異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第五十一話

 

 

 

 

 

土曜日の市内散策はあっと言う間に終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばこれは、珍しく俺と涼宮さんのペアで行動した午後の話だ。

五月から今まで、触れてはこなかったが定期的に休日の散策はあった。

だが、彼女と二人きりだなんてのは今回が初だった。

 

 

 

そんな中、涼宮さんに先導され市内をうろちょろしてる時の会話だ。

わざわざ休日だというのに、学校付近まで移動している。

 

 

「明智くんはさー、なんか話を考えたりしてるんでしょ?」

 

「大したもんじゃあないけどね。話というよりは、先ずはその原型からだよ」

 

「ふぅん。いわゆる設定って言うのね」

 

「用語で言えばプロットって感じかな」

 

「ねえ。何か面白い話はないの?」

 

ここで下手な事を言うと後々恨まれる。

誰かって? そりゃあキョンもだけど、多分未来の俺も恨む。

 

 

「最近考えたのは、色の話かな」

 

「色?」

 

「うん。色ってのが光の影響によるものだ、ってのは知ってるよね?」

 

「キョンはともかくそれくらいはあたしも知ってるわよ」

 

「でも動物の世界で言えば、大半の動物の視界に色は無いらしい」

 

「サルとかぐらいだもんね」

 

「そんな色なんだけど、オレは最初不思議に思ったんだ。本当にあるのかって」

 

これは小学校の時の話になる。

 

 

「教科書に落書きをした。理科だったかな? でも出来に納得しなくて、消したんだ。無意味だよね」

 

「小学生ならそんなもんじゃない」

 

「ははっ。でさ、ちょうどカラープリントされた写真の部分、何かの花だったと思うけど、その部分に消しゴムが触れた」

 

「理科の教科書なんて基本的には図鑑よ」

 

「するとどうだろう、その写真が薄れたんだ。緑の色が落ちたんだ」

 

「まあ、そうなるわね」

 

「オレはこの時思ったんだ、色なんか消えるものだって。一過性でしかなく、理屈でもない。最後は必ず白になるんだなって」

 

落ちた色なら染めればいい。

だが、色と言う概念すら、その時の俺からは確かに消えていた。

その頃からだろうか? 俺にとっての世界は、白か黒になってしまった。

文字の中でしか、話の中でしか、創作の中でしか、楽しみを見いだせなくなっていた。

漫画だって結局は白と黒だ。俺にとってはそこだけを見れば、逆に色鮮やかにも見えた。

 

 

「誰しも思い悩むことはあるじゃない」

 

「ま、そんなくだらないセンチな思いをネタに話を考えたんだ」

 

「甘酸っぱい青春の話?」

 

「実はバトルものでね。主人公はそこから色を"奪う"。それで戦うんだ」

 

「へぇ~。……男子って、そういうの好きよね」

 

「涼宮さんはどういうジャンルが好きなの?」

 

「面白ければいいんだけどね。あたしにとって満足できるものはなかったわよ」

 

だからこそ、彼女は創ったんだろう。

自分にとっての面白さ。いや、足りない"何か"を補うためのパーツ。

それがSOS団なんだ。だからSOS団のメンバも欠けている。

何故ならば、パーツにボディは必要ないからだ。

 

 

「涼宮さんは、自分が世界にとってどれだけちっぽけな人間か考えたことあるかな?」

 

「……え?」

 

「オレはあるよ。どんなに面白い話を考えた所で、話は話。別に評価されたい訳じゃあない。ただ、オレの意味はそこに見いだせないんだ」

 

「……」

 

「世界は、完璧じゃないのかな」

 

彼女にこの質問をしたのは何でなんだろうか。

ただ、一度でいいから俺は涼宮さんとこれについて話したかった。

俺にとって、何かのヒントになるような気がした。

地雷を踏んだにせよ、その価値は充分ある。

チャレンジ精神も時には必要だろ?

