異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ポップ・ゴーズ・ザ・ファントム その三

 

 

 

 

どうやら阪中さんが言うには、幽霊さんに気付いたのは"犬"だと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、俺があの世界で去り際に見た真っ白もふもふチビ犬。

名を"ルソー"と言い、品種はウェストハイランドホワイトテリア。

基本猫派な俺であるがルソーはかわいい。豆柴みたいな小さい犬なら好きなのだ。

つまり何が言いたいかと言えば幽霊が何であれ異常を検知し主に知らせるルソーは飼い犬の鑑である。

 

 

 

一通りの説明を阪中さんから聞いた我らが団長殿は。

 

 

「じゃあみんな、今から出発するわよ」

 

「本気か」

 

「だっていつ逃げられるかわからないじゃないの。必要なのはカメラでしょ……映画撮影の時のどこやったかしら……」

 

こうなってしまうのは当然の流れであった。

思い立ったが吉日。その日以降が全て凶日かはさておき、涼宮ハルヒの辞書に"迷い"はない。

その精神力を俺にも是非分けてほしいね。そんなものがあれば後悔なんかしないだろうさ。

ようやく俺だって何とかここまで来れたのだ、これ以上の懸案事項は回線が破裂するだけだ。

イエスマンの古泉は先ず「市内の地図が必要」と前置きをした上で。

 

 

「実地検分をしてみたいと思います。あなたの家のルソー氏に協力頂きたいのですが」

 

「うん、いいよ。ルソーの散歩ついでにね」

 

しかし今にして思えば彼女の家は間違いなく北高から遠い。

その彼女があの時こっちの方まで来てルソーの散歩をしていたのはどういうことなんだろうか。

……やっぱりそれはあの世界の俺が原因なんだろうな。女子相手にそこまでさせるとは、情けない。

俺か? 俺はいいんだよ。こういう時に他人と自分を比較するなという免罪符を使わせてもらおう。

しかしメイド服姿でまさか出る訳にもいかない朝比奈さんは慌てて着替えはじめようとする。

気持ちはわかりますが落ち着いてください。

 

 

「みくるちゃん待ちなさい。その恰好は確かにふさわしくないけど……制服じゃダメよ」

 

「え、ええっ……!?」

 

「これよこれ、ほら、前に着たからいいじゃないのよ」

 

「ああっ……うぅっ……」

 

「巫女さんなら外を出歩いてもおかしくないわ。それに、相手は悪霊よ。魔除けにはなるんじゃない?」

 

それは先月である二月十五日に金取りイベントとして開催された朝比奈さん――実際には長門さん――手作りチョコ争奪戦で着ていたものだ。

まず巫女さんなら外を出ていいという理論がよくわからないし、悪霊と決めつけられた幽霊もかわいそうだ。

そして巫女装束を金儲けのダシにした時点で魔除けとしての効能は期待できないと思うんですが。

 

 

 

とにかく男子は外へ出る事にする。

恒例の廊下野郎談義だ。

 

 

「古泉」

 

「僕は幽霊について何も話は聞いていませんよ。明智さんの方に伺ってください」

 

「オレに話を回しても何もないぞ。幽霊の存在は否定しないが、今回がそれに当たるかは不明だ」

 

「じゃあ何なんだ?」

 

別に気にしなくてもいいだろうにキョンはそう問いかける。

いよいよ春が近づいているというのにこの落ち着かない騒動。

だが、こっちの方がある意味SOS団らしいのさ。

部室内から聞こえてくるのは涼宮さんと朝比奈さんの声のみ。

阪中さんは何を思って着せ替えシーンを見ているのだろうか。

知りたくはなかった。

 

 

「今の段階ではどれも憶測の域を出ません」

 

「事実として、ルソーくんを含む犬が特定のエリアに近寄らなくなった……犬が嫌うもの、順当にいけば臭い」

 

「その可能性が現段階では一番高いですね。もっとも、それが何なのかすら不明です」

 

