異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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サムデイ イン ザ ダーク

 

 

 

 

――結論から言うと、この世界での十二月十八日。

 

俺と朝倉さんは学校を休んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあ、ちょっと待ってくれ。俺に弁明の時間を与えてもらおう。

別にやましい事があるわけじゃない。何もなかったぞ。

何だかんだで朝倉さんも本調子じゃないらしいし、気づいたら時間も八時近く。

さてどうしようかと思ったが、俺は今更時間なんかよりも恐ろしい事に気づいてしまった。

 

 

「……やべ。オレ家にいねーじゃん」

 

今日は早朝トレーニングが長引いたと言い訳でもするか?

ちくしょう。オーラで強化して走ってもいいがそろそろ登校中の生徒も出てきている。

 

 

遅……刻…確定!

 

言い訳する……家族に!?

 

できる!?

 

否。

 

 

…死。

 

 

 

 

 

 

「明智君」

 

どこぞのゴリラハンターよろしく俺が焦っていると。

布団から出てきた朝倉さんが。

 

 

 

 

 

「今日は休みましょ」

 

 

俺は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら最低限の言い訳を用意しなければならない。

俺はもう"詰んで"いるのかも知れない。が、希望はいいものだ。ああ、すがってやるよ。

携帯電話で母さんに送ったメールはとてもじゃないが、自分が送られたら不信感を抱くような内容だった。

 

つまり早朝ランニング――冬の朝は暗いしきつい――をしているとたまたま同じ部活の長門さんと遭遇。

そこで朝倉さんと同じ分譲マンションに住む彼女から朝倉さんの不調を聞き現在進行形で看病している。

 

 

説明はともかく理由を言えお前何勝手なことしてんの状態であり。当然ながら自宅から電話がかかってきた。

くそっ。俺に『牙』Act.3があれば一生無限回転の穴に潜んでやりたい気分だ。

やむなくマンションの廊下まで出て通話に応じる。

 

 

『ちょっとあんた、どういうことなの!?』

 

「どうもこうもないよ。そんな訳で今日は学校休む」

 

『…………朝倉さんって娘は大丈夫なのかい?』

 

「今はちょっと落ち着いてるけど無茶はしてほしくないんだ」

 

『そう。なんかあったの?』

 

何だその質問は。

抽象的すぎるぞ。

 

 

『あんたの顔を見たわけじゃないけど。あんた朝倉さんのために何かするなんて感じじゃなかったでしょ』

 

「そうかな」

 

『とにかく、迷惑かけるんじゃないよ』

 

そう言って通話は終わった。

病人じゃない方の俺が迷惑をかけるとは、どういう方程式なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで曲がりなりにも"病人"な朝倉さんに動いてもらうわけにはいかない。

いや、もうとっくに治っていて"演技"な気もしないでもないが、それで別に何かが変わるわけではない。

誰でも作れるおかゆでも出すことにした。

 

 

学校を休むと言えどSOS団には顔を出したいな、と思い昼過ぎから行くことに。

いくら冬休み前だからと言えど風紀はよくない生活である。

そして下校時間に関わらず北高へ俺と朝倉さんは逆走しているのだ。

ぐっ。たまにすれ違う生徒たち。とくに一年生の視線がきつい。

それもそうだ、俺の表情はさておき赤いコートの朝倉さんはニコニコしながら俺の左手を握っている。

いや同じクラスじゃなきゃいいんだ。俺と朝倉さんが休んだことなんか知らないだろうから。

何人かクラスメートとも遭遇したがお察し状態だった。

 

 

「は、はははははは」

 

すっかり忘れられつつある俺の悪名が広がりかねない。

いいぜ、この勢いで北高を征服しにかかってもいい。

先ずは生徒会からだ。リアルファイトでもロンパでもいい。

さあ俺を満足させてもらおうか。

 

 

「ねえ、さっきやってたのって何なの?」

 

「あははは。……え?」

 

「さっきよくわからない武器を出したと思ったら、黙って立ってたじゃない。何時間も。だんだん汗かいてたし」

 

どうやら朝倉さんは俺の修行について聞いていたらしい。

ま、これぐらいは説明してもいいか。

 

 

「あれは念能力……オレのはもどきらしいけど……の基本の一つで"練"って言うんだ。普段身体のまわりにあるオーラよりも多くのオーラを"精孔"ってツボから出すんだ」

 

「それに何の意味があるの?」

 

