ライヴマン
年末年始というのは往々にして至極どうでもいい番組が放送されるものである。
クリスマスパーティが終わり、冬休み。
色々あったが俺はあの二人を素直に祝福していた。
半年以上の付き合いの末、平行世界まで飛ばされると言う遠回りではあるものの、ようやく落ち着いたわけだ。
むしろ今まで何を考えてきたんだろうな、明智は。それはわからないし、聞こうとも思わなかった。
きっとそれがあの二人にとって必要な時間だったと思ってやりたいからな。
まあ、どうせハルヒのことだから今回も何かあるんだろうが今の所その連絡はない。
冬合宿について考えるにはまだ数日の猶予が俺に与えられていた。
夏休みのように世界が巻き戻っただの言われない限りはありがたい。
しかしながらその平和もいつまで続くかはわからない。
何もいつも月曜日ってわけではないが、それでも俺は不安だったのでとりあえず掃除だけはしておく事にした。
妹がシャミセンと戯れているのを見ながら一旦休憩。テレビはよくわからない歌謡祭を放送している。
「文化祭、ね」
思えばこの元喋る三毛猫ことシャミセンを我が家に引き入れたのも文化祭である。
しかし、俺が回想するのはその当日。映画なんかよりも驚かされた時の話だ――
――文化祭当日。
明智の意見をハゲタカのごとく突くことにより採用された模擬店はそれなりに繁盛していた。
とは言え男子で店番をしているのは少数派だ。男女についてどうこう言いたくないが、野郎に手渡されて男は喜ばん。
あのハルヒも最初の一時間近くは居たらしい。ただ退屈そうに座っていただけ、と聞いたがな。
これは後から聞いた話であるが、SOS団の映画の方は好評だったらしく、視聴覚室の観客は口コミにより次第に増加していったと言う。
あの映画を"魔法少女"と冠していいのかは謎どころか単なる詐欺であり、申し訳程度のコスプレ以外は科学でしか成り立っていない。
編集作業を終え、確認用に視聴した際にそれを明智に言ったのだが。
「何言ってるんだキョン。『科学と魔術が交差する時、物語は始まる』って事だよ」
「お前こそ何言ってるんだよ」
この作品のジャンルがギャグ映画なのは確かだった。
だが、一応の話は成立しており、自主制作にしてはそこそこの面白さがあったのは確かだ。
俺も編集しただけに曲がりなりにも達成感はある。
朝比奈さんと古泉がペア設定なのは腹立たしいが、ビジュアル的には妥当である。
谷口は論外で国木田はありではあるもののSOS団の映画でメインキャストをやりたがるような奴ではない。
更に消去法となるが、俺は映像向きではないし、明智に関しては多分そんな話を作ったら朝倉に刺されるだろう。
偽UMA退治ツアーの時もナイフをどこからか出していたがどういう原理なのだろうか、と思い明智に聞いたら。
「あれはナイフを作ってんのか?」
「"創る"と言うのは彼女ら宇宙人の技術にはない。らしい」
「じゃあどうしてんだ」
「オレも推測でしかないが考えられる可能性は二つ。一つは、この世界のどこかからナイフを持ってきている」
「何だそりゃ。テレポートか?」
「テレポートじゃない、アポートだ。それに情報操作には限界があるし、許可が必要らしいから"何でも"とは行かないだろうさ」
「どっちにしろ超能力っぽいな」
「位置情報の改竄ってとこかな。まあ、推測さ。もう一つは物質を原子レベルで分解して、再構成してナイフを作っている。こっちの方が正しそうかな」
「物質?」
「ああ。原子分離や変換が出来るのはコーラで実証済みだろう? しかし、あの空間でそれが可能かは怪しい。おそらく両方を複合しているんだろう」
「よくわからん。今度聞いてみろ」
「お前が聞けばいいじゃないか」
「俺の質問に答えてくれると思うのか?」
「さあね。オレが質問したら見返りに情報を要求されそうだから嫌だ」
「いいじゃねえか。相互理解ってのは大前提だぜ」
何のだ、とは聞いてこなかった。
こいつは今の今までそうしている。だが、情けないのは確かだがそれを馬鹿にする権利は俺に無い。
黙っていたら死ぬまでそうしている。そんな意思が明智にはあった。
そんな明智も今日は店番などせずに、俺や谷口、国木田と共に二年の焼きそば喫茶を満喫せんとしている。
朝比奈さんと鶴屋さんのクラスだ。現在進行形で待ち時間を浪費しており、早い話がかなり焼きそば喫茶は繁盛していた。
はぁ、とため息をついた谷口は。
