異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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暴風雪症候群
第三十六話


 

 

 

 

山に行く前に山に行く奴が居たとしたらそいつは無類の山好きだろう。

 

俺の死んだ爺さんはそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、山に行く前に山に行く部分に該当こそすれど俺は違う。山好きではない。

あれから直ぐに俺は家に帰ると簡単な準備を済ませて出かけることに決めた。

俺が山へ行くと聞いた母さんはまさか登山の趣味があったとは思ってないようで非常に驚いていた。

ま、熊と殺し合いに行くわけじゃないんだ、大丈夫だろう。心配はされたが。

普段集合する駅前とは正反対の駅を使い、遠くの町へ移動。

そこから更にバスに乗り、歩いて三時間以上が経過して適当な山に巡り合えた。

名前は覚えていない。近場で高そうなところを探した結果こうなったのだ。

北高は確かに山の近くではあるが、周辺はほぼ開発されている。

なんかこう、俺は人目につかないところまで行ってやりたかった。一応見られたらまずいし。

 

 

 

 

しかしながら俺の限界もあり、回復に充てた時間を覗けば実際の修行時間は二日分あるか怪しかった。

それでも一応の成果はある。出来ればその出番がなければ一番いいのだが。

中河氏も気になるし。最悪の場合は想定しておくべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そんな訳で。

 

 

「すまない、遅くなったよ」

 

暗黒武術会行きの船に遅れた不良主人公よろしく俺はそう言った。

俺がいつもの駅前での集合に遅刻したのは、後にも先にも今回だけだった。

防寒具など山籠もりでは使わなかった。そのまま北高を横断する形でこっちの駅へ戻ったのだ。

"臆病者の隠れ家"を使用してもよかったが、その程度の消耗すら今はしたくない。

コンディションは今からでも整えておきたかった。今はいいとこ8割だ。

 

そして、今回はSOS団だけではない。キョンの妹と鶴屋さんも一緒だ。

何故かと言えば、今回宿泊先として、鶴屋さんの別荘を利用させていただけるらしいのだ。またロハで。

俺の姿を見るなり鶴屋さんはケラケラ笑いだし。

 

 

「やっほーっ。なんか山行ってたんだって? いや、ほんと面白いよねーキミ」

 

「おはようございます。言っても、ちょっとした気分転換ですよ。スイッチ入れと言いますか」

 

「とわっははは! すごいやる気だねぇ!」

 

「そうですかね」

 

俺は鶴屋さんにバシバシ叩かれている。

遅刻と言えど五分と経過していない。これが仕事なら許されないが、予定に問題は無い。

やっと来たかと言わんばかりの息を吐いた涼宮さんは。

 

 

「ぐーたらしてるキョンなんかよりもやる気があるわね。ま、それに免じて今回は許してあげるわ」

 

「以後気を付けるよ」

 

「はあ、俺もそうしてくれればいいんだがな」

 

「お前は理由もなくいつも遅いじゃないか、今日だってオレの次に遅いのはキョンだろ?」

 

「ええ、その通りですよ」

 

「馬鹿言え。妹が朝から騒がしいからだ、急にまた連れてけってわめいてよ……」

 

言い訳にならない言い訳をしたキョンの台詞は全員に無視され、とにかく俺の到着によって出発となった。

色々考えてしまうが、出来るだけ素直に楽しもう。多分無理だと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪山へ向かうために利用したのは特急列車だ。

総勢九名と一匹。何を隠そうあのにゃんこ先生ことシャミセンがこの旅に同行していた。

古泉が言うには今回のトリックで必要だからだ。

……俺か? さあ、今回は"どっち"だろうね。

名探偵明智はあてにならない。

 

 

やや間を空けて俺の隣に座るキョンがため息を吐いた。

 

 

「はあ……」

 

「どったの先生?」

 

「俺は先生になった覚えなどないがな。いや、急に妹が来たいって言ったのは本当でよ。しかもこんな列車で暴れまわって……よく楽しいもんだなって思ったのさ」

 

キョンがそう言うように妹さんは無邪気にかけまわったりしていた。

年末と言う事もあり、しかも地方行の特急だ。人は全然いないからさほど迷惑じゃない。

そして現在、男子と女子でメンバーは別れている。

ありがたいことに3人がけの座席なのだ。古泉含めた男子は三人で三角形のような形で座っている。

女子はUNOに興じたりととにかく楽しそうだ。俺たちはトランプをやっていたが、古泉がビリ確定というのも不毛であり、じきにやらなくなっていた。

キョンの足元に置かれたバックに三毛猫のシャミが入れられている。

 

 

「元気なのはいいことですよ。子どもの特権と言えるでしょう」

 

