったわけじゃないが、お昼の弁当だって作ってもらっている。

しかしながら彼女が俺をどう思っているのかはさておき、さっきも言ったと思うが二人きりの予定なんか今の所ない。

少々残念ではあるが、朝倉さんに対して結論を出してない、保留中の俺には妥当だろ?

つまりこの思考も無意味で、結局のところ涼宮さんの命令に従うだけの未来だ。

 

 

「キョン。訊くまでもないけど、義理で訊いてあげる。もちろんあんたは何もないわよね?」

 

「予定があったらどうなるってんだ。お前の要件を先に言ってくれ」

 

「そう、ないのね、わかったわ。古泉くんはどう? もしかしてデートとか?」

 

「そうであったらいいのですが……どうにも、クリスマス前後の僕のスケジュールはクレバスでして」

 

「悲しまなくてもいいのよ古泉くん。スケジュールは埋まるから」

 

そう。涼宮ハルヒにとって予定されたならばそれは決定となる。

俺にもし"帝王の紅"があってこの世の時間を十数秒消し去れるのなら、その予定を思いつく瞬間を消してやりたい。

そんな涼宮さんの次のターゲットは朝比奈さんで。

 

 

「みくるちゃんは? まさかどこの馬の骨ともわからないような奴に誘われてなんかないわよね? 駄目よ、一見優しそうでもそれはオオカミだわ」

 

「は、はいっ。そうですね、今の所なにもないですけど……それより涼宮さんにお茶を」

 

「あ、そうね……。ここのところすっかり冷えちゃうからとびきり熱いのをお願い。この間飲んだハーブティがいいわ」

 

「わかりました。すぐお出ししますね」

 

何が彼女の原動力かは不明だが、朝比奈さんは喜んでカセットコンロの前で準備を始めた。

ハーブティね。何だか爪が生えてきそうではあるものの、確かにカモミールなんかはいい。

一口飲むとそれだけでリラックスが出来る。

色々あったがセイヨウオトギリソウの世話にはなりたくないな。

あれは鬱病に効果があるハーブティだからね。

そんな事を考えていると涼宮さんはやや気まずそうにこちらを見ていた。

それもそうか、体裁上は俺と朝倉さんはお付き合いをしているのだから。

 

 

「涼宮さん。オレたちは今の所二人きりで過ごそうだとかは考えちゃあいないよ」

 

「あら? そうなの?」

 

「オレたちはオレたちのペースがあるのさ」

 

多分。

ちらっと朝倉さんの方を見たが、彼女は無表情だ。

どうかしたのだろうか? うわのそらにも見える。

 

 

「涼子も、本当に大丈夫なの?」

 

「…………あ、うん。そうね。予定はないわ」

 

「ふーん。まあこっちとしてはいいんだけど、明智くんも男なんだから甲斐性は見せるものよ」

 

チャンスがあれば、ね。

 

 

「有希は」

 

「ない」

 

「そうよね。……そういうことだから。SOS団クリスマスパーティの開催が満場一致で可決されたわ、開催決定!」

 

「何が満場一致だ、よく言うぜ」

 

「で、せっかくのクリスマスなんだから何かと準備が必要じゃない? グッズは用意してきたわ。足りないぐらいだけど」

 

キョンのぼやきが届くことはそうない。文化祭のあれはレアケースだったのだ。

そう言って涼宮さんは手提げバッグに手を突っ込んで中の物を取り出していく。

スプレー、モール、パーティクラッカー、ミニのツリー、――俺の家も大きいツリーに縁が無くてミニチュアだった――赤鼻トナカイの人形、綿……etc。

これで涼宮さんがコスプレでもすればサンタクロースさながらの光景であった。

 

 

「こんな部室、クリスマスには殺風景じゃない? これを使ってあたしたちで少しでも部室をクリスマス色に染めるのよ」

 

クリスマスの色とやらは不明であるが、もし色があったとしたらそれは赤と白に他ならない。

部室が赤と白で満たされるのはちょっとした恐怖だ。そういうのはワンポイントだから映えるのが俺の持論さ。

まあ、涼宮さんの発言も比喩であり、実際には色々飾ろうといった意味合いなのだろう。

これで壁や天井にペンキでも塗りたくられた日には、どうにか情報操作で消し去る他ない。

……本当にやらないでくれよ。

 

 

「涼宮さんっ。お茶入りましたよ」

 

「ん」

 

アツアツにも関わらず、涼宮さんはズズっと飲み干していく。

その様子が羨ましい。何故なら俺は猫舌気味なのだ。

 

 

「とってもおいしかったわ。ありがと、みくるちゃん。でさー、お礼にしてはあれなんだけど、あなたに早めのプレゼントがあるわ」

 

「ええっ。本当ですか?」

 

「本当よ……じゃじゃーん!」

 

涼宮さんが取り出したのは赤い服。

そしてこの季節に赤い服と言えば一つしかない。

 

 

「サンタよ、サンタクロース。どう、いいでしょ? この時期なんだからメイド服なんて許されないわ。見飽きたし。季節限定なんだから楽しまなきゃ」

 

「あ、そ、そうですね」

 

「ほらほら。着替え手伝ってあげるわよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな様子を尻目に男子三人は廊下へ出ていく。

あの空間に残るだって? 

