異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ザ・ムーン・デイブレイカー

 

 

 

 

果たしてファーストコンタクトはどんな会話だったろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初からエキセントリックに行くのも良かったのだが、出たとこ勝負ではあった。

伝説の入学式の翌日、朝から寝ぼけていた彼に話しかけた。

 

 

「――君、一人かな?」

 

「……ん、どちらさんで」

 

「明智黎。ま、よろしく」

 

「ああ、明智……ね。最初の方だから何となく覚えてる。パソコンがどうとか言ってたな……」

 

その時は意外にも物覚えはいいんだなと思った。

 

 

「趣味としては読書、いや話を考えたりもするけどね。パソコンはどっちかと言えば特技さ」

 

「特技?」

 

「そ。ちょっとプログラムを組んだりだとか」

 

「はぁ、俺にはその辺はさっぱりわからん」

 

「家に無いのか?」

 

「とくに必要ないからな」

 

この時代はまだまだそんな家庭は多かったな。

2006年なら無理もない。後3年以上はかかるだろう。

 

 

「そっか、でも意外と楽しかったりするよ」

 

「だが独学だろ? よくやれるな、俺のプログラマーのイメージと言えばデスクワークだ」

 

「その認識は間違ってはいないと思うけど、結局は数学と同じさ」

 

「どういうことだ?」

 

「お客さんが居て、要求がある。それはつまり答えを求めているんだ。その過程を割り出すのが仕事だよ」

 

「生憎だが俺は勉強が得意ではない」

 

「なんだかんだここは進学校って聞いたけど?」

 

「それはここら辺で学校が他に無いからだろ。後はあそこ、光陽園学院ぐらいだぜ」

 

「私立の?」

 

「そうだ。俺にとっては人外魔境でしかないが」

 

「どうして」

 

「少なくとも、ここから出るよりは進学率がいいからさ」

 

「私立なんだろ?」

 

「それでもこっちよりはいい。結果としてそうだから認めるしかないだろ。まず環境が違うからな、モチベーションも上がるんだろうさ」

 

「なるほどね……でも」

 

「ん?」

 

俺は認めたくないぜ。

そういうの、"逃げ"って言うんだ。

"妥協"はしてもいいが、そこから逃げる事だけはしちゃいけないんだ。

つまり、自分なりの結論を出していないんだ。君は。

 

 

「結局のところ人間は、そこにあるものでしか満足できない」

 

「だろうな」

 

「だけどそれに満足できない人間が、発見や発明をして文明を、社会を創り上げた」

 

「……」

 

「お前さんは、満足してるのか?」

 

「さあな……」

 

「そろそろHRだ、また後で話そうや」

 

「哲学的な話なら遠慮させてもらおう」

 

「ははっ。いや、そうだね、女子の話とかでいいんじゃないかな」

 

「やる気のない見た目に反して、お前はそういうガツガツしたキャラなのか?」

 

「『さあな』」

 

とにかく、こんな感じだったと思う。

谷口や国木田とも、中身のない会話をしたさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の話の結論から言えば、俺はそこまで必要じゃなかった。

いや、俺一人でもその気になれば解決できるが、俺より優秀な人材が二人も居る。

そのどちらかだけでもコンピ研は破滅すると言うのに、オーバーオーバーキルだった。

 

 

 

キョンが突然話しかけてきた。

さっきあんな反応だったのに、もう許してくれるのか。

 

 

「お、おい明智」

 

「うん?」

 

「長門と朝倉の方から異様なタイプ音がさっきからするが、ありゃ何だ、何を企んでいる」

 

「安心してよ、もうすぐ終わる」

 

俺は彼との会話をしながらゲームプログラムを改竄していく。

とりあえずあっちのインチキコードは全削除だ。

ステルス、ワープ、敵HPの表示なんてのもあった。

 

 

「二人にはサポートしてもらってるんだ、長門さんが侵入してこっちにデータを送る。朝倉さんとオレで書き換えさ」

 

「また変なパワーを使ったのか?」

 

「いや、多分知識と技量、後は経験さえあればできる。情報操作はナシだよ」

 

「それならいいが、さっきからこっちの機体性能が良くなった気がするぞ」

 

「移動速度の事か? 10でいいよね」

 

「……さっさと終わらせろ」

 

「そりゃ無理だ。お前がトドメを差すんだから」

 

果たしてコンピ研の方々はどんな反応をしていたのだろうか。

今となっては知る由もない。

 

 

「涼宮閣下、敵影を捕捉しました。指示を」

 

「あら、古泉大尉は私の近くに居るわね。挟撃を仕掛ければ簡単よ、どうすればいいかしら?」

 

「わかったわ。二人とも、オタクその2を殲滅しなさい!」

 

