異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十七話

 

その日、俺は朝倉さんの秘蔵画像が入っているUSBを朝倉さん(大)から取り返すことが出来なかった。

 

ちくしょう。

 

 

 

……一応言っておくが変な画像は入ってないぞ?

普段の制服、夏服、コート、いつぞやの浴衣だったりタキシード姿とか普通のだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにかお願いして金縛りをディスペルしてもらったのだが、それでどうにかなる訳もない。

俺がその文字通りの障壁であるバリアーの先へと侵入できないからだ。

絶対不可侵領域という訳だ。そんな名前の罠カードが某ゲームにあった気がする。

やがて俺は両手にオーラを集中させて思い切り連打したのだが意味が無かった。

それどころか朝倉さん(大)に。

 

 

「ちょ、ちょっと。やめなさい!」

 

「あぁっ!?」

 

「物理的な方法での破壊は無理よ」

 

「やってみなきゃわからないよ。"絶対"なんて信じないから……」

 

「馬鹿! そのままやっても拳を壊すだけだわ」

 

確かに痛かったし一向に解決する感触はしない。

これがあの時のように妥協しない精神に到達する俺ならば身体の一部が動く限り永遠にぶつかり稽古をしていただろう。

手詰まりとはまさにこのことで、果たして一週間以内でどうこうできるとは思えなかった。

身体的にも精神的にも疲弊しつつあった。

 

 

「……ほ、他に……ヒントはないのか……?」

 

「もう全部言ったわ」

 

「なら次回はもっとわかりやすく頼むよ」

 

「私はもう来ないわよ。今回だけの特別限定出張なの。そしてこれがクリア出来れば合格よ」

 

修行項目がこれだけとは随分と手を抜いているような気もする。

それだけ困難だということなのだろう。少なくとも今の俺にはそう思えた。

しかしまあ。

 

 

「主婦の朝倉さんが、出張ね……」

 

「未来のあなたからすればこっちに送ってから数秒もしないで私と会う事になるのよ?」

 

「そいつは――」

 

「今、何か、変な事考えた?」

 

「……別に」

 

双子座のパラドックスやウラシマ効果。

それらを意識して朝倉さん(大)は一週間分老けるのかとは決して思ってもいない。

なのでその殺気は本当に勘弁して下さい。俺は追い詰められたキツネだがジャッカルではない。

だが、それでも本当に何歳なのだろうかとは思ってしまう。

将来的にここへ送った俺は彼女の年齢を知っている訳だ。

どうにかして自分を奮い立たせよう。

 

 

「朝倉さん。何かご褒美がないとやる気が出ないよ」

 

「あら? そういうのはこの時代の私とすればいいじゃない」

 

「何でそっちの方向性になるのかな……」

 

少しでも今のお淑やかな朝倉さんのままで居てほしいのだが。

フランクと言えるのも人間らしくていいんだけどさ。

 

 

「一つだけ。オレがこの課題をクリアしたら一つだけ質問に答えてほしい」

 

「未来の事は難しいわよ?」

 

「いいや、朝倉さん本人に対するごく個人的な質問さ」

 

「答えられる範囲ならいいけど」

 

「問題ないと思うよ」

 

年齢や家庭についてじゃない。

だからこそ、それを聞かないで未来に帰られたら俺は後悔しそうだ。

どうにかして一歩でも前進したいところではあった。

恐らく俺が出会ってきた中で涼宮さんに次ぐ最強。戦闘力で言えば真の最強。

それが朝倉さん(大)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は普通に起きた。

昨日のような感覚は無い。殴り続けてストレスは発散されたのだろうか。

あるいは朝倉さんとの登校という事で俺が落ち着けたのだろう。

 

 

「……」

 

「どうしたの? 難しい顔して」

 

「オレの目つきが悪いのは生まれつきなんだけど……?」

 

「違うわよ」

 

「だといいんだけど」

 

「目つきはたしかに悪いけど、何か考え事してたじゃない」

 

前世から目つきについてのそれは言われててちょっと嫌なんだけどな。

しかしながら素直に今私は未来のあなたの難題に苦戦していますとは言えない。

だが、助けを求めるぐらいならば大丈夫なはずだ。

 

