異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十八話

 

 

 

 

この建物には生活する上で困る要素が一つとして無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二階には充分な数の寝室。多丸氏の別荘に勝るとも劣らない質だ。

どこがどうなっているのかは不明だが水道も通っており、トイレや厨房を利用できる。

食糧庫には市販されているような食材であれば何でもあった。野菜から魚肉まで、この人数でも数日は持つだろう。

ましてや大浴場に加え娯楽室なんてものがあるのだ……。カラオケ、麻雀、卓球、ここに無いのはテレビとネット回線ぐらいだ。

まさに用意周到。涼宮ハルヒに不安感を与えずに閉じ込めたい、とでも言いたいのか?

どうなんだ? ……周防九曜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはさておき現在SOS団は食事中である。

 

 

「さあ、どんどん食べていいわよ!」

 

「勝手に入り込んで勝手に飯食って……はぁ…」

 

「……」

 

「緊急事態ですからね。それにしても、美味です」

 

「えへへ」

 

朝比奈さんお手製のシチューと、カツサンド、ありあわせのサラダ。

遭難した連中の晩餐にしては最上級と言えるだろう。まるでマッチ売りの少女だ。

そして古泉はさっきからどうも緊急事態というのを免罪符にしている節がある。

事実そうだし、まさかこの館の主人は実在しないから俺は気にもしていないが。

キリキリと手を動かしながら朝倉さんは。

 

 

「明智君」

 

「ん?」

 

「これが倦怠感って奴ね。味わうのは二回目だけど」

 

「……済まない」

 

「私は今回、あなたを助けられそうにないわ。謝るのはこっちよ」

 

何言ってるんだ。

俺が君を守る必要があるのに、知ってて何も出来ない。

いや、ぶち壊そうと思えばいくらでも出来る。

俺は今すぐにでも彼女を家に帰してやれる、その手札だけが俺にある。

それをしないのは何故なんだろうな。涼宮さんの名前を出すのは甘えだ。

きっと、周防を見返してやりたいって気持ちもその中に多分ある。

もしかしたらヒーローごっこを通すことで朝倉さんを守っている気になろう……だ、なんて。

 

 

 

普段は大食らいの長門さんでさえ、今はちびちび食べている。

その光景を俺は見ていられなかった。だが、今はそうではない。

俺がすべき事は、彼女たちを侮辱しないためにも、この決断を後悔しない事なのだ。

結局、俺はただの独善者でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さっき見たら、でっかいお風呂があったわ」

 

「もしかしてそれは浴場でしょうか」

 

「確かにあった。だが男女別だなんてご丁寧な仕様じゃないぜ」

 

「オレはいい時間だしさっぱりしたいよ」

 

「まあ、とりあえず部屋割を決めるとしよう。風呂はそれからでいいだろ」

 

「どこも中は同じだったわよ?」

 

「では隣や向かい、とにかく固まって七部屋確保しましょう。何かあればすぐに対応する必要があります」

 

曲がりなりにも我々は今も尚、遭難者である。

人為的にではあるが"山の天気は何とやら"を思い知らされた。

肝心の部屋決めだが、全員二階の部屋だ。階段近くから古泉、キョン、俺。

その向かいは女子だ。……行く予定などあるわけない。

鞄のように置いておきたい荷物もとくにないが、脱いだ上着は部屋に置く。

スノボウェアだが、さっきから手荷物程度にはなっていて邪魔だった。

 

 

 

そしてすっかり風呂気分の涼宮さんは。

 

 

「あ、当然だけど一番風呂は女子よ!」

 

「勝手にしろ」

 

「覗いたら全裸で外へ追い出すわよ。いい!?」 

 

良くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そんな訳で女子が入浴している間、俺たち男子は覗く訳もなく、適当に割り当てたキョンの部屋に集まっていた。

外は吹雪いている……だが、あれも全部嘘らしい。

俺はキョンにも周防について説明をした。

 

 

「……長門と朝倉の二人を相手に気付かれず異空間に隔離。そいつはそれを単独でやったってのか」

 

