異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十二話

 

 

明らかな挑戦らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつは超人である事に対し何かしらの考えがあるようだった。

そして、これは俺の予想でしかないが、あの時の"偽物"宇宙人は朝倉さんの進化。

つまり人間としてのその先の世界を目指していた。哀れな事に人間すら理解せずに、だ。

これらの要素は偶然ではなかったのだ。あいつは、ジェイはわざと俺にヒントを残している。

敵でも味方でもない、か。それも期間限定らしいが。

とにかく、くれてやった手前。新しい手帳を買わなきゃな……。

 

 

「――で、何だって? よくわからなかったんだけど」

 

「なるほど、長門さん。それは興味深い話ですね」

 

「……」

 

装飾がほぼ完了した文芸部部室内――入口周りは見られるとまずいからね――は現在珍しい面子で構成されている。

俺、わかってるのかわかってないのか相槌を打つ古泉、よく伝わらない説明をした長門さん、横の椅子に座りながらも俺の左手を放さない朝倉さんの四人だ。

授業を休んだ俺と朝倉さんが部室にやってくると既に部室内は長門さんと古泉の二人だけだった。

古泉が言うには。

 

 

「涼宮さんは鍋にいい具材を探しに行きましたよ。彼と朝比奈さんを連れて」

 

だそうだ。留守番ご苦労。

で、椅子に座ると俺は古泉にも多少の話をしてやった。あっちの世界について。

そして俺の話が終わるなり、長門さんから謎の説明が始まったんだけど要約すらできそうにない。

 

 

「つまり、情報統合思念体が私に匙を投げたのよ」

 

「何の話だよ」

 

「手に負えないそうよ。通信はできるけど、勝手にしてくれーって状態ね」

 

勝手も何もあったのだろうか。

あったんだろうな、少なくとも朝倉さんにとっては。

古泉はそっちの方すら向きたくないようなニヤケ面を浮かべながら。

 

 

「つい先日僕はあなたに敬意を表しました。ですが、あなたがそこまで動いていたとは。驚きです」

 

「朝倉涼子は最早対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースとは分類できないだろう。独自の思考体系が確立している」

 

「ですって」

 

いや、それでいいのか情報統合思念体。

超人とかはさておいて、感情を得た朝倉さんは逸材なんじゃないのか。

 

 

「本来ならば、情報統合思念体は我々とコミュニケーションをとるために長門さんたちを派遣しているはずです。それが、今や人間と呼べる朝倉さんとコンタクトをとりたがらない。……長門さん、これはどういうことですか?」

 

「朝倉涼子の発達プロセス自体は興味深い。しかし、朝倉涼子と通信しても客観的な情報が得られるとは期待出来ない。そう判断された」

 

「つまり、朝倉さんも監視してしまえ。と」

 

「それが今回の決定」

 

決定か……。

淡々と捕捉してくれる長門さんには申し訳ないけど。

 

 

「随分と勝手なこと言うね」

 

「実際に監視を行うわけではない。比喩」

 

「わかってるさ。ま、長門さん相手なら安心できるかな」

 

「そう」

 

「別に私は気にしないわ。そりゃ気味悪いとは思うけど」

 

「オレの精神衛生上の問題だよ」

 

監視なんて言葉のあやだとしても、耳にして気持ちいい単語ではない。

古泉はこちらを見て。

 

 

「いや、何と言いますか。素晴らしいですね」

 

「お前はいつも主語が足りない気がするよ」

 

「失礼。ですが本当に驚きです。ひょっとして……」

 

失礼ついでにそのまま黙ってしまえばいいのに。

そして古泉の煽りに朝倉さんは乗っかってしまった。

 

 

「そうよ、古泉君。私は明智君が好き」

 

「朝倉さん。オレに公開自殺じみたことをさせないでほしいな」

 

SAN値がゴリゴリ削れていく。

ああ、これがSOS団なのだ。

 

 

「実に青春ですね。彼も、あなたのように素直になってほしいものですが」

 

「あいつに期待するだけ無駄っぽいよ。あっちの世界でもそうだったし」

 

「気長に待ちましょうか」

 

「大丈夫よ、きっといつかあの二人にも分かる日が来るわ」

 

「……」

 

「クリスマス前だと言うのに、いやはや奇跡じみてますね」

 

さあな。

もしジェイが仕組んだ結果だとしても、今のところは悪くない。

 

――悪くないだって?