「それを確かめに行くんだろ。なら幽霊なんかじゃないな」

 

「だといいがね。犬には犬の世界があるのさ」

 

「例えばその散歩コースの中に犬が嫌う臭いを発する何かがある、あるいは埋まっているわけです。有毒ガス弾とか」

 

「何馬鹿な事言いやがる。どういう理屈で有毒ガスなんかがあるんだよ」

 

「それも憶測ですよ」

 

んなアホな話があってたまるだろうか。いや、ない。

普通に考えられるのは何らかの科学薬品。

ホルマリンなんかは薬局で簡単に仕入れられる。

それを故意でやれば当然ながら動物虐待となってしまうが。

とにかく、犬が迷惑がっているのであれば少なくともこの事件を解決すれば犬のためにはなる。

ルソーが元気に走り回るためにも無駄ではないだろう。

 

 

「純粋な思索のみでもって真実を明らかにする思考実験こそがミステリの醍醐味なのです」

 

「お前さんが書いたミステリ小説はつまらないわけでは無かったが読みにくかったぞ」

 

「あくまで僕は素人ですので。作品として成立させるのが限界ですよ」

 

「だろうな、俺は本当に次が来ないでほしい」

 

「これを機に勉強すればいいじゃあないか」

 

「本屋に行ってライトノベルの書き方指南書でも買えというのか」

 

「それは確かに安いけど、読む方が大事さ。と、言ってもオレも昔は全然読まなかったが」

 

「いつも何か調べたりと余念がない明智がか? 人間誰しも心変わりはあるもんなんだな」

 

本当にそう思うよ。

きっかけは思い出せないが、本の世界に飛び込むようになったんだからな。

それを聞いた古泉はここぞとばかりに。

 

 

「ともすれば、みなさんには良い心変わりをしていただきたいものですね」

 

「どういう意味だそれは」

 

「言葉通りですよ。何も悪い方向性へ突き進む必要は無いでしょう」

 

「これも、お前さんによるところの"良い傾向"か?」

 

「はい。先月はこちらも色々ありましたので……」

 

そう言って古泉はキョンを思わせぶりに見る。

ああ、だがお前らは知らないと思うがな、俺だって色々あったさ。

未来の奥さんを名乗る不審人物がやってきたと思えば、メンタルを追い詰められ、あげく、死闘。

これで正気でいられる俺は本当に世界レベルだな。でなければとっくに狂っているか、だ。

 

 

 

そしてようやく部室のドアが開かれる。

涼宮さんは意味もなく得意げで朝比奈さんはやはりコスプレで外に出るのは多少の抵抗らしい。

でもあなた確か去年はサンタのコスプレで出かけてましたよね? 記憶違いでなければですが。

阪中さんは今にも頬を掻きそうに、そこまでやるのねと言わんばかりの表情。

宇宙人二人は無表情。とにかく、出撃準備はこれで整ったらしい。

 

 

「じゃ、行くわよ」

 

行きたいかどうかで言えば別に行きたくは無かった。

まさかマジもんの幽霊さんが出るわけはないからな。

 

 

 

そう、俺が最後に見たのは、"亡霊"だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は阪中佳実の家について知識として遠くにある事は知っていたが、本当に遠かった。

駅で乗り換えとは、難儀なお方である。

 

 

 

かつての俺ほどではないが電車通学である以上は手間や時間は頷ける。

これでいて彼女はお嬢様なのだから、本当に、何故わざわざ北高なんだろうな。

確かに駅の方向から私立光陽園女子大学附属高等学校は北高より更に遠い。

しかしそれでも北高行くよりはマシだと思うんだけどね。

彼女の父上は建築関連会社の社長さんらしい。もしかしてと思って社名を伺ったが俺の親父のそれとは違った。

でもあの世界では俺と仲が良かったんだろ? 谷口の話ぶりから、家にも足を運んでいただろう。

それでいて俺の人となりが知られていない訳はないのだ。本当に親父は何者なんだろうか。

もしくは業界間の繋がりとしてのそれが、悪いものではなかったのか。

 

