異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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俺氏と眼鏡と編集長と鍵とメイドと二枚目と、俺氏のナイフ
第五十四話


 

 

皆さんには重々承知頂いていると思うのだが……いや、敢えて今一度言おう。

 

駄目押しさせてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がいくら精神的優位を得たいがために偉そうに振る舞おうとしても、俺より確実に偉い方が居る。

しかも、二人も居る。俺の知り合いで、それも、女子だ。

フェミニストってのは最早関係ない。階段で言えば俺が下であり、彼女らが上なだけ。

 

 

「――没」

 

「ううん……ダメですかぁ…?」

 

「ダメよ。こんなのありきたりじゃない」

 

「いっぱいいっぱいです……」

 

涼宮さんは朝比奈さんを門前払いする。

まるで新人作家に駄目出しするかのような光景。

そしてデスマーチか何かじゃあないのかと思えるような光景。

再びSOS団は部室内でノートパソコンが並べられている状況。

全員がもれなくディスプレイにかじりついている。いや、異様だ。怪異だ。

 

 

「はぁ……」

 

「……」

 

「キョンよ、疲れたのか?」

 

「疲れたくもなるだろ」

 

「お前さんは手を動かしているように見えないが」

 

「安心しろ、お前の目は正しいぜ」

 

気持ちはわからなくもない。

思えば昔は、今でこそ簡単に構築出来るプログラムのコードを書くだけで何時間もかかった。

そもそも何すればいいかわからないからそんなもんだ。センスが無いのを度外視しても。

その時俺は理解したね、教師がよく言う『人生は学校を卒業しても勉強の連続だ』ってヤツだ。

つまり個人プレーらしい。最初からわかりやすく言えばいいのに。

朝比奈さんはとぼとぼ座席に戻ると再びノートパソコンの前を見つめる。

この人に単純作業以外の作業をやらせるべきなのだろうか? 知らん。

 

 

「さあさあ、みんな!」

 

この基本静寂な部室内で一番発言しているのは間違いなく涼宮ハルヒだろう。

元気と言うか、テンションが異常だ。脳内麻薬の分泌を疑う、何が彼女を駆り立てるのか。

 

 

「ぱぱぱっと原稿上げなさい、添削だってあるのよ」

 

「何でお前がやるんだ」

 

「もうそろそろ編集に取りかからないと間に合わないのよ。まさか、製本もせずに紙の束をステープラーで纏めるつもりなの?」

 

「……」

 

「ううん……」

 

「さて、どうしましょうか……」

 

「オレは腹が減る一方だ」

 

「それは皮肉かしら?」

 

朝倉さん、やる気のないポーズってのも意外と難しいんだよ。

俺に関して言えば多少の引き出しはあるさ。

問題なのはどこまでやるかであり、それだけである。

そして涼宮さんが言う紙の束、そんなのは既に文集でもなんでもない。

小中学生が書いた読書感想文がいいとこではなかろうか。

 

 

「そしてキョン」

 

「何だ」

 

「『何だ』じゃないわよ。あんた、さっきから全然手が動いてないじゃない」

 

「既に明智に言われた」

 

「ただ画面睨んでて何か出来ると思ってんの?」

 

「だといいんだがな」

 

「寝てる間に小人が来てくれるといいわね」

 

「……わかったよ」

 

朝比奈さんが書いていたのは童話らしいが、小人と靴のお話はグリム童話だ。

まさかあのチビのおっさんどもはIT社会に対応しているのだろうか。

本当に出現された日には俺はどうすりゃあいいのかね。無視が一番なんだろうけど。

我が愛しの朝倉さんは何を書いているのかわからない。教えてくれなかった。

長門さんもそうだけど三歳児の文章に負けかねないキョンはどうなんだろう。

進捗だけで言えば間違いなく圧敗だろうさ。

 

 

 

もう一度言うが、涼宮さんだけが元気だった。

 

 

「原稿を落としたら死刑よ!」

 

