異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十四話

 

 

 

 

そして二月に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年度末もいいとこで三年生は自宅学習の期間だ。

北高はこれでも進学校としての体裁がある以上、一部の教職員も空気が違う。

俺が三年になれば担任の岡部もそうなるのだろうか。

熱血派だから、むしろ生徒と一緒に悩んでくれそうだが。

 

 

 

……受験シーズンね。

そういや古泉は理数クラス。

勉強云々以前に、普通科ではいけなかったのだろうか。

転校生である以上定員がという訳ではなかろう。

どういう形かは知らないが、それも『機関』の意思なはずだ。

それとも涼宮さんのツボを研究した末の行動なのか? 

確かに五月の急な転校、イケメン優等生。どうしても色眼鏡で見られがちになってしまう。

あいつと同じ空間で授業だなんて苦行でしかない、普通科の俗物男子ならばストレスだろう。

とにかく、直球ではあったが涼宮さんのストライクゾーンだったんだろうさ。

 

 

 

だがな古泉よ。

俺はお前の持論を認めちゃいないぜ。

 

異世界人どころか世界の特異点? 

馬鹿言え、やっぱりただの過大評価なのさ。

確かに俺はそこから"何か"を変えたかもしれない。

だが、それは誰にでも出来ることなんだ。

別の世界の、何の力も持たない俺でもだ。

俺が変えたんじゃない、お前らや、世界の方が変わったんだ。

もし俺が変えたものがあるとすれば、それは他ならない俺自身だ。

変わりたいと思う気持ちが自殺なら集団自殺ってのもいいかもな。

 

 

 

 

 

 

――さて、それはさておき、二月だ。

つまり。

 

 

「ねえ明智君」

 

「何だい」

 

「もう二月ね」

 

「うん」

 

「バレンタインは何がいいかしら?」

 

盛大にむせ返ってしまった。

A-10 サンダーボルトも吃驚の急降下爆撃である。

いや、期待してたかどうかで言えばしてないはずがない。そうだろ?

だがしかし普通そっちから聞くような事なのか?

だとしても俺に直接ってのはどうなのだろう。

 

 

「聞かなきゃわからないじゃない」

 

「正論だ……」

 

「で、希望はあるの?」

 

この場合の希望というのは恐らく形や型の事ではない。

世の中では普通にチョコレートで解決するのは面白くないという輩とて大勢いる。

一昔前では少数派だったが、もう時代の流れって奴なんだろうさ。

いやいや、俺にはさっぱりだよ。

 

 

「……"シュークリーム"」

 

「あら、シュークリームがいいの?」

 

「……違うよ」

 

そうではない。

 

 

「シュークリームだけは、"絶対"に、よしてくれ」

 

「へぇ。嫌いなの?」

 

「何故かは知らないけど、昔から食べれない。あれを見るだけで嫌な気分になるんだ」

 

「ふーん。意外な弱点ね」

 

決して【まんじゅうこわい】作戦ではない。

本当に無理なんだよ。あれを食べると爆死するような気がする。

どこかトラウマだ。一度嫌々口にした時は噴出したね。

 

 

「スイーツで言えば、それ以外なら何でもいいよ」

 

……でも。

 

 

「やっぱりチョコレートかな」

 

「ふふっ。そうね、それがいいわ」

 

「楽しみにしとくよ」

 

なあ、理由をわざわざ言う必要があるか?

単純明快。記念すべき"一回目"だからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら、二月に入って早速そんな事を考えるのは浮足立った連中というものだろう。

そう、忘れてやるな。二月と言えばまずはあれじゃないか。

 

 

「はいっ、お待たせ!」

 

誰が待っていたのかと言えば、それは男子全員と言う形になる。

いつも通りの重役出勤、しかも女子を総動員してきたらしい。

放課後の文芸部部室でのことだ。

 

 

「いや、苦労したわよ。まさか駄菓子屋に置いてないなんてね。ぱぱぱって行って戻るつもりだったのに。コンビニまで行ったわよ。本当、ここから遠くて不便だわ」

 