いや、こうもあっさり沈めては可哀想だな。

……コンピ研部長氏も切実なのだろう。

写真については処分する方向で行こう、"貸し"にしとけばいいのだ。

大きなため息を吐いたキョンは。

 

 

「……こんなに簡単に済むなら、一週間の練習期間は何だったんだろうな」

 

「とは?」

 

「そのままの意味だ。無意味だって事だ」

 

「もしかしたら、そういう考えも正しいのかもしれない」

 

「正論じゃないってか」

 

「ただの意見さ。でも、閣下にとってはきっと、過程の時間も悪くなかったんじゃないかな」

 

「ハルヒはそんなにいい考えができる奴なのか?」

 

「少なくとも彼女が前向きなのは違いないよ、じゃなかったらオレたちが集まるようなSOS団なんてないでしょ」

 

その"願い"がどれほどありがたく、どれほど迷惑なのか、今や俺は考えもしない。

この世界を受け入れ、生きていく覚悟ができたからだ。

それはどれだけ素晴らしいの事なのだろうか。

 

 

 

要は、あっちの俺と同じだ。キョンから聞いた話だけだけど。

こんな取るに足らない俺に、生きる意味ができた。

本当にみんなには感謝したんだ。だから、俺は、俺の正義は、みんなの正義だ。

SOS団団員、みんなのための。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくオレの初撃墜だよ」

 

「ラス1だけどな」

 

「あははははっはは! でかしたわ、諸君!」

 

「骨が折れましたよ、これを機にキーボード操作を鍛えたいところです」

 

「あっ、お、終わりですか!?」

 

「まだよみくるちゃん。まだ肝心の敵艦が残ってるじゃない」

 

「もう私は出なくていいんじゃないかしら。補給が面倒なのよ」

 

「……」

 

「甘いわ軍曹。獲物の前で舌なめずりは、二流、いや三流のすることよ!」

 

その台詞で行けば涼宮さんが軍曹になってしまう。

方針はお前に任せるよ、キョン。

 

 

「どうでもいいがな、命令をくれ。閣下よ」

 

「ええ、それじゃ――」

 

もしこれがアニメで、処刑用BGMなんぞがあるとしたらとっくに流れ終わっている。

最早流れが変わる事はあり得ない。切断をしなかったのはコンピ研に残された最後の誇りなのだろうか。

だとすればタフな連中である。だが、その根性はちっぽけではない。称賛に値する。

 

 

「相手が悪かったのさ」

 

「――全軍突撃よ!!」 

 

最早残弾が切れた機体は、補給などせずにひたすらパンチを敵艦に浴びせていた。

俺もとっくに弾丸切れで朝倉さんと同じブレードに換装されている。

抵抗として弾幕もあったがそれを掻い潜り、じわじわと、嬲っていく。

 

 

「取材だな」

 

「あん?」

 

「後でこの瞬間の感想を取材する」

 

「部長氏にか……」

 

「まさか、コンピ研の全員相手にだよ。量も最終的には質に関係するのさ」

 

「やっぱりお前は人間じゃねえよ。お前も宇宙人だ、良かったな」

 

「いいや、"世界"が違うのさ」

 

「……言ってろ」

 

涼宮さんの指示が出され、移動した時間を含めると2分もなかっただろう。

コンピ研の敗北が決定するまでに必要とした時間だ。

ディスプレイに表示される『Winner!』のメッセージがやけに虚しく見えた気がする。

 

 

「我々には勝利以外の選択肢はないのよ!」

 

ああ、常識だよ。

涼宮ハルヒに勝てる存在は、"鍵"だけなんだ。

最強が二人も居るんだぜ? 誰が勝てるよ。俺には無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、誰しも立ち直るのには時間が必要というものだ。

 

 

 

そうでなくても彼らの中では話し合いもあっただろう。

決着から三十分以上が経過した十七時。

 

 

「負けたよ、完全敗北だ……」

 

真っ白に燃え尽きた部長氏が文芸部のドアを叩き、やってきた。

涼宮さんは完全に天狗だ。いつもそうだが今日はグレート天狗とやらだ。

 

 

「ふふんっ」

 

「本当に申し訳ない。いや、正々堂々としてなかったのはこっちの方だ。どうか許してほしい」

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ。どうでもいいけど、ここにある奴は全部貰うわよ?」

 

「……いいだろう」

 

本当に可哀そうになってくる。同情でしかないが俺はああはなりたくない。

肘でキョンを小突いて「行け」と合図する。

 

 

「なあハルヒ」

 

「ん、どうしたの?」

 

「いや、充分じゃないか?」

 

「はあ? 喧嘩売ってきたのはあっちじゃない! ノートパソコンは我々の備品よ」

 

「違う。フィルムだ」

 

「フィルム?」

 

「そうだ。元々今回部長氏がこの場を設けたのは、お前が去年やらかしたせいだろう」

 