「古泉、権利には義務があるんだぜ」

 

「でも将来的にはキョンより立派になってそうだけど? ただうるさいだけならオレも嫌だけど、素直でいい子じゃないか」

 

「お前は俺のじーさんみたいな発言をするな」

 

「しかしながら、今日はいい天気です。妹さんがはしゃぐのもわかります」

 

「やかましいのが増えただけだ」

 

そのやかましいのはきっと涼宮さんの事だろう。なかなか心無い発言だ。

 

 

 

 

……そんな事より、俺は悩んでいた。

ジェイや周防九曜と言うよりは朝倉さんについてである。

仮に原作そのまま遭難コースになれば、長門さんと一緒に朝倉さんまで行動不能にされる可能性が高い。

いや、普通に考えなくても当然の如くそうするだろう。周防の目的はいまいちわからないが。

ではその時、俺は冷静でいられるだろうか? またこの前のように、暴走してしまうのではないだろうか。

ジェイはあれを朝倉さんへの固執と言ったが、ならあまりにも出来が悪い代物だ。俺の精神の象徴なのだろうか。

とにかく俺はまたあの状態にはなりたくなかった。妥協しないのがいいのではない、恐怖の裏にある勇気こそ俺が本当に欲しいものだ。

ただ敵を叩きのめすだけの精神状態。それを機械と呼ばずして何なのだろうか。

俺が憧れた朝倉さんには感情が無くても、意思があった。

 

 

そして今の彼女には、朝倉さんには心がある。

周防と遭遇したあの時。彼女が俺の撤退に賛同してくれたのは、俺の精神状態を察してくれたからだ。

きっと、俺に死んでほしくなかったから、俺の意見を受け入れてくれたのだ。文句すら言わずに。

本当に……こんな俺には相応しくない程、朝倉さんは素敵な女性だ。一目惚れってのも嘘じゃないのかも。

なんて、戯言だ。

 

 

「雪か……」

 

外の景色はいつしか雪が伴っていた。俺たちが住む町には無い光景だ。

気が付くと横のキョンは寝ている。

 

……よく毎回寝てられるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の駅へ到着し、外へ出ると執事とメイドが居た。

それはあの二人であり、まさかの夏の恰好そのままである。

言うまでもなく今この場所は銀世界の中だ。とんだブラック企業じゃないか。

確かに雪はある程度積もっていて降ってない時はそこそこ冬にしては暖かい。暖かいが馬鹿馬鹿しかった。

夏同様に古泉が二人を労う。

 

 

「どうも、出迎えご苦労様です」

 

新川さんと森さんはご苦労どころじゃないにも関わらずこの状況への負担を一切見せない。

もうこの人たちが超人でいいんじゃないかな、虚無主義には屈していないと思うよ。

鶴屋さんは初対面の使用人二人組を気に入ったようで、妹氏は森さんに飛びついていた。

我らの団長涼宮さんはまたまた啖呵を切った後。

 

 

「みんな、ここからは全力で遊びつくすのよ! 今年、やり残した事がもうないようにね」

 

旅行先で出来る事などほぼ限られているんだけど、気のない反応が全員から上がる。

寝起きで返事さえしないキョン、ノリが非常によく一番いい返事をした鶴屋さん、二番目は妹氏だった、この時点で兄より優れている。

宇宙人に関して言えば長門さんは無反応だし朝倉さんは「フフフ」と気味の悪い笑い声、俺は空気に溶け込むような声の返事だ。

朝比奈さんはボブルヘッド人形よろしく首をがくがくさせて頷き、古泉は見飽きたスマイル。

どうにも既に連帯感の欠けている集団だった。俺からすればこれぐらいが丁度いいが。

 

 

「それにしても、山なんか行って何をしてきたの?」

 

「オレは駅から出た途端に朝倉さんが恐ろしい速度で自然に腕を組んできたことに恐怖を覚えつつあるんだけど」

 

「べつにいいじゃない。寂しかったのよ?」

 

しかしながら本当はもっと長いスパンでやるべきである。

二日ほどで成長があっただけで良かったと言える。基礎確認もついでに出来たし。

 

 

「悪かった。でも、多分、また行くことになると思うんだよね。今度は自主的に。時間的にも冬休み中にやるつもりだ」

 

「……北高の裏山じゃ駄目なの?」

 

「休み明けに変なクレーターが、とか木々が一部ありえない形で消失している、だとかって騒がれるのが目に見えてる」

 

「男の子って、そんなもんなのかしら」

 

「この前見せたあの漫画だと大体そんな感じかな」

 

「ユニークね」

 

多分褒め言葉だろう。

俺はやけに晴れている青空を見た瞬間確信した。

 