 

 

「あたしもあったわ。でも――」

 

「でも?」

 

意外だった。

今もそう思っていると思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今は違うわ。あたしはあたし。どうせみんなちっぽけなんだから、それでいいじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼宮さんのそれは俺に向けられた笑顔ではない。

きっと、SOS団のみんなだ。

 

 

「いくらあたしがゴネても世界はケチだわ。何一つ謝礼を寄越さない。宇宙人も未来人も超能力者も、そして異世界人もね」

 

「人身売買はまずいよ」

 

「きっと、あたしは友達が欲しかったのよ。そんな不思議連中なら尚良かったわね」

 

「……オレは友達かな?」

 

「何よ。とっくの昔からそうじゃない!」

 

「ありがとう」

 

まさか、こんな事を君に言ってもらえるなんて。

テレビや本で見た涼宮ハルヒは、ただの不器用な女の子だった。

でもそれは実際のところ、不器用さだけがクローズアップされていた。

いつも騒がしい"ツンデレ"だなんて的外れもいいとこなんだよ。

みんながみんな、キョンみたいな人間になれるとは限らない。

真の素直さってのは、妥協でも肯定でもない。きっと、慈愛の精神なんだ。

 

 

「さ、次はあっちに行くわよ! 冬の河原に何か出るかも知れないわ」

 

だからきっと、この時既に、俺の心底に答えは出来たんだ。

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい時間が流れるのは早い。

それとほぼ同時に楽しくない時を迎えるための時間が流れるのも早い。

人間の精神は不都合ばかりの出来栄え、都合がいいのは概念論だけだ。

古泉の言うところの"共依存"がこれから先どうなるかはわからない。

 

 

 

だが、俺にだってわかることはある。

……何をすればいいか、だ。

答え合わせだ。そうなんだろ?

 

 

「――オレはずっと、君に訊かなかった言葉がある」

 

「何かしら」

 

「オレの生きる意味は朝倉さんだ。じゃあ、朝倉さんの生きる意味は何なんだ?」

 

「………」

 

「どっかの超能力者さんが言うには、オレたちはよろしくない状態らしい」

 

「……」

 

「共依存だってさ。学術的専門用語として定義はされていない」

 

そう、ケースバイケースだからだ。

俺は朝倉さんを必要としていると同時に必要とされたがっている。

しかし彼女は。

 

 

「それの何がいけないのかしら?」

 

「結局最後には破滅するってさ。胡散臭い占い師みたいだ」

 

「ええ。本当にそうね」

 

「オレは結局"臆病者"を免罪符にしていたんだ。そうあれば、何も手に入らないし何も失わずに済む」

 

「……馬鹿ね」

 

「いいや、大馬鹿さ」

 

こんな事を続けているから未来の朝倉さんはあんな感じになってしまったんだろう。

俺に紡げる言葉は所詮この程度の言葉でしかない。

 

 

「私の生きる意味は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがな、古泉。

 

お前は人を見る目が確かにある。

 

それでも、朝倉涼子を理解できる人間は、まだ、この世に居なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――そう、"探究心"ね」

 

「探究心……?」

 

「"探求心"じゃないわよ」

 

「わかってるさ。究める方だろ?」

 

「ええ」

 

「ならオレは、用済みじゃあないかな」

 

オレは一度行った場所にしか行けない。

新天地という言葉から程遠い能力、それが。

 

 

「……どうして?」

 

「オレが朝倉さんに言えるような事は殆どないさ。出尽くした、本当、ネタ切れ」

 

「……」

 

「探究心どころか探求にすら値しない」

 

「……」

 

「だからもういいんだ。君も自由に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――パシッ

 

 

 

 

 

 

やけに乾いた音だった。

おいおい、何をされたかは見えちゃいないが。

 

 

「大馬鹿」

 

べたべたじゃあないか。

こんな展開ってのは王道中の王道であって、俺とは無縁のはずだ。

そうだろ? かわいい女の子にビンタされる、だなんて。

 

 

「素直になりなさい」

 

「……」

 

「もう、いいのよ」

 

「……何が」

 

「あなたが私のために生きてくれるのは嬉しい。私もそうだから。でも、それだけじゃ駄目なの」

 

