異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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アイドリング・ゴースト
イノセンス・デイ


 

 

借りは返す。

 

やられたらやり返す。

 

右の頬をぶたれたら右ストレートでぶっ飛ばす。

 

有史以来の人間社会、常識中の常識だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に俺は北高生の間で何を言われたところで俺自身には常識があると考えている。

いつも適当な態度、戯言を絶やさない、だから変人呼ばわりもされる。

それは普通に会話したところで何も楽しくないのが事実だからだ。一種の人間観察。

いいや、そんな趣味嗜好などどうでもいいのだ、今回話したいことは既に述べている。

それにあたって、まずは先月の話から始める必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、二月十四日。

 

 

 

もう冬は終わると言え、俺の一張羅は昨日の戦闘で廃棄せざるをえなくなっていた。

不幸中の幸い――いや単なる不幸だが――中に着ていたシャツはお気に入りでもなんでもない。

やや不気味なネコが描かれている、黒地のものだった。猫に罪はない。

 

 

「……」

 

そして俺はこの日、ありがたいことではあるが若干、ほんの1ミクロンの迷惑さを感じていた。

机に並べられたのはチョコレートであり、それらはSOS団の女子から貰っているものだ。

例外なく手作りなのだが、プラスアルファとして置かれている母によるそれはデパートの一角で購入したものだろう。

とにかく、俺はこの処理に追われていた。

 

 

「……」

 

黙っていてもやがて不味くなる一方でしかない。

コップに注いだ牛乳でもって俺は今日の晩御飯をチョコレートとすることにしたのだ。

この場合に限り、楽しみは最後だなんて馬鹿な事は言ってられない。口の中が飽和する。

よって朝倉さんのそれが一番最初に手をつけられるのはごく自然の流れであった。

 

 

「ビューティフォー……」

 

話し相手が居ない以上、俺は独白していく他ない。

今日は月曜であったが北高の特別クラスの推薦入試日に使われ、生徒の登校はない。

祝日の先週金曜を含め四連休とは聞こえがいいが、俺は本当にそんな事を感じてはいない。

何せ四連休にも関わらず休めていないからだ。全く、どうもこうもあるか。

唯一今日に限っては平和だったが、未だ貧血気味な俺にできる事は水のがぶ飲みだけである。

やがて数十分に及ぶ死闘の末にチョコレートを完食したころには貧血とは別に気分が悪くなっていた。

もう暫くはチョコレートなど見たくない。だと言うのに。

 

 

 

突然本当に迷惑な電話がやってきた。

 

 

「……もしもし」

 

『へっ。明智』

 

「……何だ、谷口。昨日の今日でオレに電話を返すような案件があったのかよ」

 

『それが他でもねえ。俺は貰えたんだ』

 

「……一応聞いてやる……何を、だ」

 

『チョコレートに決まってらあ』

 

そうかそうか、良かったな。でも聞きたくもない単語だ、それは。

聞くまでもなくその相手は周防九曜なんだろうさ。

俺の意見が採用されたのだろうか。宇宙人は基本不可能がないからね。

谷口はオカンから貰っても喜ぶようなとても情けない野郎でない限り、だが。

 

 

「良かったな、昨日の彼女だろ? 逃げられないようにするんだね」

 

『ついにこの世の春が来たんだ。何言いたいのかわからん女ではあるが、可愛げもあるじゃねえか』

 

「はいはい自慢自慢良かった良かった春だ春だ」

 

『もっと祝え』

 

そろそろこれ切ってもいいよな?

俺なんか基本的におおっぴらに朝倉さんどうこうは言わないんだぞ。

それに季節で言えばもう暫くもしない内に春が訪れる。例外なく全員に。

とにかく今日が休みで良かったと思う。これまた他の奴ら――男女問わず――が俺にチョコについて根掘り葉掘り聞こうとするのだ。

そして一部の悲しい方々にとっても、十四日にチョコが貰えないというダメージが軽減されるだろう。

中立が一番儲かるのだ。

 

 

「谷口よ、それだけが言いたいならメールにしてくれや」

 

『なら後で画像を送ってやろう』

 

「………お、おうよ」

 

『これから堪能させてもらうからな』

 

言うだけ言って奴は電話を切った。

好きにするといい。俺は周防を殺す気なんてサラサラないのだ。

裏で糸を引いてる奴を倒せばそれでいいんだろ? 

情報統合思念体とは俺が仲立人になればいいんだからさ。

で、直ぐにそのメールとやらは来た。

本当に見たくもなかったので暫くは放置してたが、寝る前に見てやることにした。

 

 

「……驚いたな」

 

以外にまともな、芸術的な出来栄えであった。

丸型で、紫色を交えたマーブル。

一応手作りだと思われるが、オサレなお店に行けば売ってそうだ。

 

 

 

どんな意図があるにせよ、谷口だけは巻き込まないでやってくれ。

文字通り"でしゃばり"な地球外知性の人型イントルーダ―さんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――で、そんな話は今からちょうど一ヶ月前。

現在は三月十四日であり水曜日だ。

球技大会の話をする前に、先ずはこの日について語らせてほしい。

いや、それよりも先に作戦会議の方からだ。

 

 

「ホワイトデーについて、だ」

 

「……こんな所にわざわざ呼び出して、話し合う内容がそれか」

 

「僕は重要な事だと思いますよ」

 

「オレが呼び出した必要性もそうだ。キョンにとってどうでもいいと思うのなら、帰ればいいさ」

 

「ハルヒはさておき、朝比奈さんにはしっかりとしたお礼を返したいからな」

 

やれやれ、素直じゃないなあ。

 

 

 

