異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第五十話

 

 

 

今にして思えば俺はこの時、心のどこかで結果だけを求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校は過程を見るところ? どっかのアホは結果だけを求めている?

 

 

 

何言ってんだ。俺だって結局そうだったんだ。

決して近道がしたかったわけではない、単なる意識の問題。

そして意識の差がそのまま人間関係における温度差となるわけだ。

後半歩のところだ。そこで俺は動くのを止めている。

ならばアプローチの仕方を変える他あるまい。

 

 

「……あら?」

 

そもそも俺はこの力について考察不足であった。

当たり前だろ? 近々まではずっと"オーラ"だと思ってたんだ。

しかしオーラとは違い、破壊の性質はこのエネルギーには無いらしい。

本来であればオーラを纏った攻撃はオーラでしか防げない。

オーラで手を強化して壁を押すだけで巨大なヒビを入れる事さえ出来るのだ。

よって先ずはこの考えを捨てる。

 

 

「諦めたのかしら?」

 

「いいや」

 

体中に本来微量に流れている生命エネルギーを"絶"により遮断。

俺は公園の地面に座禅でも組みながら考えることにした。

どうせ朝倉さん(大)に訊いても無駄さ。

 

 

 

……重力操作なのか?

それならば身体強化についても頷ける。

拳を握れば力が滾る。それと同じ原理で、このエネルギーを使って拳を"重く"しているのか?

移動速度の上昇はどこかで反重力が作用していたのだろうか?

だが、それなら俺の"臆病者の隠れ家"はどう説明するんだ。

異空間じゃあないか。

 

 

「……さっぱりわからない」

 

「時間はまだあるけど」

 

「未来から来ておいて、随分と余裕そうじゃあないか」

 

本来ならこっちがそういう態度を取る方だと思うんだけど。

教える側の立場だとは思えない、飄々としすぎだ。

それでも彼女は笑顔で断言した。

 

 

「それは"信頼"してるから」

 

「へえ。"信用"じゃあないんだな」

 

「言っておくけど私は明智君のおかげで話術が相当鍛えられたのよ?」

 

「……だろうね」

 

「信用は過去よ、後ろ向きだもの」

 

何ですか、朝倉さん(大)。あなたも古泉と同意見らしい。

知らない所で『機関』と接触なんかしてないよな……?

 

 

「未来を信頼するって?」

 

「そうよ」

 

「過大評価だ」

 

「はぁ……」

 

これはいつも朝倉さんが俺を馬鹿だと言う時にする顔である。

まさに呆れている、いつもの表情で。

 

 

「薄々気付いてはいたけど、この時代のあなたはここまで荒廃的だったのね」

 

「上手い事言うね」

 

「もっとこの時代の私を頼ってあげなさい」

 

「オレがか?」

 

「他に誰が居るのよ」

 

「……どうかな」

 

俺にはわからなかった。

力の根源についてではない。

 

 

「古泉が言うにはオレと朝倉さんは共依存だそうだ」

 

「ふーん」

 

「オレは今の関係で満足している。将来的には結婚もしてるんだろ? その未来が訪れるかは不透明だけど」

 

「……何が言いたいの?」

 

「いや、強がってはいたものの、結局は怖いんだ」

 

一緒に生きて一緒に死ぬなんてエゴでしかない。

確かに、自然にそうなればそれでいいんだ。

でも。

 

 

「オレは怖いのさ。自分一人が死ぬのも、朝倉さんだけに死なれるのも」

 

「で?」

 

「共依存ってのも、結局はそうなんだ。そういうことなんだよ」

 

朝倉さんがどう思っているかは知らない。

ただ、少なくとも俺がその原因であるのは確かなんだ。

最初から破綻してたのさ。

 

 

 

そんな弱音を聞いた朝倉さん(大)は。

 

 

「……思い出したわ」

 

「何かあったのかな」

 

「あなたには一つだけ、宿題が残ってるのよ。修行とは別件だけど」

 

「宿題?」

 

「正確には、その答え合わせ」

 

「……はっ」

 

俺には一瞬でわかった。

何が言いたいか、何をしろと言っているのか。

 

 

「無知は罪よ。でも、一番悪いのはそこから逃げる事」

 

「無知の知ってのは自称じゃあないらしいよ」

 

「確か、明日の帰りだったと思うわ」

 

「わかった。やれって言うんでしょ?」

 

「これ以上の説明は不要みたいね。今日はもう終わりにしましょ」

 

