異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第五十七話

 

結局のところ、"感情"というものは簡単だ。

 

本当にそれ自体は単純なのだ。

 

ただ相手のそれを理解できない時がある。それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、何がどう簡単なのかって?

……そう、感情を一言で言い換えるなら、それは"理不尽"。

決して英数字の羅列、文字列、記号、進数が到達出来ない"世界"。

俺が構築してきたプログラムがいくら俺にとって理不尽な動きをしたとしても、それは感情ではない。

"理解が不可解の内に、何もかもを尽くす"。機械に限界は無いが人間に限界は在る。矛盾。

だからこその理不尽さ。そしてそれは物事は一面だけが全てではないと言う事に他ならない。

 

 

 

これは生徒会に呼び出しを喰らう二日前。

いつも通りに朝倉さんの家……ではなく俺の部屋まで押し切られた時の会話だ。

本当に急降下爆撃だった。朝ご飯を食べ、いい時間になったら家を出ようと思っていた最中の急襲。

USB? 秒でロッカールームに投げ入れたさ。

 

 

「――へっ?」

 

「何よ、その馬鹿な声は」

 

いやいや朝倉さん、その話は本当なのだろうか。

 

 

「嘘ついてどうするのよ。だいたい、"お話"の中でそういう説明は無かったのかしら?」

 

「……どうなんだろう」

 

覚えていなかったのだろうか?

とにかく俺の認識が間違っていた、誤解していたのは言うまでもない。

"情報統合思念体の派閥"。その関連性とやらに。

 

 

「当り前じゃない。あなた、情報統合思念体を何だと思ってたの?」

 

「こう、ゲッター線やらマトリクスやらが、ぶぁーってなってる感じ」

 

「何よそれ」

 

「とにかく意外だったよ」

 

情報統合思念体がこう何匹も居るような奴ではない事は知っている。

だが、派閥ってのは単純に朝倉さんのように個人の意思で成るもんだと思っていた。

そこにてっきり情報統合思念体は干渉しないものかと。

 

 

「ケースバイケースなのよ。自分から『この派閥です』ってのは先ずないわね。任務だったり、個体性能だったり、色々あるのよ」

 

「でも最終的にはどの派閥に属しているのかってなるんだよね?」

 

「それを言えば最終的には情報統合思念体のさじ加減になるの」

 

「……そんなのでいいのか」

 

「確かに情報統合思念体そのものは一意だわ。でも文字通りのメガバンク……いいえ、ヨタバイトでも足りないわ。データというデータなのよ」

 

「俺よりよっぽど凄いわけだ。で、そこには感情もある、と」

 

「その名を冠したプログラムが一つずつあるに過ぎないわ。感情だなんて、笑っちゃう」

 

「コピーアンドペースト。なるほど、道理で宇宙人たちに上手な演技が出来るという訳だね」

 

しかし、それならば謎が残ってしまう。

長門さんは何故その機能が半ばオミットされた形で出荷されたのだ?

確かに観測が任務であればその方が都合がいい。下手な行動には出ないだろう。

とくに長門さんは涼宮さんに近いのだ、朝倉さんのように異常動作なんてもっての他。

部活中にナイフを取り出されたら間違いなく俺は泣いてしまうよ。

 

 

「……でも、それだとやっぱりおかしくないか?」

 

「何がかしら」

 

「いやいや、だったら宇宙人みんなにそんな機能が必要無くなるじゃあないか。まるで暴走ありきだ」

 

「やっぱり馬鹿ねえ」

 

さも愉快そうに言わないで下さい。

 

 

「私たちの任務は涼宮ハルヒだけじゃないのよ?」

 

「……ああ」

 

「そういうこと。私とあなたがいい例だわ」

 

それはちょっと違うんじゃあなかろうか。極論って奴になるよ。

どういうことかと言えば……本当に、単純すぎる話だ。

単に俺が失念していただけなのだから。

つまり彼女ら、いや情報統合思念体は地球人のためだけにわざわざ派遣したのだ。

そのおかげでこんな美人さんがやってきたのだ。いや、信じられないよ。

 

 

「対有機生命体、ね。……きっと、周防もそうなんだ」

 

「……私の前で他の女の名前を出すとはいい度胸ね?」

 

「うぉっ! い、痛い。やめてやめて!」

 

「とくにあのカビ女は駄目よ。あなたにまでカビが生えるもの」

 

周防はとうとうカビ扱いされてしまうのか。

そして俺は朝倉さんに拳で頭をグリグリされている。

しかも両手で挟み込むように。容赦ないんだが。

 

 

「ぐ、じゃあ、オレもカビ呼ばわりするからそれで」

 

