異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十九話

 

金曜日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日も俺の次のステップとやらについて進展はない。

既に四日経過したわけだが、今日を含めて残りの日数でどうにかなるとは思えなかった。

決して俺が自分の力について理解しようとしていないなんて話ではない。

だが問題があるとすれば、古泉や朝倉さん(大)が言うようにこちらなのだ。

 

 

そんな金曜の朝、駅前へ向かう俺と朝倉さん。

 

 

「じゃあ、オレは……オレは何処となら戦いたい?」

 

「何言ってるの?」

 

また電波を受信したとでも思われているらしい。

だんだんこの視線が悪くないと思い始めている俺は末期だ。

 

 

「いや……別に…」

 

しかし、こんなアホな事を真剣に呟く程度に、俺は現状で妥協していたのだ。

後でも先でもない、今だけのために俺は生きている。降りかかる火の粉は払えばいい。

だがそこに向上心は無い、本当に価値ある人間の精神は無い、原人と変わらないのだ。

新しい"道"を選べ。古泉と朝倉さん(大)は俺にそう迫っている。

……無茶言うな。

 

 

「"重力"……ね」

 

「まだ考えてたの?」

 

「……ああ」

 

古泉が説明した所の"ブレーン宇宙論"。

次元宇宙、次元世界は同列に存在し、階層で構成されている。

世界は外へ向かうほど高次元へとなっていく。最外層は十二次元という訳だ。

そしてその世界の間は、重力だけが自由に移動できるらしい。

この部分は某漫画で読んだのと似ている話がある。だが、それは"平行世界"だった。

"次元世界"は違う。接触も、何も、存在があるかさえ俺たちの勝手でしかない。

それでもこの世の果てに四次元は必ずある。相対性理論のその先の、"時空"。

いや、"記憶の固執"を描いたサルバドール・ダリは本当に天才だと思うね。

俺が知っている中で一番の名画だ、"モナ・リザ"より好きだ。

 

 

 

そして、俺たちが点と面を観測出来ているのは単なる偶然でしかない。

見えているのに見えない。何という皮肉で、何という数奇な奇跡。

こんな思いをするなら知らない方が、良かったのに。

 

 

「朝倉さん」

 

「なあに?」

 

「オレの力の根源は、何なんだろう」

 

「……私にわかるわけないじゃない。生命エネルギーって聞いたわよ、あなたから」

 

「だが違うらしい」

 

「誰が言ってたのよ」

 

「ジェイはそれを否定した」

 

お前の名前は散々利用させてもらうぞ。

どうせあいつの目的ってのはロクなものではない。

中河氏を巻き込もうとするあたり、あいつも過程を無視する人種だ。

いや、そもそも地球人なのかすら怪しい。

仮に組織なんてのが実在するとして――はったりだとは思うが――それなら静観する理由は何だ?

一つだけ言えることは、あいつや実在するか未だ不明な"カイザー・ソゼ"もきっと知っている。

だからこそ世界を移動できるのだ。

 

 

「オレは本当に、"異世界人"なのか……?」

 

朝倉さんはそれに答えてくれなかった。

今日はやけに、いつも以上に冷えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……思えば結局今月も山だ。

何だ、死んだ爺さんが俺に憑依したってのか?

守護霊の仕事にしてはそろそろ緑を見るのも嫌になってきた。

これが花畑とかだったら違うんだろうさ。

 

 

「キョン、あたしは悲しいの」

 

「何だ」

 

「どうしてあんただけいつも遅れるの? 何か呪いにでもかかってるのかしら」

 

「そんなもんがあれば俺が一番悲しい。それに明智が遅刻した事だってある、俺だけじゃない」

 

「でもあんたはその時下から二番目だったわ。つまり、団長のあたしから見てあんたには危機感が足りないのよ」

 

駅前の待ち合わせはいつも通りにキョンが最後にやってきた。

しかし涼宮さん、その発言はちょっとあれだ、筋肉ダルマになってしまう。

 

 

「あら、何難しい顔してんのよ。何か悩みでもあるの?」

 

「俺の顔はもともとこうだ」

 

「見りゃわかるわよ。しけた面しないでキビキビしろって話よ」

 

「はっ。寒いだけだ」

 

「もっと身体を動かしなさいよ」

 

「これから充分そうするだろ」

 

「アップも無しに宝探しをするつもり? あんた、今日の趣旨を理解してる?」

 

「山で宝探しと言われたが」

 

「そうよ。遊びじゃないの、トレジャーハントは仕事よ。みくるちゃんや涼子の用意した昼食は働かないと食えないのよ」

 

