異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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一富士、二鷹、三ナイフ

 

 

 

先ずは簡単な報告から始めたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遭難した翌三十一日に鶴屋さんの別荘に多丸兄弟が合流した。

で、彼らが到着するや否や推理ゲームが始まったのだが。

 

 

「おい、お前な……どこから用意して来たんだこいつら」

 

「苦労しましたよ」

 

涼宮さんと鶴屋さんが『犯人はシャミセンをアリバイに利用しているのではないか?』

という点に気付くまでは良かったのだが、肝心のシャミセンいや三毛猫がとんでもない事になっている。

キョンは頭を抱えながら。

 

 

「何匹居るんだ……」

 

「ざっと7匹。本物のシャミセンさんを含めて8匹になります」

 

「わー! ねこさんいっぱいだよー」

 

キョンの妹氏は何匹も猫たちを捕獲しようとわたわたしている。

こうなればアリバイも何もあったもんじゃない、ぶち壊しである。

原作の「猫は『二匹』あったッ」も中々であるが今回はそれなりに苦戦してくれた。

いや、前回の夏合宿がとんでもなかったんだよ。俺が何かやったら直ぐ疑われるし、キョンに。

その後、涼宮さんが居ない所で。

 

 

「こいつらどこから連れてきたんだ」

 

「ちょっとしたインチキですよ」

 

「本物のシャミがわからなくなるから、もういいんじゃないかな」

 

俺がそう言うと宇宙人二人が高速詠唱を始めた。

すると。

 

 

「おい、三毛猫じゃねえじゃねえか」

 

「キョン、流石に毛染めは可愛そうでしょ」

 

「視覚情報を操作。人間の認識能力はそこまで優れていない」

 

「……と、いう訳です」

 

8匹もウロチョロされたのでは"猫と行動を共にする"というアリバイ自体があやふやなものとなる。

難易度を引き上げると言うよりも、思考能力を低下させようという作戦であった。

事実、とてもシャミセンそっくりに"見えた"のだから。ま、パッと見じゃわからないし全員雄だ。

 

 

 

本当は最初、某大統領よろしくシャミセンを「連れて戻って来た」しても良かったのだが、無理だ。

そんな事出来るような状態まで回復してなかったし、そもそも元の世界へ帰してやれそうにないからだ。

とまあ三十一日は前日とは比較にならないまでに平和に終わった。

 

 

そう、エビ天は美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして新年、一月一日。

この日はスポーツが解禁され、ようやく何事もなく滑る事が出来た。

キョンはついに"ハの字"を体得したのだが妹氏はなんとパラレルターンまで出来るようになっていた。

 

 

「凄いじゃない! 妹ちゃん」

 

「えへへー ハルにゃんの真似したの」

 

「……マジか」

 

「お前も出来るようになるさ」

 

「ふん。どうせ今回だけだ」

 

何だかんだでキョンも負けず嫌いらしい。

 

 

まあ、この日はそんな事よりももっと大きな事件があった。

皆さんは"ニホンオオカミ"というものをご存じだろうか。いや、名前なら誰でも知っているだろう。

俺も剥製しか見たことが無い。何故ならば絶滅危惧どころか"絶滅"してしまっているからだ。

その、ニホンオオカミが。

 

 

「オ、オオカミ!?」

 

「ひぇぇ」

 

「……」

 

SOS団特製凧揚げに興じていると眼の前に現れたのだ。

その上オオカミの後を追うと子連れだと言う事が判明。

しかし、よく見ると子供の方は何やら足を庇っているようだった。

 

 

「ケガでもしてんのか?」

 

「罠か、銃創か、どっちかだろうね」

 

「あたしたちで助けてあげましょう!」

 

「……」

 

「かわいそうです……」

 

「あまり関わるのはよろしくありませんが、ケースバイケースでしょう」

 

「キツネなのかイヌなのかよくわからないわね」

 

どっちにも似ているが、そいつはオオカミだよ。

その子オオカミは新川さんによって治療され自然に返されたのだ。

だが、当然古泉もその異常には気づいていた。何だかんだこいつも物知りだ。

別荘の部屋、男子三人で話し合う事に。

 

 

「その絶滅したオオカミが出たのも、もしかしてハルヒの仕業だってか?」

 

