異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十話

 

 

 

 

"詰み"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この二文字を結論付けるのに俺の脳はコンマ一秒とかからなかった。

俺と周防の距離はまだ十五メートル以上は離れている。

周防に接近すればチャンスはある――まさか自分は雪崩に巻き込まれない――だろうが、その距離を数秒で詰めれない。

"臆病者の隠れ家"の入口も地面に設置できない。残りの時間では穴を掘れそうにないからだ。

 

 

「どうしようもないな……」

 

気絶さえしなければまだ脱出の可能性はある。

一番怖いのは窒息、そして雪の硬さ。

雪の硬さを舐めてはいけない、埋まったが最後、容易な脱出が出来ないのだ。

眼前に雪崩込む雪流、ああ、これが走馬灯ってやつか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――涼宮がクリスマスパーティ、ね」

 

十二月十九日。

こっちの世界に戻ってきて、谷口をSOS団クリスマスパーティに一応誘った時の事だ。

俺とキョンの説明を聞いた谷口と国木田は。

 

 

「悪いが無理だな、予定がある」

 

「僕も遠慮するよ」

 

という反応であった。

何かを明言していない国木田はさておき、キョンは驚いた様子で。

 

 

「お前……この前言ってたのは嘘じゃなかったのか」

 

「あん? 俺はお前ら相手に嘘なんかついた覚えは一度もないぜ」

 

「……確かに」

 

「普段の行いのせいじゃないかな」

 

「脳内が桃源郷なのは確かだと思う」

 

キョン、国木田、俺の順番で谷口への熱い精神攻撃が開始される。

しかし今回――というかいつもだが――谷口の耳には届かない。こいつ、涼宮さんみたいだな。

 

 

「ハッハァ、何とでも言え。今年の俺にはしっかりとした相手が居るんだからよ」

 

「お前がそこまで言うとはたいそう美人なんだろうな」

 

「AAってほどじゃないな……ま、お前んとこの長門有希に似てるかも。A-だな」

 

「充分じゃねえか……」

 

「どうやって知り合えたの? そんな人」

 

いかにもコネが欲しいと言った様子で国木田は谷口に聞く。

この半年以上を通して国木田も中々の腹黒さがあることを俺は理解している。

だが谷口はそんな事もわからず、調子よく。

 

 

「愚問だな。ついに日頃の成果が出ただけだ」

 

「……ナンパか」

 

「ナンパだね」

 

「どうもこうもないな」

 

「うるせえ!」

 

こいつの精神力はかなりのものである。

夏休みで懲りなかったのだけは確からしい。

言っても谷口は顔がいいので――キョンに目が死んでると言われた俺よりは活き活きしている――不思議ではない。

普段のこいつを散々見ているから俺たちは信用してないだけなのだ。

 

 

「せいぜい頑張ればいいさ。俺のアドバイスは黙ってることだ」

 

「谷口は口で損してるからね」

 

「オレはノーコメント」

 

「使えない連中だぜ。そもそもよ、イブに変な仲間内で集まって鍋をつつきあうなんて、モテない連中のするこった」

 

と言うと谷口は俺を見た。

 

 

「え? お前はどうなんだよ、明智」

 

「何だよ」

 

「昨日朝倉と休んだあげく、まさかイブは本当にそのクリスマスパーティとやらに出るつもりか?」

 

「休んだのは看病だよ。冬の風邪はきつい。そして部活に出るかと言えばイエスだ」

 

「いや、お前すげーよ、うん、マジで」

 

何を褒めてるのかは知らないが、朝倉さんもSOS団の一員である以上は強制参加なのだ。

部外者のこいつにはそれら一切の世知辛さは伝わる事がないだろうが。

 

 

「谷口、これはあまり言いたくないがクリパだって永遠にやるわけじゃない……」

 

「あっ……」

 

「明智はいいねぇ」

 

途端に俺が悪者、いや負け犬ムードになってしまう。

馬鹿な、"勝っている"のは俺の方だと言うのに。

そして谷口は肩をポンと叩き。

 

 

「ほどほど、にな……」

 