何だかんだで十九時だ。

言うまでもなく闇夜の下。

夜の公園ってのは普通不気味なものだが、俺はそれにも慣れつつあった。

障壁を解除した朝倉さん(大)は俺が公園の地面に一時的だが設置した"入口"に入っていく。

その最中、これまた思い出したかのようにこう言い出した。

 

 

「そうそう、私はあなたの事を嫌いになった事は一度もないわよ」

 

「それって本当?」

 

「ええ。最初の時はきっと殺したくなるほど、愛してたのよ」

 

随分荒廃的な愛の形だな。

切実に朝倉さんにはこうなってほしくない。

やはり、口は災いの元なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、俺がこの日――金曜日――で話したいことは宝探しでも修行風景でもない。

もっと別の何かであり、何かに過ぎなかった。

 

 

それは突然の出来事だった。

駅前公園から家に帰る途中、携帯電話が鳴り響く。

どうやら登録されていない番号らしい。

俺はとりあえず出てみる事に。

 

 

「もしもし」

 

『……』

 

「……」

 

『……』

 

イタズラ電話だろうか?

家電ならさておき、携帯で来るとは珍しいなと思うがあり得なくはない。

 

 

「あの、切りますよ……?」

 

そろそろ切るか、と思ったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――私よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは透き通るような、女の声だった。

 

 

「……はぁ?」

 

誰だよお前。

私よと言われても知らない。

 

 

 

聞いたことがない声だった。

……いや、これは"あの二人"のどちらかなのだろうか?

もう一つの可能性と、もう一人の超能力者。

だが本当に何となくだが違う気がする。

俺は何故かこの声を聞いてどこか安心していた。

今後の不安からこの時だけは解放されていた。

 

 

「えっと、あー、間違い電話だと思うんですけど」

 

『いいえ。これであってる』

 

「……どちらさんで?」

 

『私の事はどうでもいいのよ』

 

「いやいや、どうしてオレの番号を知っているんですか? 前に会った事あります?」

 

『口説き文句にしては微妙な所ね』

 

ふざけないでくれ。

俺は君が誰かもわかっていないんだ。

 

 

『私に名乗るほどの価値はない』

 

「じゃあその"名乗るほどの価値はない"さん、オレにどういったご用件でしょうか」

 

『これは報告よ』

 

「報告?」

 

『いえ、警告ね』

 

言葉遊びが特異な人種か。

やれやれ、そいつは俺のフィールドワークなんだがな。

顔も知らないその女は少なくとも俺と同じくらいには意味のない会話が得意らしい。

相手の不安を誘う、話術の基本だ。

 

 

 

……だが、警告?

ひょっとするとこの女もジェイの手先なのだろうか。

 

 

「何の事だ……?」

 

『一度しか言わないから落ち着いて耳に入れなさい――』

 

しかしながら朝倉さんが"サンダーボルト"と呼べるほどの爆撃発言が可能なのに対し、その女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――明後日の日曜日、朝比奈みくるの抹殺が決定したそうよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダーボルトに匹敵する攻撃機。

そう、旧ソ連が開発した"フロッグフット"さながらの衝撃を俺に与えた。

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

こいつは

 

 

 

何て言った?

 

 

 

 

「おい、どういうことだ……説明しろ」

 

『ちゃんと理解できたようね。褒めてあげようかしら』

 

「説明しろと言っているんだ」

 

『説明も何も、そういう情報が入ったから教えてあげたまで』

 

「情報だって……?」

 

『事実よ』

 

「誰が、何のために、朝比奈さんを」

 

『知らないわよ。私には未来人のゴタゴタなんか興味ないもの』

 

真底からどうでもよさそうにその女は口にした。

まるで、他に興味があるみたいな言い方だ。

 

 

「ふざけるな」

 

『信じるかどうかはあなた次第よ、異世界人さん』

 

「お前……!」

 

『常識じゃない』

 

「何を何処まで知っている」

 

『何でもは知らないわ。知ってる事だけね』

 

本当にふざけているとしか思えなかった。

しかしこの時の俺は何故か冷静だった。

朝比奈さんに何かが起ころうとしているのに、激昂すらしていない。

 

 

 

……何故だ? 

それほどまでに、俺はこの女の声に心酔しているのか?