まだまだ暫くは外が寒い。

大森電器店から譲り受けた電気ストーブのおかげでSOS団は冬を越せた所がある。

だと言うのに涼宮さんはセーラー服一丁で突撃していったらしい。

朝倉さんも長門さんも朝比奈さんも一応コートやら何やらを各々羽織っているというのに。

どうやら彼女はいつも通りにやる気らしかった。

 

 

「二月三日と言えば節分よ。そう、あたしは朝からなんか忘れてる気がしたのよ」

 

「そのまま忘れててくれてもよかったんだかな。部室で豆鉄砲大会でもおっぱじめるつもりか?」

 

「何言ってるのよ。部室で巻くわけないじゃない。片付けが面倒よ」

 

女子は全員がコンビニ袋を持っている。

その中には大量の豆が入ってるんだろうな。

涼宮さんの袋はパンパンである。

 

 

「それでは渡り廊下から、というのはどうでしょうか。我々が食べるには多すぎます、地面に落ちれば鳥の餌にでもなるかと思いますよ」

 

「そうね。じゃあそうしましょ」

 

「ところで、節分って何をするんですか?」

 

「みくるちゃんそんな事も知らないの!? ……箱入り娘なのはわかってたけど、これだから日本文化が廃れるのよ!」

 

「どういう理屈だ」

 

「でも朝比奈さんが鬼なんか見たら泣くよ?」

 

「明智、お前は本当に鬼が出るとでも思ってんのか」

 

「……涼宮さんが居る以上、あまり大きい声で言わない方がいいと思うよ」

 

そう、UMAがギリギリのラインだったのだ。

朝倉さんが描いた周防はさておき、鬼なんかに出られた日には土下座しか攻撃手段がなくなる。

鬼をどうやって倒せばいいんだよ。妖怪相手と言えば"鬼の手"ぐらいだ、彼を呼ぶしかないのか。

キョンはついに黙ってしまう。

 

 

「うん、みんな福娘にうってつけの人材だもの。ぱーっといくわよ、ぱーっと!」

 

ああ、いいぜ。

俺に独占欲なんてものは無いさ。

何故ならその必要が無いからさ。

 

 

 

 

 

 

豆まきのどこに需要があったかと言われれば、そもそもSOS団の存在そのものの需要が局地的なものである。

俺含め男子は女子の豆まきのための補給係だ。古泉はさておき、俺とキョンが豆まきしても誰得に終わる。

これで世界が平和になるのであれば、俺はいくらでもこうしよう――

 

 

「――ってね」

 

「何言ってんだ」

 

「僕も同意見ですよ。実にいい事ですよ」

 

「そりゃあハルヒの思いつきにしてはマシな方だがな」

 

下の方では男子生徒がわらわら豆を求めて争奪戦を繰り広げている。

 

 

「明智、お前はいいのか?」

 

「良し悪しがわからないんだけど」

 

「朝倉だ。あいつの投げる豆も何だかんだ人気だぜ」

 

「安心してよ、オレ人の顔を覚えるのは得意なんだよね」

 

「どうするつもりだ」

 

「さて、どうしようかな」

 

どうするつもりもない。

そこで右往左往するのは圧倒的な敗者でしかないのだ。

 

 

「ふっ。覚えておけよ、キョン」

 

「……何をだ」

 

「あんなのを"惨め"って言うんだぜ」

 

「お前の発言も腹が立つ部類のものだが、それには同意だな。朝比奈さんのお茶が飲めるのは団員の特権だ」

 

「ええ。豆まきとは本来、閉鎖的に行われるべきであり、また開放的であるならば――」

 

古泉は意味の解らない講釈を垂れている。

それがいわゆる神の啓示なのだろうか。

 

 

「しまったわ。これ、恰好によっちゃお金取れるイベントになったんじゃない!?」

 

「バニーガールはきついと思うぞ」

 

「馬鹿、この季節にあれは寒すぎるわよ。……そう、巫女服。豆まきと言えば巫女さんじゃない!」

 

どういう思考ルーチンの末にそうなったのだろうか。

俺には涼宮ハルヒのロジックを考える気にはなれない。

そこんところは頼むよ、キョン。

 

