「あなた、自分の事を全然話してくれないんだもの。それでお付き合いしてるって言えるのかしら」
今、俺の眼の前で椅子に座る女性。
感情が無い朝倉さんに悩みがあるとすれば、それは退屈の二文字に他ならないだろう。
朝倉さんは平和なのが嫌なのかもしれない、が、俺にとってはこっちの方がいいんだ。
ただでさえ世界崩壊のその一歩手前だったんだよ。俺なんか役に立ったかは怪しいし。
あんなの実感はさておき、もう二度と生きる上で必要ない恐怖じゃないか。
今日寝て、明日起きるために生きると言うまともな生活を永遠にするのが俺の夢なのだ。
朝倉さんも危険行為さえしなければ勝手に生きてくれて構わないのだが、何を思ったのかね。
まさか、俺と「付き合ってほしい」だなんて。むしろ彼女が迷惑がる方だろう?
しかしながら朝倉さんは現状に満足しないようで、かと言って俺について馬鹿正直に話すのはあれだ。
だが彼女の発言も正論である。
もっとも俺は別に付き合う必要性を感じておらず、あくまで交換条件の一つだからだ。
リミットは不明だが。
……やむを得ない。半分本当半分嘘くらいの話をすることに決めた。
「どうやってこの世界へ来たのか、オレにもわからない」
「あら。あなた、異世界人なんでしょ?」
「オレは自由に移動できると言った覚えは無い。つまり、涼宮さんに呼ばれたって訳だ」
「それはいつなの?」
「さあ、オレにはそれすらもわからないんだ。気がついたらこの状況で、涼宮さんに呼ばれたって事だけがわかっていた」
「異世界の記憶はないの?」
「あるにはあるけど、話せないな」
「……ああ、ケチね」
それはひょっとしてギャグのつもりなのだろうか。
だとしたらクラスの女子の前で言うのは今日からでも遠慮した方がいい。
「暇だからあなたについて話そうってなったんじゃない」
「オレから提案した覚えはないんだけど」
「うーん。何でもいいから話してくれないの?」
じゃあ、誰とは言わないが、俺の"憧れ"について話すとしよう。
そうすれば朝倉さんも涼宮さんに対してちょっとはまともに接してくれるかもしれない。
絶望へ叩き落とすだの、黙ってたら今でもやりかねないよ。
「異世界でのオレは妥協の連続だった」
「そうなの? でも、妥協ってあなた達ならよくある判断だと思ってたわ。それを苦しむだなんて、よっぽど修羅の国だったのね」
「朝倉さんがどういう世界を想像してるのかは知らないけど、こことちょっと違うだけさ。でも、オレにとっちゃ最悪だったよ」
自分の人生観は確立しつつあった。
社会への妥協の中で、いつしか虚無に飲まれていた。それを認めていた。
……だが。
「この世界は違った。少なくとも、オレが燻ってた世界とはモノが違う。涼宮さんのせいさ」
「とにもかくにも、苦労してるのね」
「よしてくれ。そんなオレにも、まあ、憧れってのはあった」
「私の知っている人かしら?」
「さあね。前の世界での話さ」
「なあんだ……」
「それで良ければ話してあげるけど」
お願いするわ、とだけ言われた。
「"宇宙人"さ」
次の瞬間には朝倉さんの顔が白けていた。
「何言ってるの? ……あなたの世界にも居たのね、端末が」
「端末、だなんて言わないでくれ。それに宇宙人は言葉のあやだよ。設定上はそうらしいけど」
「"お話"の話かしら」
「そうだよ。オレは彼女に勇気づけられたんだ」
「彼女? 性別があるなんて、よくわからないわね」
「その宇宙人にはとある任務があったのさ」
「ふーん。まるで私や長門さんみたい」
「そうかもしれない。でも、オレが憧れた彼女は妥協しなかった」
「どういうこと?」
「任務を放棄して、自分の為に行動したんだ。それで最終的に死んだ」
「犬死にじゃない……どこに憧れる要素があるの? 大量殺人を犯していた、とか?」
どうしてそう命のやりとりへと発想が転換されるのだろう。
そこだけが彼女の謎である。ナイフ投げしかり。
「違う。なあなあに生きてたオレからすれば、その行為そのものが美しかったんだ」
「それが、憧れなの?」
「そうだよ。理由なんてナンセンスだ。まあ、一目惚れみたいなもんさ。臆病者のオレと、正反対だったらね」
「恋愛感情も感情じゃない、例えにならないわよ」
やれやれ。
いつかそれをわかってくれるのが一番なんだけど。
「いわゆる殉教者だったんだ、そのキャラは」
「私に言わせればSOS団そのものがそうね。神である涼宮ハルヒのための集まりよ」
「そうかもしれない。でも、キョンは違うだろ? それに朝倉さんも」
「……どうでもいいわ」
本当にそう見えた。
ただ。
「ねえ、明智君」
「何かな」
「私はあなたの憧れの宇宙人と比べて、どうかしら?」
答えにくい質問だった。
だがな、女性を比較するもんじゃあないんだぜ。
本人が目の前に居る場合はとくに。
だから俺は。
「"朝倉さん"かな」
とだけ、答えた――
「――」
さっきのは夢、か。
五月の、市内散策が中止された日。
正確にはキョンと涼宮さんだけで決行されたが。
そういやあんな時も、馬鹿みたいな台詞吐いてたっけ俺。
俺の"臆病者の隠れ家"、ベッドだけ置かれた一番狭い部屋に居た。
天井も床も白一色。ここは緊急用もいいとこだからこれでいいんだけど。
仮眠を終えた以上、さっさと部屋から出る。
「ちっ。まだまだだな……」
今は早朝で、登山道からやや離れた山の中腹に居る。
何も登山が目的じゃないのだ。
「せめて、最低でも枝くらいは吹き飛ばせないと」
眼の前に広がる木々。
いや、自然破壊一歩手前の状態だったが、俺が習得したい技術の達成には程遠かった。
力のさじ加減が難しいのだ。
「後一日、明日は十二月三十日……」
消耗の回復期間を合わせると、半日程度が限界。
常に出せない全力ならば、それは実力とは言わないのだ。
周防に遭遇した、俺のように。
「待っててくれよ、遅刻するかもしれないけど」
周防九曜への仕返しが、早くしたくてたまらなかった。
そして、ジェイも。
「あの反省を活かす。それが中河氏に出来る俺の最大限の謝罪だ」
原作で超能力者の素質があったと言われている中河氏、そもそも一般人が狙われる必要は無い。
つまり、涼宮さんに原因はある。涼宮さんが彼に能力を与えた。………それを責める気なんてサラサラないが。
だが、許せないのは何も知らない、罪のない中河氏を利用しようとするジェイだ。
俺もきっと、奴にとっての都合の良さだけでこっちの世界へ戻れたのだ。何かは知らないが。
舐めるなよジェイ。エージェントだか知らないが、お前のボスごと仕返する必要があるかもしれない。
そう、あいつらは……。
「超えちゃいけないラインを超えた」
次の瞬間。
俺の眼の前の大木の幹は穴が空く。
遠くから見たらわからないだろうが、木の枝どころの威力ではない。
たまたま。いや、コツが、感覚が見えてきた。
……とは言っても、戦わずに済むのが一番なんだ。結局は。
それを忘れずにいられるなら、"臆病者"でも俺は構わない。
――タイムアップは、近かった。