「おい、明智」
「何だよ」
「お前はいいのか? こんな野郎どもの集団と行動を共にしててよ」
間違いなく朝倉の事を言っていた。
彼女は1-5模擬店に今も残っている。というかお前も責任者なんだし本来は居るべきなのだ。
「オレが居てもすることないし」
「そうじゃねえだろ」
「はは、よくわかんないね明智は」
「あのなあ明智。余計なお世話だがな、俺は最近お前ら二人を認めつつあんだよ、それがこのザマか? 朝倉に愛想を尽かされても文句言うんじゃねえぞ」
「一応、あとで朝倉さんは自由時間があるからね」
「はっ。心配して損したぜちくしょう」
「どうでもいいがな。俺は朝比奈さんのウェイトレス姿だけが今回の楽しみだ」
「そうだね。映画の衣装はちょっと扇情的だったよ」
「清楚な感じは王道だな」
「馬鹿どもが……」
呪詛をひねり出すかの如く明智はそう呟いた。
それから更に十数分ほどした後、焼きそば喫茶・どんぐりへの入店となった。
朝比奈さんはウェイトレス姿ではあるものの、実際の料理運びはしないらしい。
鶴屋さんが言うには彼女は食券のもぎり係であり、他の仕事はバッシングと水入れくらいと言う。
確かに、焼きそばを運んでいる時に朝比奈さんなら転びかねない。これもハルヒのせいだが。
妥当と言えば失礼ではあるが俺は朝比奈さんに悲しい思いをしてほしくないのだ。
いいんじゃないか、それで。
で、まさに文化祭だなと思える焼きそばを食べた後、俺は今後をどうするか悩んでいた。
と言うのも谷口はナンパをすると言い、それに呆れた国木田は消え、いつのまにか明智も消えていた。
当然俺はナンパなんぞするはずもないので必然的に一人となっている。
はぁ、ブレザーの内ポケットに折りたたんでいた文化祭プログラムを取り出す。
このプログラムにSOS団の存在を認めさせるためだけに実行委員に迷惑をかけたこの前を思い出す。
ハルヒもそうだが明智も説教をしていたな。借金取りにでもなったほうがいいんじゃないかと思えるぐらいの剣幕だった。
「吹奏楽部のコンサートね……」
暇つぶしとして考えられるのはこれぐらいか。他クラスの団員は自分の仕事があるし、俺は仕事をする気が無い。
かと言ってあの映画を見るのもしょうがなく、冷やかしに校内を回るのも憚られた。明日も文化祭はある。
こういったライブの催しはどこの文化祭学校祭でも大なり小なりとあるだろう。
その運営について明智は。
「こういうのも放送局員の仕事だ。会場設営もそうだけど、ハウリング防止のための調整とか。ま、お手並み拝見だよ」
とか言ってたが。
「放送局員ってのは雑用でもすんのか?」
「そうだね。基本的に学校行事の裏には彼らが居る、生徒会は表向きさ。キョンがそう思うように、大多数の生徒は放送局の仕事を知らないし」
「しかもハルヒに目をつけられて、難儀な連中だ。……そういや体育祭で実況してたな」
「オレに言わせりゃ三流落ちもいいとこだよ。テンションだけのゴリ押しだった」
「ほどほどにしてやれ」
「彼ら、いや、北高の放送局に期待なんかしてないさ」
そもそも北高は何に秀でている高校でもない。
そんな地方に宇宙人未来人異世界人超能力者そして神だか何だかわからんハルヒが居るのだ。
二十世紀バルカン半島さながらの危険地帯だ。ここは荒野のウェスタンだ。
とまあ、とにかく俺は久々となる自分だけの時間を満喫しようとしていたのさ。
それがまさか、幽霊に出会うよりもっと驚かされる、二重(ダブル)ショックが待ち受けているとは予想だにしなかった。
普段何に使うかもわからない無駄に広い講堂へ行くと、ドアを開けるや否や別世界だ。
ステージの演奏より、こういう適当な観客のリアクションが文化祭特有の雰囲気と言うか。
俺はライブなぞ行った試しもないのだが。……きっとそうだろう。
適当に空いているパイプ椅子にすわり、プログラムを見る。
スピーカーの音量がいまいち適切でない辺り、明智の言ってたことは正しいんだろう。
よくわからない軽音楽部五人組の発表が終わり、妥当な拍手が湧く。
そんな脱力した状態故に、次の瞬間に見た光景を俺は疑った。
「おい」
入れ替わるように壇上に上がる四人組。
うち二人は俺が幻覚を見ていない限り知った顔だった。
神妙な面持ちで壇上に上がる、いつかのバニーガールのコスプレをしたハルヒ。
エレキギターをだらんとぶら下げた魔女装束の長門。今日の長門はいつかのサングラスをかけている。