 

『要件はそれだけ。さようなら』

 

「……待て」

 

『何よ』

 

「一つだけ訊きたいことがある」

 

『私が答えられる範囲ならどうぞ。言うだけはタダよ』

 

「君は"重力"についてどう思う……?」

 

『……』

 

やがて暫くした後、楽しそうな声で。

 

 

『やっぱり』

 

「何だ」

 

『少しは進歩があるかと思ってたけど、期待外れじゃない』

 

「わかるように話してくれ。そして君の意見は何なんだ」

 

『重力ね、いいわ。……私の考えは、そう、"無"よ』

 

「無だって……?」

 

これまた物凄い見解だ。

いや、斬新すぎて俺には思いつかないよ。

力の存在を否定しにかかっているじゃあないか。

 

 

『そう。重力は常にそこにある、見えないけど、そこにあるのよ』

 

「当たり前じゃあないか」

 

『でもあなたはそれを感じて生活しているかしら?』

 

「……」

 

『あるはずなのに、人間は重力を気にしない。まるで、無かったかのように生活するの』

 

「地球の引力に慣れているだけじゃあないのか」

 

『知ってる? 自由の反対は支配』

 

「それが」

 

『あなたは自由を知ってるのかしら?』

 

「……"知らない"」

 

『流石。私が見込んだ異世界人なだけあるわね』

 

やはりこの女の底は知れなかった。

 

 

『そう、いくら自由を叫ぼうと、その本質をみんな知らない。何故なら支配された事がないから』

 

「現代人は二元論に囚われている」

 

『でも彼らはその二元論を知ってて誤魔化そうとする。中間点を探そうとする』

 

「妥協点だ」

 

『どうあがいてもその世界からは逃げれないのに』

 

「君こそ、よくもそこまで言うじゃあないか」

 

『つまり見えるのに見ていないの。目を逸らしているのよ、現実からね』

 

「精神の盲目患者だ」

 

俺は何処か楽しかった。

きっとこの女ともっと話したかった。

それが彼女の能力なのだろうか?

携帯電話の音声は本人の声ではない。

機械音がその主に近い音声を選択合成し再構成される。

いくらでも操作や何かが出来るはずだ。

冷静に考えれば女かどうかも怪しい。

 

 

『だから、無重力なんてのも矛盾してるの』

 

「何故だ?」

 

『さあ。そこから先は自分で考えなさい――』

 

「お、おい」

 

そう言ったと同時にその女は通話を中断した。

朝倉さん(大)といい、古泉といい、そしてこの女。

 

 

 

随分と俺の事を知ったかのように言ってくれる。

 

お前達は俺の"何"を知っているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日、土曜日の朝だ。

 

 

 

昨日の電話については誰にも相談していない。

使われた電話番号はとっくに対応しなくなっていた。

何らかのサービスを利用したのかあるいは自分の方で何か細工をしたのかは不明だ。

どこの誰かもわからない、まさに得体の知れない相手。

 

 

「キョン。あんたは昨日のあたしの話を聞いてたの?」

 

「俺は半ば諦めつつあるんだが」

 

決して彼は遅刻をしているわけではないのだ。

俺を含めた他の皆が彼より速いだけである。これも何かのパラドックスだろうか。

とにかく、土日はSOS団による市内散策らしい。

よって現在は例によって駅前での集合。

 

 

 

 

 

そして、SOS団の現在団員七人。

これに対し2:2:3の組とするべくクジ引きとなったのだが。

 

 

「明智くん、今日はどうしましょうか?」

 

「ど、どうしようね」

 

午前の部、まさかの朝比奈さんとのペアである。

昨日涼宮さんはキョンが呪われているとか言ってたが、呪われているのは俺の方だろ?

よくわからない電話の主から死刑宣告された人と俺はどう接すればいいんだ?

ちなみに残る二人は古泉とキョンで、涼宮さんは宇宙人二人ペア。

何と言う皮肉、何と言う奇妙な運命。

 

 

「どっか適当に歩きましょう」

 

「はい」

 

普段歩かない駅沿いに歩くことにした。

お店というお店はロクにない。

片田舎の駅周辺など得てしてそういうものである。

 

 

「……」

 

「まだ暫くは寒いですね」

 

「……ええ」

 

「あ、そうだ。後でいいんでデパートに寄りませんか? あたし、新しいお茶を探したいんです」

 

「構いませんよ……」

 

本当に『主よ、どこへ行かれるのですか?』と問いたくなってしまうような気分だ。

そしてその理屈で言えば俺が死刑となってしまう。

俺はとうとうアニメ化されてない原作の詳細など忘れて――この一年は本当に濃かった――いた。

しかしながらそれでもまさか朝比奈さんが命を狙われるなんて話が無いぐらいは覚えている。

陰謀はなんやかんやで新キャラ登場回だったのだ。

 