「さあ……わかりません」

 

いつになく古泉は気が抜けていた。

珍しい光景で思わず写真を撮りたくなるね。

 

 

「ハルヒのカウンセラーみたいなお前が自信をなくしたってのか」

 

「いえ、やはり我々も認識を改める必要があるようです」

 

「なんかその手の話をちょっと前に聞いた気がするよ」

 

「我々とて何から何まで知っているはずがありません。未来人も、宇宙人でさえそうでしょう」

 

「異世界人はどうなんだよ」

 

「オレか? いやいや、期待しても無駄だって」

 

「涼宮さんの"それ"は人知を超えています。何が正しいかさえ本人は自覚していないのですから」

 

「それは古泉たち『機関』にとっては"いい傾向"なのか?」

 

「どうでしょう」

 

どうやらそれもわからないらしい。

もう『機関』が必要なのかさえ俺にはわからないよ。

 

 

「彼女に願望を実現する能力があるのは確かです。では、彼女はそれをどうやってコントロールしているのでしょうか?」

 

「はあ? お前らが言うにはハルヒは無意識でやってんだろ」

 

「ええ、ですがそれは表の涼宮さん……つまり探究心やストレスに引っ張られての形です。能力が先行することはないのですよ」

 

「そりゃそうだよ」

 

もしかして古泉の懸念は……。

 

 

「つまり、彼女がそれらに折り合いを付けれるようになった時。大人になった時『どうなるか』なのですよ」

 

「……その理屈で行くと何も起きなくなるんじゃないのか?」

 

「そうなるかもしれません」

 

「古泉、それが"一番怖い"……だろ」

 

「そうです。その場合、パワーバランスを無視して涼宮さんにあの手この手で接触しようとする輩は今までと比較にならなくなります」

 

どうにかこうにか自分たちに都合のいいようにって訳だ。

何も知らない涼宮さんを相手に。

 

 

「……知るかよ」

 

そしてキョンにはキョンの世界があるのだ。

だが、それは古泉からすれば"いい傾向"ではないらしい。

 

 

「明智さんは……もし」

 

「もし?」

 

「涼宮さんが仮にそうなったとします。そして彼女に危険が迫った時。あなたは、どうしますか?」

 

古泉のこの眼を知っている。

本当の覚悟、掛け値なしに全てを捨てる勇気。

俺がようやくわかりかけた、その先にこいつは居るのだ。

だったら、俺もそれなりの対応はしなくちゃいけない。

 

 

「わからないよ」

 

「……」

 

「お前」

 

「だけど一つだけ言えることがある。オレはオレの正義でしか動かない」

 

古泉はなんだか悲しそうな表情である。

キョンもそうだ。二人とも、結局涼宮さんの味方なのだから。

 

 

「でも」

 

「……あん?」

 

「他の勢力からして、涼宮さんが普通の女の子になる事が"悪い事"でも、彼女に干渉していい理由にはならないよね」

 

機関の前で言う事かはあれだが、最低限のプライバシーは彼女にあるべきだ。

すると、なんだか急に二人は笑顔になった。

 

 

「はっ。素直じゃねえな」

 

「何がだよ。とにかく、オレはどんな事があってもオレの味方だ。オレがどうするかはオレが決める」

 

「と、言いますと?」

 

「SOS団を敵に回す連中がもし現れたら、そいつらにわからせるのさ」

 

「ハルヒの恐ろしさをか?」

 

馬鹿言え。

 

 

「いいや、オレたちの。だろ?」

 

「僕はやはりあなたを過小評価してましたよ」

 

むしろ個人的にはそっちの方がありがたいんだけど。

まあいいさ、このついでにキョンにも一言だ。

 

 

「キョン」

 

「何だ」

 

「これは俺が………いや、あっちの世界のお前に言われた事だ」

 

「……言ってみろ」

 

「『やらないで後悔するより、やってから後悔した方がいい』だってさ」

 

「おや、中々いい言葉ですね」

 

「お前がどうしようと勝手だけど、後悔だけはしない方がいい」

 

「善処しておく」

 

本当に、本当に俺はそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と、ここまでが報告となる。

 