「正確には我々七人を相手に、です。明智さんの言う事が本当ならばですが」

 

「オレだってあり得ないと思うさ。でも、あり得ない、なんて事はあり得ないらしい」

 

「こんな時にまた哲学の時間か」

 

キョンは特急列車で嫌というほど寝ていたはずなのに欠伸をかいていた。

いや、それは体力的な面が原因なのかも知れない。

実時間はさておき、間違いなく俺たちは消耗している。

 

 

「ですが、そのイントルーダーにも何かしらの任務、或いは目的があって行動しているはずです」

 

「そりゃこんな雪山にわざわざ閉じ込めるって事はドッキリにしちゃ壮大だぜ」

 

「つまり、『ドッキリじゃない』と。キョンはオレたちを信用しているのかな?」

 

「朝倉はともかく長門まで嘘をつくとは思えん。話半分だが認めてやる」

 

正論だった。

でも、あまり朝倉さんの事を悪く言わないでくれよ。

彼女は人間社会を勉強中もいいとこなんだ。

 

 

「周防九曜。仮に彼女の狙いが中河さんでなく、我々だとしたら……」

 

「……おい、二人して何だその目は」

 

「キョンが標的の可能性は高い。普通に考えたらそうなるよ」

 

「そういうことになります」

 

「ハルヒもそうだがな、お前らは普通の意味を調べてから使え。いつの間にか、俺が巻き込まれるのが当たり前ってのが普通になってやがる」

 

「残念だけど最初からそうだって」

 

「とにかく、脱出のプランを考えましょう。明智さんの能力には頼らずに、我々全員で雪山から出る方法をです」

 

「周防って宇宙人の狙いが俺たちだとして、ここから先はどうするつもりなんだ?」

 

「わからないけど、きっと状況は悪化する一方さ」

 

「笑えないな」

 

「笑うしかないと思うけど」

 

このやり取りを真に受けたのか古泉はいつものニヤニヤした顔で。

 

 

「手っ取り早い展開としては、イントルーダーがこちらに出向いてくれる事です」

 

「だが長門も朝倉も情報操作とやらができないんだろ。それで勝ち目はあるのか?」

 

「おや、ここに頼もしいお方が居ますよ」

 

思い出したかのようにキョンはこっちを見た。

別に悔しくはないのだが馬鹿にされた感は否めない。

 

 

「……このまま吹雪が止んでくれないかな、って思ってるんだけど」

 

「涼宮さんを除けば、現在この場で頼りになる戦力はあなたしか居ません」

 

「でも、勝てる保証はないんだよ。言わなかったけど前に周防と会った時、精神折られかけたし」

 

「そうですか? 我々の情報では、山に行ったのは籠もるためだったと聞きましたよ」

 

古泉の発言を聞いた瞬間、キョンが笑い出した。

珍しい光景だが、今度こそ俺は馬鹿にされている。

そして古泉よ、お前ら『機関』は俺なんかより中河氏を見張っておけ。

肩を震わせながらキョンは俺に聞く。

 

 

「お、おい。それってまさか、修行って奴か?」

 

「だと思いますよ」

 

「ぷっ。随分ワイルドな趣味だな……」

 

「キョン、お前はオレが熊を相手に戦ったとか、滝に打たれた……とか想像してないか?」

 

「そんなん知るか。何をしてきたのかはどうでもいいがな、俺が心配なのはお前の方だ」

 

おいおい、やっぱり道理で涼宮さんに靡かない訳だ。

アニメでは古泉フラグさえ立ってたとか一部の方々に思われている有様だった。

 

 

「よしてくれ! 中河氏といいキョンはやっぱり……」

 

「うるせえ。そっちは俺より朝倉が心配する。俺が言ってるのはあの偽者宇宙人の時の事だ」

 

十二月十八日、俺がこっちに戻った時の話らしい。

何やら真面目な雰囲気じゃないか、最初からそうだが。

 

 

「ハルヒ。いやSOS団の活動を通して俺が怖いって思ったのは、あの時の明智相手だけだ」

 