「修行の一環でね。プロが練を維持するのに消費するオーラ量1オーラだとして、あれを続ければオーラ量も増えていく」

 

「ふーん」

 

俺は自分の正確なオーラ残量がわからない。

いや、潜在量で言えば二回目修行後の主人公の潜在オーラ量21500よりはあるような気がする。

しかしながら"モラウ"と同格ぐらいの"ノヴ"が7万オーラ前後だと想定して、まさか俺がそれ以上だとは思えない。

これもジェイが言うところの「俺が念能力者じゃないから」なのだろうか。

 

 

「あれでもバテるまでやる必要があるし、通常あの状態を限界から10分延ばすだけで一ヶ月はかかる」

 

「非効率的すぎじゃない?」

 

「わかるでしょ。地道な修行が一番で、理屈じゃないんだ」

 

でも、俺も限界にぶつかろうと思ってやったわけじゃない。

精々が肩慣らし程度である。それに、"マスターキー"の副作用も気になるから試したかった。

結論から言えばさっきは深夜の戦闘時のように俺の精神がやられる事はなかった。

ジェイは敵に容赦しなくなるとか言ってたから、戦闘用の状態なのだろうか?

しかし彼が言ったように、多用できないのも確かなのだが。

 

 

「それにしても、よくわからないわねあの漫画」

 

朝倉さんは俺がジェイに渡された【HUNTER×HUNTER】の25巻をさっき読んでいたが面白さがわからないらしい。

そりゃあ念の説明はずっと前の巻だしな。それに途中から読んでも意味がわからない。

しかしながら一応こっちの世界では激薬みたいなもんだからロッカールームに封印している。

 

 

「全巻ありゃいいんだけどね。面白いよ?」

 

「男の子がいかにもって感じで好きそうね」

 

「そうかな。俺が一番好きなのは」

 

「馬鹿」

 

どこぞのツンデレピンクのごとく今日の俺は馬鹿呼ばわりされている。

これで馬鹿に犬がついた日には答えは"お死枚"だ。

ま、あっちでは普通に売られてるとは――。

 

 

「……ちょっと待てよ」

 

「ん?」

 

「済まない。一旦手、放すよ」

 

周囲に人気が無いことを確認して、俺は地面に手をかざす。

"臆病者の隠れ家"そのロッカールームからずずっと漫画を取り出す。25巻だ。

勢いよく最後の方のページをめくると。

 

 

「ちくしょう。……朝倉さん。今、何年だっけ?」

 

「どうしたの? 2006年じゃない」

 

「ああ、知ってる」

 

まさかあっちの世界の時間が年単位でズレてるわけがない。

だったら俺も今日の深夜まで戻れなかったと思うし。

とにかく、この世界の西暦は【涼宮ハルヒの憂鬱】がアニメ放送された2006年。

そう――。

 

 

「前の巻、24巻は休載で一年以上期間が開いてた。"まさか"とは思ってたけど」

 

25巻の初版発売日は2008年。

俺は発売を楽しみにしてたから覚えている。そう。

 

 

「2008年の、3月4日……」

 

つまり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェイは、"嘘をついていた"」

 

 

だとすれば、この漫画。

あいつはどこで手に入れたんだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――"カイザー・ソゼ"と名乗る人物について、私が知っているのはこれだけだ。

 

 

『間違いなく存在する』

 

自分が存在することが知れる、それだけでいい。

何故なら正体を知る者はいないからだ。

 

 

原理がわからないわけではないが、説明は難しい。

しかし、ソゼにはソゼの役割があって、世界の移動が可能だ。

他人の転移も含めて、かなり限定的な条件だろうが。

そしてその目的は、おそらく。

 

 

『涼宮ハルヒ、そして"鍵"』

 

付け加えるならば、彼は自分の役割を自覚していなかった。

これは計算外だ。少なくとも教えるつもりはないらしい。

間違いなくあの未来すら見通せる"古泉一樹"の洞察力、『機関』の組織力ならその結論にたどり着いている。

今回の一件で、異世界人としての力を覚醒させたと思っているようだが、私に言わせればそれは違う。

何故なら彼は――。

 

 

 

 

「"カイゼル"。またアンタお絵かきしてるの?」

 

『……君か』

 

TFEI端末の一つが私の筆記の邪魔をした。

ふむ。名前など彼女にとって必要ない。

それらは朝倉涼子に向けられるものであり、彼女は朝倉涼子のように、世界を垣間見ようと言うのだ。

 

