異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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そして、十二月二十日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一晩かけてでもジェイとやらの真意を確かめたかったが、俺には無理だった。

それよりも俺はあの世界で生きる意味、戻る意味を考えるべきだからだ。

俺はどうやら自覚している以上に精神がやられていたらしい。

原作で改変世界に送り込まれたキョンは凄いと思う。

普通、ああも勇気を失わずにはいられない。

 

 

 

 

 

ただ、ジェイについてよりも俺が気になっている事がある。

それはこの"消失"現象についてだ。

仮にジェイの言う事が真実だとして、では犯人が俺をこの世界に送り込んだ意図はなんだったのだろう。

俺を排除したければ殺しにかかるべきである。二度と邪魔なんかされないはずだ。

いくら他勢力の妨害を受ける可能性があるにせよその方が早い。

何故ならばジェイが言うように、俺が元の世界へ戻るアテが存在するらしいからだ。

時間稼ぎ? ……まさか、何のだ。

 

 

あるいは、俺をこの世界へ飛ばす方が殺すよりも妨害のリスクが無かったのかもしれない。

そもそも俺一人相手に、ジェイは何故変装してまで現れたんだ?

監視されてる可能性なんて低いはずだ。

俺に知られたくない正体。そう考えるのが妥当か?

つまり、俺は奴と知り合いの可能性がある。

 

 

 

 

いずれにしても謎は多かった。

しかし、ジェイは俺が元の世界へ戻ってくれる方が都合がいいらしい。

それも狙ったようなタイミングだ。まさか……。

 

 

「あいつが真犯人なのか……?」

 

それが真実ならば。奴はこの消失を通して、俺に何の変化を与えたいのだろう。

ジェイが言うには朝倉さんは、最早ただのアンドロイドではないと言う。

いや、彼女がそうであろうとなかろうと、俺にとってただの一人以上の存在であるのは確かだ。

そしてジェイは朝倉さんへの変化が狙いではない。覚悟の必要性といい、俺なのだ。

 

 

「考えすぎかな」

 

しかし、口には出さなかったが、結論は出つつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレ、元の世界へ戻れるかもしれない」

 

「何!?」

 

俺にとっては珍しい三日連続となるキョンとの登校である。

もしかしたら、この彼とは今日が最後になるかも知れなかった。

 

 

「昨日、何かあったのか?」

 

「前の世界のオレを知っているらしい不審者に出会った」

 

「はぁ?」

 

「そいつが言うには、オレには戻ってもらった方が都合がいいらしい」

 

「……そうか」

 

キョンは何やら寂しそうだった。

 

 

「どうしたんだ? もしかして、もうこの世界の明智に会えないかもしれないからか」

 

「へっ。そんなんは最悪、ハルヒでも何でも使ってあいつを取り返す。……そうじゃない、お前と別れるのが寂しいって思うのさ」

 

まさか……。

俺はそんな言葉が聞けるなんて思ってもいなかった。

 

 

「今日は部室には来れるのか?」

 

「まあ、時間制限があるから多少だけどね。そうだね、十七時近くまで居るよ」

 

「クリスマス鍋パーティの案が決まるといいが」

 

「ああ。もし戻れなかった時は仲良くしてくれ」

 

「嘘でもそんな話はするもんじゃないが、当然だろ。短い間だったが、お前もSOS団の一員だよ」

 

やっぱり、こいつは良い奴だ。

涼宮さんと同じで、人を惹きつける何かがある。

俺がジェイのように色んな情報を得ようが、涼宮さんのように絶大な力を得ようが、朝倉さんのように超人的な精神力を得ようが。

 

 

「やっぱり、お前には勝てないよ」

 

「何のことだ?」

 

「言葉通りさ」

 

そして、この世界の明智にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業はあっと言う間に終わり、放課後。

都合のいい事に俺はこの世界も悪くないと思いつつあった。

それは元の世界へ戻れるという心の余裕から来るものなのかも知れない。

しかし、この世界は虚構ではない。彼らには彼らの人生が、そこにはある。

だからこそ俺は、こんな馬鹿げた真似をした奴らを許せない。

何の都合かは知らないが、俺の都合を無視するのはおかしな話だ。

俺の後ろの席は、とうとう埋まらなかった。

 

 

「ちょっといいか」

 

部室へ行こうとした俺を、キョンが引き止める。

どうしたんだと思うと。

 

 

「この時間ぐらいしか、落ち着いて話せそうにありませんので」

 

「明智くん……」

 

「……」

 

宇宙人、未来人、超能力者がそこに居た。

 

 

「今日ぐらい遅れてもいいだろ、中庭で話そうぜ」

 

……ああ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、あなたを知る人物ですか」

 

「それも、ここじゃない世界のな」

 

ざっくりとした説明を俺は全員にした。

朝倉さんと犯人に関係する事は話していない。

ジェイについてだけだ。

 

 