「五月の閉鎖空間といい、あなたも中々の修羅場をくぐり抜けて来たはずです。そのあなたが恐怖した、と?」

 

「長門も朝倉も、俺は一度もアンドロイドだとか感じたことはない。だが、こいつは……まるで人間には見えなかった」

 

「オレも自分を制御出来なかったし、やりすぎた感はあるけどね、でもこっちも大変だったんだよ」

 

「僕には想像できません、ある日起きたら別世界だなんて」

 

「一度経験済みとは言えど今回はきつかったね。朝倉さんが消えただけで泥みたいになった」

 

「人は往々にして失ってからその大切さに気付くという物でしょう。我々も、今回はあなたが失わずに済んでよかったと思いますよ」

 

「どういう立場での発言かな」

 

「いち個人。SOS団の副団長、いえ、ただの古泉一樹の発言です」

 

「気休めにはなった。感謝するよ」

 

どっかのアホが言うには、古泉は俺に何かを隠しているらしい。

それは何に由来するのだろうか、とにかくこいつも裏があるのは確かだ。

でも、これはきっとだが悪意があって隠しているわけではない。そう俺は信じている。

 

 

「お前に自覚がありゃそれでいい。とにかく忘れんなよ……」

 

わかってるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たち男子も風呂から上がると、一旦寝る事になった。

この館で大分リフレッシュされた。コンディションは万全と言えるだろう。

もっとも、朝倉さんや長門さんはそろそろ限界だろう。

脱出したら周防をさっさと見つけよう。

 

そんなこんなで二三時間ほど、ちょっとした仮眠をとっていたのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明智君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の安眠を奪い去る彼女の声がする。

つい飛び起きてしまった。

 

 

 

……いや、いやいやいやいやいや。

この展開は必要なのか? もうちょっと捻りを加えろよ。

仮に俺が何も知らなかったとしても、こんなチープな罠にかかる訳がない。

 

 

「明智君……」

 

「誰かな」

 

「私よ。……失礼ね」

 

あのな人型イントルーダー、お前は知らないだろうが朝倉さんは――。

 

 

「ねえ、私もここで寝ていいかしら」

 

――切れた、俺はその瞬間に間違いなく切れた。

しかし悔しい事に俺はそいつを殴れそうにない。あの時の俺は例外だったのだ。

そして、いつの間にか部屋に居た来訪者の方を見て言い放つ。

 

 

「周防九曜、いいかげんにしろ」

 

どうせこれはフェイク、幻影だ。

しかしここで怒らなければ俺は自分を許せなくなる。

ただでさえ彼女には迷惑をかけているのだ。八つ当たりでも、やらないよかマシだ。

そいつは困惑した顔で。

 

 

「ど、どうしたの明智君」

 

「勉強不足なんだよ、周防。君は朝倉さんを知らないから"偽物"すらまともに用意できない」

 

「何を言ってるの……?」

 

「ハニートラップ以下だ。オレもそうだけど、彼女を馬鹿にするのが一番許せない。朝倉さんはこんな状況下ですり寄って来るような浅ましい女性じゃない」

 

「…………」

 

「わかったら出て行ってくれ」

 

その瞬間、そいつは悲しむような演技をぴたりとやめ、人形のような無表情になった。

生気が感じられない、いつ襲ってくるかもわからない雰囲気だ。

彼女の恰好と言うのもあってやりづらい。

 

 

「手荒な真似はしたくないんだけど?」

 

「そう。………伝言よ。異世界人……いえ…明智黎……」

 

「お前は、まさか」

 

「覚悟が出来たら外へ出なさい………あなたなら"ここ"から出られる……そうでしょう?」

 

「何勝手な事言ってるんだよ」

 

「――――」

 

そいつはさっさとドアを開けて部屋を出た。

俺はその後を追おうとしたが、当然その姿は消えている。

……なるほど、最初から狙いは。

 

 

「オレだったって訳か」

 

その目的は未だ不明だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからやや暫くしたら廊下が騒がしくなった。

どうやら偽者祭りが始まったらしい。俺もそれに便乗しよう。

涼宮さんはとにかく慌てて。

 