何の報告か? 言うまでもない、SOS団冬合宿のだ。

翌日一月二日に、朝一で特急列車に乗車。

合宿限定メンバー『機関』の四人とはお別れし、昼頃にはいつもの駅に帰ってきた。

ここで解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

いや、だがしかし、俺の一日が終わったわけではないのだ。決して。

それには俺が山籠もりしに行った日まで遡る必要がある。

 

 

 

俺の話――山に行くというあれ――を聞いた母さんは。

 

 

「……すると結局、あんたは来年の二日まで家に居ないってこと?」

 

「そうなるね」

 

「そう。合宿に関しては保護者が居るみたいだし、あんたが家に居ない方が気が楽だからいいんだけど……」

 

それが息子に対する態度なのか。

 

 

「いやね、お正月じゃない?」

 

「うん」

 

世間一般には三が日と混同されてるが、一月二日なら間違いなくお正月で通じる。

 

 

「あんた、まだ朝倉さんって娘と付き合ってるのよね?」

 

「……うん?」

 

俺の母さんは念能力者じゃないはずだし"もどき"でもないはずだ。

ただの地球人のはずだ。だが、不穏な空気、いやオーラみたいなものを感じる。

何故だろうかその時の俺は悪寒がした。

 

 

「こっちに戻ってくるついでに、うちに来てもらいなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……はあ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在俺は何が悲しくてまだ重い体の足どりを重くして家へ帰っているのだろうか。

生命力5割すら回復したかどうかだ。もう一度"あれ"をやれと言われたらそのまま死にかねない。

戦術的にはかなり有用なのかもしれないが、透明化は封印だ……二度とやりたくない。

そもそもどうやるのかを知らない、知らない以上は検証も何もなかった。

使えない切り札を切り札と言っていいのは補正がある主人公くらいなのだ。俺は違う。

そんな俺のダウナーな顔色に気付いた朝倉さんは。

 

 

「まだ調子が悪いの?」

 

「……いや、帰りたくないだけだ」

 

すると朝倉さんはちょっと怒ったらしい。

 

 

「まさか、私を紹介したくないだとか、そういう話かしら?」

 

「そうだけどそうじゃない。まあ、わからなくていいよ」

 

羞恥プレイで済めばいいが生憎と俺の親は常識人だが俺からすればそうは思えない。

むしろそっちが遠慮するべきなんじゃないのか。

 

 

「……明智君はまだわかってないのね」

 

何だと言う前に俺の左手は掴まれ。

 

 

「ちょ、な、何を」

 

「私、こんなにドキドキしてるのよ?」

 

俺だって漫画で見たことある。"アレ"だ、心臓に手を当てようって奴だ。

実際やった事ある人がどれほどかは俺は知らない。やってみるといい、往来で、死ねる。

ぽんと当てた程度じゃわからないので、しっかり胸の真ん中を触る必要があるのですが。

 

 

「ほ、ほげぇ」

 

「ふふっ」

 

朝倉さんはそれなりの胸囲を、いや、何言ってやがる、朝比奈さんほどじゃないけど犯罪的な発育だ。

セーター越しじゃよくわからな……。

 

 

とにかく、気づいた頃にはもう魔窟。

 

俺の家の前だった。

 

 

 

勝とうとさえ思えない、実力差であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の家は二階建て一軒家で、まあキョンの家と似たような感じである。

ちなみに俺の隣の部屋はとっくの昔に出て行った兄貴の部屋だ。今や、特に漁っても何もないが。

正直な話、勝手に入り込んでもいいのだが、これも社交辞令のうちと思いインターホンを押す。

十秒程度でドアが開かれた。

 

 

「はじめまして、朝倉涼子です」

 

「……」

 

「あら? あなたが朝倉さんね……。色々お話ししたいことはあるけど、とりあえず上がってちょうだい」

 

「お邪魔します」

 

「……」

 

今日だけでいいから明智、変わってくれ。

……と思ったが阪中家は金持ちだ。あっちの方がプレッシャーあるんじゃないか。

うちの生活水準は低くないが、彼女のそれとは比較にならない。ルソーという名犬すら居る。

どうでもいいが俺の今まで読んだ中で一番お気に入りの小説は【比類なきジーヴス】だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どこをどう間違ったのか俺の両親は気合が入っていた。

