異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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夜明けの月 その一

 

 

 

新学期。

 

俺は様々な事を忘れていたし、忘れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず俺が一番に忘れたかったのは記念すべき朝倉さんとのデート日に陰りがさした謎の宣戦布告。

電車に乗って落ち着いてから俺は作戦会議をようやく始めた。

 

 

「とか何とか言われたんだけど」

 

「それ、どこでかしら?」

 

反応からしてやはり朝倉さんには聞こえてなかったらしい。

姿が消えた事といい、俺の正体を知っている事といい一般人ではない。

可能性があるとしたら金髪のアホだ。あいつなら周防ともどもジェイと通じているだろう。

 

 

「駅近くのコンビニだよ。あそこで通りすがった多分男の人」

 

「……ああ、居たわね」

 

物凄いメモリ、いや記憶力だ。

これは俺も今後は朝倉さん相手に真面目に接した方がいいかもしれない。

下手な事を言ったら一生引きずられる。皇帝なんかはたまに言われそうだ。

 

 

「よく見てないけどいかにもチャラチャラしてそうな感じだったわ」

 

「心当たりがあるよ」

 

「もしかしてそれは例の話かしら?」

 

「多分、いや、わからないけど」

 

「そう……」

 

「今更アテにならないさ」

 

それよりも。

 

 

「ボソっとしてたけど、オレにははっきりと聞こえた。朝倉さんが聞こえなかったのはどうしてだろう」

 

「未来人の技術レベルは私たちのそれを超えているとは思えないわ」

 

そうだろうね。

原作ではタイムマシンについて長門さんが酷評してたはずだ。

 

 

「でも、不可能じゃないでしょうね。姿はともかく声ぐらいなら消せるんじゃないかしら」

 

「……音、か」

 

聴こえる音だけが音ではない。結局は音など空気の振動、漂う波なのだ。

でも、朝倉さんならそれとてキャッチできるだろう。

 

 

「あなたたちの世界でわかりやすく言えば共振に近いわね」

 

「まさか音と音をぶつけて、オレだけにってか?」

 

音界の覇者ことミッドバレイほどじゃないが大した話だ。

 

 

「実際には多分色々してるわよ。ただ選択肢が多すぎてそいつが何をしたのかはわからないけど」

 

要するに実現させるのは朝飯前らしい。

 

 

「私の情報制御下の空間なら別よ? それに普段は多少制限されてるもの。まだ申請が必要なのよ」

 

「縦社会のつらいところだ」

 

だがしかしSOS団における主観的ヒエラルキーは俺とキョンの最下位争いである。

いや、涼宮さんがもしキョンに対して素直になれれば俺が最下位。少年誌なら連載打ち切りだ。

もっとも涼宮さんに関して言えばそんな風に人を比較する人間ではない。

口では悪く言えど、キョン以外の人間の価値は等しいのだ。

 

 

「……そう言えば、気になるお店があるわ」

 

やけにいい笑顔でそう言ってきた。

いや、どう言えば気にならないで済むんだろうね。

 

 

「それは最終的にはオレの通貨で清算される」

 

「彼氏じゃない」

 

「お金はあるよね」

 

「そういう問題かしら?」

 

機関から頂いたいつぞやの報酬だが諸経費ですり減ってきていた。

確信を持って言えるが四月が来るより先にそのお金は底を尽きるだろう。

俺自身の財布から出る点では何ら変わらないのだけども。

 

 

「あいよ。それでいいならいいさ」

 

「ごめんね、冗談よ」

 

「半分ぐらい本気だよね?」

 

否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその翌日。一月十日の水曜日、始業式。

冬休みは言うまでもなく一月丸々ではない。

いや、実にキリが悪いが北高はここら辺の他校と比較すると冬休みが多い方だ。数日だけだが。

どうせなら金曜日、もっと言えば来週まで休ませてほしいが変な事件が起きても困る。

そういえば昨日の朝、俺がデートに行く前。

 

 