 

「み、みんなどうしたの? 何で部屋から出てきたの?」

 

「そういうお前はどうなんだ」

 

「……変な夢を見たのよ。あんたが部屋にいた。でも、全然似てなかったわ」

 

「奇遇ですね。僕もそうなんですよ」

 

「言っておくが俺はずっと部屋に居たぞ」

 

「あたしのところには、涼宮さんが……」

 

まるで"スタンド攻撃"だ。幻覚に幻聴、精神恐慌だよ。

そして部屋から出てきた宇宙人二人組は。

 

 

「……」

 

「ゆ、有希!?」

 

長門さんはその場に崩れ落ちた。

苦しそうな顔をしながらも朝倉さんはこっちに近づいて。

 

 

「ふ、ふふっ。あ、なた……本物ね……」

 

「朝倉さん、今回はかなりキてるよ。今月はどうも厄月だ」

 

「…ほんと………ずいぶんと悪趣味な、女ね……ぜんぜん明智君を理解してないんだもの……」

 

「気持ちはわかるけど朝倉さんの方が心配だ」

 

「あなた、勝手に死んだら――」

 

許さない、だろ?

こちらにもたれかかる朝倉さんを支える。

最早俺は怒る気にもなれなかった。ただ、悲しい。

 

 

「涼宮さん。二人ともかなりの高熱らしい」

 

「涼子まで!? ……二人をベッドまで運んでちょうだい」

 

「では長門さんは僕が」

 

「病人相手だ、水枕はあるかな」

 

「キョン!」

 

「わかったよ」

 

彼からは焦りの表情があったが今はそれどころではない。

涼宮さんの呼びかけに答えて足早にこの場を後にした。

そして俺はパズル遊びになんか、興じるつもりは全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝倉さんをベッドへ運び、俺は後を女子に任せる。

何気なくエントランスまで行ってみると、古泉とキョンがそこに居た。

 

 

「……明智」

 

「ここから"出られない"って感じだね」

 

「あなたの方は、何かあったようですね」

 

「周防九曜から伝言があった。どうやら狙いはオレらしい」

 

「はあ?」

 

「なるほど……」

 

「どういう事だ、長門や朝倉を追い詰めて非力な俺を狙うのはわかる。ハルヒもな。だが、明智が狙われる必要がわからん」

 

「オレにもさっぱりさ。でも、オレがこっちの世界へ戻れた事ときっと何か関係している。そのためにあの日、急進派の宇宙人が行動したんだ」

 

「……」

 

古泉は心当たりがあるらしい。

きっと、俺が何故そうなっているのか、その一端を知っている。

いつになく真剣な表情の古泉は。

 

 

「明智さん」

 

「何かな」

 

「あなたはお察しでしょうが、今はまだ僕の口から何も言えません。その確信がないのです」

 

「オレだってオレの全部を知らない。おあいこさ」

 

そう、朝倉さん。いや、みんなに話していないことがあるのは俺も……。

もっと言えばSOS団は仮面同好会だった。だが。

 

 

「でも、朝倉さんだけはそうじゃない」

 

「……ええ」

 

俺が好きになった朝倉涼子は朝倉涼子だ、宇宙人だろうが、精神的超越者だろうが関係ない。

何であろうと好きなのだから、きっと救われない。独善者ってのはいつの時代もそうだ。

それに今回だって本当に狙いが俺なら、朝倉さんは俺が巻き込んだようなもんだ。

勝ち負けじゃない、周防との決着を俺はつけたかった。

散々俺を馬鹿にした宇宙人との、決着を、納得を。

 

 

「どうするつもりですか?」

 

床に手をかざし、"入口"を設置した俺を見て古泉が聞く。

おいおい古泉、半年以上の付き合いじゃないか、愚問だ。

 

 

 

 

 

 

「どうもこうもない。ただ、周防に呼ばれたから行く。……それだけだよ」

 

 

 

俺が入口に呑まれてく最中、キョンの「さっさと戻ってこい!」という叫びを耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外の吹雪は、更に激しさを増している。

 

 

 

 

 


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