いつの間に明智から借りたのだろうか。確かに機械的な演出にはなっているが。
そして占いはもういいのか。とにかく、わからん殺しとは今の俺のためにある言葉だった。
キアリクでもザメハでもいい。俺のこの睡眠状態は解除される間もなく一曲目が開始される。
「……」
俺に限らず会場は静かだった。正確には観客が静かである。
ハルヒと長門と知らない女子生徒による演奏はアップテンポなものであり、長門の指捌きが凄まじい事だけは伝わった。
それがいいことかどうかは俺にギターの心得がないから、わからないがな。
しかしながら観客どもが静かなのはハルヒと長門の異様な格好が原因であり、曲に白けているわけではないらしい。
次第に俺の前の席の奴の身体が揺れ始め、謎のバンドの世界観に引き込まれつつあった。
「どうも、失礼します……これは何事でしょうか?」
「知らん。それよりその恰好はなんだ」
許可もなく俺の隣に座る古泉はどこぞの勇者のような装束であった。
そういやこいつの所の演劇の内容を俺は知らない。
「僕のところでやっているハムレットですよ。いちいち着替えるのも面倒ですから、こうして暇をいただいているのです」
「何でわざわざここへ来たんだ?」
「風の噂ですよ」
「はあ? もう噂になってるだと。じゃあ、今のバンドもあいつが望んだ結果だってか」
「いえ、おそらく彼女の実力だと思われます」
ハルヒの実力だとしたら、その凶悪さが原因だろうな。
確かにあたりを見渡すと観客は増えていた。立ち聞きしてる奴なんかもいる。
八分という発表の時間制限故にフルの曲は無いらしい。いや、多分オリジナルの楽曲だ。
四曲目が終わると、ようやくハルヒがMCとして。
「本来ならメンバー紹介といきたいんだけど、実はあたしと有希はこのバンドのメンバーじゃないの。代役」
俺の疑問が解消された。だからハルヒはいきなりオンザステージに興じているのか。
聞けば本来のメンバー二人は事情があって不在で、たまたま残り二人の慌てた様子を見たハルヒが力を貸したと言う。
自分から人助けなんかするような奴だったのか。これは後で聞いた詳細だが、ハルヒは実行委員とバンドメンバーがモメているのを見たらしい。
この日の為に必死で練習してきた彼女たちではあったが、無茶もいいとこの病状らしく、とてもじゃないがステージに立たせられないと言う。
そりゃそうだ、演奏も体力勝負の面があると言う事ぐらいは俺でもわかる。倒れられたら責任問題になりかねない。
とにかく、五曲目のラストソングを終えたハルヒたちの演奏は大盛況の内に終わる。
……はずだった。
『フッ、フハハッ、フハハハハハハハハハ!!』
突如、どこかのマイクから男の声が響き渡る。
ステージからではなく、後ろの方だった。
『ふっ。流石の演奏だと言いたいが……甘い』
謎の声に会場は一瞬静まるも、ざわざわとどよめきはじめる。
俺の耳が確かならば、その声には聞き覚えがあった。
『コスプレ女二人の演奏は確かに素晴らしかった、ボーカルも、ギターも。だが、しかし、まるで全然、ドラムやベースを含めた総合力でオレたちを超えるには――』
そして、その人物にスポットライトが照らされる。
光を見た観客は思わず後ろを振り向く。
『――程遠いんだよねぇ!!』
スーツ姿で、ホッケーマスクを装着した男がそこに居た。
いや、こいつは間違いなく、明智だ。
明智らしき変質者は自分に注目が集まったのを感じると。
『君たちのベーシストはそこそこ、三流落ちもいいとこだ。オレたちは違う! 二流だ! 何故なら一流と呼べるのは、後にも先にも"ジャコパス"だけだからだ!!』
誰だそいつは。
「僕も詳しくは知りませんが、名前ぐらいは知ってますよ。ベースの神様と名高いお方です」
何だそりゃと思い、静寂のままハルヒたちと明智は交代する。
ハルヒも明智と気付き、驚いていたが黙って観ることにしたらしい。
しかしながら、ハルヒと長門より恐ろしいメンバーが、ステージのそこに居た。
『先ずはイカれたメンバーを紹介するぜ! ギターを担当する"スクリーム"だ!』
そう呼ばれ、タキシード姿で口元があんぐり開いた覆面を被る女性。
後ろに見える髪からして、間違いなく朝倉だった。
『説明不要。ドラマー、"ジグソウ"!』
白い奇妙なお面を被り、ドラムスティックをくるくると回すこちらはレディーススーツの女性。
緑色のもじゃっとした髪の毛。おい、まさか喜緑さんか!?