「あたしは悪くないわよ」

 

「良し悪しじゃない。このパソコンだって明智がよくわからんものを提供して交換という形で解決したんだ。なら、今回も等価交換でいいんじゃないか?」

 

「……何よ」

 

「六台もあれば釣り合うだろ? それに、万が一にそんなもんの存在がバレたら朝比奈さんにも迷惑がかかる」

 

「……そうかしら」

 

部長氏は無言だったが、必死の目で訴えてきている。

許してくれと言わんばかりだった。

 

 

「そうだ。何なら多数決でもすればいいさ」

 

結局キョンの意見に反対したものはいなかった。

 

 

 

 

 

――で。

 

 

「なあ、君」

 

「はい?」

 

コンピ研の部員がノートパソコンの設定なんかを行っている最中、部長氏に話しかけられた。

 

 

「もしかしなくても、君の仕業だろう? まさかあそこまでやられるなんて夢にも思ってなかったよ」

 

「いいや、オレ一人じゃないですよ」

 

「えっ?」

 

「あっちで本読んでる眼鏡の女性と、後――これはオレの彼女なんですけど――あそこの青髪の女性が主犯です。俺は補助です」

 

「ばっ、さ、三人も居たのか……」

 

「"アノニマス"だって一人でやらないですよ」

 

この時代にそう言って通じるかは謎だった。

だが部長氏はこれを好機ととらえたらしい。

 

 

「な、なあ。これは相談だが、ヒマなときがあれば是非うちに顔を出してくれないか?」

 

「そっちの部室にですか?」

 

「そうだ、誰でもいい。僕たちはかなりいいものを作れると過信していた、それが、こんな形で考えさせられるとは思ってなかったけど」

 

なまじ技術力があるから過信してしまう。

それも典型的なプログラマーの性ってものだろう、俺にはよくわかる。

 

 

「大丈夫ですよ」

 

「へっ? 何がだい?」

 

「いえ、その気持ちがあれば、人のためにやるってことを忘れなければいいものは必ず作れます」

 

「そうかな。僕も、作れるかな」

 

「ええ。プログラマーってのは結局、形のない物を売っています。だからこそ、それに対して評価してくれる人物が一人でもいれば、そのために頑張るんですよ」

 

理想論もいいとこだ。

言うまでもないが会社ではそうはいかないさ。

実際に顧客の意見が通るかは予算の問題もある。

それにそもそも現場の人間全員が顧客と顔を合わせたり、また開発後の使用感想なんかを聞くこともほぼない。

基本的には一過性のものなのだ。

 

 

「それでも情報社会は発達していきますよ。今後、どんどんと」

 

「何故かだけど、僕もそう思うよ」

 

「はい。必ず」

 

そうだな。たまには俺も顔を出してもいいかも知れない。

 

 

 

それはきっと、"そこにあるもので満足できない人間"の仕業なのだろう。

俺は能力、"臆病者の隠れ家"なんか無くても、どこまでも、遠くへ行ける。

人間の精神は鳥のように空高く飛び上れるし、何なら瞬間移動だってできるさ。

最初の家から外へ出る一歩。それさえあれば、その繰り返しなんだ。

色々あるが、結局は馬鹿と鋏は使いようさ。だからこそ俺はそれに誇りを持っていた。

……だけど。

 

 

 

 

 

「……さぁて、やっぱり"思い出せない"ぞ」

 

これはあっちの世界に飛ばされてから気づいた事だ。

正確にはジェイにとやかく言われた後に疑問を抱いた。

そしてその疑問は朝倉さんへの前世暴露で確かなものとなった。

 

 

 

原作知識? 

 

いいや、違う。

 

そうじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら俺の前世の記憶には、穴があるらしかった。

 

そう、俺には確か、誰か、友人が居たはずなんだ……。

 

十年以上も一緒に居たはずのそいつの顔も、名前も、性別も、何も思い出せない。

 

何故だろう。

 

 

 

 

そして俺は何故本を読むようになったのだろうか。

 

昔は違った。長門さんの逆、書くだけだった。

 

例外として読んでたのが兄貴が好きだった漫画【HUNTER×HUNTER】

 

そしてペルハム・グレンヴィル・ウッドハウスの【ジーヴス】シリーズだ。

 

自分の好きな事は思い出せるのに、その友人についてだけは思い出せなかった。

 

変人の俺の相手をしてくれたのは記憶してる限りでは、その一人だけらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

……それは、"誰"なんだろうな。

 

ただ、確かなことはあるさ。

 

 

 

 

 

「――月の夜明けは、オレにはわからない」

 

 

 

 

"THE MOON DAYBREAK"

 

 

月の夜明け。

 

 

 

 

 

 

本当に……皮肉じみたタイトルだよ。

 

 

 

 


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