「わかったわ」

 

「つつっ……。なら、つまりこういう事か? 派閥の方向性そのものは情報統合思念体の意思の一部だ。って」

 

「そうよ。やっぱり頭の回転は遅くないじゃない」

 

「これで馬鹿呼ばわりされるからいい迷惑なんだけども」

 

つい先月にはキョンにさえそう呼ばれてしまった。

まさか涼宮さんや朝比奈さんが俺に対しそんな発言はしないと思うし、長門さんだって多分しない。

良くも悪くも『……ユニーク』で切り捨てられてしまうだろう。だが古泉はわからん。

もし俺とあいつが再び議論している最中に『んふっ。……失礼、あなたは馬鹿でしたね』とか言われた日には。

 

 

「多分あいつは八つ裂きになってる」

 

「あの物騒な技かしら?」

 

「ハッタリもいいとこなんだけどね」

 

某霊能力バトル漫画でも次元を切り裂く剣はあったけど、俺のはどっちかと言えば転移技だ。

そして物凄く有効射程が短いし、この技そのものを知っていればいくらでも対策出来る。

俺が"閉じる"前に逃げる事も出来るし、その時に腕を狙われたら最悪だ。

どっかの人類最強の会長みたいに片腕無しでその技を俺は放てない。

あのお方は怪物だから。そう言われてたもん、作者、いや天の声に。

 

 

「しかも結局"重力"には勝てないんでしょ? その技も」

 

「……朝倉さん達はどこまでそんな操作が出来るんだ。反重力じゃあないんだろ?」

 

「別のベクトルによる引力なだけよ。重力にそれを追加すれば相手を潰せるわ」

 

引力の対は別の大きな引力。それがこの現実世界の常。

綱引きでしかなく、釣り合う事は稀で、基本的にはどちらかが勝つ。

どっちかに引っ張られていくだけなんだ。反発なんて、あり得ない。

そして弱点を知ってるのはいいんだけどこれが広まったら本当に俺は置物と貸す。

何だ、高負荷の重力に耐える訓練でもすればいいのか? どんな世界観だよ。

そして俺は某海洋学者よろしく自分の能力ばかり知れ渡ってほしくない。

あいつらどうやって時止めなんか気付くんだよ。

 

 

「頼むから大々的に言いふらさないでくれよ。今もオフレコなんだろ?」

 

「当り前じゃない。二人だけの会話よ」

 

「なら、いいけど、ね」

 

俺の母さんは一向に部屋に突撃してこない。

いや絶対に来てほしくないのは確かなんだけど後でどうこう言われるのは嫌だ。

 

 

「そろそろ居間に行こう」

 

「何で?」

 

「『何で』って……別に聞かれてまずい話はもう終わったからなんだけど……」

 

「それはそれ、これはこれじゃない」

 

と言って朝倉さんは俺に飛びついてくる。

当然だが部屋を出ようと立ち上がった俺のバランスは崩れる。

そう、ベッドに押し倒される形となるのだが。

 

 

 

 

 

ガチャリ――

 

 

 

 

 

 

 

「――あっ! ………う、ん。……ごめんね、母さんお邪魔だったね、ここにジュースとお菓子置いてくからどうぞ続きを」

 

 

 

 

 

 

――バタン。

 

 

 

 

ドアが急に開いたかと思えば急に閉じられた。

まさに、爆発かするのように襲いそして消える時は嵐のように立ち去った。

 

 

 

おいおい。

こりゃ三文芝居だな?

とにかく俺に言わせてくれ。

 

 

「……どうしようもない」

 

もっともこの時の会話の重要性なんて俺はまるで感じていなかった。

別に何かのフラグを立てたかったわけでもないからね。

俺は言い訳を構築する事だけに演算能力をフル回転させていた。

人間は"知らない"生き物ではない、"覚えていない"生き物なのだ。

 

 

 

そう、『それが、問題だ』った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤンキー会長との邂逅を果たしたSOS団男子一同は文芸部室へと戻っていく。

トッポイ野郎一名を除きその足取りは重い。俺だってあの空間には居たくないさ。

しかし古泉は彼の資質についてどうこう言ってたが、会長殿のそれはかなり高いと思う。

いや、当り前だろう。ただの俗物に涼宮ハルヒの相手が務まる訳がないのだから。

採用情報だけなら北高に限らず全国から我こそはという奴が集まるに決まっている。

もれなく宇宙人の書記もついてくるのだから。

 

 

そんな喜緑さんについてキョンは。

 

 

「で、彼女も『機関』の協力者なのか?」

 

「いえ。我々も彼女があの位置に居る事を最初に確認した時は驚きました」

 

