異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十一話、あるいは

 

 

十二月十八日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか俺はこの日、深夜の着信音に叩き起こされるとは思ってもいなかった。

ようやく起きた俺は鳴り響き続ける携帯電話を睨み付ける。

 

 

「……くっ、誰だ…?」

 

俺はまず古泉かと思ったが昨日の今日の閉鎖空間談義で起こされた日にはあいつの謝罪を要求する。

しかし携帯電話のディスプレイには俺が登録していない番号らしく、名前が表示されていない。

はぁ。間違い電話だろと思いつつも律儀に俺は出ることに。

 

 

「もしもし、すいませんが間違い電話じゃな――」

 

『わたしよキョンくん』

 

聞き間違えるはずもない声、朝比奈さんだ。

いや、この大人びた感じと電話番号が登録されていない事から朝比奈さん(大)か。

 

 

「――朝比奈さん?」

 

『そうよ……とにかく緊急事態なの。今すぐ公園に、駅前の公園まで来て』

 

「わかりました。話は後ですね?」

 

『ええ、ごめんなさい』

 

そう言って通話は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はどうせまたハルヒ絡みだろうと思いつつ、今回はどんな事件かと走りながら考えていた。

しかしながら事件は事件だったのだが、まさかハルヒとは別件だとは思いもしないだろう。

朝比奈さん(大)が言う駅前の公園とは光陽園駅前公園のことである。

俺がかつて長門と待ち合わせをしたあそこで、ここらの駅前公園と言えばまずあそこだ。

と言うかあそこしかない。

 

 

「……キョンくん!」

 

「……」

 

何やらモフモフの防寒具で暖かそうな格好の朝比奈さん(大)と、制服にカーディガンを羽織った長門が居た。

いや、朝比奈さんの後ろに誰か――。

 

 

「朝倉!?」

 

朝比奈さんにおんぶされている寝巻き姿の彼女からは返事がない。

何やらうなされている感じだ。風邪か?

 

 

「とりあえず彼女を安静にさせたいの。本当は家に居た方がいいんだけど……」

 

「どうやら事情があるって訳ですね」

 

寝巻き姿の朝倉を近くのベンチに横にすると、朝比奈さんは自身が着ていた厚手のコートを被せる。

彼女のコートの下はセーターだった。冷え性なのかもしれない。

しかし、まさか宇宙人でも風邪をひくのだろうか?

 

 

「朝倉涼子は現在攻撃を受けている」

 

「何!?」

 

「過負荷による熱暴走みたいなものです。長門さん達は地球の風邪なんてひきませんから」

 

「どこのどいつがそんな真似を」

 

「わからない」

 

おいおい、てっきり面倒かと思っていたら面倒に殺伐の二文字が追加されやがった。

古泉とのやりとりで"あの単語"は封印したんだ。つい先月にな。

しかしこの緊急事態。って。

 

 

「おい、明智は!? 肝心の明智が居ないじゃないか」

 

国木田以上に掴めない男、朝倉涼子の監督係である明智が居ない。

よくわからんが朝倉は攻撃を受けているんだろ?

あいつが守ってやらないと――。

 

 

「明智黎なら"消えた"わよ。そのままの意味でね」

 

何だ?

俺は声のする方へと向く。

闇夜の中、公園の薄い外灯に照らされてその主の姿が明らかになった。

 

 

「朝…倉……?」

 

制服姿の、朝倉涼子が立っている。

すぐに長門が俺の前に出て。

 

 

「さがって」

 

意味がわからないが俺は後退してベンチ近くの朝比奈さんの方へ行く。

ベンチには朝倉が寝込んでいる。

意味がわからん。何がどうなっている。

 

 

「どういうことです? 明智が消えただの、朝倉が二人出てきたり」

 

「おそらくあれが朝倉さんを攻撃したの。姿は同じだけど、多分別人」

 

「他の時間から朝倉が来たんじゃないんですか?」

 

「時空振は観測されてないわ」

 

「……偽者ってことか?」

 

