異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ポップ・ゴーズ・ザ・ファントム その二

 

 

 

季節はまだ暖かいというほどではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山間部に高校があるのがそもそもどうなのだろうか。

無理矢理に解釈すればこれだって山じゃあないか。

北高の歴史に俺はついぞ興味を持ったことなどないのだが、にしても他に土地は無かったのか。

思えば俺が前世で通っていた高校も田舎だった。山の上ではないが、俺が済んでいる家からは10キロ以上遠い。

毎朝電車通学だ。しかも本数はそこまで多くない。乗り遅れればその分負担になるという不条理。

ただの人間観察をするにしては比喩として高い授業料を払ったような気分だよ。私立なわけないが。

その分敷地は広かったような気がする、北高もそれなりの規模ではあるが。

 

 

 

やはりキョンはそんな北高について、とくに山の部分において不満があるらしい。

と言っても、もうじき一年なのだ……いくら嫌な作業でも慣れるってもんさ。

俺だってかつては計一時間近い登校だったんだ。歩ける距離なだけありがたいね。

 

 

「でも毎朝毎朝だからな、俺はもうここの登山に慣れた」

 

「登山? これをオレの祖父さんが聞いたら大爆笑だな」

 

「そんなに熱心な登山家だったのか」

 

「元々健康的なお方でね。昔は自衛隊だったそうだ。退職してからは金だってあったろうに、全然使わずに質素に祖母さんと暮らしていたそうだ」

 

「で、登山は数少ない趣味ってわけか」

 

後は筋トレぐらいか。

白血病で他界してしまったのだが、入院する前までは本当に屈強だった。

多分今の俺が五十の頃の彼と殴り合っても余裕で負ける。

そんな人でも死ぬ時は死ぬのだから、やっぱりわざわざ殺す必要なんてないのさ。

頼むからそこを勉強してくれ、周防さん。

 

 

「正確に言えば、旅が好きだった。特に歳をとってからだと色々見ておきたいと思ったそうだ」

 

「なるほどな。俺は疲れるのが好きではないが、良い事なんじゃないかそれは」

 

「かもね。オレも言われたさ『若い時に色んな者や物を見ておけ』ってね。……その方が後悔しないらしい」

 

「今後の参考にさせてもらおうさ」

 

もうじき一年も終わりだ。

そういえば二年生になればクラス替えなんかが行われる。

このシステム誰得なんだろうな。そりゃあ同じ顔を三年もつき合わすのはモノホンの田舎校さ。

別にSOS団として集まる限りは正直俺は誰かと一緒のクラスでなくて構わない。

それでも俺だけがハブられてしまう形ならちょっとは精神ダメージになってしまうけど。

いやいや、いいんだよ。朝倉さんにはもし言い寄って来るような命知らずが居たら指の骨を折っていいと言ってある。

そしてそんな報告を受けた事はない。因縁をつけられそうになったとしてもハンタ式威圧法でまず消えるからね。

 

 

 

本当に、有効活用したいもんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こんなことを考えていると球技大会は終了した。

女子バレー? 残念ながら当然で、5組の優勝だよ。

部活に所属してなければさっさと帰っていいという訳だが、俺がそんなわけはない。

レミングスのように本能的レベルで文芸部室へと足を運ぶのだ。

公的にはSOS団アジトではない。生徒会が煩いからな、演技だけど。

 

 

 

 

部室には既にメンバは全員揃っている。

キョンと涼宮さんは何をするでもなくいつも通り黙って座る。元々目的が不透明な集まりだ。

朝比奈さんはメイド姿で突っ立っている……団長のオーダーには直ぐに対応できるわけだ。

長門さんはエドガー・アラン・ポーの短編集を読んでいる。

【黒猫】は本当に怖い話だ、猫はわかいいのに。ちなみに俺が好きな品種は"ラガマフィン"。

古泉? どうでもいい。朝倉さんは最近ではすっかり節操なしに雑誌やら何やらを読むようになっていた。

やはり宇宙人の勉強ツールとして読書は広く認められているのだろうか?