「先日あなたが指摘した通り、パラレルワールド移動は元の世界を探す必要があります。そしてそれは普通の方法ではわからない。考えられるケースは二つ、そのジェイと言う人物が犯人あるいはそれに近い人物。もう一つは、あなたを元の世界へ戻す肝心の方法が、奇跡じみているという事です」

 

「そうだ。案外、その両方ってのもあり得るね」

 

「その人物のボスとやらも気になりますね。長門さん、ジェイと言う人物に心当たりはありませんか?」

 

「ない」

 

そりゃあそうだろうよ。

少なくとも俺は知らない。

 

 

「しかし、それが可能かもしれない存在は知っている」

 

「どういった方でしょうか」

 

「それは、情報統合思念体とは起源が異なる存在」

 

「なるほどね……」

 

それならば一応の説明は成り立つ。

他の世界の俺を観測する方法もあるのかも知れない。

いや、逆だ。ジェイの口ぶりからすれば、こちらへ情報を送ったと言うのが正しいのだ。

 

 

「組織と言うのも気になりますね」

 

「いちいち気にしてられないさ。オレは結局、罠だろうとジェイに頼るしかない」

 

「なあ。怪しい相手ってわかっているのに、どうしてそこまでして戻りたいんだ? いや、変な意味じゃない。単なる疑問だ」

 

キョンが俺に訊ねる。

確かに涼宮さんを含め、彼らは異世界の俺も受け入れてくれるだろう。

だが、俺にとってはとても残酷な事だ。

 

 

「強いて言えばオレにも責任があるらしいから、だ。よくわからないけど」

 

「もしかしてお前。朝倉が――」

 

「ストップだ。オレの採点者は君たちじゃあない。……朝倉さんだ」

 

妥協ではない、確かな覚悟が俺にはあった。

模範解答かどうかは不明だが。

 

 

「みんな。次にこの世界の明智と会ったら彼にこう伝えてくれ」

 

「いいぜ、何だ?」

 

「次はお前の番だ。ってね」

 

俺の一言で全員が察してくれたらしい。あの長門さんも頷いた。

 

 

「ふふ。明智くんにそこまで思ってもらえるなんて、素敵ですね」

 

朝比奈さん、逆ですよ。

俺は今日の今日まで何一つとして向き合わなかった臆病者です。

 

 

「あなたの覚悟、僕は敬意を表しますよ」

 

お前に敬意を表されるのは二回目だぜ。

だが、悪くないもんだよ。

 

 

「……」

 

長門さんはその時無言だったが、俺には何だか笑っているように見えた。

彼女の変化、その先に何があるかはわからないが、長門さんもSOS団の一員だ。

必ず力になってくれる。きっと、この世界の俺も。

 

 

「これは、俺がこの世界の朝倉に言われた言葉なんだがな。やらないで後悔するより、やってから後悔した方がいい。……だとよ。そのせいで死にかけたが、お前のおかげで笑い話にはなりそうだ」

 

キョン。

本当に、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

遅れて部室に行った俺たちは涼宮さんに怒られた。

でも、成果と言ってはあれだが、鍋パーティの方針が決まったんだ。

それは水炊きだ。

 

 

 

 

……普通すぎて笑えちゃうだろ?

でも、シンプルにして、その分具材の質を高めようって話になった。

どうせ割り勘みたいなもんだ。だったら美味しい方がいい。

もし俺が元の世界へ戻って、まだ鍋の案が出てなかったらこれにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は学校を後にした。

不思議な気持ちだ。

この世界への離別の悲しさがある反面、俺は早く彼女に会いたかった。

まるで、初めてデートに行くかのような高揚感と不安。

唯一気がかりなのは、この世界の俺にとっての――。

 

 

「あっ。れーくん!」

 

後ろからそんな声が聞こえてきたかと思うと、その瞬間俺の背中に軽い衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――不意打ちだと!?

 

 

 

 

 

 

まずい、おのぼりさんもいいとこだ、せめて反撃せねば。

そう思い首を捻って手を動かし、奥の手を――

 

 

「久しぶりなのね!」

 

――へっ?

女子にしては高めの身長――流石に俺の方が高いが、朝倉さんより高い――。

ショートカットにどこか気の抜けた声。

 

 

 

 

 

「さ、阪中……さん」

 

「えへへっ」

 

 

 

 

この世界における、俺の後ろの席の方。

俺の世界とは違う、阪中佳実がそこに居た。

しかも、俺に抱きついてきている。

 

 

 

 

 

 

……落ち着け、先ず今は何時だ?

ちらりと腕時計を見る。

十七時二十三分。

ここからマンションまでの残りの距離は歩いても二十分とかからない。

時間的余裕はある。次だ。

 

 

 

では、この状況は一体何だ?

明智と阪中さんの仲がいいらしいって話は聞いていたが、こんな間柄なのか?