確かに、長門と相対しているその女はどこか雰囲気が違っていた。

感覚的なものだが、朝倉とは違う。明智なら言われなくてもわかるはずだ。

偽者の朝倉とさえ形容したくない、偽の女で充分だ。

 

 

「そうです、明智だ! 明智はどこへ!?」

 

「ごめんなさい……わからないわ」

 

朝比奈さん(大)は悲しそうに言う。

消えた? いや、いくらあいつが個人だからって簡単にやられないはずだ。

機関だって情報統合思念体だって未来人だって、明智を多少は監視している。

そのはずだ。それが、こうも、あっけなく。

 

 

「死んだのか……?」

 

夏の合宿を思い出す。

思えばあの時より今の俺は冷静じゃない。

今回は確かに、あいつが消えたと言う。

認めたくはないが、俺に嘘をつく必要がないし、何よりあいつが今居ないのが証拠だ。

 

 

「ううん。明智さんがどうなったかはわからない。でも死んだとも限らないの」

 

「はあ……」

 

「ちょうど今日の0時。彼はこの時空。いいえ、おそらくこの世界から姿を消したの。それも一瞬で」

 

そんなこと――。

 

 

「ええ。わたしたちでも難しい。少なくとも彼の家に侵入された形跡はなかった」

 

姿も見せずに、いや、見ずに相手を一瞬で消すだと?

いい加減にしろ。そんな無茶苦茶ありか。

そう思っていると、パァン、と破裂音のような音が聞こえた。

慌てて長門の方を向くと早速戦闘が開始されている。

 

 

「ふふ。うまく躱した」

 

「……」

 

偽女の背後から金属弾のような物が放たれ長門はそれを回避。

それに当たった地面はクレーターになった。ちらりと辺りを見ると遊具は徐々に壊されているようだ。

 

 

「あの人たちを気にしながらいつまで戦えるかしら」

 

言葉通りに長門は不利だった。

動き回る速度で言えば互角以上かもしれないが、時折偽女はフェイントを交えてこちらに攻撃を放っている。

その度に長門が防御に回る必要があり、はっきり言うと俺はお荷物状態だった。

 

 

「朝比奈さん。何か手は無いんですか」

 

「……」

 

せめてこの横たわっている朝倉が動ければまだ違うはずだ。

この瞬間にも偽女の攻撃で公園が徐々に荒れ地に姿を変えつつある。

ちくしょう。俺は無力だ。武器の携帯が許可されない、朝比奈さんも悔しそうな顔をしている。

超能力者も現実じゃ頼れないと言う。

 

 

「"今"なのか……?」

 

俺の持つジョーカー。それを切る時は。

自然とポケットの携帯電話に手が伸びた。力を入れ、握りしめる。

刻一刻と長門は押されていく。長門は接近を試みているが偽女の猛攻がそれを許さない。

そして、この虚偽の均衡は――。

 

 

――ズザァッ

 

 

「長門っ!?」

 

謎の衝撃派を喰らい、長門の身体は遠くへ吹き飛ばされていく。

道路までは飛び出していないがおかげで公園の木に叩き付けられた。

動けはするだろうが、決定的な隙が出来てしまう。

偽女はこちらに笑顔で近づいてくる。

近づきながらも長門へ遠距離攻撃を仕掛けている。器用な奴だ。

 

 

「あなたたちに用はないの。消えてくれる? 私が用があるのは朝倉涼子よ」

 

「てめぇ……」

 

 

――おい。

何やってんだ。

……どこのどいつの台詞だ?

俺はそれを直接聞いちゃいないが、知っている。

朝倉を守ってやるんだろ。

なあ。

謎の攻撃やらで彼女は今、自衛すら出来ない状態なんだぜ。

だから、"消えた"とか言っても俺は認めない。

俺がこの目で直接見た訳じゃないんだ。

だから、戻ってこい。

早くしろ。

 

 

「そこをどかないなら、死んでもらうわよ?」

 

偽女の手が振り上がる。

槍と言うよりは銛のような物が形成されていく。

 

――クソが。

ここ一番で頼りにならねえ。

俺のダチは嘘をつくような奴だったのか。

だから。

 

「さっさと来やがれ!」

 

「じゃあ、死んで」

 

ハルヒに電話した所で最早間に合わない。

けっ、不本意もいいとこだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?