『そしてオレがボーカルとベースを担当する"ジェイソン"だ! さぁ、オレの歌を聴けぇっ!!』
会場の何もかもを置き去りにしたホラー集団。
ジグソウさんがスティックをカチカチ打ち付けると、スクリームとジグソウさんの演奏が始まった。
その主旋律を追いかけるかのように、ポポン、ポポン、とジェイソンがベースを弾く。
そしてジグソウさんがシンバルを、シャシャーンと打ち付け、ギターの余韻が残るとジェイソンは口を開いた。
どうやら洋楽らしい、俺は聞いたことが無い。
「なるほど、ボーカル兼ベースで三人組。あれはポリスです」
「警察か?」
「いえ、昔のバンドですよ」
よくわからんがそうらしい。
器用にも左手一本でポポンと音を鳴らしながらジェイソン、いや明智は歌い続ける。
そしてデデデデデデデとドラムが打ち付けられるとサビに入り、明智はシャウトする。
その曲が何なのかはわからないが、確かにそいつらの演奏は凄かった。
明智らホラー集団はフルの演奏をした。つまり次の曲で最後らしい。
一曲目がビートを刻んだ後に盛り上がっていく曲だったのに対し、二曲目は何やらサイケチックな曲だった。
だがしかしカッコいい曲だ、最初から力強いドラムの、確かな存在感がある。
そして明智はイントロの盛り上がりと共に、身体にベースの背を密着させ、弦を押すように弾いている。
というか手元の動きが激しくてよくわからん。
「今のはライトハンド奏法ですね。レフティながら右手も鍛えてるようで、お見事です」
「俺はあいつらがあそこに居る事が一番の驚きだ」
「こういう場合もあるのかもしれません」
一曲目とは曲調も違えば、歌詞の感じも違った。英語なぞ歌えない俺からすればとにかく早口だ。
その曲が終わると、会場はハルヒらが演奏した時と同じくらいの拍手歓声が上がった。
こいつらの殆どが明智らホラー集団の正体を知らないのだろう。
「……で、何の真似だったんだありゃ」
翌日、文化祭二日目。
校内をブラブラしていると手持無沙汰な明智を発見したので尋問する。
ハルヒは明智らのギグを素直に認めていたが、音楽対決の場をどうやら望んでいるらしい。
どうでもいいからやめてくれ。
「プログラムに書いてるでしょ」
ああ、このふざけた"TERROR IS REALITY"ってバンド名の事だろ。
明らかに俺はビビったのだから間違いない。
「というか、あのドラマー喜緑さんだろ」
「うん。暇つぶしにバンドやりませんかって言ったら快諾してくれたよ」
あのお方も宇宙人だとは思っていたが、理解できない人種だとは思いたくなかった。
いつの時代も俺の味方は俺だけらしい。いつからこうなったんだろうな。
「暇つぶしだあ?」
「何かやりたいって言い出したのは朝倉さんなんだけどね。で、バンドやろうってなった」
「お前らの思考回路は多分基盤が割れてるぜ」
「言ってもベースは安物だけどね。いや、レフティのベーシストと言えば巨乳ロングのご時世だ。それもジャズベ」
「誰だよそいつは」
「オレたちの後継者みたいなもんだよ」
明智が意味不明な事を言いだすのにはもう慣れているが、俺たちの後継者とやらはSOS団より変態なのだろうか。
「にしても久々だから鈍ってた、手が痛い」
「事前に練習してないのか?」
「昔はよく弾いてたからね……前段階ではちょろっとやっただけだ。他二人は説明不要だろ?」
ピンチヒッターとして出たハルヒの方がよっぽどマシだったのである。
どうでもいいが、ハルヒの音楽対決が実現するとしても俺はやらんからな。
そして、これは余談となるがハルヒ加入前の元の女子バンド"ENOZ"は彼女らのオリジナルバージョンが録音されたMDを配布したところ、直ぐに足りなくなったと言う。
また、謎の覆面バンドについてはその正体を知る者が居るはずもなく、やがてその存在が忘れられた。
一部ファンからは復活を望む声があるようだが、どうだかな……。
――そんな文化祭の一幕を思い出していると、その数分後にどうしようもない電話が旧友からかかってきた。
言うまでもなく、俺の平穏の二文字は音も立てずに崩壊していく事になる。