 

「お金ねえ。そりゃあ一人頭五百円が妥当だな」

 

「何かいい機会はないかしら……」

 

意外にそれは遠くない先の事らしかった。

しかし、そんな事は些細な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の節分については恵方巻きと、大量に余った豆の処理で話が終わる。

そんな満腹イベントをこなした数日後の部室。

 

 

「どうも」

 

「……」

 

「あっ、二人とも、お茶を出しますね」

 

キョンはまだ来てないらしい。

 

 

「涼宮さんもまだ来ないようです。どうでしょう、一試合」

 

「負けても泣くなよ」

 

古泉が机に置いたのは"キツネとガチョウ"だ。

"カタン"といい、どうもコアなゲームも用意しているんだな。

因みに俺は朝倉さんに勝てないのでボードゲームでの試合は諦めている。

いつぞやの軍人将棋はもう勝てなくなってしまったのだ。透視してるとしか思えない。

その辺どうなの?

 

 

「あなたの思考パターンを分析した結果よ。十六回のデータを基準に割り出して、そこから更に行った三試合分でだいたい読めるようになったわ」

 

こちらに眼もくれず、そろそろ春に向けた服装を載せているファッション誌を読みながらそう言う。

いやあ、その発言。普通に怖いんですけど。

 

 

「素晴らしい理解者に恵まれて、羨ましい限りです」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「と、言いますと?」

 

「理数クラスだって女子は居るだろ」

 

「そうですね……。ですが、涼宮さんのために働くのが僕の幸せですよ」

 

「嘘つけ」

 

「おや……」

 

ハッタリだ。

だが古泉は少し驚いたらしい。

 

 

「お前さんのその決意は本物だ。だが、別の"何か"もある。違うか?」

 

「……さあ、どうでしょうね」

 

「自分を見失うなよ。そういうのは、オレ一人だけでいいさ」

 

「ええ、心得ときましょう」

 

古泉扮するガチョウ軍団は俺のキツネにあっさりと駆逐されてしまった。

第二ラウンドとしてキツネとガチョウを交代したが、二三羽駆られただけでキツネはあっさり行動不能となった。

これでわざとじゃなければ古泉はボードゲームを引き裂いてもいいと思う。

 

 

 

 

 

 

それから結局、この日はキョンが来なかった。

後からやって来た涼宮さんもどこか退屈そうだった。

無断欠席に対し、腹を立てて電話もしていたが、どうやらシャミセンの調子が悪いのだと言う。

なんやかんやで猫もデリケートな生き物だ。兎ほどじゃないが丁重に扱うべきだ。

それにシャミセンはレア中のレア、雄の三毛猫なのだから。

 

まあ、あっと言う間に下校時間だよ。

 

 

「こういう日もあるさ」

 

「キョン君にしては珍しいわね。ペットを思いやるような感じだったかしら?」

 

「動物好きに悪い奴は居ないって言うよ」

 

もしくは、いいハンターってやつは動物に好かれちまうんだ。って事だろう。

 

 

「そう。じゃあね」

 

「また明日」

 

そんなこんなで一日が終わる。日課を終えて、これから自宅へ帰宅だ。

いやいや、バレンタインが近いって事もあって俺は少々日和っていた。

だが、油断は一切していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ――

 

 

 

 

 

 

「――マジかよ」

 

 

俺はその殺気にどうにか反応出来た。

住宅街の道路、勢いよく右サイドへ回避すると俺が居たその場を包丁が通過した。

後ろから投げられたらしい、当たればただじゃ済まない投擲速度だった。

すぐに俺は振り返ると。

 

 

「……あんた、何者だ?」

 

『……』

 

黒。

ロングコート、手袋、ブーツ。

何から何まで黒づくめ。

頭にはライダーヘルメット、顔さえ解らない。

まるで、あいつのようだった。

 

 

「もしかして刺客って訳かな」

 

『……』

 

返事は無かった。

お互いの距離十二メートル。

さて、どうするかな……。見た所、敵は無手――

 

 

「はぁ!?」

 

『……』

 

おい、こいつは某国家錬金術師か?