『助けろ』

 

「もしもしお前誰だ、そして誰をだよ」

 

いきなり携帯電話が鳴ったと思えばキョンがもしもしの一言も無しにそう言った。

助けろて、一瞬だけ本当に何かの間違いかと思ってしまった。

俺は救急車じゃないぞ。

 

 

『明日は始業式だ』

 

「知ってるよ」

 

『去年俺たちが夏休みに何をしたか覚えてるよな?』

 

「……えーっと合宿から始まってプールに縁日それとセミ乱獲に――」

 

『そうじゃねえ。今日と同じ休みの最終日だ』

 

こいつの言いたいことがやっとわかった。

まるで成長していないじゃないか、馬鹿野郎。

 

 

「断る」

 

『頼むから俺の課題を手伝ってくれ』

 

「夏休みほどハードじゃないはずだろ?」

 

『お前の中ではそうなんだろうな』

 

「だいたいオレに頼るなよ」

 

『じゃあどうしろってんだ』

 

「他を当たってくれ」

 

『……お前はとっくに終わってるんだよな?』

 

どうした急に。

 

 

「うん、今回はぱっぱとやったよ」

 

『その理屈で言えばお前がどうして断るのか、だ』

 

「何が言いたいんだよ」

 

『俺のマイナス回避よりまさか朝倉と遊ぶ方が大事なのか』

 

「よくわかったなそしてその通りださようなら」

 

『ちょっ――』

 

この日は一日中携帯の電源を切っていた。

若干ハイな俺を邪魔しないでほしかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――で、現在HRも終わり部室なのだが。

 

 

「休み明けから怠い」

 

「そうか。でもどうやらキョンはちゃんと課題を出していたじゃないか、どうやったんだ?」

 

「僕は昨日、協力を頼まれたのですが課題が異なる上に予定がありまして」

 

「あら、じゃあキョン君は自力でやったのね?」

 

「……違う」

 

では朝比奈さんだろうか。

 

 

「あたしは何も聞いてませんよ?」

 

「長門さんは?」

 

「……」

 

無言で首を横に一振り。

つまり、消去法で行くと現在食堂に籠りこの場にまだ到着していない団長さん。

 

 

「やるじゃないか」

 

「違う、お前に切られたタイミングでハルヒから思い出したかのように電話が来たんだ」

 

「ほうほう、それで?」

 

「勝手に俺の家に来てみっちり指導された、意味はわからなかったがな」

 

「家庭教師ですか、実に羨ましいですね」

 

やはり古泉は変態だ。じゃないと『機関』のハードワークに耐えられない。

涼宮さん限定だろうけど……信者どころか狂信者なんじゃないのか。

 

 

「へぇ……でも、よかったですね」

 

「全然よくありませんよ。結果論です」

 

「でも学校は過程を見るところさ、結果を見るのは社会に出てからでいい」

 

「知るか。その過程がわからないんだからな」

 

キョンはきっと脳の使い方を理解していないんじゃないのだろうか。

会話のスキルにステータスを全部振ってしまったのか。

そんな話もそこそこに古泉が用意してきた"カタン"でも4人ぐらいでプレイしようかと思った時だ――。

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、失礼するよ」

 

 

 

 

 

 

 

ドアがいきなり開かれた。

そして男が一人部室に入り込む。

 

 

「おや」

 

「……誰かしら?」

 

この二人が覚えてないのも無理はない。直接会話してないし。

来訪者はこちらを一瞥すると。

 

 

「どうやら団長さんは不在のようだ」

 

どこか疲れた様子で彼はそう言う。

古泉はさておき朝倉さんには説明しとこう。多分誰かわかってない。

 

 

「彼はコンピ研の部長さんだ。前に助けたでしょ?」

 

「あら、そう言えばそうね。涼宮ハルヒのために穏健派の喜緑江美里が用意した……」

 

「そういう言い方はかわいそうだと思う」

 