そして俺は当然気合なぞ入っているわけがない、土に還りたい。

母さんと朝倉さんは俺が聞く気にもなれない勢いで色々と話しており、俺はその遠くで親父と語らされていた。

眼鏡をかけたオッサン。四十三と言う年齢の割にはまだ端正な顔立ちである。

それでも昔の写真に比べれば老けてはいるなと思ったが。

 

 

「まさか、お前が彼女を家に連れてくる日がくるなんて、俺は思ってもいなかったぞ」

 

「……」

 

「俺も母さんとは色々あったが、どうなんだお前は」

 

「どうもこうもないさ」

 

「あのな、寝てるだけで彼女が出来るわけないだろうが。しかもとても美人じゃないか」

 

「母さんだって世間的には綺麗でしょ」

 

俺の母は色んなバレッタを日替わりで付けている。

いつか聞いた話だがその中には親父からのプレゼントがあるらしいのだがその辺は不明だ。

四十台は確かにおばさんだが、若々しさは充分あった。贅沢言うなよ。

 

 

「そうだがな、もう二十年以上の付き合いだぞ。そろそろ歳だな」

 

「後で報告するけど今の内に言い訳を聞こうか」

 

「……千円でいいか」

 

「父さん、お年玉にしちゃ貴賤だ」

 

「金に貴賤はない。お前には十年早いわ」

 

「よしわかった法廷で会いましょう」

 

「待て」

 

ええい、放せ、見苦しい。俺は絶対こうはならんからな。

いや、そもそも結婚なんて考えてすらいないが。

 

 

「うわぁぁあ、どうせ休み明けには大量の見積があるんだよぉおお、畜生!」

 

「それが仕事じゃないのか」

 

「お前にはわからん。あの苦しみが」

 

父さんは建築会社で働いている、と言っても現場ではない。

しかし前世を通して具体的に何をやっているのかはわからなかった、その地位さえも。

見積を消化したりだとか営業で一日中車走らせたりだとか、曰く、社内で自分にしか出来ない仕事があって社長にある程度意見できるらしい。

いや、未だに謎だ。

 

 

「オレに当たらないでくれ」

 

「どうしろってんだ」

 

「寝てていいよ」

 

本当に親父は部屋に引っこんでいった。

多分十七時くらいまでは寝ているだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

と、とにかく腹が減った。

朝飯以外で食べたものは列車内でキョンの妹から渡された"どうぶつビスケット"ぐらいだ。

お正月だ、何かあるだろと思っていると定番中の定番の御雑煮を出された。

大根、人参、椎茸、丸餅……無難な出来だ。味も無難だった。

 

 

「……」

 

「朝倉さんは黎のどこを好きになったの?」

 

「そうですね――」

 

年甲斐もなくマセた女子生徒みたいな発言をしないでくれ、母さん。

俺は餅を詰まらせて死ぬのだけは嫌だ、お年寄りの方々には毎年ほどほど気をつけて頂きたい。

 

 

「――やっぱり明智君の方から攻めてくれたんで。その辺です」

 

「がはっ」

 

どこをどう捏造したらそうなった……。

思わず本当に餅が詰まってもおかしくない呼吸の乱れ方になる。

いや、待てよ、冷静に考え対処するんだ、俺。

 

 

 

元々はキョン抹殺ないし朝倉さんの死亡を回避するために俺が出向いた訳だ。

その結果からすれば俺の方が攻めたと言える……のか? そうなのかも。

だがそれは事実の歪曲ってもんじゃないのだろうか。俺にとってはガゼルパンチだ。

 

 

「で告白の言葉がですね――」

 

「も、もういい! ある事ない事言うのはいいけど、せめてオレの居ない所で頼む!」

 

「……何よあんた。自分は朝倉さんから『付き合ってほしい』とか言われたって言ってたじゃない」

 

「あら? それ本当なの?」

 

嘘はついてない。本当の事を話していないだけなのだから。

果たして"お前"ならこの状況をどう切り抜けるんだろうな。

……俺も寝る事にしよう。

 

 

 

 

 

俺の"臆病者の隠れ家"は、行ってない場所には行く事ができない。

 

そうだな、セントクリストファー・ネイビスあたりにでも逃げたかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――君が僕の部屋に勝手に上り込んでくるのはいい。もう何年もやられちゃ文句も言えない」