その彼女が読んでいるのは……"世界の名刀"……コンビニで500円ぐらいで置いてあるあれだ。

もっと女の子らしいのにしてくれ。

 

 

「別にいいでしょ。これ、よくわかんないけど刀以外も書いてるわよ……」

 

「ネタが無いんだよ」

 

「刀だって空想上のものばかりだわ。"フラガラッハ"に、"クラウ・ソラス"とか」

 

魔剣フラガラッハ……別名アンスウェラーは俺が一番好きな剣だよ。

絶対に折れない。いいよね。

 

 

「やっぱり銃の方にしとけばよかったんじゃあないの」

 

「夢が無いわね」

 

「なら小説を読みなよ」

 

「そっちは長門さんにまかせるわ。私は絵や図がある方が良いの」

 

「そういうのが無いからいいんだけどね……」

 

見解の相違ってヤツさ。

もっともこれぐらいで仲違いする必要性もないけど。

横でパチパチ煩いと思えば古泉は一人リバーシなんかを始めていた。

お前、悲しくないのか? それを見たキョンは。

 

 

「最近ではよくわからんのが増えてきたが、ずいぶん懐かしいのを出したな」

 

「むしろこっちのが代表的なボードゲームなのにね」

 

「しかもそれは俺が用意したオセロだ」

 

「そろそろ僕たちが出会って一周年ですよ。光陰矢のごとし。ここらで原点回帰というわけです」

 

「何に戻るつもりなんだお前は」

 

「いや、そもそもお前さんは一人でリバーシに興じて楽しいのか?」

 

「将棋はやりつくしましたので」

 

なら本気でやるんだな。

それに俺たちが"光陰矢のごとし"を語ってしまっては全国の熱心な高校生諸君に対して失礼だろう。

時間だけをただ貪っているのだから。ただ、俺は別にそれでもいいと思っているのさ。

見る人が見れば羨ましいだろうさ、このメンバの中に俺が居る、なんてのは。

そんな見る人なんてのは文字通りの異世界人ぐらいだろうけど。

 

 

「オレ、……か」

 

「どうした」

 

「聞きたいか」

 

「遠慮する」

 

「なら聞くなよ」

 

キョンは黙って朝比奈さんが淹れたお茶を飲み始めた。

そうだ、今日とてこのまま何事もなく一日が通過していく。

寝ても覚めても世界は廻る。気が狂うが、これが正常。

俺に与えられた仕事は涼宮さんの遊び相手の一人でしかないのだ。

他の役割など、今は必要ないのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、この世界における"明智"って苗字はどうも厄介らしい。

俺からすればそれこそ逆賊、三日天下としてのそれだけで充分だ。

おかげさまで部の悪い賭けしかいつも強いられないのだから。俺は嫌いだ。

そのくせ世界の方はどうやら俺を名探偵の方か何かだと勘違いしてやがる。

役割といい、俺には謎の方から舞い込んできてしまう。主人公ではないのに。

江戸川乱歩さんも明智なんかじゃなくて違う名前でキャラを書いてくれればよかったのに。

 

 

 

という訳で。

 

 

「……幽霊が、出る?」

 

「うん」

 

依頼だ。それも謎を解く系で、しかも幽霊ときた。

本日のクライアントは宇宙人ではない、阪中佳実さんである。ああ。

できるだけそっちの方を向かない事にする。それこそ天井の幽霊を探すように。

そんな話を耳にして邪険にする涼宮ハルヒではない。

嵐が吹き荒ぼうとしていた。北高が倒壊しないのが不思議だ。

 

 

「うわさ話なんだけど、あたしもおかしいと思い始めたのね」

 