ただの被害者なんだから。

しかしまさかこのタイミングで来るとは思わなかった。

そして本当にタイミングが悪かった。

 

 

「あんた誰? 邪魔よ」

 

「げふをっ」

 

そんな言葉があったかと思うと部長氏は首根っこを掴まれると後ろに倒された。

それを行ったのは言うまでもなく涼宮さんだ。

 

 

「お、おいハルヒ……」

 

「何よ?」

 

「彼は涼宮さんに要件があるようでして」

 

「あらそうなの? おーい、起きなさい」

 

ぐわんぐわんと首を揺さぶられる部長氏。

目覚めると同時に物凄い勢いでその場から後退していく。

 

 

「ひ、ひいっ!?」

 

「あたしに対して何なのその態度。用があるならさっさとしなさい」

 

「……そ、そうだ。写真だ」

 

「写真って何の話?」

 

 

 

 

 

 

 

……ああ、あれね。

 

 

 

すっかり忘れていた。

痴漢行為の現場をねつ造したあの写真だ。

 

 

「君がそこのメイドさんを使って無茶やった写真だ! もしかして君たちはまだ持ってるんじゃないか?」

 

「さあ、どうだったかしら……」

 

「オレは涼宮さんに渡したよ」

 

「なら君が持ってるんだろ?」

 

「うるさいわね、多分家にあるわ。それがどうしたのよ?」

 

「どうしただって!? ふざけないでくれ、あんなもんはさっさと処分するべきだ」

 

「はあ? あたしのものよ、勝手に決めないでちょうだい」

 

「……いいだろう、なら、返してもらおう。その権利を得るために僕たちコンピューター研究部は君たちに勝負を申し込む!」

 

こういう平和的闘争なら俺もいつでも大歓迎なんだがな。

周防もどうにか見習ってほしい。殺し合いとか勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負だなんて単語を出されて、黙っているような涼宮ハルヒではない。

面白そうで、ついでに暇つぶしにさえなればいいのだ。

それが今のところの彼女の正義である。

 

 

「君が持っているフィルムを賭けて勝負だ」

 

「いいわよ、ルールはもちろんバーリ・トゥードね?」

 

"何でもあり"じゃないか。

そもそも格闘技なんか彼らが出来るはずがない。

 

 

「いやいや、ゲームだよゲーム」

 

「ゲーム?」

 

「そうだ、僕たちが自主制作したゲームだ」

 

「どういうジャンルなのよ」

 

「これは説明書とゲームが入っているディスクだ。……文化祭で発表したんだけどね」

 

そう言って部長氏は涼宮さんにCDケースを手渡す。

あの中にディスクがあるのだろう。

 

 

「ふーん。でもあんたらは何を賭けるの? まさか無条件じゃないでしょうね」

 

「そうだな、君たち人数分のノートパソコン。君が使っているPCを除いてで六台だ。どうせ多人数対戦するゲームだから、それでいいだろ?」

 

「グッド!」

 

彼女はどこのギャンブラーだ。

 

 

「よし、練習期間は一週間だよ」

 

「あたしたちには多すぎるわよ」

 

「ふん。負けて言い訳されたくないのさ。それに多くて困るのか?」

 

正論だった。

 

 

「一週間後の午後四時スタート、逃げるなよ!」

 

「誰が!」

 

実に楽しそうな二人であった。

もっとも部長氏からすれば切実な問題なのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、俺はそのゲームとやらがてっきり"THE DAY OF SAGITTARIUS III"だと思っていた。

だが読み込みが完了したファイルに入っていたアプリケーションはそれとは違う名称であった。

 

 

「"THE MOON DAYBREAK"……?」

 

DAYという部分は共通しているが、DAYとDAYBREAKの意味は全然違う。

しかしながらオサレな名前を付けたがる部分は変わらないらしい。

とりあえず説明書を読むことにする。他のみんなも画面に釘付けだ。

 

 

 

