異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十四話

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、あんた……"それ"が読めるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二月二十日。

あっちの世界での505号室、そこでジェイは俺にこんな要求をした。

 

 

『君の手帳を、私に譲ってほしい』

 

「なん、……だって?」

 

『創作活動として、色々書いていると聞いた。ちょっとした対価だが、構わんだろう?』

 

誰から聞いたのか、何故それを知っているかは知らないが、文字通りに色々書いた手帳はある。

俺が先ず異世界人として涼宮ハルヒシリーズの世界だと自覚した際にとった行動とは、記録に他ならなかった。

つまり覚えている範囲での原作の書き写しである。それも、大まかな内容だ。

それは手帳に記載しているが、解読されないように特別な言語で書いているし、何より普段持ち歩くわけがない。

更に言うと、こっちの世界にそんなものがある訳ない。寝て起きたら入れ替わってたんだから。

俺がこの短期間、メモ帳に書いたのは文章にならない文章だった、が、それでも解読されたくないから特殊な言語で書いた。

解読表は、俺の頭の中ぐらいだ。エノク語を何も見ずに読めるような奴でもまず無理だろう。

 

 

 

 

そんな訳で内容の無いような手帳をジェイに渡し、冒頭の俺の台詞へとつながるのである。

一通り手帳を流し読みした骸骨コートは。

 

 

『ふむ。さっぱりわからん』

 

当然の如くそう結論付けた。

だが、文句はないらしい。

 

 

「じゃあ返せよ。それは元々この世界の明智のもんだ、新調したばかりみたいだぜ」

 

『残念だが断らせてもらおう。意味は分からないが、この文字を読むと"伝わる"のだ』

 

「何の事だ?」

 

『君の精神。その揺らぎが』

 

「"血をもって書け"か? とんだロマンチストだね」

 

『ほう。君はそれに賛同していると思っていたが、……私の気のせいだったようだ』

 

何もそうだとは言ってない。

俺がメモ書きしたのはジェイから与えられた情報と、この世界についての事実ぐらいだ。

はっきり言うと解読できたところであいつに旨味がある訳ない。知ってるかは知らないが。

後は、まあ、ただ感情をぶつけただけの文字列だ。意味なんてない。

 

 

『別に内容など気にしてない。君の意志を知る、それだけだ………ふむ。いいだろう。確認したぞ』

 

 

 

とにかく、ジェイは得体の知れない奴だった。

 

俺に接触した理由、そのものと同じく、最初から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長門さんがキョンの旧友中河氏と対面することを望んだその翌日。

ケワタガモもびっくりの速度で二人の面会が果たされる手筈となった。

あと数日もせず冬期合宿があると言うのに、SOS団の原動力は何に起因しているのだろうか。

しかしながら朝倉さんと怠惰な日々を送るのも、そろそろ人間失格一歩手前だということを自覚した俺にとってはいい機会だった。

もっとも、その認識はオーストラリアをオーストリアと混同するぐらいの的外れだったのだが。

 

 

「キョン、言い出しっぺのくせに遅いわよ!」

 

「何も急ぐ必要はないだろ。それに、お前は昨日さんざん中河を馬鹿にしてたじゃないか」

 

いつもの駅前での集合。

どうでもいいが、阪中さんが使う駅とは北高を起点として文字通り正反対に位置する。

何故、朝も早々に駅前に集合しているかというと中河氏がアメフト部に所属するのが理由だ。

今日は他校との交流戦だか対抗戦だかがあり、要するに自分の勇姿を見せたいのだと言う。

あえて追い込むその姿勢は、まさに気高い彼の誇りと言えるだろう。

 

 

と言っても今は冬だ、真冬だ。みんな暖かそうな恰好をしている。

かく言う俺も今日は冬用のジャケットだ。いや、最近の外出は基本的にこれなんだけども。

生地はベージュ色で、暖かそうには見えない外観だが超保温性を誇ると謳っている代物。

ただ今回、中河氏の心意気はさておいて寒中競技をしたいと俺は思わない。

根本的に彼は俺と違う世界の人間らしい。

……これ、異世界人ジョークだぜ。俺限定だが。

 