 

「たいしたことないよー」

 

お嬢様は得てしてそうである。

いや、本当に彼女と何があったんだろうな。異世界人じゃあない方の俺よ。

それを題材にすればちょっとした恋愛小説になるのではなかろうか。

昨今のケータイ小説とやらについて俺は何も思わないが、せめて出版まで漕ぎ着けばいいのだ。

とにかく、俺には関係のない"世界"だ。

 

 

 

しかし無関係でいられないのはこの電車の中であった。

いい時間帯だ。学校帰りの生徒は他に居るだろう。

実際、光陽園女子のそれが本当にたくさん見受けられた。

これで俺が本当にオッサンだったらここは天国かもしれないな。

だが最早俺は制服を見るだけで拒絶反応が発生しそうになってしまう。

言うまでもなくイントルーダーのせいであり、そして愛すべき彼女も居る。

光陽園の女子生徒のレベルは明らかに高いがそこに何かを見いだせる程俺は元気ではない。

周防九曜、再三言うがお前はもう二度と眼の前に出てこなくていいぞ。"でしゃばり"め。

二年生になっても谷口の相手をしているのであればあいつにきつく言っておこう。

『飼い犬には手を噛まれるな』、ってね。どうだ、うまいだろう?

おかげさまで座席には座れず、俺たちは列になっている。吊り革コースだ。

 

 

「みくるちゃん、何か悪霊を倒す方法は知らないかしら?」

 

「ひっ!?……あ、…その……知りません…」

 

「ふーん。ねえ有希はどう? 色々読んでるけど何かないかしら」

 

「……」

 

「なあんだ」

 

これで俺に会話が振られないのは単純に距離の問題だろう。

少しぐらい会話してもいいだろうに、お嬢様たちのそれはこちらに対する興味に向けられていた。

そうだな、巫女さんはさておき古泉はイケメンでトッポイだ。そちらで預かっていただく形が一番だ。

仮に森さんが超能力者であれば、彼女に来ていただいた方が俺は嬉しい。キョンも嬉しい。

そして朝比奈さんもメイドとして進化できるのだから当然嬉しいだろう。

どうだ、既に過半数近くの意見が出揃っているぞ。

 

 

「チャンスがあればそれも悪くありませんね」

 

「そもそもお前さんはどういうチャンスでもって来たんだよ」

 

「色々ありまして……最終的に僕になっただけではありますが、とにかく誰かがここに居る必要がありました」

 

それを聞いたキョンは。

 

 

「最初から……とはいかなかったのか?」

 

「本当に、色々あったのですよ。機会があればそれもお話しいたします……」

 

「そうかい」

 

もしかすると、それは彼にとっての決着に何か関わる事なのかもしれない。

俺が知りうる中で最も気高き覚悟を持っているのは古泉一樹だ。

だがな、俺に言わせりゃお前さんだって充分と言っていいぐらいに危ういさ。

生徒会長のそれと同じくらいに鋭い眼が出来るんだからな。

その本質は"狂信者"。何だ、立派な"依存"じゃあないか。

 

 

「一つ、この場にぴったりな台詞があるんだが、当てて見なよ」

 

「俺の口からそれを言わせたいのか」

 

「じゃあ古泉、お前さんに任せる」

 

「やれやれ、ですね」

 

「……正解だよ。いっくんさん」

 

「何だ、その気持ち悪いあだ名は」

 

「今思いついたんだ。オレたちで流行らせようよ」

 

「それで涼宮さんが面白がるのであればいいかもしれませんね」

 

「……」

 

だとよ。

どうやら目的地の駅にようやく到着したらしい。

電車は減速し始める。お嬢様学校の女子生徒たちも一部ここで下車するらしい。

住宅街だからな……とにかく、阪中さんといいご苦労である。

俺はもう面倒だからいい。無気力ではない、無駄を楽しみたいだけなのだ。

登校時間は今や有意義なのだから、それでいいだろう。それで。

 

 

 

 

 

でもってようやく駅から外に出た我々ゴーストバスターズは阪中さんを先頭にまず彼女の家へと向かう。

名犬ルソーくんと会うためだ。いや、失敗したな。何がってあっちでルソーを弄り倒しておけばよかった。

言ってもそんなに、精神的にも時間的にも余裕はなかったんだけども。

俺のそんな一面をこいつらに見せる訳にはいかない。にゃんこシャミセンで手遅れかもしれんが。

しかしながらゴーストバスターズと言えど、武器は何もない。

マシュマロマンすら倒せない、そんな装備で大丈夫なのか?