「横暴だ……」

 

俺だって同情ならしてやるさ。

それで飯が配当されるかはまた別の話になってしまう。

 

 

 

今回のキョンのペナルティは持越しだ。

つまり喫茶店なんかに入る間もなく俺たちは山へ向かう事になった。

移動にはバスを利用する事になるのだが、この時点で男子はシャベルを持つことになった。

それでいてつり革を心の支えにして立ち続けているのだ。女子は当然座っている。

他の客は少ないので俺たちは座ってもいいのだ。これは団長命令でこうしているに他ならない。

 

 

「世界の不条理だ」

 

「嫌な事でもあったのか?」

 

「明智、そういうお前も朝から妙な雰囲気だぜ」

 

俺は終始ポーカーフェイスだったが、機械になれるわけではない。

その背後にあるものまでは見る人が見ればわかる。そういうふうになっている。

だからこそSOS団は例外なく異常者集団なのだ。

 

 

「山に行くからオレの死んだ爺さんがはしゃいでるんだろ」

 

「幽霊ですか?」

 

「居ても変じゃあない。居ない方が気が楽だけど」

 

「お前らは変な事を言うなよ。ハルヒが興味を持ったら本当に出るんだろ」

 

「いえ、涼宮さんが望めばですよ」

 

「俺からすれば同じだ」

 

馬鹿言え。

その発言は何も知らない奴だから許されるんだ。

 

 

「現実から目をそらすなよ」

 

「異世界人超能力者にとっての"現実"はどうやら俺と違うらしいな」

 

「しかし、現に存在しているのですよ。虚構ではなく実体でもって。これを現実と言わずして何と言いましょう」

 

「オレも同意見だ」

 

「知るか」

 

「キョン、お前は知っている。このバスが例え地獄の一丁目行でも団員である以上は降りれないさ」

 

「そん時はバスジャックしてやる」

 

「ですが明智さんの言うように、運命共同体なのは確かなのですよ」

 

「俺もか?」

 

「はい」

 

「冗談だろ」

 

「去年申し上げましたが?」

 

「だとしたら俺は仏を探しにいかねばならん」

 

好きにすると良いさ。

それがお前の物語なんだから。

 

 

「キョン」

 

「どうした、お前にしちゃえらく怖い顔をしているな」

 

「目つきは関係ないだろ」

 

「お前はいつも冬のナマズみたいな顔だからな」

 

「……人生は問題集だ。絶え間なく連続している」

 

「何の事だ」

 

「どれも複雑で選択肢は最低、そこに制限時間がある。選ぶ必要がある」

 

「おや」

 

「……」

 

「だが、一番最低な選択肢は何だと思う?」

 

「さあな」

 

「選ばない事だ」

 

そう、お前じゃあない。

俺なんだ。

 

 

「オレもお前も神さまなんかじゃあない。そこにあるもので満足する必要がある」

 

「わかってる」

 

「ならお前はそう言い切れるのか? お前はお前の道を、選んでいるのか?」

 

「……お前はいつもそうだな。はっきり言え」

 

「流されるのはもうお終いにした方がいい」

 

ああ。

こんな後ろ向きな覚悟じゃ、未来は無い。

明日の事はわからないが、明日の事を考えないのは別だ。

俺は自分で目をそらしているに過ぎない。

それじゃあ、つまり、逃げだ。

 

 

「……どうしろってんだ」

 

「オレも今、ちょうどそこで悩んでる」

 

「この問題集に答え合わせはありませんよ。各々、解答が必要なようですから」

 

そうだろうな。古泉の言う通りだ。

俺が未来の朝倉さん(大)に苦手意識があるのも結局はそうなんだ。

戯言でも何でもいい、用紙に何かを書いて埋める必要がある。

 

 

 

……それは、今日なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知っている人は知っていると思うが敢えて言わせてもらう。

この宝探しとやらも俺たちは何の成果物を獲得しても居ない。

拾っていなければ捨てる必要がないらしい。

 

 

「結局何も出なかったじゃないか」

 

すっかり衣服は土まみれになったキョンが山の獣道でそう愚痴る。

休憩をはさんで午後も挑戦したが、結果は彼が言った通りだ。

あえなく帰投となる。

 

 

「なにか問題でも?」

 

「問題があるとしたらお前の方じゃないか? この結果からすれば、ハルヒのアテは外れたんだ」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ、お前さんの認識は正しくないな」

 

「ちゃんとした理由があるのか」

 

結果論ではあるけどさ。

 

 

「あなたもわかっているはずですよ。涼宮さんは宝物を真底から求めたわけではありません」

 

「ならこの集まりは何だったんだ」

 

「ピクニックでいいでしょ」

 

朝比奈さんは今回もサンドウィッチ。朝倉さんはおにぎりだった。

いや、炭水化物コンボではあるがコンビニで買う昼飯だってこんなもんだろ?