 

「いいわ、さっさと行くわよ。昨日はああ言ったけどそれなりに楽しみなのよ、その男が」

 

「そうかい」

 

「……」

 

古泉はバスの路線、運賃、目的地までの所要時間それら全てを調べてきたらしい。

インターネットを使えば一発だが、この時代の普及率は昔に比べて伸びつつあるもののまだ中途半端だ。

それにガラパゴス携帯では面倒だからな。スマートフォンがない以上、それも手間でしかない。

何事も自分の足で行き、自分の目で見て、自分の耳で"音"を知る。そんな時代は廃れつつある。

図書館にしても、悪くないんだよ。もっと利用されるべきだと思うね。

 

 

まあ、最近の朝倉さんはさておき、どうにもみんな浮かれた空気だった。

ピクニック気分と言えば聞こえがいいが、俺はその油断のせいで痛い目を見てきた以上警戒を怠れない。

だがしかし、流石に今回のは不意打ちだったね。消える魔球を野球盤でするやつはただのアホだ。

ダイヤモンドゲームでもやるといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかにも年季が入っていたバスを降りて道なりに行くと、目的地である男子校がそこに見えた。

観戦と言えど遊びもいいとこで、SOS団員のほとんどがアメフトなぞ知らないのだ。

俺も数えるぐらいしかテレビで見たことがない。草野球大会の後にキョンは万が一を考えてルールを調べたらしいが。

とまあこんな理由で、キョンの遅刻が原因となり試合がとっくに始まっていても、別に誰も怒らなかった。

やけにだだっ広いくせに運動場には入れなく、フェンス越しに彼らの闘いを眺めていた。

ふと見ると朝倉さんは猫のように目を細めていた、視線の先には82番のフットボウラ―。キョンが言うには中河氏らしい。

 

 

「どうかした?」

 

「彼、普通じゃないわね」

 

ああ、そう言えばこの話はそんな話だったっけ。

そんな事は、というかこの話についてすら俺は手帳に書かなかったほどだ。

長門さんの気まぐれ回みたいなオチである。ピクニック気分になるのも無理はない。

 

 

「あいつらは動き回ってるからいいけど、寒いわね。キョン、カイロでも無いの?」

 

「悪いがねえよ」

 

俺は持っている。

一つぐらいいいかな、と思って涼宮さんの方へ行こうとすると、肩を掴まれた。

もしかしなくても朝倉さんだった。

 

 

「涼宮さんへの点数稼ぎが必要かしら?」

 

「いい質問だ、やめとこう」

 

悪意のある笑顔とはまさにそれだ。というか、エスパーだとしか思えない読み。

本来笑顔が攻撃的なものだと聞いた覚えはあるが、彼女のそれはその意思すら感じられない。

こんなくだらない事に超人的精神力は駆使され。いや、くだらなくないから肩から手を放して下さい。痛いです。

つまり、嫉妬と言うか謎の攻撃をされた。

 

 

「……」

 

馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりの様子でこちらを見た長門さんも中河氏の特異性には気づいた。いや、気づいていたのかも。

もしかすると中河氏が長門さんそのものに惚れている可能性は否定できないが、初見とのギャップは感じるだろう。

事故に見せかけた治療か。手荒な真似ってのも、仕方のないことなのかもしれない。

中河氏が倒れたのは、それから暫くしてからの事である。

第三クオーターとやらが始まると。

 

 

「あら。長門さん、……やる気ね」

 

「何のやる気かは聞かないでおこう」

 

「明智君、どこか察した顔ね。うん、すぐに終わるわ」

 

「……死ぬなよ」

 

凄味で解決できればそれでよかったが、あくまで脳に関係する症状らしい。

中河氏は確か情報統合思念体を認識できる能力を持つ人間で、長門さんに惚れたのは勘違いだ。

見たのは長門さんではなく正確には思念体であり、また、ただの人間には危険な能力との話。

インデックスじゃないが、脳がパンクしかねない、それだけの情報量が、文字通り思念体にはあるのだから。

で、荒っぽい治療をしてあげた……ってのが原作の流れだ。

手違いでマジの怪我をしなければいいんだよ。千年の恋は恋ですらなかったのだ。

しかしながら朝倉さんが見られなくて良かったよ。俺まで手荒くなる必要はない。

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ドゴン!