「ふむふむ。これは詳細な話を訊く必要があるわね。幽霊、幽霊と言うからには実体が無いのよね……阪中さん。それは本当に幽霊なの? それならあたしたちの専売特許よ。悪霊なら極楽に送ってやるわ」

 

いつから俺たちは本格的な妖怪変化専門の討伐隊になったのだろうか。

ゴートサッカーバスターズは一日限定だったのだ。後の偽UMAでチュパカブラは出なかったし。

俺だってよくわからん限定的な空間干渉能力より"文殊"の方が良かった。

あれこそ本当のチイトとやらではなかろうか。何だよその上あいつには超加速まであるんだぞ。

俺にも身体強化しながら"壁"を作るぐらいさせてくれ。

 

 

「ま、まだそうだと決まったわけじゃないのね。あくまで噂だし、ただの自然現象なのかも……」

 

「疑わしきは罰せよ。そこに謎があるなら、黙ってないのがSOS団なのよ」

 

「こんなウソかホントかもわからない話だけど………」

 

「……」

 

「大丈夫よ! 大船に乗ったつもりで任せなさい。あっという間に解決してみせるわ」

 

「俺たちが何かを解決した覚えはないがな」

 

「何言ってんのよキョン。謎の方からあたしたちに降伏してきてるだけよ、あたしぐらいになるとね」

 

 

確かに一理ある。

結局見えない所で敗戦処理をさせられるのは俺たち団員なのだ。

幻影旅団みたいに対等な関係なんてものはまるで存在しない。

涼宮さんの中で多分涼宮ハルヒは究極生命体ぐらいに位置されている。

 

 

「しかし、阪中はよくもここに駆け込む気になったな。いや、それどころかSOS団が依頼人募集のポスターを掲示していたのはもう半年以上前の話になるぞ。忘れててくれて良かったと思う」

 

「違うのね。あたしが覚えてたのは……」

 

と言うと彼女は椅子の横に置いた鞄から一枚の紙を取り出す。

まさかと思ったが、どうやらそのまさかでそれは本当に一年ぐらい前の話となる。

涼宮さんと朝比奈さんが校門で配ったSOS団のチラシだ。

阪阪さんがまさか俺の立ち上げたWebサイトを見ているとは思えない。

ちなみにたまに自宅から更新している。

 

 

「ここが、SOS団なんだよね? 明智くんも居るから間違いないと思うけど……悪魔召喚の儀式とかやってるって聞いたのね……」

 

おいお前ら、盛大に勘違いされているぞ。

そして俺の名前を出さないでくれ、このまま風化してほしいのだ。

出来れば脳内HDDにおける俺要素を排除してくれて構わない。

いつぞや悪魔の代名詞"ファウスト"に出てきてほしくないとは思ったが。

とりあえず俺は口笛でも吹こう、"シビル・ウォー"のイントロ部分だ。

 

 

「何でもいいから、とにかく幽霊なんでしょ。どんな人、いいえどんな霊なのかしら……ビデオに映るかしら。インタビューの原稿も考えないと」

 

「だから、まだわからないのね。もしかしたら期待外れな結果かも……」

 

「ハルヒはとりあえず落ち着け……。阪中の話を聞く方が先だろ。どうやら幽霊と断言できない理由もあるらしい」

 

「何あんたが偉そうにあたしに命令するのよ」

 

「へいへい、すいませんでした」

 

とにかくこの場はキョンの一言で落ち着いたらしい。

俺からすればどう見ても謝る態度ではなかったが、こいつだから許されるのさ。

しかし幽霊と聞いた以上とりあえず他の顔色を窺っておく。

いつかの俺はキョンに対し幽霊の存在を否定しなかったが今のあいつはどうなんだろうな。

もう忘れてそうだけど。

 

 

「幽霊ときましたか。なるほど、いやあ、実に興味深いですねえ」

 

「幽霊…さん……それは、火の玉なんですか……?」

 

「幽霊を切れる刀ってあったかしら」

 