どうやら今回ばかりはマジに大馬鹿らしい。

顔を見なくてもそれがわかるさ。あの時の、顔だ。

 

 

「私にはわかるわ」

 

「オレの方が長く生きてるはずなんだけどな……」

 

「自由になるのは、あなたの方よ」

 

「そうかな」

 

「だから自分を"臆病者"だなんて言わないで」

 

「どうして」

 

「だって、少なくとも私のために生きてくれるんでしょ? 無償ってのは無傷じゃ無理なの。人のために何かが出来るあなたには"勇気"があるわ」

 

「嘘だよ」

 

「なら、それを本当にしてくれる? 私のために」

 

結局の所は共依存のままなのかもしれない。

ようは後ろ向きじゃあなけりゃ、それでいいんだろ?

"ゼロ"のその先。

俺が本当に自由なら、行先は決まっている。

 

 

「どこまでも遠くへ行けるさ」

 

「私もついて行くわよ」

 

「お願いするさ」

 

「誰に?」

 

「もちろん、未来さ」

 

明日の事はわからない。

本当に俺が朝倉さんと結婚なんてするかもわからない。

だが、明日を考えるかどうかは別なんだ。

 

 

 

俺は夜明けのために、黎明のために、暁のために戦える。

それでいいんだ。

これが俺自身の、自由な生きる意味だから。

そしてそこにはきっと朝倉さんだけじゃあない、みんなが居る。

 

 

 

完璧な世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答え合わせは終わったようね」

 

満足そうな顔で朝倉さん(大)はそう言ってくれた。

俺にしちゃあ珍しく八十点近くはあげたい気分だった。

 

 

「何が変わったかはわからないけど」

 

「ううん。変わったわよ」

 

「そうかな」

 

「ええ」

 

「でも俺は、結局この壁の先へ行けなかった」

 

「あと一日あるわよ?」

 

確かにそうだろう。

でも、それじゃあ駄目なんだ。

俺の表情で察したらしい彼女は。

 

 

「いいえ、合格よ」

 

「……どこが」

 

「あなたはようやく卒業できたのよ、"臆病者"から」

 

「本気か?」

 

「その眼を見てあなたの事をチキンだなんていう奴が居たらバラバラにしていいわよ」

 

腹は立つかもしれないが、そんな事をするわけがない。

俺の正義は自分のための正義だ。

だから俺の敵が居るとしたらそれは、やっぱり俺なんだ。

 

 

「それでも俺は、この先に到達しないと周防に勝てない」

 

朝比奈みくるの抹殺。

本当にそんな事が実行されるとすれば、きっと本気でかかってくる。

強行であり、急行な変革。そこに周防が現れても何ら不思議ではない。

そして周防が俺の味方をしてくれるとは思えなかった。

 

 

「……ああ、九曜ね」

 

「金縛りって奴は付き物なんだろ?」

 

「そうよ」

 

「……」

 

「それでもあなたは、九曜と戦うのね?」

 

「……ああ」

 

朝比奈さんが何をしたんだ?

俺の知らない所でもしかしたら何かしたのかもしれない。

だが、そんな事は知った事ではない。

彼女を助けるかどうかは、俺が決める。

独善とは暴力ではない。もっとおぞましいものだ。

 

 

「なら大丈夫よ」

 

「その根拠は?」

 

まさか今回も手加減してくれるとは思わない。

次合う時は殺し合い、だなんてご丁寧な言葉も戴いているのだから。

 

 

「私の今回の目的は、あなたの精神修行。この壁はオマケよ。手段であって目的ではないの」

 

「……とんだ青狸じゃあないか」

 

「LESSON5よ」

 

「ああ、今、わかったよ」

 

そう、最初に彼女は言っていた。

自分が鍛えるよりも『戦場の空気が一番なの』と。

ここで学んだのは単なる過程、だが、過程こそが結果を覆せる。

結果は過程に勝てない。必ず過程が克つ。

 

 

「……午前十一時ごろよ」

 

「えっ……?」

 

「十一時ごろ、森林公園の先の山道に行くといいわ」

 