 

「朝倉さんは"重力"ってどう思う?」

 

「はい?」

 

「重力だよ。あるいは引力でもいいのかも」

 

「……質問の意図がわからないわ」

 

「気が違ったわけじゃあないから安心してほしい」

 

「そんな事について考えてたの?」

 

「だいたいあってる」

 

「最近のあなたは凄いわね。本当に世界レベルじゃない」

 

「何がさ」

 

「頭の出来がよ」

 

本当にこのお方は俺と愛し合っているのだろうかとさえ思える言いようである。

キョンがよく言う黙ってたらいいって奴が少しだけわかるから俺が悪い。

この時から既にあんなふざけた態度の朝倉さん(大)になってしまう片鱗があったのか?

 

 

「とにかく朝倉さんなりの答えがオレは欲しいんだよ」

 

答えも何も模範解答はとっくの昔に出されているのだが。

現在は否定されているどの説に関しても俺の納得がいくものは無かった。

朝倉さん(大)は何を根拠に、俺の力を"重力"と形容したのか。

そしてそれすら正解ではないらしい。

 

 

「重力についての一般知識ならあるんじゃないの?」

 

「でも全部は知らないよ。知ってる事だけさ」

 

「どうもこうもないわね……」

 

「頼むよ」

 

「"位置"ね」

 

「それって、中世ヨーロッパの話かな」

 

「やっぱり知ってるじゃない」

 

「オレは"運命"だったり"因果"を否定しているんだ、その考えはオレの主義に反する」

 

「私はいい考えだと思うけど」

 

「どこがさ」

 

「"本来の位置"ね、ふふっ。あなただって結局私の所に戻ってきてくれたじゃない」

 

「……ああ」

 

たった一ヶ月と少し前の話なのに、なんだか俺には遠い昔のようにも思えた。

例え俺一人が消えようと、それでも世界は廻り続けるのだ。なんて素晴らしく、なんて残酷。

だとすれば、俺の能力の本質はそこにあるのか? 異世界人、役割、だが。

 

 

「正解に近いが、正解じゃあないって感じだ」

 

異世界人って観点だけで言えば、合格点どころか優秀評価が貰える。

しかし、俺の知らない"役割"。何となくだが、これとは別な気がしてならない。

本質はもっと単純で、近くにあるような。俺自身だけではないプラスアルファ。

 

 

「宇宙人の技術について説明が欲しいのかしら? 私たちは正確には宇宙人じゃないのよ」

 

「いいや。空間の制圧は戦闘の基本。か」

 

「……どこで聞いたの? それ」

 

「本で読んだだけさ」

 

これも嘘だ。

そろそろ本格的に自分が嫌になってくる。

 

 

「そうね、そうよ。だからこそあの時、私は油断してたのよ。……あなたを全力で仕留めなかった」

 

「だったら今頃オレはここに居ない」

 

「……馬鹿」

 

「おいおい、その話題を出したのはそっちじゃあないか」

 

「今は違うのよ」

 

「知ってる。オレのせいだ」

 

「あなたのおかげよ」

 

「まさか」

 

「本当よ」

 

それが嘘でも俺は朝倉さんにそう考えてもらえるだけで充分だ。

今日の風はなんだか寒くは感じなかった。

俺の繋がれた左手は、それと関係あるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは昨日朝倉さん(大)と話した事なのだが。

辺りが暗くなり、俺の勝手に改築された203号室での事だ。

 

 

「明日も修行だよね?」

 

「ええ。でも部活終わりでいいわよ」

 

「時間的余裕はあるのかな?」

 

「それはあなた次第よ。今日は色々説明しなきゃいけなかったから早目に来てもらったの」

 

「これは常にそうなんだけど、オレは自信がないんだよ。根拠がどこにもないからさ」

 

「じゃあ作りなさい。あなたはそれが出来るのに、それをしてこなかった。だから自分を"臆病者"だなんて言うのよ。"独善者"失格ね」

 

「手厳しいね……」

 

だが彼女の指摘はまさにその通りだった。

覚悟が出来たのに、俺が手にしたのは一つだけ。

栄光でも正義でも何でもない、ただの一人の、朝倉涼子という女の子だけだ。

それ一つで充分過ぎると言うのに、他に何をどうすればいいんだ?