 

 

 

 

 

 

ボールペンを机に置いて後ろを振り向く。

流石に僕も限界だった。まだまだネタは浮かんでくるというのに。

 

 

「だけど、何も僕の部屋でアニメなんか見る必要はないんじゃあないのか?」

 

「いいじゃない」

 

「気が散る、と言ってるんだ」

 

「ちょっとは休憩したら?」

 

……会話が通じるとは思えないが、最低限の抵抗は続けるさ。

 

 

「こんな五月の土曜、いい天気。だのに君は僕の邪魔をしに来ると言うのか」

 

「あなたの部屋のテレビの方が大きいのよ」

 

「大きさ? ……『呆れた』って言う必要さえ感じられないな」

 

「さっきからずっと書いてるでしょ」

 

「僕は僕の為にやってるんじゃあない。やがて、読んでもらうためにやってるんだ」

 

「だから。ちょっとは休憩すればいいじゃない」

 

「君が帰ったらそうしよう。勝手にしてくれていいが音量だけは下げてくれ。いわゆるアニメ声って奴が不快なんだ」

 

「もう!」

 

と声が聞こえた瞬間。

僕の腕は思い切り後ろに引っ張られた――

 

 

「――いっ!」

 

椅子から引きずり出された僕は当然の如くバランスを失う。

床に頭を打ち付けてしまった。

 

 

「……何するんだ!」

 

「一緒に見ましょ?」

 

「……」

 

こ、この女……耳がついているのか?

いや、僕の文句が通じるような相手じゃないのは知っている。

今回は久々に酷かったが、これにも僕は慣れつつあるんだ。

時間の無駄だな。

 

 

「それ、知ってるか? 自己中心的って言うんだぜ」

 

「お互い様よ」

 

「どこがだ」

 

「あなた変人  って言われてるのよ?」

 

「勝手に言わせておけばいい。僕は僕だ。他人がどうあろうが知ったこっちゃない」

 

「わたしもそうだ、って言うの!?」

 

何だ、いつになくアツいじゃあないか。

そーゆーキャラクターも今時は逆に面白いかもしれない。

 

 

「さあね。それは僕が決める」

 

「……だから自己中心的なのよ」

 

「ふん」

 

仕方がないので彼女の隣に座り、よくわからないアニメを見る事にする。

 

 

「一緒に見るって言ってもな、僕にはこの話がよくわからない。当たり前だ、設定も何も知らないんだからね」

 

「じゃあ後で調べなさい。あ、これの原作持ってるから貸してあげる」

 

「原作? は、メディアミックスか。今時だな」

 

「あなたって本当にお話を書くのは好きなのに、本は読まないよね」

 

「僕の勝手だ。それに本を読まないわけじゃない」

 

「嘘よ」

 

「本当だ」

 

そう言って専門書の中に紛れ込んでいた一冊を手渡す。

 

 

「何これ?」

 

「おい、君は本を読むくせに知らないのか? "ジーヴス"。ウッドハウスの名作じゃあないか」

 

「誰よそいつ。わたしは小説、それもラノベを中心に読むの」

 

「ライトノベル! いや、まさかと思ってたけど、このお話はしみったれた軽文学か!」

 

「馬鹿にしてるの……?」

 

「君の守備範囲の狭さに呆れているんだよ」

 

「どうでもいいからっ、黙って見なさい!」

 

ぐっ。リモコンで頭を叩くのはよせ。

壊れたら本体ごと弁償してもらうからな。

それから暫くして、エンディングらしく軽快な音楽が流れ始めた。

 

 

「……おい、終わりか?」

 

「次はまだ放送されてないの」

 

「深夜アニメって奴か? ビデオにわざわざ録画してまで、何が面白いんだか」

 

「それが知りたいなら読めばいいでしょ」

 

「はっ。僕が話を考える上で他の話は必要ないんだ」

 

「じゃあどうやって書いてるのよ」

 

「テンションと、アクションだ」

 

「は?」

 

本気で僕の言っていることがわからないらしい。

 

 

「例えば音を書きたいなら音を知る。そうしなければ音は伝わらない」

 

「文字じゃないわ」

 