そう言って朝倉さん(大)は夜の駅前公園を後にする。

かっこつけなくても、俺に言えばそのまま部屋へ戻すのに。

 

 

「ありがとう」

 

誰に対してかと言えば、きっと俺以外になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なるほど。

 

 

確かに俺が遅刻したのは夏の合宿が最初で最後だ。

何故ならば俺は今日、この日曜日、SOS団市内散策を休んだからだ。

 

 

「仮病はどうも気乗りしないんだけどね……」

 

そんな事を愚痴りながら徒歩で森林公園へと向かう。

いや、まだその先の山に行かねばならないのだ。

おいおい、また山か? 俺は山で死ぬんじゃないだろうな?

そして現在は十時ちょっと。

まあ間に合うが、はたしてどうなるのか。

 

 

 

そもそも何が起きるのかも俺は知らない。

原作を覚えていたとしてもこんな展開になった以上は予想できない。

ジェイの組織とは関係なく、他でもない未来人が朝比奈さんに手を下すのか?

それならばあの女の『未来人のゴタゴタ』と言ったのにも説明がつく。

武器の携帯は許可されていなくとも戦闘力のない女子一人殺すのはわけない。

人間はかくも簡単に死に至るのだから。

 

 

「ふざけてやがる」

 

今回俺は誰も頼っていない。

朝倉さん(大)は当然、朝倉さんも。

これも何故かは知らないが、俺一人じゃなければ、気づけない気がした。

 

 

「オレの力の、ルーツとやらか……」

 

俺自身の答えは出たんだ。

いや、出ていた答えに配点ミスで加点されただけ。

残る二枠の"役割"と"力"は今だ空欄だ。

 

 

 

そんな事を考えていると、携帯電話が鳴った。

また登録されていない番号だった。

 

 

「もしもし」

 

『私よ』

 

一昨日の女(仮定)だ。

番号まで変更して、難儀なこった。

やれやれだよ。

 

 

「それで、今回はどんな情報をくれるんだ?」

 

『警告よ』

 

「何だって?」

 

『あなたに朝比奈みくるの抹殺指令について教えたのは、単なる報告でしかなかった』

 

「どういう趣旨なんだよ」

 

『事後報告でもよかった、と言ってるの』

 

随分と偉そうな発言だ。

キョンが俺に対して抱いている感情もこんな感じなのだろうか。

 

「でも、そうじゃあなかったろ」

 

『……』

 

「何だよ」

 

『……とにかく、これは警告よ。あなたは関わらない方がいい』

 

「関わるな、だって?」

 

『強制はしていない。でも、その"覚悟"があなたにはあるのかしら?』

 

そりゃ、十年早ぇよ。

 

 

 

 

 

 

「――ああ」

 

『まるで主人公みたいね』

 

「だと良かったんだけどさ。どうやら違うらしい」

 

『好きになさい。それで死んでも私を恨まない事ね』

 

「死んだら何が残るってんだ? 幽霊を信じてるのかよ」

 

俺のその問いに対し、まるでその女は見てきたかのように答えた。

この時俺は、顔も何もわからない、ただの音声に対して、初めて恐怖した。

 

 

 

 

 

 

『――"無"よ』

 

「……」

 

『だから、生きてる内には私を恨まないでほしいわね』

 

「善処するさ」

 

 

 

 

 

いつも通りに、アドリブだ。

お前がそれを見られるかは不明だけど。

 

 

『健闘を祈ろうかしら』

 

そう言って通話は終了された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には役割と力の他にまだわからない事がある。

 

 

 

原作のその先。

古泉がかつて言ったように、この世界が創られたセーブデータのようなものなら。

 

 

「ラスボスを倒したら、その後はどうなるんだ?」

 

そしてそのラスボスとは誰なんだ?

ジェイか? それとも謎の"カイザー・ソゼ"か? まさか、涼宮ハルヒなのか?

いずれにしても、決着をつける必要がある。俺だけの決着を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、どうせ、それって今日じゃあないんだろ?」

 

 

 

 

……本当に、今日なら良かったよ。

 

 

 

 

 


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