とだけ言って国木田と共に去って行った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おい、これが走馬灯かよ。

もっと他にフラッシュバックすべきなんじゃないのか、そう、朝倉さんの発言とか、朝倉さんとか。

 

 

「――終」

 

そうかい。

"マスターキー"を強く握り、覚悟を決める。

悪いけど、今回こそは死にそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――標的、消失。……派手に吹き飛んだのね。…まるで、ひっくり返された亀………」

 

周防九曜は笑わない。

雪崩も彼女を避け、今も尚人型イントルーダーは雪山に立っている。

踵を返し、その場を後にしながら呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。これでいい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「周防、何が楽しそうなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく右手で殴りつける。

だが、左腕でガードされてしまった。

 

 

「――異世界人―――何故―」

 

「さあな。でも、ご期待通りの結果……らしいぜ」

 

俺の手に握られていた"マスターキー"

それは、ついさっきまで銀色であった。

だが今はそれが変化している。形こそ前と同じ出来損ないの刀のようだが、色が青に変色した。

 

 

 

死を覚悟した瞬間、俺は比喩じゃなくこの世界から消えた。

いや、"実体が無くなった"と言うべきだろうか。

意識や移動は出来るものの、物体への干渉が一切できない。

さながら"ゴースト"だ。

そして。

 

 

「これは"マスターキー"なんかじゃない。なんとなくだが、ほんの少しだけ理解できたよ」

 

「標的の行動をトレース、不可能」

 

「……どうにかこうにか、ようやく君に接近できた」

 

やられたらやり返す、それだけ。

左手に出来る限りのオーラを集中させ、再び殴りぬける。

周防は障壁でガードするが。

 

 

「――!」

 

「悪いけど、古泉が言うにはSOS団は少しばかり非常識な存在らしい」

 

バリアブレイクって奴だ。これで破れなかったら今度は正拳突きの修行をする羽目になっていた。

そしてそのまま周防の頭に――

 

 

 

 

 

 

 

 

――ゴチン

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ」

 

オーラで強化なんかしてない、普通の拳骨を落とした。

痛いってのがあるかは知らないが、少々苦しそうではある。

痛覚が無くても、身体上鈍痛があるってのは事実なんだ。

周防は恨めしそうな目で。

 

 

「……殺す気はないのかしら……?」

 

「まさか」

 

しかし彼女はどうにも不服そうである。

まったく……。

 

 

「殺す気が無いのはお互い様でしょ。雪崩なんか発生させなくても、情報統合思念体の介入が無い以上君はオレに好き勝手出来たはずだ」

 

「――――」

 

「例えば、金縛りにあわせるとか」

 

「……やらなかっただけよ」

 

「"だから"だよ。やっぱり君は悩んでいたんだ」

 

そして揺らいでいた……与えられし任務と自分の興味の間に。

まるで周防のそれは、かつての彼女のようだった。

 

 

「君は情報統合思念体や、オレの潜在性なんかより、ただ、人間のことを知りたかっただけなんだ」

 

「――嘘」

 

「それは君が決める事じゃないしオレでもない」

 

「ふざけないで」

 

「最初から茶番さ。だから君も悩んでたんだ」

 

結局、周防九曜もどうしようもなく人間だった。

……だが、あいつは違う。

 

 

「好きに報告しなよ。もう充分でしょ? あそこから一発逆転出来たらオレながら凄いと思うんだけど」

 

「―――」

 

「あ、これは頼みなんだけど、谷口と仲良くしてやってくれよ。あいつ、オレなんかよりはよっぽど良い奴だよ」

 

「――そう」

 

周防は興味が失せたかのように、この場を後にしていく。

俺もそれを追いかけるつもりはなかった。

 

 

「………次に会う時はきっと、殺し合いね」

 

「ティーパーティにしようよ」

 

「――」

 

そして次の瞬間には姿が消え、周りの背景が解け始めていく。

やっぱり律儀な奴じゃない――。

 

 

「――か」

 