 

 

あの電話が嘘だと思いたい。

 

 

「朝比奈さんはどう思います?」

 

「はい?」

 

彼女相手に重力について話す気はない。

したいのはごく普通の質問だ。

 

 

「いえ。この現状を、ですよ」

 

「現状……ですか?」

 

「はい。古泉が言うには涼宮さんが大人しいのはいい傾向だそうで」

 

俺の"変化"については謎だ。

何を根拠に彼がそう形容したのか。

俺が停滞していると言うのならばわかる。

だが、変化とは? それは、いい傾向なのか?

 

 

「そうですねぇ。あたしもそう思います」

 

「未来からして涼宮さんから特異性が失われるのはどうなんですか?」

 

「確かにそれを快く思わない人は居ると思います。でも、あたしはそう思いません」

 

「つまり……?」

 

「あたしは現状が変わってほしくないなあ」

 

ちょっぴり切ない笑顔で彼女はそう言った。

わかってる。俺は朝比奈さんを"弱い"だなんて思ったことは一度もない。

自分の無力さを知り、それでも尚、何かと戦っている。

彼女の決着はそこにあるのだ。

 

 

「長門さんはちょっぴり苦手だけど、朝倉さんは何だか宇宙人って感じがしません」

 

「オレからすればみんな同じですよ。宇宙人だろうと立派な人間です」

 

「明智くんはどうなんですか?」

 

「現状ですか」

 

「はい」

 

昨日のあの電話は、多分俺のためにかかってきたんだろう。

もしそれが何かの罠だったとしてもこの世に、……いや、この世界に神が居たらそう決めたんだろう。

確かにこのままの流れで行けば、多分、俺の知らない所で話は進んでいく。

そういうふうに、できているんだ。この世界は。

 

 

「同感ですよ」

 

ただ。

 

 

「本当の平和ってのは、共有するものです」

 

「共有?」

 

「はい。オレたちだけでなく、涼宮さんも……いえ、世界中がそうなれば、どれだけ素晴らしいでしょう」

 

相変わらず、綺麗事だ。

他人に言わせればただの戯言かも知れない。

 

 

「でもそれが、"世界を大いに盛り上げる"って事なんじゃあないですか?」

 

その"世界"は閉鎖空間ではない、この世界なんだ。

唯一無二の"鍵"であるキョンが住むこの世界。

涼宮さんのいい傾向ってのは結局、妥協ではなく肯定なんだ。

 

 

「オレたちだけじゃあ駄目なんですよ、多い方が楽しいんです」

 

「そうですね……でも、そうじゃない人も居るんじゃないですか?」

 

朝比奈さんのその発言にはかげりがあった。

きっとそれは朝比奈さんが戦っている誰か、何かに対しての発言だったのかも知れない。

だが俺は、本気だ。

 

 

「そんな人たちと、わかりあえない。『出来るわけがない』と、言いたいんですか?」

 

「悲しいけど、それも現実です……」

 

「なら、話し合いましょう」

 

「えっ?」

 

俺にはどういう訳か知らないが、よくわからない力がある。

でも、それを使ってこなかったのは、どういう訳なんだろう。

人を傷つけたくないんじゃあない、俺は誰も殺したくないし、失いたくない。

"何故か"は知らないが、とても俺はそれが怖くて仕方なかった。

俺の眼の前で誰かが死ぬのが許せない。

 

 

 

何でだろうな?

 

 

「人は、生き続ける事が全てです。生きていれば必ず歩み寄れます。"一歩"が駄目なら、お互い"半歩"でいいんです」

 

「本当に、そうなってくれるといいなあ……」

 

「もしオレたちが、世界に対して何かを迫られた日が来たら、みんなでこう言えば良いんです――」

 

朝倉さん(大)、古泉、そして電話の女。

俺の覚悟が例え後ろ向きだろうがな、倒れる時は前のめりなんだよ。

今の俺にはこれで充分だ。

 

 

 

 

 

 

 

俺は決して"立ち向かう者"なんかには成れない。

 

降りかかる火の粉を払う、"跳ね返す者"だ。

 

だがな、その火の粉を降らせる、原人以下の奴にわからせる事ができる。

 

 

 

本当の文明人、火の扱い方って奴を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――オレたちは"NO"だって」

 

 

 

 

 

その答えは、"YES"ではない。

 

 

 


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