そこに心があるなら俺は何も言えないさ。

 

 

「はあ? あいつは散々あんなことを言っておいて、結局はピクニックってオチか」

 

「あなたには彼女が素直に提案しなかったのが謎のようですね」

 

「当り前だ」

 

「そこは微妙な乙女心というものでしょう」

 

「だねだね」

 

とは言えど朝倉さんに定期的に馬鹿と呼ばれるぐらいには俺もわからない。

現在鋭意勉強中なのだから。未来の俺、その辺はどうなってんだ?

 

 

「涼宮さんの傾向については以前お話しした通りですよ」

 

「"安定"しているとか"いい傾向"とかって奴か?」

 

「はい」

 

「"今月も"だってか?」

 

「全く振れ幅がなかったわけじゃありませんが、マイナスに向かった様子はありませんでしたよ」

 

この中で"マイナス"が居るとしたら、それは俺だろう。

そして朝倉さんまでもそれに引きずられている。俺のせいで。

だから『"ゼロ"に向かって行きたい』だって? 

でも、それじゃあ駄目らしい。俺は、どんな形であれ"プラス"に到達する必要がある。

そうならなければ、待っているのは破滅らしい。それが何なのかは不明だが、穏やかではない。

後ろ向きな覚悟である以上はプラスの"世界"には辿り着けない。

 

 

 

古泉の話を耳にしたキョンは。

 

 

「本当か? なら俺がハルヒから感じていた微妙なオーラは何だったんだ」

 

「"オーラ"が……?」

 

「違うと思いますよ、明智さん」

 

知ってるさ。

ふざけただけだ。

こいつにもオーラについてだけは多少の説明をしている。

俺の修行については話していないが。

 

 

「しかしこちらの方が本当かと聞かざるを得ませんね。僕にはいつも通りの涼宮さんにしか見えませんでした」

 

「オレは他人を気にする余裕が現在進行形でありません」

 

「頼りにならんな。だが古泉、お前についてはハルヒ専門のカウンセラーだったろ。まさか俺の勘違いだとは思ってないぜ」

 

「なるほど。……では、あなたの方が適任かもしれませんね」

 

「どういう任務についてだ」

 

「僕よりあなたの方が涼宮さんの深層心理を紐解けるのであれば、僕の役割はそのまま明け渡しましょう」

 

笑顔でそう言う古泉。

そこには悲しみもなにも無かった。

まるでそうあることが当然だと言わんばかりの立ち振る舞い。

こいつは、間違いなくプラスの人間だ。

 

 

「遠慮するよ……俺はここでいい」

 

「そうですか。ならば文句を言うまでもないと思いますが」

 

「ストレス発散だ」

 

「素直じゃないなあ」

 

「うるせえ」

 

それならいいんだ、そういうことなら。

お前はお前で、俺は俺だ。

最初から比べちゃあいないさ。

勝てるわけないんだから。

 

 

 

それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何も、最初からわかりきっていることだ。

 

 

 

いくら俺が同情しようとしても、こいつはもう既に結論が出ている。

 

五月の、あの、超弩級の閉鎖空間の時に。

 

世界を救った時に、もう出ているんだ。

 

 

 

 

俺がしているのは単なる自己防衛、正当化。

 

ああそうだ。

 

俺の正義ってのは結局、俺にとっての平和でしかない。

 

これが独善じゃなくて何なんだ? 

 

俺が本当に望むのは生きる意味だけ。

 

つまり朝倉さんだけが、その平和において必要とされているんだ。

 

他の全ては総て無価値、無意味にして無為である。

 

その心象風景はきっと"荒れ地"であり"悪地"でしかない。

 

みんなのための正義とは言っても俺のは綺麗事だ。キョンとは違う。

 

古泉が言ったように朝倉さんが消えたら、俺は多分そうあれない。

 

それが、今の俺。

 

 

 

 

決して明るい光の、プラスの世界とは程遠い"黎"という名前。

 

そう、俺の本質は黒い影であり、陰。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――"黎明"なんかじゃあ、ないんだ。

 

 

そこに夜明けはない。

 

 

 

 

 


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