超越者。超人。

 

 

『馬鹿馬鹿しい』

 

それが憧れならば、愚かだ。

それを理解する方が先だと言うのに。

彼女は過程を無視し、結論である自己進化を目的としている。

悪役にしては微妙な発言であるが、過程や方法こそが、正義に勝つ唯一の術なのだ。

 

一方の彼は違う。

朝倉涼子に抱くのは、敬意であり、無償の愛だ。

すばらしい。結論ではなく、間違いなく彼は朝倉涼子という存在そのものを愛している。

そう、彼のせいで、彼が朝倉涼子を完成させた。

それこそが、朝倉涼子が涼宮ハルヒの影としての役割を終えた事に繋がる。

 

 

 

……まあいい。彼は彼、マスターキーの3割がいいとこなのは『機関』のせいだろう。

 

 

『君。私をどう形容しようが構わないが、私を呼ぶのならば"カイゼル"ではなく"ジェイ"だと言ったはずだ』

 

「はいはい。そーですか」

 

彼女はそう言い残し、私の前から去っていく。

ふむ。長門有希が相手ならば勝てる可能性の方が高いだろう。

しかし、彼が相手では負ける。

戦術をしっかり考えたとしても、しょせんTFEI端末。

勝つために何が必要なのかを、不良品の長門有希と違って彼女は知らない。

即ち。

 

 

『自分自身を捨てる勇気』

 

猿には知恵があれど、勇気は無い。

蛮勇は恐怖に打ち勝つ武器ではないのだ。

私は臆病者だからな。

 

 

『天上の案内人"ウリエル"、実体無き亡霊"ゴースト"、追跡者"ストーカー"、このどれも正解だ。"ナイチンゲール"はウグイス。ロシア語で――』

 

 

 

 

 

――そして。

 

 

 

 

 

 

 

『……私が顔を晒す日は、そう遠くなかろう』

 

 

 

だが、今日ではない。

 

 

 










"オーラ量"

1秒間に"練"で消費される量を1オーラとするオーラ単位。
臨戦時は秒間1オーラの消費だが、実際は戦闘中に様々な技を駆使する。
よって戦闘中は基本的に6〜10オーラを秒間で消費することになる。

潜在量とはその個人のオーラ最大積載量であり、この多さが戦闘継続力。
つまりオーラのスタミナに影響する。
才能の差はあれど修行によって成長していくし、何もしなければ肉体同様衰えていく。
しかしオーラ潜在量の大さだけで戦闘の優位性は決まらない。

明智が"マスターキー(武器)"を出すのに必要なオーラ量は4000オーラ。
実に一時間以上相当のオーラ消費量である。燃費が悪い。




"練"

基本技の一つ。
オーラを通常時より多く展開する。
某作品で言えば気を出して、地面がえぐれ、その周囲が吹き飛ぶあれ。
この状態になるだけでも常人の数倍以上に及ぶ戦闘力となる。

明智は"制約"により、通常時は体中にオーラを纏えない。
よって広義的な意味での練の使用には"マスターキー(武器)"の具現化が必要。




"発"

念能力の集大成。
これ自体を念能力と指すこともある。

通常は自分に向いた能力特性を選択する。
明智の場合は、オーラの"具現化"。
他には、オーラの"変化"
オーラを用いた身体強化に特化する"強化"
オーラを体外へ放ち攻撃や運用する"放出"
プログラミングされた行動や自分で命令を行う"操作"
これら5つとは異なる例外の"特質"
以上6系統の能力特性が存在する。


明智の"発"は
"臆病者の隠れ家"
"奥の手(ジェイ曰く空間切断)"
"マスターキー(武器)"
の3つで、"発"には多系統との複合技も存在する。




"容量(メモリ)"

その個人がもつ"発"の設定の限界度合い。
複雑な能力を選べば容量は多く減る。
身体強化の延長といった単純な能力は容量使用が少なく済む。

一度"発"を決めてしまえば変える事はできない。
そして圧迫された分の容量は何があっても減らないし増えない。
複雑な能力に加え自分の適性がない能力を作れば容量はオーバーフロー。
その場合、「メモリの無駄遣い」となり能力も十全に効果を発揮しなくなる。

容量の概念は先天性であり、どうあっても拡張できない。
つまり、"発"は一生向き合っていく能力であり、自分に見合うよう慎重に決める必要がある。





しかし、明智に容量の概念があるのかは怪しい。




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