 

 

 

 

 

 

「なっ!」

 

「ひぇえ!?」

 

キョンと朝比奈さんが驚く。

無理もない、長門さんの情報操作とやらで中河氏はジャンプした瞬間、敵の妨害を受けて吹き飛ばされた。

おまけに頭から勢いよく落下し、地に伏した彼からは立ち上がる気配がない。

ピピーと主審のホイッスルが鳴ったかと思えば、次の瞬間には試合が中断された。体育の基本、人命第一である。

 

 

「ねえ……あの人、大丈夫なのかしら」

 

「わ、わからん」

 

「ひぃぃ……」

 

朝倉さんは呆れており、古泉は目を閉じ何かを考えているポーズ、犯人の長門さんは無言。

俺は言うまでもなく達観視しており、担架がきただの、何だのという三人の実況解説を聞いている。

嘘も方便なのか知らないが古泉は

 

 

「軽い脳震盪でしょう。この手のスポーツではよくあることです」

 

「それは良かった、オレには向かない世界だ」

 

「しかしながらタフネスのぶつかり合いこそが、人気の秘訣なのですよ」

 

日本が盛り下がっているのかアメリカが逆に盛り上がりすぎなのかがわからない。

ただ北高にアメフト部がないのだけは確かだった。

涼宮さんはどこか申し訳なさそうな表情でキョンに。

 

 

「ふーん。キョン、ついてないわね、あんたの友達」

 

「あ、だ、大丈夫でしょうか……?」

 

「よくある事とはいえ心配ではありますから、後で病院に行きましょう。長門さんが来れば彼も元気を出しますよ」

 

「はぁ……中河の奴。ついてない、ね」

 

そうだ、確かにこの日の中河氏はついていなかった。

ただ、長門さん以外にも彼に目をつけている奴が居たのが、一番の不幸だったのだ。

ふと俺は、何気なく後ろを見た、グラウンドから離れた、俺たちが来た道路、そのさらに端。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。確かに、その姿が見えた。

俺の見間違いだろうか。わからない。とにかく、彼女を見たのは今回が初だ。

 

 

直ぐに彼女はそこから離れていき、道を曲がる。

気づけば俺はその後を追っていた。考えるよりも先に、行動した。

みんなを、朝倉さんを置いて、彼らが俺に気付くよりも早く。

 

 

 

 

 

 

――何故、このタイミングで姿を見せた?

 

 

 

 

明らかに何かを狙っていた。

 

 

そして、男子校から数百メートル以上離れた住宅街の路地まで出ると、道路の真ん中にいる彼女にやっと追いついた。

思いのほか、彼女の足は速かったが俺の体力は問題ない、"動ける"。

 

 

「……君は、何故あそこに居た?」

 

「――――」

 

「答えるつもりは無いのかな」

 

「――――」

 

 

小柄な身体に見合わないほど、アンバランスなまでに伸びた髪。

何も映っていないとさえ思えるドス黒い瞳。長門さんたちのそれより、機械的な無表情。

黒いカーディガンの下にあるのは見慣れない制服だった。

それは、俺の認識が合っていれば、お嬢様学校、私立光陽園女子大学附属高等学校の制服だ。

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

長門さんらのパトロン、情報統合思念体とはまったく異なる存在。

広域帯宇宙存在。通称、天蓋領域が派遣した人型イントルーダー。

 

 

周防。周防九曜の姿が、確かにそこに、俺の眼の前に居る。

本来ならば、もっと後の、本格的には来年の登場。それが原作の流れ。

 

そして、彼女は俺を見るとこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――異世界人―――いいえ―――――あなたは――予備―」

 

 

宇宙人について考えるなど、どうもこうもない。

 

とにかく、"やれやれ"だ。

 

 

 


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