「でも、君は本を読んでいて"音"を感じたことが無かったと言うのか?」

 

「……そりゃあ、なんとなく、あるにはあるけど」

 

「そういうことだ。アニメも終わったみたいだしさっさと帰れ、帰ってくれ」

 

彼女はデッキからビデオを取り出すと、無言で去ろうとする。

ふう、僕もようやく続きにかかれるよ。

 

 

「ねえ」

 

「……何だ」

 

「もう、ベースやらないの?」

 

「何も本気でやってた訳じゃない」

 

「わたし音楽なんか詳しくないけど、素人意見だけど、上手かったじゃない」

 

「それは君だけが決めてもしょうがない。楽器に触れたのは音を知る一環だ。ドラムもやった」

 

「  って、本当に何でもすぐやめるよね」

 

ぴたり、と僕の手が止まる。

どうやら彼女は僕の事をまだ理解してないらしい。

十年以上の付き合いだと言うのに。僕の何を知っているって言うんだ。

 

 

「いいか! 君が何をどう勘違いしてるかは知らないが、僕にとっては創作が第一なんだ。僕だけの世界なんだ。邪魔しないでくれ!」

 

「全部そのためだって言うの? よくわからないジムに通ってたのも」

 

「ランニングは定期的に続けてる……。とにかく、君にどうこう言われたくない。集中したいんだ」

 

「……」

 

今度こそ去っていく。

だが、ドアが閉まる瞬間に彼女からこう聞こえた気がした。

 

 

 

「どうもこうもないのね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ん?

 

 

 

どうやら思いの他、俺は眠っていたらしい。

時刻にして十七時二十分。おい、俺は親父の事を言えそうにない。

欠伸をしながら階段を下りる、居間には俺以外の全員が居た。

俺より先に起きていた親父は。

 

 

「お、お前……」

 

「何さ」

 

「俺が母さんに告白した時は、そりゃあそりゃあ我ながら不器用だったと思うがな……」

 

「でも、可愛げがあったわ。母性本能をくすぐられたもの」

 

「うふふ。お二人とも、仲がよろしいんですね」

 

何があったんだ?

最早ここは家ではなくアウェーだった。

本格的に海外逃亡を考える必要があるかもしれない。

『機関』に頼めば何とかなるかな、パスポート含めてロハだ。

 

 

「朝倉さん、もう……」

 

「なんだいあんた」

 

「母さん、どうやらこいつは涼子ちゃんをとっとと帰そうってハラらしい」

 

他に何があると言うんだ。

しかしその辺は朝倉さんも空気を読んでくれた。

両親は晩飯をご馳走してもいいとか思ってるんだろうが、今日はこのぐらいで許してくれ。

 

 

「そうね。じゃあ私はおいとまさせていただきます」

 

「黎、送ってやれ」

 

アイアイサー。

言われなくてもそうするさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……結局のところ、俺にはわからないことだらけの一年だった。

 

 

 

名前や顔、その人のバックボーンまでは知ってても、感情は読めない。

本で読めるのは作者の感情だけなのだ。他の誰でもない、作者の血だ。

 

 

 

まして、ここは確かに現実世界らしい。

つまりみんな生きていて、それぞれの生き方がある。

俺はその生き方を奪ったのだ。彼女の、朝倉涼子の。

その上、俺がここを世界と認めるのにはそれはそれは長い時間がかかった。

だが。

 

 

「いや、これを年が明けてから言うのは未練がましいんだけどね」

 

「どうしたの?」

 

「今思えば……楽しかったよ」

 

いつか俺はこんなことを考えていた気がする。

 

 

「ある日突然別の世界へ飛ばされて、そこで眠っていた魔法的ファンタジー的能力に目覚めるんだ」

 

「何の話?」

 

「そして仲間とともに様々な事件を解決する……。って話さ」

 

「私にもわかるように頼むわ」

 

夢の話さ、そう。

ただの夢。こことは違うけど。

 

 

「……朝倉さん」

 

約束を破るのは御免なんだ。

だからこそ俺は滅多に約束なんかしない。

 

 

 

 

 

 

「とても長くなる」

 

 

 

けど。

 

 

 

「よければ聞いて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

さあ、話そうじゃないか。

 

 

 

 

 

 


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