いつまでたっても俺の身体には衝撃の一つが無かった。

俺の隣の朝比奈さん(大)は、何やら驚いた様子だ。

ふと顔を向けると、偽女の腕には何かが刺さっていた。

そしてそいつの動きは止まっている。

 

 

「――こんなに公園を荒らすとは。公共の場で、礼儀知らずもいいとこだね」

 

――それは、若い男、少年の声だった。

 

 

「ところで、君はオレの名字についてこんな話を知っているかな?」

 

「まさか、アンタは……」

 

偽女は声のする方へ顔を向ける。

遠くの、地面へ。

 

 

「悪に地面で"悪地"が語源なんだけどね。ようは荒れ地さ……ちょうど、君が荒らした今の公園みたいな」

 

地面から徐々に人影が現れていく。

 

 

「でも、やっぱりオレの名字からするとあの逆賊が一番連想されるんだよね。"五十五年の夢、覚め来たり、一元に帰す"。まあ、オレはまだ死ぬつもりはないけど」

 

その声は、俺がよく知っている奴の声だ。

同時にそれを待ち望んでいた。

 

 

「……で、問題。オレの名字は何でしょう?」

 

「アンタ! どうやって戻ったと言うの!? この世界へ――」

 

冬にも関わらずブレザーかよ。

いいや、最近は中に黒のカーディガンを着ていたなこいつは。

こんなダサい制服に思い入れでもあんのかね?

とにかく、やっと来たのか。

遅ぇんだよ。

偽女はその姿を見て叫ぶ。

どうやら偽女の朝倉みたいな口調の演技も終わりらしい。

 

 

「――異世界人、明智黎!!」

 

「わざわざ名前まで、正解だ。そして、やれやれ……間に合ったぜ……。ってね」

 

こいつがどこ行ってたか知らないが、まだ"その時"じゃなかったらしい。

俺の切り札の出番は持越しだ。

ボロボロの長門が明智へと近づく。動けるまでには回復している。

眼鏡は吹き飛んでしまったようだが、長門の視力は大丈夫なのだろうか。

もしかしたら眼鏡はただの飾りだったのかもしれない。

 

 

「おかえり」

 

「どうも」

 

「アンタたち……。邪魔するなぁっ!」

 

偽女は手に刺さっていたナイフを抜き取ると、持っている銛を二人の方へ投げつける。

二人はそれを間を開けるような形で横へ回避した。

 

 

「おっと。……それ、普通じゃ手に入らないから大事にしてくれる? 毒は効かないって思ってたけどさ」

 

明智は偽女の足元に落ちたナイフを指差して言う。

だがそんな台詞は言うだけ無駄だろう。ナイフは後ろへ蹴り飛ばされた。

 

 

「協力する」

 

「いいや、長門さんはあっちの方へ行ってくれ。まあ、俺が彼女に合わせる顔がないってのもあるけど」

 

「了解した」

 

すると長門はてくてくこちらへ向かってきた。

おい、あいつ一人でやる気なのか?

バリア持ちの長門でも苦戦する宇宙人相手に。

 

 

「異世界人。もしかしてアタシを馬鹿にしている? こっちは二人相手でも良かったのに」

 

「オレの責任だからな。オレが決着をつけたい。……それより、"カイザー・ソゼ"は一緒じゃないのか?」

 

「アンタが何故その名を知っている」 

 

「さあ? 秘密。暴れるの止めたら教えてあげるよ」

 

「ま、いいわ。アンタを殺しに行く手間が省けただけね」

 

偽女はどこかからナイフを取り出す。

明智相手に遠距離戦をするまでもない、と判断したのか。

とにかく、その容姿といいふざけた奴だった。

 

 

「オレが一番許せないのは、あの世界へ飛ばされたことよりも、君のその恰好なんだけど。醜くて仕方ない、反吐が出る」

 

「深い意味はないよ。強いて言えば目的のためだから」

 

「もしかして、それは進化かな」

 

明智がそう言うとさっきまで感情があるように見えた偽女の表情は張り付いた。

進化? 何を言っているんだ明智は。進化論ぐらいは聞いたことがあるが、意味がわからない。

目的が謎の進化だとして、偽女がこの朝倉を狙う理由は何なんだ?