俺に限らず誰しも死刑は嫌だろう。だからキョンも無い知恵で格闘している。

わからないのは古泉ぐらいだがあいつだって命令で作業する以上は真面目にやるだろ、多分。

 

 

「さて、どうするか」

 

「……」

 

「『それが、問題だ』」

 

シェイクスピアはそこまで好きじゃあないんだけどね。

読んでて悲しくなるだけだ。詩的だったり、文化的なのは確かなんだけども。

もちろん俺だって幸せになりたいさ。出来れば、朝倉さんと。

更にそこに大切な仲間が居てくれれば何があっても解決できる。

 

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端については数日前に遡るというヤツだ。

まさか俺がこんな説明をし続ける立場になるとは謎だ。

 

 

 

 

いよいよ一年生としての学校生活が終わろうとする三月。

 

 

はたしていつかの朝倉さん(大)はそこらへんのイチャつくカップルに対し苦言を呈していた。

そりゃあ、そうだ、確かにそう思うよ。大体同意見だ。俺も便乗するさ。

しかしながら、ではこちらがそう思われる立場ならそう言えるのだろうか。

これも教職員お得意の呪文『自分がやられて嫌な事は他人にするな』の理論である。

要するに俺はもう完全に壊れていた。周囲の目? 知らん。他人と自分を何とやらさ。

火曜木曜のお昼休みは俺が朝倉さんとイチャイチャする時間と化していた。

まさか校内で手を繋いでぶらぶら歩くような奴が居たらそいつはマジにアホだ。

なんて思っていた、いや今でも思っている俺がそれを実行しているのだから救えない。

この時期は既にこちらに向かう視線など最早無かった。見て見ぬフリではない、見ていないのだ。

 

 

 

廊下を歩けばモーセの如く道が拓ける。邪魔するものは文字通り誰も居ない――

 

「――少々よろしいでしょうか」

 

いいや、邪魔だ。

ウドの大木って言葉がよく似合うと思うよ。

 

 

「手短に済みますよ。お二人の耳に入れておきたい事ですので」

 

「よろしいかどうかと訊かれると、お前さんは見てわからんのか?」

 

「と言いますと」

 

「私たちはまさによろしくやっていた所なのよ、古泉君」

 

「ええ。ですので一言だけ、ですよ」

 

どこぞのねちっこい刑事ドラマみたいだな、お前は。

"餅は餅屋"ってのがまるでわかっちゃあいない。

 

 

「さっさとしてね」

 

「はい。これを楽しいかどうかと思うのは人それぞれでして……」

 

「何の話だよ」

 

「本日放課後に、生徒会室に出頭するようにと仰せつかりました」

 

「生徒会、だと」

 

「はい」

 

……生徒会? 

ああ、要はSOS団に文句を言いたいのだろう。

いいや、今まで無かった方がおかしい気がするだろ?

そりゃあ去年の春先に俺とキョンが苦労したからな。

でも、それも今日までの運命らしい。

 

 

「だいたいわかった」

 

「何の意味があるのかしら」

 

「さあ。何を言われるかはわかりません」

 

「どうもこうもないな……後始末はお前さんの役割だ、任せるよ。俺は寝てる」

 

「それがそうもいかないのですよ」

 

何が言いたいんだ。

俺はもう何が起きるか殆ど忘れている。大事なのは残る二人の重要人物ぐらいだぞ。

手帳に暗号でメモした内容に関しても三月中について書いているのは何も無い。

話として刊行されていたのは確かだが、もう覚えているわけないし、書いてないからには重要ではないのだ。

そうさ。四月のゴタゴタだって結局俺は続きを読んでいないんだから考えるだけ無駄なんだ。

だからこそこうやって朝倉さんと青春を謳歌しているんじゃあないか。

 

 

「実は呼び出しを受けたのはSOS団ではありません」

 

「……ん? じゃあ誰が出頭しろって話なんだ」

 

「あなたですよ」

 

何言ってんだ。

そこは涼宮さんじゃあなくて。

 

 

「…オレ……?」

 

「はい」

 

「明智君が」

 

「はい」

 