「俺より驚いたってか」

 

「お前はいつも驚きすぎだ。もっと耐性上げろよ」

 

「上げたくもない」

 

「喜緑さんは本当にいつの間にか生徒会の書記になっていました。つまり、情報の改竄ですよ。僕が気づけたのもちょっとした違和感があったからだけです。役員として立候補したのを見た覚えはありませんが、記録上は全て最初から彼女が書記でした。そういうことです」

 

「で、いつの間にか俺たちはハルヒのシンバルモンキーと化してるわけか」

 

「対等な友好関係ですよ」

 

「お前さんがそう思ってくれる限りはオレも安心さ」

 

「お互い様ですよ。しかし、どうやら明智さんは気づかぬうちに良い顔つきになりましたね」

 

何だそれは、気色悪い。

もしかして口説き文句なのか?

……いいや、こいつは俺の覚悟を見抜いたんだ。

人を見る目があるからあの不良生徒だって会長に仕立て上げた。

こいつの脅威は超能力者なんかではなく、陰であること。

 

 

「よせよ、野郎に言われても照れる気なんてサラサラないから」

 

「明智さんとはいつまでもいい友人でいたいものです、あなたもね」

 

「そいつはハルヒに言ってくれ。全部あいつ次第なら俺は考える気にもなれん」

 

「今はそれでいいでしょう。しかし、いつの日からかはそうはいきません」

 

「……そうだね」

 

「何だよお前ら」

 

いつの日か、お前もまた選択する日が来るのさ。

それがお前にとっての決着なのかはわからない。

ただ、傍観者でいられないのは確かなんだ。

 

 

「だが、今日ではない」

 

「その日が来るのを僕は楽しみにしていますよ」

 

世界が滅ばなきゃ俺も同意見だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして部室へ戻ると涼宮さんが六枚の紙切れをそれぞれ各団員に選ばせた。

それは折りたたまれている。俗に言うくじ引きであった。

 

 

「さあ、そこに書いてあるものを書くのよ。ジャンルよジャンル」

 

キョンは恋愛小説――ざまあないぜ――で古泉は大好きなミステリ、朝比奈さんは似合っている童話で長門さんは幻想ホラー……って何だ。

朝倉さんはまさかのピカレスク。おい、俺を殺すような話だけはよしてくれよ。

洋風でなく和風にしてくれ。

まあいいさ、話は話。嘘は嘘でしかないのだ。

さて、俺は何だろうか。

 

 

「――で、明智は何だ」

 

「……"ハードボイルド"だってさ」

 

「嘘だろ。お前が、ハードボイルド?」

 

お前がそんなのとは程遠いだろと言わんばかりの目。

でもついさっき古泉に褒められたんだぞ。何が変わったか知らないけど。

 

 

「キョン、黙ってやがれ。お前なんか恋愛の"れ"の字もない。それにオレ自身がハードボイルドである必要はないだろ」

 

「はいはい。しかし順当に行けば探偵モノか」

 

「書けるには書けるけど、その場合尺がとんでもなくなる」

 

具体的な数字としては最低三話分は使う事になるだろう。

何の単位かって? それは俺にもわからない。ここもきっと触れちゃいけない。

 

 

「それでいいんじゃねえか。書ける奴が書いてくれた方が俺はありがたいんだがね。ついでに俺のも書け」

 

「監修ぐらいならしてやるよ。とにかく、ハードボイルドがイコール探偵って図式は偏見だよ。お前もっと本読めよ」

 

「知らん。とにかく原稿落とさないようにするのに俺は必死だ。出来レースでもハルヒに文句言われちまう」

 

そしてこの段階でキョンは思い出したかのように。

 

 

「……そういやハルヒ。お前は何書くんだ?」

 

「何かよ」

 

「その何かを俺は聞いているんだが」

 

「あのねえ、あたしはもっと大切な仕事があるのよ。曲がりなりにも本なんだから、作業は色々あんの」

 

「製本は確かに手間だが、みんなで協力すりゃいいだろ」

 

「監督よ」

 

「はあ?」

 

「あたしが監督作業をするのよ」

 

「団長のお前が、また監督か」

 

違うわよと言わんばかりの表情で涼宮さんは立ち上がる。

その手にはいつもの"団長"と書かれた紅の腕章とは別のそれが握られている。

 

 

「本日より一週間、あたしは団長をお休みします。そう、今日から私は期間限定の――」

 

俺の視界情報が正確であれば、どうやら彼女は"編集長"を名乗るらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「――SOS団チーフエディターよ! さあみんな、仕事の時間だからせっせと働きなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残業時間200時間か?

 

そいつだけは本当に御免だった。

 

 

 

 


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