 

 

「だとしたら無様だよ。つい抱きしめたくなっちゃうね。これは、あの世界のオレが言ってたらしいんだけど、人と人を比べる事に意味はない。だって。いやあ、オレながら素晴らしいよね」

 

「……理解できないわ」

 

「だから君は猿。いや、ノミなのさ」

 

「アタシに勝てると思う?」

 

「サシでやろう。長門さんにはオレも邪魔させない」

 

そう言った明智からは強い威圧感が感じられる。

それはいつか感じた悪寒ではなかったが、彼が現れた安心感から来るものでもない。

深夜という事もあって明智の顔がよく見えなかったが、俺はほんの一瞬明智をとても恐ろしく感じた。

まるで、あいつが深い闇の中に居るかのように、この夜はそれを演出している。

いや、彼を闇そのものと見紛うほどに、恐ろしかったのだ。

 

 

「――死にな」

 

 

明智とそいつの距離は少なく見積もっても五メートル以上は離れていたはずだ。

それを俺が瞬きするよりも前に偽女は明智に接近した、ナイフを握って。

とてもじゃないが俺には何が起こっているのかわからない。

明智は偽女が繰り出す高速の斬撃を回避し続けている。

 

 

「長門。あいつは……明智は勝てるのか?」

 

「わからない」

 

俺はただの、普通の高校生だ。

戦闘の心得も知らないし、格闘技はテレビで見る程度。

まして喧嘩など数えるくらいしかしたことがない。

だがボクシングの試合を見ていて、素人目でもどっちが有利かなんてのはわかる。

明智は体術ではそいつに劣っていなかったが、相手のポテンシャルが段違いだった。

カウンターで繰り出す足技もそいつはさばいている。無傷に等しい。

それに対して明智は躱してはいるのだが、危ない場面も多い。多分かすり傷ぐらいはあるだろう。

さっきの長門と同じく押されていた。異世界人だか知らないが、無茶なのだ。

 

 

「明智!」

 

無理だ。と言おうとした瞬間だった。

偽女はその場から勢いよく離れると、右腕を鋭い触手のような形へ変化させて勢いよく伸ばし、明智を突き刺さんとする。

嘘だろ、そんなのアリかよ。長門、助けてや――。

 

 

「閉じろ」

 

――それは瞬く間の所作だ。

明智は触手とすれ違うように前進すると、両手を合わせ、開き、素早く横へ振るい、そう言うと、触手が切断された。

驚いたそいつは更に後退した。どうやら"置き"に行くつもりらしい。

五メートルじゃきかない、今度は十メートル以上は間隔がある。

 

 

「アンタ。今、何した?」

 

そいつの触手が腕に戻ると右手首から先が喪失していた。

切断の際に出血もしているようだが、やがて、徐々に根元から右手が再生していく。

宇宙人ってのは何でもアリなのか。物理攻撃は無意味なのかもしれない。

何かをしたらしい明智は残念そうな声で。

 

 

「いや。せっかくのオレの"奥の手"の一つ。その初披露を朝倉さんが見てないのがオレは悲しい」

 

「得体が知れないね。でも、アンタはこの距離からの攻撃に耐えられる?」

 

「それは無理かな。だからこっちも"新技"を披露するよ」

 

明智が左手をだらん、と下へ垂らすと、次の瞬間には何かを掴んでいた。

 

 

「漫画なんかで言うところの"修行の成果"、って奴だ。オレは修行なんてしてないけど」

 

明智の手にあるそれは武器なのだろうか?