その瞬間に俺が消されかねないね。

窓から淋しげな雰囲気がある、冬の外を見つめていると古泉が喋りだした。

 

 

「いや、朝比奈さんには少々お気の毒ですが、涼宮さんが楽しそうで何よりです。彼女がイライラしている姿は僕も悲しくなります」

 

「ハルヒが大人しい内はお前の仕事も無いからか?」

 

「それもあります。閉鎖空間はやっかいでして。ですが、この春以降は出現回数がそれまでに比べて減っていますよ」

 

「するとまだ、たまには発生するのかな?」

 

「ごく稀にですが。そうですね……主に深夜から明け方にかけてです。おそらくですが、彼女が何か嫌な夢でも見たんでしょう」

 

「随分とお騒がせな時間帯だな」

 

「違いないね」

 

「まさか、とんでもない」

 

珍しく古泉から強い声が発せられた。

キョンはややたじろいだが、古泉は笑顔のままだ。しかし目線は鋭い。

 

 

「失礼。ですが、あなたたちは知らないのですよ。高校以前である中学時代の涼宮さんを。我々が観察を始めた三年前は、誰も想像しなかったでしょう。彼女が楽しそうに友人と笑いあうなど。すべてはあの春先にあった閉鎖空間の一件以来、涼宮さんの精神はとても安定しているのです。中学時代とは比べ物にならないほど」

 

「涼宮さんはそんなに荒れてたのか?」

 

「精神的に、ですが。しかし涼宮さんは明らかに変化しつつあります。喜ばしいことに良い方向へ。我々はこの傾向が続けばとてもありがたいと考えています。お二方はどうですか? 彼女にとって、SOS団は最早必要不可欠だ。あなたたちと、朝比奈さん、長門さん、あの朝倉さんでさえ今や立派な一員だ。客観的にも涼宮さんと良い関係を築けているでしょう。明智さんのおかげですよ」

 

「オレは何かを考えたわけじゃない。ただ、キョンにも彼女にも傷ついてほしくなかっただけだ」

 

「いずれにせよ命がけの行動だ、僕は『機関』の一員としてあなたに敬意を表しますよ」

 

よしてくれ。本当に。

特別な理由なんかないさ。

朝倉さんにかつて俺も憧れたから、彼女に生きていてほしかっただけなんだ。

彼女を好きにしようだとか、考えもしなかったさ。

その無責任なザマだ。

 

 

「そして僕自身も涼宮さんに必要とされているのでしょう。我々SOS団は一心同体なのです」

 

「そんなのはお前の理屈だろ? 個人の明智はともかく、朝比奈さんや宇宙人はどうだかわからんぞ」

 

「ええ。でも悪いことではないでしょう。あなたたちは彼女が世界を滅ぼす姿を見たいと思いますか?」

 

「いいや」

 

「同感だね」

 

「その言葉が聞ければ安心です。世界の平和を守るためならば、クリスマスパーティぐらいは安いでしょう。その上楽しいとくればお釣りさえ出ます」

 

「そうだね。仮面ライダーもパーティで世界が平和になるって聞いたら、二度とキックできなくなるよ」

 

「けっ」

 

キョンは皮肉さえ言えなくなったらしい。

 

やがて、朝比奈さんの着替えが完了した。

そして話し合いの末――涼宮さんの一方的な要件があっただけだが――鍋パーティを行う事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレは鍋って言うとどちらかと言えば郷土料理の方が好みなんだ。何故なら家じゃ週に一回は鍋だからね」

 

「……」

 

「一度インターネットで郷土鍋について調べた事があるけどその多さに驚いたよ」

 

「……」

 

その日の下校中、朝倉さんの反応は薄かった。

部活中といい、どうかしたのだろうか。

 

 

「……朝倉さん?」

 

「あ、ごめんね。ちょっと考え事してた。それで、何の話?」

 

「いいや、別にいいさ。ただ鍋の話」

 

「そう」

 

何故なんだ、今日に限ってはやけに気まずい。

いや、俺が空気を悪くしていると言うよりは朝倉さんの様子がおかしいのだ。

しかし不思議な事にそんな空気にも関わらず、時間は早く経過してとうとう彼女のマンション前までやってきた。

 