古泉がイエスマンなのは昔からだが、まるで村人Aのようである。

会話に捻りを入れろ、そしてしっかり説明してくれ。

 

 

「何でオレだけ」

 

「正確には、あなたと長門さんに、ですよ」

 

どういうことなんだろう……。

……まさか。

 

 

「おい、それってもしかして」

 

「どうやら把握して頂けたようですね」

 

「二人ともどういうことなの?」

 

「つまり、解りやすく言いますと文芸部員が呼び出されたのですよ」

 

先月は色々あったからすっかりその意識が消し飛んでいた。

その原因の半分は涼宮さんでありもう半分は朝倉さん。

この二人でだいたいの俺の悩み事についての説明はつくんだ、俺は悪くない。

 

 

「何についてが目的なんだ?」

 

「文芸部の活動に関する事情聴取、それと部の今後の存続についてだそうです」

 

「今後も何もない気がするんだがな……」

 

俺がいくら色々考えようとそれは趣味の域を出ていない。

その先には今や興味がないからだ。いつからそうなったかは覚えていないが。

長門さんにいたっては読書専門で、そして何より今文芸部はSOS団に乗っ取られている。

今後と言われたところで何を論ずればいいのか、生徒会の連中には明日の事がわかるのか?

 

 

「それは生徒会役員の方々に言ってあげて下さい。僕はメッセンジャー役でして」

 

「だがオレがしゃしゃるような話なのか?」

 

「さあ、どうでしょうね。僕は文芸部員ではありませんので」

 

「肝心の涼宮さんはどうするんだ」

 

「まさか」

 

大惨事になるのはわかってるさ。

でもお前のリアクションの下手さはどうにかならないのか?

それでよくハムレットに出れたな。お前も立派なクラウンさ。

 

 

「SOS団の代理人としては彼を立てておきました。これならば大丈夫でしょう」

 

「オレが大丈夫かどうかは確かなのか」

 

「それも僕には関係ありませんよ」

 

では、と言って古泉は俺と朝倉さんをすれ違っていく。

勝手に来たかと思えば勝手な事を言って勝手に消えて行った。

どうにも無責任な男だ。

 

 

「……オレの不快指数が一段階上昇」

 

「誰の真似よ」

 

「イントルーダーごっこ」

 

「それ、似てるの?」

 

「わからないよ」

 

「せっかくの空気が台無しね」

 

「そうかな」

 

確かにあの野郎の発言、いや顔だけで俺はターミネートモードにシフトしたくなった。

でも関係ないさ。朝倉さんが居ればそれでいいのさ。

古泉の優先順位はランキングとしてあるにはあるが低い。

残念ながら当然だ。

 

 

「平穏が一番だよ」

 

「そうかしら」

 

「朝倉さんだってそう思ってるでしょ?」

 

「あなたが居るからよ」

 

「……だな」

 

今はこれでいいのさ。

そして出来れば永遠に引っこんでろ、他の勢力さんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これはごく個人的な意見でしかない。

 

 

 

 

俺はそもそも生徒会なる集団に対して快い思いなど一切したことがない。

これにはきちんとした理由が一応ある。俺の前世についての話となる。

大なり小なり生徒会を気に食わないと思う捻くれた生徒はどの学校でも居るだろうよ。

だが俺は放送局なんぞに所属していた。よって各種学校行事について裏で作業なんかもしていた。

ステージの設営、機材のケーブル、何かあればアナウンスを依頼されたり、……これぐらいはいいさ。

はっきり言うと俺の学校の生徒会は"無能"の一言だった。恨み言でもなく客観的事実だ。

あいつらは表舞台に立ち、あることないことを言う。別に俺は自分の仕事が評価されたいわけじゃあない。

確かにちょっとしたストレスにはなるが、俺が怒ったのはこんな出来事だ。

 

 

「はあ? ……すいません、失礼しました。ですが今何て言いました?」

 

「――もう一度聞きたいのか」

 

「オレの耳が可笑しくなったかも知れないんですよ。そう思いたいですね」

 