 

 

「大丈夫じゃないかしら」

 

「随分適当な返しだね」

 

「あなたの質問が意味不明よ」

 

「なら宇宙人的観点から話を訊きたいんだけどどうなの?」

 

「何かしら」

 

「幽霊が居るかどうか」

 

俺がそう言うと朝倉さんはやや唸りはじめた。

何だ、シャイニングフィンガーか。光ってないけど。

 

 

「……わからないわよ。ただ、涼宮さんが望めば出てくるでしょうね」

 

「もう何だ、彼女のそれは"もしもボックス"ぐらい何でもありだな? もしくは"ウソ800"だ」

 

「何よそれ」

 

「いともたやすく行われるえげつない行為だよ」

 

「……多分私より明智君の方が宇宙人に向いてるわ。どう、交代しましょうか?」

 

もはやその美しい眼からは光が消え失せようとしていた。

そうか、俺がこんなのだから未来の彼女もあんなのになってしまうんだな。

気を抜けば適当に会話してしまうのは俺にとってクセになっているらしい。

後は音を消して歩くのもそうだ。

 

 

「遠慮しとく。宇宙空間に放り出されて無事でいられる自信はないからね」

 

「私だって何の用意も無しにそれは出来ないわよ」

 

「でも出来るんだね……やっぱり情報操作万能すぎるでしょう……?」

 

「と言っても今でも許可申請が必要なのよ」

 

思えば未来の朝倉さん(大)は情報操作が気乗りしないだとか、ともすれば申請が必要ないらしい。

情報統合思念体は時間の概念を超越してるだとかそんな話が原作であった気がする。

ならば彼女がこの時代に現れていた事も知っているはずでは? 彼女は偉くなったのかもしれない。

そんなタテ社会が宇宙人同士の中でもあるのだろうか。

 

 

「ないわよ」

 

「だよね」

 

今や未来に帰ってしまった上にもう来ないらしい朝倉さん(大)。

はたして彼女は俺を助けるため以外の目的があったのだろうか。

補助輪、戦争、そしてその年齢。明智小五郎さんなら謎を解き明かせるのだろうか。

と、無駄な会話をしていると。

 

 

「ここ」

 

と阪中さんの家に到着した。

はぁ……いや、俺の家とはやはり比較にならない。

別に日本に生まれついていてそれで親が居るだけでどれだけありがたいかは知っている。

実際に一人暮らしも経験していたからね。もっとも、その時も俺の世界は白と黒だったが。

一言で彼女の家について言うなれば、豪邸。モノホンのお嬢様だ。

家だけでかなりの大きさ、三階建て一軒家。広々と芝生が敷かれている庭もある。

はたして俺の"異次元マンション"が改装できるようになったとしても現実世界には無い。

よって彼女の家に俺は何ら対抗出来ないのである。一度行ったところにしか行けないし。

 

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか気になるジャ」

 

「……はぁ?」

 

もう俺を気にしなくてもいいですよ、朝倉さん。

 

 

 

 

 

 

少なくとも我々を迎えてくれたのはルソーくんだった。

短いしっぽを振り回し、阪中さんに飛びつかんとする。

やっぱりかわいいな。俺も将来的に何か飼いたくなってきたぞ。

……そうだな、やっぱり猫だよ猫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"幽霊"なんて居るわけありませんよ……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」

 

……今回に関しては俺の言う通り、だよな?

 

 

 


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