 

「……今日はここまででいいわ」

 

「オレ、なんか気分を悪くするような事言ったかな」

 

身に覚えが全くないのだ。

すると朝倉さんは首を振って。

 

 

「ううん、明智君は何も悪くないわ。私の考えすぎ。明日には落ち着いてると思う」

 

「そっか」

 

何を考えていたのかまでは訊けなかった。

これ以上俺はこの空気に耐えられそうになかったから「じゃ」と言ってきびすを返す――。

 

 

「明智君! 私――」

 

思わず振り返った。

彼女は悲しい表情をしている。

どうしたんだ。と俺が言うより早く。

 

 

「……また明日」

 

そう言い残してさっさとマンション内へ消えて行ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日には朝倉さんからは昨日の歯切れの悪さが消えていた。

最初は俺も戸惑ったが、まあ、やがて深く気にしない事に。

 

その日――十二月十七日――は何事もなかった。

普通だった。

涼宮さんの指示の下で俺と朝倉さんとキョンと古泉は飾り付けを開始。

朝比奈さんはサンタコスプレ。長門さんは作業など我知らずの読書だ。

それで終わり。鍋の内容は未定だ。

 

 

 

 

 

 

 

――さて、本題に入る前に。

これはいつだったか忘れたがキョンと俺の二人で登校中に話した内容だ。

不意に彼は俺にこう訊ねた。

 

 

「明智。お前は文芸部員としての活動も陰ながらしているようだが、ポリシーとかはあるのか?」

 

「ポリシー?」

 

「まあ、取材ではなく執筆についてだが」

 

「ずいぶんとコアな質問だね。そんなの人それぞれだろ」

 

「ああ。だが俺の身の回りにそんな事やってる知り合いなんてお前ぐらいだからな。少し興味がある」

 

「ポリシーね、確かにある。人によっちゃあり得ない人も居るそうだが、オレにはあるよ」

 

「話が長くなってもいいぜ」

 

「いや、長い話なんて誰かの受け売りになるだけさ。だから、これはオレが最近考えるようになった事だ」

 

合宿と巻き戻し現象のあった夏休み。

あれを通して俺の価値観はどこか変わったのかもしれない。

 

 

「"物語"には"敵"が必要だ」

 

「敵?」

 

まるで中二病患者でも見るかのような痛々しい目とわざとらしい声でキョンはそう言う。

誤解するんじゃあない。

 

 

「オレはバトルものについて話したい訳じゃないよ。勘違いしないでくれ」

 

「じゃあどういう意味だ」

 

「確かに戦闘中心の作品には敵が必要だ。ライバル、ボス、それらは明確に敵対する」

 

「一番イメージされるのがそうだろうな」

 

「しかし作品である以上、そうじゃないのもあるだろう?」

 

「探偵ものは犯人が敵と言えるが、平和な日常を綴ったりだとかドキュメンタリーみたいなものもあるぜ」

 

「じゃあ日常系の作品、これらの敵は"時間"と考えられる。老いには勝てないし、やがてその日常も崩れていく」

 

「しかしテレビでやってるような話は時間法則を無視してるぞ」

 

「その場合の敵は現状維持という"惰性"に他ならない。敢えて日常を色濃くする事で、視聴者にも敵を意識させない。だけど話としては成立する。オレに言わせると邪道さ」

 

「惰性ね。じゃあどちらかと言えばスタッフよりの敵だなそりゃ」

 

「そうだね。ドキュメンタリーなんかは簡単さ、敵は"社会"だ。例え敵対せずとも、ある意味ではその社会に屈服しているのだから敵なんだよ」

 

「無茶苦茶な発想だな」

 

「そうか? とにかく形が無くても敵にはなるのさ。記憶喪失の主人公なら、その過去と向き合う必要がある。自分自身の心が敵ってね」

 

「お前の話はいつもわかるような、わからんようなの間だな」

 

「だけど、作品ってのは掘り下げてけばそうなっているんだ。見た映画がつまらなかったら"制作側"に文句を言いたくなるだろう? それも俺たちからすれば敵だよ」

 

「暴論だぜ」

 

「ま、わかりやすいでしょ」

 

「確かにな。だが、俺たちは生きた人間だ。敵なんか一生出てこないでほしいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵。

……敵か。

 

この時の俺はそんな事、意識していなかった。

自分がこの世界のキャストだと、まだ認めていなかったからだ。

 

 

そして今の俺に後悔があるとしたら。

それはあの時、悲しそうな朝倉さんの後を追いかけてやらなかった事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がこれから語るのは、自分の過去。謎に向き合う物語だ。

それは向き合った謎を解くための物語でもあり、そして、答え合わせに他ならない。

 

 

 

 

 

 

――じゃあ、始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 


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