俺はその場にバタリと倒れる。

それは精神的疲弊ではなく、完全なエネルギー不足から来るものだった。

俺のオーラ総量は恐らく5~6万。指弾や武器の具現化だけではここまで疲弊しない。

 

 

「ぐ、ひどすぎんだろ……」

 

何故か発現した能力。

暫定的に"透明化"とでも呼ぶことにするが、あれだけで残りをほぼ全て持ってかれた。

俺が実際に消えていたのは十秒前後だが、その間だけで4万オーラ以上は消費している計算となる。

とてもじゃないが"使える"もんじゃない。最後のは、文字通り全身全霊の一撃だった。

 

そして最後の謎は、俺の精神。

俺は何故か周防をボコボコにしなかった。まあオーラがないから出来なかったけど。

それでも偽者の時とは違った。妥協こそしなかったが、容赦がないって感じじゃない。

これが本当の成長なのだろうか? 少なくとも、真実には近づいたんだろう。

 

まあ、イントルーダー、お前の敗因は一つだよ。

 

 

「周防……さ、……は…な。亀が……」

 

そして俺は意識を手放した。

ゼノンのパラドックスなんかまるでアテにならない。

 

 

 

最後に勝つのはそう、歩き続け、妥協しなかった"亀"なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――起きなさい」

 

という声と同時に俺の右頬はビンタされる。

ん、あ、朝倉さんじゃないか。

 

 

「あなたは最上級コースを滑っていたら、制御できずに転がって気絶した……という事になってるわ」

 

「……ここは?」

 

「スキー場よ」

 

どうやら、戻ってきたようだ。

俺がどれだけ気絶していたのかは謎だが、確実にオーラがすっからかんなのは確かだ。

厳密にはオーラじゃないらしいが、俺がロクに動けない状況なのは事実。

情けないが、仕方ない、限界です……。

 

 

「朝倉さん」

 

「ん?」

 

「これ、女の子に頼むような事じゃないんだけどさ、……オレ自力で立てそうにない」

 

申し訳ないがこれで周防に勝ったとは言えない。

どちらかと言えば勝ち逃げに近いだろう。

あのまま戦っていたら俺は最早何も出来なかった。

やれやれね、と呟いた朝倉さんが俺の左手を引っ張り上げる。

男らしさの欠片もない、肩を貸してもらっている状況だ。

朝倉さんは現在スキー用具を装備していないが俺のボードも持ってもらっている。

そして俺の服装はスノボウェアに戻っていた。謎だ。

 

 

「みんなはどうした……?」

 

「さあ、突然スキー場に戻ったもの、古泉君が集団催眠って事で片付けてたわ」

 

「ゴリ押しだね……」

 

「いつも通りじゃない。……さ、戻るわよ。帰りの車が来るって言うんだもの」

 

「帰るって言っても合宿はまさか中止じゃないだろ? 鶴屋さんの別荘だよね、でもここからそんなに遠くない……」

 

「涼宮さんが長門さんに無理させたくないそうよ。私も必死に言われたんだけど、あなたを起こす方が大事だもの」

 

涼宮さんはきっとあの館でのことを引きずってるのだろう。

実際は夢という形で落ち着いたが、宇宙人二人が倒れたのは本当だ。

 

にしても朝倉さん。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

その思考回路が末恐ろしいのは何でだろうね。きっと気のせいだろう。

これで少しは見栄を張れればいいのだが、いや、マジで無理だった。

走れって言われたら朝比奈さんより先に転ぶ自信がある。

 

 

「じゃ、オレもそれに乗せてくれ」

 

「だからさっさと戻るのよ」

 

「オレは馬車馬じゃないんだけど……」

 

「何処に寄り道するのかしら?」

 

「……善処するよ」

 

コースの中腹からスキー場を出るまでに三十分近くかかったが、まあ、許してほしい。

車も立派な文明の利器だと思ったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ」

 

「そうか、お前はオレの話がわかってくれるのか」

 

「にゃあ」

 

「キョンはよ、くたくたのオレに対して馬鹿にしてきたんだぜ。本当にスノボが原因で気絶したと思ってたんだとよ」

 

「……」

 