これは失言だ。

 

 

「こいつは、グレートだよ」

 

「ふふっ」

 

長門さんは無表情で無言。

本当に嬉しそうにしているのは俺にべたべたひっついて来る朝倉さんであり。

俺もどうしてもテンションが狂ってしまう。嬉しいのさ。

古泉は相変わらずの愛想笑いであるが、今日ぐらいは許してやるか。

 

 

 

――その後、三人が鍋具材候補漁りから部室へ戻って来た。

解散前の朝比奈さんの着替えということで男子が追い出される。

朝比奈さん、いくら長ズボンバージョンとは言え、サンタコスで行くのはまずいですよ。

キョンはため息をついた後にこっちを見て。

 

 

「しっかし、またお前には何か奢ってもらいたいね」

 

「何の話かな」

 

「さっさと帰っちまったのはあれだが、まさか二人して休むとはよ。眼が飛び出そうになった。おかげで火消しに苦労したぜ」

 

「それは本当ですか? ……いや、敢えて聞きませんよ僕は」

 

「おい、変な想像しないでくれ」

 

「つい半日も前に暴れまわってた明智にしちゃ、ヘタレだぜ」

 

「これ以上は何も言わない方がいいでしょう」

 

「わかってるぜ」

 

クソが……。

かなり『してやられた』って気分だ。

初めてだよ、ここまで精神的に追い詰められたのは。

ここまで苦しめられるとは思わなかったよ……。

このちっぽけな男子高校生二人に。

だが。

 

 

「負け組が、お前たちは馬鹿丸出しだッ! オレはクリスマスが来るのを楽しみに待っててやるぞッ!」

 

「やれやれ……。確かに、羨ましいかもな」

 

「おや。その言葉は封印したのでは?」

 

「……ちくしょう。今のはノーカンだ、明智に乗せられた」

 

「まあ、朝倉さんに感情があるとしたら、きっと喜んでいることでしょう」

 

「そんな風には見えなかったぜ」

 

「だから馬鹿なのさ」

 

俺も散々言われたが、これぐらいはわかる。

 

 

「結局、"青い鳥"だったんだ」

 

俺がいつか願った朝倉さんの本物の笑顔。

それは、きっと、最初から本物だったんだ。じゃなきゃ彼女を否定してしまう。

馬鹿もいいとこだよ。

そして朝倉さんは朝倉さんだ。ジェイが何と言おうがそれ以上でもそれ以下でもない。

偽者があるとすれば、今日出会った刺客の宇宙人。

あの人が笑顔を見せてたら、あの時の俺だったら本当に殺してたかもしれない。

今でもそれを想像すると気分が良くはならないからね。

とにかく、キョンに感謝あるのみだ。殺人を背負える精神力は、ない。

 

 

「お前にしちゃ月並みな発言だな」

 

「でも、そういうものだろ?」

 

「知るか」

 

「僕は賛同しますよ」

 

「ありがとうそして出来ればクリスマスは『機関』に引っこんでてほしい理由は聞くな」

 

「そうですか、いいでしょう」

 

「けっ。半年以上待った結果がこれか。谷口が死んでたのもわかるぜ」

 

「おいおい。そんな谷口でさえ今は相手が居るんだ」

 

そして古泉も普通の高校生活を送っていれば、予定ぐらいあるかもしれない。

谷口がどうなるか、俺は知らんが。

キョンは一言だけ呪うように。

 

 

「不公平だ」

 

ま、今年一年ぐらい我慢しろよ。

きっと来年にはいいことあるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イブ。

終業式で、明日から冬休み。

そしてSOS団のクリスマスパーティ。

あれほどあっちの世界でキョンが闇鍋だけは嫌だとか言ってたにも関わらず、こっちでは決行されてしまった。

各々持ち寄った具材での勝負。

ベースは水炊きだから、俺の意見は確かに反映された。

だが、大人数でやる競技じゃあないぞ。

真面目に"円"の使用を考えたのは内緒だ。

トナカイ役のキョンは悲惨そのもので、俺はその惨めさを後世へ残すべく携帯電話のカメラ機能を駆使した。

本人の顔が一種の悟りの境地だったのは言うまでもない。

俺だったら多分角をへし折っている。

朝倉さんにお願いされてもやらないからな。

絶対にだ。

 