詳しくは見えないが、刀のような……。いや、しかし先端は尖っていない。

柄と鍔はあるものの、エッジは平坦だ。そして真っ直ぐ。

長さも中途半端。正確にはわからないが、1メートルとない。

とにかく、始めて見るような代物だ。

 

 

「あはは。銃でも出すかと思えばそんな――」

 

きっと偽女は明智の出した物について、馬鹿にするような言葉を吐くつもりだったんだろう。

だが、次の瞬間には明智に蹴り飛ばされていた。右の地面へ偽女の身体が倒される。

 

 

「どうやらジェイが言った通り。本物の念能力者なら、具現化系のオレはここまで身体強化できない。それにオレは神経質じゃない。性格診断に外れる。そして何より君の精孔が開いてない」

 

「――ぐっ。アンタどうやってこの距離をっ」

 

立ち上がろうとした偽女の顔を明智は踏みつける。

傍から見ても痛々しい。どういう理屈か知らないが、明智の方が強いらしい。

彼は左手に持った武器で肩を叩きながら不快そうに。

 

 

「君に自由は、ない。……大人しく負けを認めろ。これ以上、彼女の姿を愚弄するなら君が再生できなくなるまで身体を切り落とすだけだ」

 

「ぶはっ。誰がアンタに負けを認め――」

 

 

俺の居る距離からは聴こえないが、音をつけるなら、ドッ、みたいな音だと思う。

明智は地面に倒れている偽女に対し、目にも止まらぬ速さで左かかと落としを喰らわせていく。

何発も繰り返して。

充分に足を振り上げて、下に居る相手へ落とす。

そんな動作、俺がいくら頑張ろうが一発に一秒以上はかかる。

そんな攻撃を明智は偽女の頭、腕、首とまんべんなく行っていく。

……おい、殺す気か!?

 

 

「だから君は猿以下なんだ。オレに返事をしたいなら『すいませんでした、私の負けです』って死ぬまで詫びながら地面にその汚い顔を擦り付けて土下座するんだよ」

 

「ごっ。ひゅ」

 

「おいおい、何の鳴き真似だ? 動物でもないって、やっぱり、ノミか」

 

 

 

――これだったのか。

俺が感じた明智への底知れぬ恐怖。

いや、彼から感じるのは狂気ですらない。

"まるでそれが当然だ"と言わんばかりに彼は絶えず攻撃している。

迷いも妥協もない、無慈悲の連撃。これが彼の正義なのだ。

なあ。こいつに一体何があったんだ?

隣の朝比奈さん(大)は震えている。いつも余裕そうな彼女が。

長門も、どこか悲しげにその光景を見つめている。

とにかく。

 

 

「やめろ明智!」

 

「ん?」

 

「……もう充分じゃないのか」

 

「いや、いやいやいやいやいやいやいや。何言ってんだよキョン。こいつは"敵"だぞ?」

 

「でも、もう充分だろ」

 

「このノミ相手にか? こんなの、ノミにとっちゃ風に吹かれた程度でしょ。しっかり潰さないと」

 

「ふざけるな!」

 

その一言で、ようやく明智の攻撃は止んだ。

うつぶせの偽女に動きは無い。

死んでいるかまでわからないが意識はないだろう。

 

 

「何があったかは知らないが、それ以上は駄目だ」

 

「どうしてだ」

 

「さあな。何となくだが、昔のお前ならそう言うと思うぜ」

 

「そうかい」

 

明智はそう言うと偽女の横腹を爪先で蹴飛ばし。

 

 

「起きろ。反撃の意思をコンマ単位でもこちらに見せたらその瞬間に君の身体をバラバラにしてあげよう」

 

「がはっ。げ、ひぃ……ごぼっ。うぅ」

 

偽女は少し身体を浮かせた。

その顔は俺には見えなかったが、きっとボロボロ、いやぐちゃぐちゃでもおかしくはない。

 

 

「元々殺す気はなかったさ。手加減したからね。まあ、拷問を先行したって事で。さっき君が言ったでしょ『手間が省けた』って」

 

「ご……殺じな、ざい」

 