「酷いよな? お前の飼い主さんは」

 

シャミセンはそれに応じるように喉をゴロゴロ鳴らす。

今やこいつだけが俺の癒しだった。お腹をもふもふし続ける。

それを見かねたこいつは。

 

 

「おい、さっさとシャミセンを開放してやれ」

 

「お前に散々馬鹿にされたから嫌だ。シャミだけが味方じゃないか」

 

「朝倉はどうした?」

 

「逆に聞くけど、オレと朝倉さんがべたべたしてて、それを見てキョンは平気でいれるの?」

 

「………はあ。気が済んだら放してやれよ、そいつは妹の遊び相手だからな」

 

猫で遊ぶとは感心しない。もっと可愛がってやれ。

キョンはそう言うと俺の部屋から出て行った。

 

しかしながら何とかまともに歩ける程度には回復しつつあるが、それでも厳しい。

念能力者にとってオーラの枯渇とは戦闘以前に生命活動さえ危うくなるのだ。

ベッドの上で横になりながら腹にシャミを乗せていると。

 

 

「どうも」

 

「帰っていいよ」

 

「いえ、お礼がまだでしたので」

 

何やら今回俺のおかげなのか不明だが、こいつらが脱出ゲームを完了させる前に俺が周防を撃退したらしい。

あれ自体に大した意味はないからフラグ回避にも何にもならないだろうけど。

だがな古泉。

 

 

「ヨイショしたのはお前じゃないか。オレなんか雪崩に呑まれそうになったんだよ。ゆきのまだよ」

 

「ええ、ですから『機関』を代表してお礼をさせていただきます」

 

「じゃあ明日、年越しそばのエビ天を二本にしてくれ。そもそもエビ天だよな? かき揚げじゃないよな?」

 

「いいでしょう。その程度、いくらでもかまいませんよ」

 

「オレにとっちゃ切実な問題だったんだ」

 

「ふぎー!」

 

何故か急にシャミセンが俺の腹から降りて、そのまま部屋を飛び出していった。

馬鹿馬鹿しいとでも思ったのだろうか。あのオッサン猫は。

 

 

「とにかく、無事に戻ってこれて何よりでした。こうしてまた世界は平和になったのです」

 

「平和って何なんだ……」

 

「僕にとっては涼宮さんが安心して生きていける事です」

 

「お前は親かよ」

 

「明智さん、あなたはどうなんですか?」

 

「その質問はオレの返しが聞きたくて訊いてるのかな」

 

「真面目にですよ」

 

何で年末の別荘。

しかも外は雪だと言うのに野郎二人でそんな話をするんだ。

そういう恥ずかしい話は普通、夜寝る前にやるもんだぜ。修学旅行か。

それに礼が済んだのならさっさと出てって欲しい。

 

 

 

……ま、今年もじきに最後だから、許してやるよ。

 

 

「愚問だね。朝倉さんに決まってるじゃないか」

 

「ふふっ。これは失礼しました。では」

 

ようやく古泉は部屋を出て行ってくれた。

にゃんこ先生が居ないので現在の俺は一人ぼっちだ。

……けど。

 

 

 

 

「何故だろうな……今回は、"巻き戻し"の時や"別世界"に飛ばされた時と違って、孤独感が無い」

 

虚偽の充足なのだろうか。

それでも俺は何かが変わる気がした。いや、俺だって世界を変えられるのだ。

俺は、どうやら気づかぬ内にメインキャストにさせられていたのだから。

そして願わくば、あのイントルーダーも変わってくれればいいのだ。

朝比奈さん(大)の言う事が、確かな事実であれば、だけど。

 

 

しかし、確信をもってただ一つ言える事がある。

 

 

 

 

 

 

「今夜はきっと吹雪かないだろうさ」

 

もう充分雪は降らせただろ?

吹雪の中はどこから周防が出てくるかがわからないから怖いんだよ。

いつも古泉みたいにニコニコすればいいのに。

 

 

 

 

 

 

――とりあえず。

 

 

頼んだよ、そこに居る誰か。

 

 

 

 

 


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