 

「荒れるな」

 

「……」

 

俺がジェイなら、間違いなく『こんな天気をぶち壊してやろう』と思うぐらいに。

今日は、いや、俺が死ぬ日は今日ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新川さんと森さんはそれぞれ俺たちを運んで四輪を走らせる事になった。

俺たちは森さんが運転する方で、その横は鶴屋さん。後ろには男子三人が押しやられている。

いや、あっちの方にはちっこいとは言え更に妹氏がいるからまだスペース的にはマシだった。

何が楽しいのか鶴屋さんは。

 

 

「別荘って言っても、全然大したことないんだけどねー? ウチの中じゃ一番こぢんまりしてるから。まあ、雨風はばっちし凌げるさっ」

 

お金持ちの"大したことない"の一言は"検討する"と同じくらい信用ならない。

一般家庭とはとても思えない振る舞いをする古泉も同様に信用できないのだ。

お前はどう思うよ、キョン。

 

 

「だとよ。明智」

 

「何の話かな?」

 

「お前やハルヒが期待するような別荘じゃないって事だ」

 

キョンの中ではとうとう俺は涼宮さんと同列らしい。

もはや過大評価の騒ぎではなかった。

 

 

「キョン、お前は何をどう勘違いしてるんだろう」

 

「"一般的な"という意味であれば我々が宿泊するには充分な広さだと思いますよ」

 

「悪いけどさ、部屋数はギリギリなんだよねー」

 

「そこら辺は、まあ、いざとなれば男子で固まればどうにかなりますよ」

 

「おい、問題は広いかどうかじゃないだろ。ドラキュラが出たり、殺人ゲームが起きたり、そういうのを期待してんだこいつらは」

 

鶴屋さんは座席の上から頭を出してこっちを見てきた。

ドライバーがドライバーなので大丈夫だと思うけど、危ないですよ。

 

 

「ひひーっ。でもそーゆーのとは縁がないんだよねっ」

 

そりゃそうだ。

 

 

「さっきからキョンが勝手な事を言ってますが気にしないで下さい。オレは平和が一番なんだけど」

 

「はあ? 散々北高で噂になってるお前を俺が信用すると思うのか?」

 

「嘘だよ。オレにとっちゃ朝倉さんが一番だ」

 

「……黙れ」

 

「素晴らしいですね」

 

「わはは! 黎くんはやっぱり面白いねっ!」

 

ちなみに下の名前で俺を呼ぶのは鶴屋さんぐらいだ。

今頃あっちの俺はどうしてるのかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ウィンタースポーツと言えばスキーかボードだ。

俺はわざわざ冬の休みにゲレンデを目指し旅行する程度にはやっていたことがある。

スノーボーダーだった。年に一回の趣味にしては金がやけにかかったけどね。

 

 

「ひゃっほおおおう!」

 

「……」

 

「あいつら、よくあんなに滑れるな」

 

「だね。インチキさ」

 

「と言うか、お前だけなんだそりゃ」

 

「見ればわかるでしょ」

 

そんな訳でみんながスキーをする中で俺一人だけがスノーボードに興じていた。

因みに俺のボードを含め全員のスキーはレンタル品である。古泉が用意したらしい。

おいお前、いつサイズなんて……これが『機関』か。無駄な努力である。

キョンは"ハの字"滑りから体得する必要があり、妹氏はもはや笑いながら転がっている。

兄妹仲良くポンコツだった。まあ、普段やらなきゃ仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 

 

とりあえず俺は目の前のスポーツマンに文句を言う事にした。

 

 

「ハーフパイプは無いのかな」

 

「残念ながら。……最上級コースでも行ったらどうでしょうか?」

 

涼宮さんと宇宙人二名はここでもその高い運動性を発揮していた。

しかしながらこの手の上位コースは技術と言うよりは精神の戦いみたいなコースになっている。

ロクに滑りやすくもない――雪がほぼ積もったままだ――上に無意味なくらいの急斜面。

彼女らが投げ飛ばされていないのが不思議なくらいである。だからインチキなのだ。

 

 

「いくらかやって慣らしたら行くとするよ」

 

「ええ、楽しんできてください」

 

今回も例外ではなく、こーゆー楽しみが出来るのは今の内だけだからね。

鶴屋さんは朝比奈さんに教えながら滑っているが、朝比奈さんは膝が笑っている。

数メートル下降してはバタンと転倒する。その連続だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな楽しみは本当に今の内だけだったらしい。

 

それから一時間とちょっと。

 

 

 

 

――嫌な予感は見事に的中してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

そりゃあ映画にあるような見事なまでのホワイトアウトだった。

 

要するに現在SOS団はもれなく遭難中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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