さて、ここは俺の"異次元マンション"その一室の301号室。

今まで来客用として活用していたのは基本的にここであった。

文芸部的機関誌作成を完了したちょうど次の日、放課後の部活終わりの事だ。

 

 

「しかし、三人寄れど俺たちがどうにかできるとは思えんぞ。文殊の知恵どころか烏合の衆だ」

 

「オレたち一人ずつよりマシだと思ったんだよ」

 

「しかしながら彼女らにお返しをするとしても僕たち全員が同じものを、とはいかないでしょう」

 

「そうだ。何かプランはあるのか?」

 

ふっ。キョン。

よくぞ聞いてくれたな。

 

 

「……ないよ」

 

「おい」

 

「つまり、最低限被らないように集まったというわけでしょうか」

 

「そうそう」

 

「何も考えてないのに被るも何もあるかよ」

 

「でもオレたちは三人な訳だよ」

 

彼女らは一人当たり三つ貰う計算になる。

製造先が違うにせよ、全員からクッキーを渡されて嬉しいだろうか。

これは偏見だが男子が女子から貰うのと、女子が男子から貰うのは違うんだよ。

朝倉さんにその辺を聞いたところで客観的なデータになるとは思えない。

 

 

「王道を行くとすれば、マシュマロ、クッキー、キャンディの三パターンが挙げられます。後はケーキでしょうか、ホワイトチョコレートというのもありますね」

 

「いずれにしても俺たちで作れるわけはないな、俺は出来ん。どうだ」

 

古泉は首を横に振る。

 

 

「オレだって無理だよ。専らスイーツに関しては捕食者サイドだ」

 

「無難に買い出し、という事ですね」

 

「そうなるだろうな」

 

「自分はこれがいいって人は居るか? なければジャンケンで決めよう」

 

「俺は別にどれでもいいんだがな」

 

そりゃそうかもしれないけど、そんな投げやりな気持ちではお礼にならない。

お礼とは心の所作であり、心が正しく形を成せば想いとなり、想いこそが実を結ぶ。

……らしい。

 

 

「わかってないな、キョン」

 

「あん?」

 

「そう、やられたらやり返す……。倍返しだ!」

 

古泉は未だに笑顔のままだがキョンの表情は崩れた。

いかにもこいつやばいよと言わんばかりである。

 

 

「いや、復讐するわけじゃねえだろ」

 

「ホワイトデーは数倍返し。世の女性方はそれを期待しているそうですよ」

 

「……でもSOS団は例外なんだろ?」

 

「阿呆が。そんな気持ちでお礼が出来ると思っているのか、お前は」

 

「今日の明智はどういうキャラなんだよ」

 

「ですが時には折れることも必要です。この場合はそれが普通なのですから」

 

常々思うのはキョンの懐事情である。

彼の家が暮らしになんら不自由していないとはいえ、バイトも何もしていない。

必然的に小遣いなのだろうが、よくも毎度市内散策で奢れるものだ。

実はお前普通じゃないだろ。

 

 

「とにかく、最初は、"グー"だ」

 

俺はこの時もう少し能力を有効活用できないのだろうかと思い始めていた。

未来の俺がやったらしい203号室は何だったんだろう。

本当に異世界でも創ってるんじゃあないのか? 

その方が自然だが、今の俺にそんな芸当はできない。

 

 

 

部屋があるだけありがたいとは、このことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在は朝倉さんの家。夕方の学校帰り。

 

 

 

未だ短縮授業にならないのは北高ならではである。

二週間としないうちに春休みだと言うのに。

球技大会を開催するくらいならば休みを増やしてほしい。

 

 

「――というわけなのです」

 

「どういうわけよ」

 

結局二位だった俺はマシュマロをあえて選択した。

キャンディの権利はビリの古泉にくれてやった。

たかがマシュマロではあるが、コンビニに置かれているようなそれではない。

高級専門店で仕入れた。通販だ。

 

 

「ふーん。ま、あとでいただくとするわ」

 

「そうしてやってくれ」

 

そいつらはかわいらしい動物どもに擬態していた。

頭だけだが、かじりついてやるといいさ。

 

 

「ではこれで――」

 

要件は本当にこれだけだったので立ち去ろうとする。

が、動きが一瞬止まる。金縛りは直ぐにレジストされたが。

 

 

「う、……ちょ、何を…」

 

「せっかくあがっておいて五分もしないで帰るのかしら」

 

「いや、で……」

 

とりあえずこの身体の負荷をどうにかしてほしい。

押しつぶされるほどではないが、明らかに制御が効かない、重い。

どう考えても朝倉さんの仕業じゃあないか。重力を上乗せされる。

そして左手をホールドされた。

 

 

「ふふっ。捕まえたわ」

 

「あの、こ……解除し……」

 

「うん、それ無理」

 

何故に。

 

 

「今日は明智君が買ってきたこれを一緒に食べるの。終わるまで帰さないわよ」

 

いつそれが決まったんでしょうか。

こちらは苦しさ故に会話さえままなりません。

だがさっきの口ぶりでは後回しにするみたいな発言であった。

俺は納得したい。納得できる理由を求める。

 

 

「それは私が今決めたのよ」

 

「…え……そ…ま、……マジ………か……」

 

「マジよ」

 

本気らしかった。

その後、とても詳細を語りたくないような食事会が行われた。

俺はロクに手足を動かせなかったのでまさかの口移しまでされた。

悪い気はしないけど恥ずかしいよ。それがしたくて計算してやったんじゃないだろうな。

 

いや、本当に。

最近はどうもつくづく思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――"感情"って、"理不尽"です。

 

 

 


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