 

「――どうもこうもない騒ぎだったよ」

 

時刻は二十一時を過ぎていた。

現在、朝倉さんと俺は下校中。

俺は前世の放送局で遅くまで残った事はあるが、二十時越えが関の山だ。

学校側もいい迷惑だったろうが、涼宮ハルヒと最近北高の魔王扱いされている俺が部室に居るのだ。

きっと自爆テロなんかされたくないからアンタッチャブルだったんだろう。

そりゃ、あの集まりをぶち壊されたら俺だってきっと反抗するだろうさ。

 

 

「そうね……」

 

「どうかした?」

 

いつぞやの感じとはまたちょっと違うが、朝倉さんの様子はおかしい。

さっきまでは普通だったのに。

 

 

「……その。ジェイって人物は何者かしら?」

 

さあな。俺にもわからないよ。

骸骨コート。正体不明の奴、ジェイ。

あいつはどこまで本当の事を話したのだろうか。

今となっては別世界だからな。

 

――ニーチェの思想には続きがある。

それは虚無主義、現実への敗北。

つまり妥協だ。そこを乗り越える為の"超人"であり。

そして本来、超人論は虚無主義に敗北する大衆を批判したものである。

彼が生きた十九世紀。

"革命騒ぎの宝くじを最後に引き当てた男"による大革命。

科学技術の発展。それによるリアリズムの台頭。信仰心の欠如。

彼岸世界の崩壊。資本主義の浸透。即物的な利害関係。

どれも、「神が死ぬ」には相応しい要素だ。

 

――ジェイは、あいつはまるで何かに負けたかのような雰囲気だった。

不気味な存在を演出する事に終始していてた。

色々な名前や情報を語ったがあいつに相応しいのは"エージェント(代行者)"ではなく"ハーフベイクド"。

なり損ないの末路が確かにそこにあった。

あいつが何を考えているのか、その狙いはわからない。

だが、それでも。

 

 

「オレが朝倉さんを護る。もう二度と、今度こそはどこにも行かない」

 

すると、ぼふっとした感触と共に俺の左腕が朝倉さんに支配された。

ついあの世界の出来事を思い出すが、女性を比較するのは最上級の失礼に値する。

要するに彼女は俺の腕に抱き着いている。こんな道の真ん中で。

夜とは言え、あれだ。

 

 

「……明智君。いつかこう言ってたわ。『オレが死んでも気にするな』って……今思えば馬鹿じゃない! 訂正して」

 

「それ、よく覚えてたね」

 

「あなたが死んだら私も死ぬわ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと違うかな」

 

「何……?」

 

「オレと一緒に生きてほしい。それから、一緒に死んでほしい。……君が許してくれるのなら」

 

「…………」

 

ふと見ると朝倉さんは泣いていた。

こんなの、今までじゃ見られなかった光景だ。

俺はつい見とれるけど、彼女は何で泣いてしまったんだ。

 

 

「あなた、やっぱり馬鹿ね。それじゃ、まるで、プロポーズじゃない」

 

――記念すべきことに今ここで、この瞬間に俺の座右の銘が決定した。

それは、『階段は一段ずつ上がりましょう』である。

ちなみに親父の口癖は「冷静に対処しろ」だ。言葉の力とは恐ろしい。

俺は常々デコボコ道を蛇行運転する事を強いられているんだから、冷静に対処していく他ない。

それはさておいてとにかく、俺が語り継ぎたいのはこんな事だ。

自分の意味は自分じゃなくてもいい。

だが、それは自分で決める事なんだ。

誰かが決める事じゃない。

まして、ジェイでもない。

俺が決める。

それこそが、他でもないこの世界で生きていくという事だ。

俺の、あの世界で得た、覚悟だ。

 

 

 

 

――そして十二月二十四日。

その日の出来事をこれ以上語る事はもうない。

この物語は、とりあえず一段落する。

……何だって?