おい、おいおいおいおいおい。俺が言えた義理じゃないが、そりゃねえぜ、明智。

俺はお前をたいそう評価してたが少々気変わりした。

こんなアタックしてくる女子と付き合っていないのかお前は?

"れーくん"と言うのは俺の愛称か? 初めて言われたぞ。

はっ。とにかく、お前さん、臆病者もいいとこだ。

 

 

 

 

 

俺は足元にやってきた彼女の愛犬。ルソーを視界に入れながら聞く。

 

 

「風邪はもう大丈夫なのか?」

 

「うん。本当は今日行きたかったんだけど、お母さんが、もう少し様子を見なさいって。いいお世話なのね」

 

「それで、元気になったから散歩をしている訳か」

 

「そんなことより」

 

阪中さんは俺から身体を放し、肩を掴んでこちらに向き合わせた。

女子と対面か。き、きつい……。

そして彼女は悲しそうな表情で。

 

 

「あたし、悲しかったのね。れーくんにお見舞いに来てほしかった」

 

「ご、ごめん。オレもちょっと調子が悪くてね……」

 

「あはっ。冗談だよ」

 

阪中さんはすぐに笑顔になった。

なかなかの演技派じゃないか。騙されかけた。

 

 

「部活はもう終わり? だったら一緒にルソーの散歩しよ」

 

……。

 

 

「それは、できない」

 

「えっ?」

 

阪中さんは驚いた表情で俺を見た。

多分、そんな事言われるとも思ってなかったんだろう。

何故だかわからないが、俺は彼女にありのままを伝える事にした。

 

 

「オレは君が知っているれーくん、明智黎じゃないんだ。別人でね、ワケあって彼は今居ない。だが、すぐにまた会える」

 

「……」

 

「オレは異世界人さ。この世界の明智黎の居場所をちょっとの間、借りていた。そして今から彼に返しに行くんだ」

 

普通ならこんな俺の戯言は気にもしないだろう。

まあ、SOS団の連中は例外だ。異常耐性が半端ないからね。

しかし、彼女は。

 

 

「うん。そう言われれば、いつもと雰囲気違うね。れーくんと、似てるけど違うかも」

 

「……そうか、羨ましいな」

 

「どういうこと?」

 

「次に君と会う明智黎は、間違いなく本人さ。オレが約束する。だから、彼を大切にしてやってほしい。別人だけどオレが幸せなら嬉しいよ」

 

「ふーん」

 

そう言うと阪中さんはルソーを抱っこして、意地悪そうに。

 

 

「……あなた。好きな人が居るのね?」

 

「ああ」

 

「わかった。よくわからないけど、なんとなくわかったよ。異世界人さん」

 

「もうオレと会う事はないだろう。今のは夢でも見たと思ってほしい」

 

そう言って俺は踵を返す。

最後に会えたのが彼女で良かった。

これで、きっともう大丈夫だ。

 

 

「阪中さん、さようなら」

 

「うん。またなのね~!」

 

まただって? よしてくれ。

ここのところ、感傷的になりやすいんだ。

本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十七時五十二分。

エレベーターを降りて、廊下に出ると奴は居た。

 

 

『おや、意外と早かったな』

 

「何故かはわかってるんだろ?」

 

『ふむ。質問は手短に頼む』

 

昨日と全く同じ格好の骸骨コート。

ジェイはホールドアップのポーズをとった。

つくづく人を馬鹿にしている奴だ。

 

 

「オレが戻ったら。この世界に居た明智はどうなる?」

 

『……それを知って。何か君に意味はあるのかね?』

 

「質問に答えろ」

 

『済まないが、その質問の返答によって君の決意が揺らぐと言うのなら私は答えられない。これも仕事なのだよ』

 

「まさか」

 

お前は知らないのか?

俺は正義漢でも、偽善者でもない、独善者だ。

今の、今もそれは変わらない。

 

 

「仮に、この世界の明智が戻らないと言うのならオレはそれを受け入れる。それすらもオレの覚悟としよう。オレは、戻る方が大切だ」

 

『その言葉。どうやら、結論は出たようだな』

 

「ああ」

 

ジェイは昨日のようにまた拍手をした。

手袋越しの拍手は、実に乾いていて、奇妙な音だ。

 

 

『いいだろう。安心したまえ。彼は君がこの世界から去ったとほぼ同時に戻る。そういう手筈になっている』

 

「どこへ戻るってんだ? 流石にこの町だよな。外国なんて勘弁してやれ」

 

『ふっ。ならば安心できるような場所がいいかね?』

 

「おい、いきなり阪中さんはあいつにきついぜ。ハードルがやばい」

 

『妥当なのは長門有希の家の前だろう。人もなかなか通らない。彼は今、寝ている設定だからな』

 

「頼むよ」

 

ジェイは任せろと言わんばかりに腕を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

『タイムアップだ。行くぞ』

 

十二月二十日、午後十八時。

再び505号室のドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

――部屋の中には、何もない。

 

 

 

 

 

 

 


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