放送室での放課後ミーティング。

その時はちょうど、文化祭のシーズン手前で、約一ヶ月前だった。

眼鏡をかけ、良い値段のスーツを着込んだハンサムな中年。

俺が会話しているのは顧問の先生であった。

 

 

「なら言うが……生徒会の方からこちらに提出予定の文化祭実施要項。それが遅れている」

 

「ええ、わかってますよ。変だなとは思いました。他の局員に聞いても誰も生徒会の奴は来ていない、だなんて言うんですよ。予定日は確か二日前です」

 

「予定だからしょうがない。で、局長のお前に教えてあげたわけだ」

 

「……あれには単なるプログラム以外の、詳細が書いてあるものが提出される、オレたちにもかなり関係しますよ」

 

「去年と同じなら構わないんだが、そうでもないらしい」

 

「どういうことです?」

 

「会長さんが思いつきでオープニングに何かやるそうだ」

 

「"何か"? それで、遅れてるって言うんですか? 後何日待てばいいんですかね」

 

「俺にはわからん。あっちに関わるとストレスしかたまらない」

 

「……ええ」

 

そう言えば今年から生徒会の担当教師は前の年の担当とかわっていた。

一年目もいいとこで、そのお方とて右も左もわからぬ状況だ。荷が重いだろう。

もっと言えば今まで担当していたオジサン教師は話によるとここ数年で白髪が急速に増えたらしい。

生徒会につくようになってからだそうだ。信じられん。

 

 

「でも、今回だけじゃあないのが問題ですよ」

 

「つい先週の体育祭の話か?」

 

「はい。あの時だって結局こちら任せ、生徒会の奴らがどういう段取りで発言するかすらわからない。ミキサーの操作だってこっちにはあるんです。それでマイクに関して文句を言われるのはおかしいですよ」

 

「俺だって腹が立つ。だがこちらがしっかりしなければ文化祭はつぶれるぞ。大半の発表に関わる」

 

「模擬店だけでいいじゃあないですか」

 

「ストライキか、全体の意見がまとまればそれもいいな」

 

とても教師とは思えないアウトローな発言であった。

見た目もどこかギラギラした印象を俺に与える彼は生物教師だった。

 

 

「いいえ、もっといい方法がありますよ」

 

「何だ?」

 

「生徒会をぶっ潰す。あいつら全員、解任だ」

 

生徒手帳に書いてある。

俺の、いいや、全校生徒の切り札。

 

 

「しかし役員全員は無理じゃないか」

 

「オレの息がかかった奴を会長にします。今の奴よりはよっぽど人格者ですよ。オレが保障します」

 

別にそいつと仲は良くないけども。

嫌いあってはいないさ。でも、俺の友人はただ一人だけだった。

 

 

「……まあ、頑張ってくれ。この忙しい時期だから早めに頼む」

 

どうやら先生は普段の活動について言いたいらしい。

確かに局長は俺だが、別に俺が居なくても大丈夫だ。

発言力だけでこの座を任せられたんだから。

 

 

「校内放送の質は大丈夫ですよ。オレが居なくてもあいつなら人をまとめれます」

 

「お前はまったくアナウンスをやりたがらないよな。良い声だと思うが」

 

機械操作の方に興味があっただけだから当然だ。

おかげで名前から使い方まで、多少の知識にはなっている。

これも創作活動として活きるのさ。

 

 

「褒め言葉として受け取りますよ。とりあえず、去年までの要項はどこに仕舞いました?」

 

「そう言うだろうと思って用意してきた――」

 

これから約二週間後の、完全な文化祭準備期間にまさかの生徒会長リコール騒動があった。

開校以来の出来事だそうだ。いや、書いてあるなら誰か人を集めてやればいいのに。

今までの生徒会ってのはかくも立派な人材集団だったのだろうか?

そうでなければただの妥協、あるいは逃げでしかない。

 

 

 

いくら俺が変人として恐れられてても、俺一人だけじゃあそれは無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう、"誰か"が協力してくれた。

 

 

それはきっと、俺の友人だ。

 

 

 

 


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