突然コートの右袖から鋭利な刃を出現させた。

そうかと思えばあり得ない速度で接近。

 

 

「はっ。どうやら、宇宙人か」

 

『……』

 

「何とか言えよ」

 

咄嗟に具現化させた"ブレイド"で応戦。

名前の割にはただの鈍器にしかならないが。

そしてこいつがどの勢力かまでは解らない。

一番濃厚なのは……。

 

 

「急進派か? おいおい、いつまでオレは狙われればいいんだ」

 

『……』

 

「何が目的だ」

 

『……死』

 

そんな単語が聴こえた瞬間だった。

予想は出来た事だ、右袖から出せるなら、もう片方もってね。

 

 

「ちっ――」

 

回避不能の一閃。

……やむを得ない。

 

 

 

 

 

 

『……何』

 

 

 

 

「――こっちだ。ってね」

 

 

 

 

 

 

敵は一瞬、俺の姿が消えた事に驚いた。

その隙に後ろからそいつを思い切り蹴飛ばす。左足にオーラを一極集中。

人間は脚力の方が強い、よって周防の時のパンチより威力は上だ。

その敵は近くの電柱まで吹っ飛ばされた。

 

『……く』

 

「……1秒間だけオレ自身を消した。君に勝ち目はない」

 

ハッタリもいいとこだが、俺は敵の襟元にブレイドを突きつける。

やはり切れるもんじゃないし、宇宙人相手に通用する威力の打撃にはならない。

この武器もオーラで強化できれば良かったんだけどね……。

 

 

「素直に自分について話すか、それともこのまま再起不能になってもらうか。オレはどっちでもいい」

 

『……』

 

「どちらにせよ、異世界送りだ」

 

するとそいつは突然立ち上がった。

……まだやる気かよ。

 

 

 

正直、そいつから感ぜられる威圧感はかなりのもんだった。

俺が先月朝倉さんと山デートと言う体の虐待を受けてなければ対応できない速度。

朝倉さんや周防と互角。あるいはそれ以上。その敵が、殺しにかかる。

ハッタリが通じないガチのやりあいで、どこまで通用する……?

とにかく持ってくれよ、俺のオーラ残量。

 

 

 

「わかった、なら――」

 

 

『……ふふっ』

 

 

笑い声? 何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『相変わらずね、明智君は。甘いところは変わってないもの』

 

 

 

 

 

 

そう言ったかと思えば、そいつはヘルメットを外した。

 

いや、それだけじゃない。

 

俺が見ていたのはそいつが変装した姿だったらしい。

 

瞬時に衣服や体格が変化して行く。普通じゃない、テクノロジー。

 

だが、その正体ってのは俺の予想の斜め上をぶっちぎりだった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうね、点数で言えばギリギリ合格ってとこかしら。本当は五十九点だけど、そこら辺はおまけよ。愛の成せる業ね」

 

 

 

 

 

よく聴いた声だった。

俺は最早その声を聴くだけで、心が安らぐ。

 

 

「何……だって…?」

 

「さあ、何かしら?」

 

茶色のアウター、青のストール、膝丈のグリーンスカート、黒いタイツ。

ブーツはそのままだった。

 

 

「それにしても本当に寒いわね。わかってたけど、この時期は嫌だわ。ううっ」

 

髪型はポニーテールだし、何やら大人な顔つきになっている。

化粧なんて必要ないぐらいに美人だが、そいつはナチュラルメイクさえしている。

だがな、間違いない。俺はわかる。そいつは、"偽物"なんかじゃない。

わかっちまうもんは認める他ないだろう。

 

 

 

正真正銘の――

 

 

 

 

「朝倉……さん……?」

 

俺がそう呼ぶと彼女はやっと笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、あなたの未来の奥さん、朝倉涼子よ」

 

 

 

 

 

そういや、ようやく俺は思い出せた。

二月は原作における"陰謀"の時期だった。

キョンが今日部室に来なかったのも、理由がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつも未来の朝比奈さんに出会ってたっけ……。

 

 

 

 


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