「……」

 

期待した俺がどうかしていた。

この場を出来れば阪中さんと関わらない方向で望むのは俺だけである。

みんなは既に最初から逆らうと言う選択肢はないのだ。

ついでに言えば俺にもないのだから依頼は不可避というわけである。

じゃあ今日の分行こうか。

 

 

「幽霊がいてもいなくてもどうも出来ない。どうもこうもないさ……」

 

本当にそうなのだから仕方ないだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――違う。

 

 

「オマエが殺したのよ」

 

違う。

馬鹿を言うんじゃあない。

 

 

「オマエが……、オマエのせいで!」

 

「……」

 

「何とか言ったらどうなの?」

 

なら、お前は何が聞きたいんだ?

この僕から、どんな返答を望んでいるんだ。

とにかくやかましい。だから少しばかり相手してやる。

こんな往来で、会いたくもなかったがな。

 

 

「……君は、何が言いたいんだ。はっきり言ってくれ。僕はそこまで頭が良くない。君ほど悪くはないがな」

 

「オマエが傍に居なかったから、あんな事故に巻き込まれたのよ……」

 

はっ。

はははは。

 

 

「まさかそれ、本気で言ってるのか? 僕は関係ない。ただの不幸だ。そういう運命だったんだよ」

 

「  から聞いてたわよ」

 

「何を」

 

「オマエと一緒に出掛けるつもりだったって」

 

「僕は一言も聞いちゃいなかった。そして、これから先二度と聞くことも――」

 

瞬間、鋭い痛みが僕の顔面を捉えた。

左頬から顎にかけての鈍痛……殴られたってわけか。

本来の僕であればこの程度わざわざ貰ってやることはない。

つまり、それほどまでに僕も僕を保てなくなっていたのだ。

13日から一週間以上経過したと言うのに。このザマだからな。

 

 

「馬鹿にしないで」

 

「僕が誰を馬鹿にしたって言いたい」

 

「みんなよ」

 

「やけに漠然とした答えじゃあないか。"みんな"か、そこには君も当然含まれているんだろ」

 

「さあ。アタシの事はどうでもいいの」

 

「なら君は誰の話がしたいんだ。世間話がしたいなら他にあたってくれ、あいつ以外にも、友達はいるだろ。いつまでも引きずるな」

 

「何よ……何なのよ……信じられない………!」

 

それを悲しむならわかるが、なんだその目は。

まるで何かに怯えてるみたいじゃあないか。

僕を怪物とでも思っているかのような、確かな恐怖のサイン。

弱みを見せるのは感心できないな。

 

 

「人間に、代わりが居るとでも思ってんの……?」

 

何だ、その程度の謎か。

この間と言い、愚問だな。

 

 

「当り前だろう」

 

「嘘よ」

 

「僕は"社会の歯車"なんて話をする気はないが、事実だ。誰かがやらなくても代わりはいくらでも居る。僕が死のうが、あいつが死のうが、それはそこまで。世界は何も変わらない」

 

「オマエは、悲しくないの……?」

 

「何を悲しめばいいんだ、何を後悔すればいいんだ。それで時間が巻き戻るならいくらでもしてやるよ、僕の命をくれてやってもいい」

 

これは妥協でも、後悔でも、逃げでもない。

僕自身が付けるべき決着であり、それは永遠にやってこない。

死ぬまで。

 

 

「勘違いするなよ。僕はあいつが嫌いじゃあなかった……それだけだ」

 

「…そう………これから、どうするの」

 

それを僕に聞くのか。

君は君のために勉強でもすればいいのさ。

今回だっていい勉強になっただろう。

人はかくも、簡単に消え失せると。

だが、僕は決して忘れないだろう。永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あいつの口癖だった。だからこう返してやるよ。『どうもこうもない』」

 

 

 

 

……さて、本屋にでも行くとするか。

 

 

 

 


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