「死にたきゃ死になよ。変わりたいって気持ちは自殺同然なんだから。でも、君にはそれを理解する術すらない。実に哀れだ。そして朝倉さんのような気高い精神も、ない」

 

「ぞ……ん…」

 

「カイザー・ソゼについて教えてもらおうか」

 

偽女は首を振った。

そのソゼとやらを知らないという意思表示らしい。

様子を見た明智は。

 

 

「フハハハハハッ。愉快だね、協力者のソゼについて何も知らないだって? ノミでも生きるために何が必要か知っているんだ。君には、それすらないのか。いや、実に愉快だ!」

 

俺が狂っていなけりゃ、世界か明智のどっちかだ。

異様な光景に俺は動けなかった。

俺にはもう言葉を紡ぐ気力さえない。

やがて偽女の手には何かが握られていた。

それを見た明智は。

 

 

「……なるほどね。私は被害者、とでも言いたいのかな。いいだろう。オレが殺さなくてもこの世界に居る限り、どうせ君は危険だ。だからこそ、君に希望をあげよう」

 

明智は左手の武器を偽女が倒れているすぐ傍の地面に叩き付ける。

それに何の意味があるのかは俺にはわからない。

しかしその疑問は彼の言葉で解消された。

 

 

「希望はいいものだ。君がそれを理解できる事を、オレは期待しているよ」

 

そんな事を言ったと思えば偽女の姿は消えていた。

何だ? こいつの能力とやらで匿ったのか?

 

 

「お、おい明智。あいつはどこへ行った」

 

「どこかはわからない。この世界じゃないどこかさ」

 

「何言ってるんだ……?」

 

「……まさか、明智さん」

 

何かに気付いた朝比奈さん(大)は明智を恐ろしい目で見た。

 

 

「はじめまして。いや、お久しぶりなんですかね? 朝比奈さん」

 

「明智さん、あなたは――」

 

「まあ、だいたい予想してる通りです。詳しい原理はオレにもわかりませんし、何より不完全らしいので」

 

はあ。さっきの襲撃者とか、カイザーがどうだとか、とにかく俺にもわかるようにだな……。

そう思っていると長門が明智に近づいて。

 

 

「あなたは、平行世界の移動に成功した」

 

……はぁ?

 

 

「まあ、オレ、異世界人ですから」

 

ベンチに寝かされた朝倉は、まだうなされている。

 

 

 







"念能力"

生命エネルギーのオーラを操る技術そのもの。
この技術を持つ者を、文字通りに念能力者と呼ぶ。

だが、一般的には明智の"臆病者の隠れ家"のような能力と呼べる域の技術についてを言う。
非力な人間でも、オーラによって底上げすればかなりの攻撃力を誇れるようになる。

現在、明智が通常時に出来る事は、"隠れ家"の行使と"奥の手"。
"制約"によって無条件に可能なのは"絶"と"隠"のみ。




"制約"

自分にルールを決め、それに従う事で念能力を爆発的に強化させることができる。
そのリスクが高ければ高いほど能力の質は向上する。

即ち、覚悟。

明智は自分のオーラ行使に"隠れ家"に影響を与えないギリギリの範囲で制限をかけている。
よって、まともな身体強化が期待できない。




"絶"

本来、念能力者でなくてもオーラは常に人体にある。
それを敢えてシャットアウトすることで、自分の生命エネルギーも感じられにくくなる。

気配遮断、疲労回復の効果もある。
そして、この状態ではオーラの行使ができない。




"隠"

絶の応用。
本来、念能力者にしかオーラは見えない(オーラを具現化する能力者、つまり明智は別)
戦闘においてオーラの流れが筒抜けなのは動きや次の手すら読まれることになる。

この技は文字通り"隠す"技術で、肉眼だけでは能力者からもオーラを看破されなくなる。
文芸部室に設置した"出口"はこの技で隠している。
しかし長門に代表される宇宙人相手には"何か"があるとバレる。
また、隠を見破る為の技もあるので万能ではない。




だが、明智は漫画で読んだこれらの技術を無意識で真似しているだけ。
本物の念能力者ではない。



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