 

 

「飢えなさい」

 

「『飢えなきゃ勝てない』か?」

 

「そうよ」

 

「ずっと気になってたんだけど、どこからそんな情報手に入れてるのさ」

 

さっき見たとあるといい、この世界には存在しないぞ。

ジェイが俺によこしたハンタだって結局あっちの世界にはなかったものだ。

 

 

「知ってるでしょ」

 

「またオレか」

 

「と言っても今のあなたには何年かけても無理よ。人間と猿の差だわ」

 

「だから『ずっとずっともっと気高く飢えなくては』って?」

 

「私はあの漫画も全部読んだのよ」

 

「随分とオタッキーになったんだね」

 

「あなたと付き合い始めた時の私は実年齢にして三歳よ? だから今の私はまだまだ若いの」

 

「……そういやそうだった」

 

でもその言い訳はどうなんだろうか。

"アサクラ―"だったり"アサクライダー"だったり、もしかすると今や"アラサ―"だ。

 

 

「私が今回したい役目は、ただの"補助輪"にしか過ぎない」

 

「なるほど」

 

それは永遠に付けて頼っていくものではない。

やがて、自分一人で動き出す必要がある。歩き出す必要が。

俺も彼女が未来から来なくても、自分でも真実に近づけるだろう。

 

 

「……だが、今日ではない」

 

「時間がないのよ。わかってるでしょ?」

 

「何となくね」

 

「だったら頑張ってちょーだい」

 

「オレのため。か?」

 

「そうよ。あなたは今まで私のために頑張ってくれた。これからも。だから今回だけ、私からのお返しよ」

 

「こんなオレでも、嘘でも幸せって思える」

 

「嘘かどうかわかるのは、この世で一人だけなのよ」

 

そう、それは俺が決める。

 

 

「きっと未来のオレは"強い"んだろうな」

 

「自信を持って言うわ。私の旦那が最強よ」

 

「本人にも言ってやってくれ」

 

「そうしても照れるのよ」

 

「いつまで経ってもオレはオレか」

 

精神的にも、恐らく能力的にも今の俺と何段も差がある俺。

『他人と自分を比べるな』ってのは、とても素晴らしい事だがとても残酷な事なんだ。

何故なら、他人と自分には必ず差がある。優劣がある。適材適所は綺麗ごとだ。

頂点ってのは常に一人らしい。

 

 

「また明日、だ」

 

「この時代のテレビ番組はつまらなくて逆に面白いわね」

 

もう会いたくもないんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな訳で今日は部室に居る。

だがキョンは相変わらず来ないらしい。

 

 

「……」

 

「明智くん、今日は来たんですね」

 

「ええ。ですが朝比奈さん、キョンとごっちゃにしないでくださいよ。あいつは今日も来ません」

 

「シャミセンさん、よくなるといいなぁ」

 

「ええ、猫はかわいいもの」

 

「朝倉さんは猫好きなんですか?」

 

「明智君が好きらしいわ」

 

「いいハンターは動物に好かれるんだよ」

 

だからシャミも俺とよく戯れてくれる。

ただ、良くなるも何も、悪くなってないんだけどね。

ふと見ると古泉が何やら深刻な表情で考え事をしている。

きっと朝の俺もこんな感じだったんだろうか。

 

 

 

いいさ、話ぐらい聞いてやるぜ。

いや、重力について俺はこいつの意見も聞きたかった。

 

 

「どったの先生」

 

「あ、明智さん。いえ、それがですね」

 

「うん」

 

「これは昨日、『機関』の構成員からあった情報なのですが」

 

「……何だ?」

 

思わず俺は身構える。

まさか、とうとう敵が動き出したのか?

しかし原作ではもうちょっと後のはずだろう。

古泉が悩むどころはで済まない、一大事だ。

修行は終わってないのに。

 

 

 

そんな俺の考えはトッポイ野郎の一言で砕け散った。

そう、戯言の世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"仮面ライダー"が出没した、との報告がありまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……おい、見つかってるじゃねえか。

 

 

 

 

 

 


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