――時は未来。

人間同士の抗争は地球を飛び出し、宇宙でも繰り広げられていた。

この作品はその中の一つ、月面での戦闘をテーマとした作品らしい。

何だか"エステバリス"みたいだなと思うと、本当にそんな感じの設定だった。

最低必要プレーヤーは3人。戦闘用の機体操縦と、母艦長とその補佐。

艦長が母艦の操縦指示を出し、補佐が自衛を行うという話らしい。

 

 

「えらいボリュームがあるな」

 

「説明書を把握するだけで一苦労ですね」

 

そして肝心の説明についてが長かった。

出来る範囲で要約させてもらおう。

 

 

 

まず、戦闘機体なのだがステータスを振り分ける制度にはなっていない。

既に基本パラメータは決められており、それぞれ異なる三種類の機体がある。

項目についてだが。

 

・装甲(防御力)

・機動性

・エネルギー

 

の以上3つでありこれらは基本値として10段階で評価されている。

戦闘機体は装甲6、機動性6、エネルギー7とバランスのとれた"スペンサー"。

当たらなければどうということがない装甲2、機動性9、エネルギー5の"ジャッカル"。

前線に長らく存在する事で真価を発揮する装甲8、機動性2、エネルギー10の"ランパート"。

装甲と機動性の値に関しては要検証なのだが、どうにも見たところ残り二つはピーキーである。

 

 

 

そして、エネルギーとは何ぞや?

このエネルギーの概念こそがどうやら肝らしい。

なんせ、このエネルギーが切れると一切の行動が不能となる。

エネルギーの上限値を増やすことは出来ず、分間1を必ず消費する。

回復方法はただ一つ、母艦で補給を受ける。それだけらしい。

救済措置として機体が破壊されない限りは行動不能の機体を母艦が収容すれば復帰可能だ。

つまり、このゲームにおける母艦の重要度は恐ろしいほどに高い。

そのまま敵艦の撃破が勝利条件となっているからだ。下手な行動は出来ない。

母艦の自衛方法もビームを撃てるわけではない。無いよりマシ程度の性能のバルカンだ。

 

 

 

また、各機体にはそれぞれ武器を一つだけ装備できる。

この装備は機体決定時に同時に選択し、後で変更することは不可能。

 

1マガジン30発、予備カートリッジ4つの"バトルライフル"。セミオートだ。

説明不要、ただ近づいて切るだけの最高威力の剣、"カトラス"。

残弾2000発を発射するフルオートガトリング、"デスウィッシュ"。

全ての機体には3発の"ボム"が初期装備されている。手榴弾みたいなもんらしい。

そしてデスウィッシュを装備した場合に限り、機動性が2ダウンするのだという。

これらはボムを除き、母艦のエネルギー補給時に残弾も回復するそうだ。

つまりボムはかなり大事に運用する必要がある。

 

 

「よくこんなの作ったじゃないか……」

 

「とりあえず練習あるのみよ!」

 

「……」

 

「どうやら各々プレースタイルを確立させる必要があるようですね」

 

「こ、これは何をすればいいんですかぁ?」

 

「ふーん。これの何が面白いのかしら」

 

「どうでもいいがパソコンなんて俺は要らないんだがな」

 

まだ説明書には続きがあるらしい。

……ええい、読めるか。とりあえずオフラインモードだ。

 

 

 

そして各団員のこの様子である。

涼宮さんを除いて、特にやる気が無かった。

果たしてこれでいいのだろうか。どうせ負けても失うものはないのだ。

 

 

「なんだこの画面」

 

「座標のようですね」

 

「意味が分からん」

 

「何よあんた、説明書に全部書いてあるじゃない」

 

涼宮さんはこの短時間であれを読破したのか。

もはややる気云々じゃない気がしてきたよ。

まあ、自主制作にしてはかなりのクオリティだ。まだプレーしてないけど。

 

 

「朝倉さん」

 

「何かしら?」

 

「どうするよ」

 

俺は本気を出すべきなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

0と1で構成されるディスプレイは何も答えてくれない。

 

 

 

 


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