どうもこうもないね。

キョンに限らず、この日は誰も俺と朝倉さんに突っこんでこなかったよ。

まあ、クリスマスの"続き"は二人だけの秘密だ。

それでいいじゃないか。

 

 










【あとづけ】

ここまで読んで下さった方が居れば本当にありがとうございます。
ええ。"消失"はこれにて終わりです。ちなみに溜息とセットで三章でした。


以下、解説と言う体の何かになってます。
参考までに見たい方はどうそ。











【退屈潰し】

反省点その1。

勢いだけで書いたのに勢いがありません。
知識の方はさておき言い訳しますと
これ単体で見てもらうよりミステリックサインまで含めて見てやって下さい。

目立った行動もせずにハルヒに従う妥協の日々。
朝倉さんは助けたし、閉鎖空間も消えて世界が平和になった燃え尽き症候群。
明智が腑抜け始めた理由としてはこんな感じです。




【クラッキング・トゥ・サインオン】

退屈が前フリだとするとこの話はそれに対するツッコミ。

つまり、退屈時点ですっかり腑抜けてる明智に冷や水を浴びせるのがこの話。
なあなあ感を連動させるつもりで書きました。
サイト作り時のUMAは結果的に伏線に。

あと、"ザ"は語感だけで抜いています。





【『 "孤島" 症候群 』】

文化祭もそうなんですけど、この話を書くにあたって考えたのは。
この話、単独で楽しめる話にしようって事です。

別に死体を書いたわけじゃありませんがこの話以降「残酷な描写」のタグを付けました。

朝倉さんの「明智君と約束云々」は消失で明らかになった「オレが死んでも~」って奴です。





【ロールバック・アウグストゥス】

明智がローマ云々と言いつつもアウグストゥスはローマ初代皇帝。
ま、ちょっとしたお遊びです。
今後の伏線だったり……げふんげふん。

本来この話までで二章でして、あとがき書こうとも思ったんです。
内容が浮かばなくてやめたんですが。

この話までの目的としては、明智の意識改革。まだ甘いですが。





【異世界人こと俺氏の嘆声】

嘆声(たんせい)とは溜息の事。

反省点その2は体育祭。
漫画から変更点が少ない……。

とにかく、ギャグ回を意識しました。
魔法少女~、高校生だからいい~、ってのがまさにそうです。
ミクル本編はマリリン・マンソンのあの曲聞きながら書きました。
おかげで無茶苦茶な話に。





【The Disappearance of the Alien】

異世界人→異邦人→エイリアン
宇宙人もエイリアンと呼ばれたりする。
消失したのは明智か朝倉か。

ジョジョリオンぐらい謎が謎を呼ぶ展開になってしまいました。
明智君と朝倉さんはめでたく通じ合えましたが、何も解決していません。
ですが、どちらにとっても意味がある話だったと思います。




・阪中さん

どうしてこうなった。

いや、世界改変なら長門で解決しちゃうんで、平行世界ってのは決まってたんです。
で、じゃあ後ろの席空けとこう、名前は出さないとな、阪中さんあたりでいいんじゃない?
って思いながら書いてるといつの間にか裏ヒロインに。本当の謎です。

彼女について原作でわかることは。

 >キョン曰く「クラスでの印象は薄い」
 >北高から遠い住宅街に住むお嬢様
 >ハルヒと仲良くなった、あるいはなりたかった(携帯番号の交換、一緒に遊んだ)

キャラ付けとしてはこれぐらいです。
つまり、目立たない事を選ぶタイプだけど、本質的に孤独感を抱くという矛盾がある。
と、勝手に解釈。

消失世界の話をこれ以上書くつもりはありません。
阪中佳実ファンのお方が居たら申し訳ありませんけど。




・明智(消失)

独善とは正反対。正義と勇気。
まさに主人公と呼べる心の強さの持ち主。でも恋愛はお察しだった。
朝倉さんが消えて以降、実は彼がクラスの裏リーダーです。

まあ、リーダーシップそのものは明智(憂鬱)も持っています。
巻き戻しの時の話し合いでその片鱗が出ています。
いわゆる一種のカリスマ性。
キョンとハルヒが人を惹きつける"何か"があるとすれば。
明智には人を惹きつける"言葉"があるのです。それが最大の武器。

阪中さんは、彼の存在に依存する形で懐いたのです。
流石に放置しておくのもあれだったんで蛇足話すら書いてしまう。
別に私は阪中さんに思い入れは無いんですけどね。






裏話は以上になります。
触れてない点についてはお察し下さい。

これから先、謎がようやく解消されていく兆しが見えます。
続きを楽しみにしてくれれば、作者冥利に尽きるというものです。


それでは。


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