阪中さんの自宅にやってきた我々SOS団。
即座に団長の命により幽霊調査へと駆り出される事となった。
果たして『いいハンターってやつは動物に好かれちまうんだ』。
という台詞をどこまで信用していいのかは不明だが、ルソーくんは俺にも充分懐いてくれた。
仮にこの法則が正しいにせよ俺がいいハンターに合致したのか?
それともルソーくんが本当に人懐っこいだけなのだろうか。
多分だけど後者じゃあないかな。
歩き慣れない場所ではあるものの、こことて結局は田舎だ。
暫く歩けばやがて俺たちの町ともぶつかる訳であるよ……。
ただ、住宅街としては明らかにこっちの質の方が上であった。
それもそうか、光陽園女子の連中もここらに住んでいる。
周防もまさか雨ざらしではあるまい、奴の家なぞ行きたくはないがどこに住んでいるのだろう。
谷口ならば知っているのだろうか……? 今度それとなく訊いてみよう。でも多分知らないな。
まあ、イントルーダーには橋の下がお似合いだよ。吹雪の中でもお構いナシで制服の変態なんだから。
西川クンだってあそこまで派手なPVは撮らないでしょ。
キョンはどうやら無理難題とも言える捜索に対して不満があったらしい。
"幽霊を見つける"その定義にもよるが、超能力者を探す方が楽そうである。
「幽霊にせよ何にせよ、特別な道具もなしに俺たち人間が異常を検知出来るのか?」
「キョンはガイガーカウンターでも買えって言いたいのか?」
「何言ってんだ。そんなにヤバい物質があったら人体にも影響があるだろ。俺はただ、宇宙人にもわからなかった場合を想定してるだけだ」
「おいおい、そんな事があるって思ってるのかよ」
「どうも雪山の事を思い出しちまってな。結局その何とか領域についても不明だ」
あのさ、その話は出来れば永遠に忘れてもらって構わない類の話だよ。
周防を絶対領域の女か何かと勘違いしてないか? 多分そこは亜空間だ。
お前が俺に何の恨みがあるかはさておき、古傷を抉らないでくれ。
雪と山のダブルパンチは凶悪だった。
それは危険の二乗であり、死亡率はメーターを振り切っていた。
「お前も一回雪崩に目の前まで迫られる体験をしてみろ。二度と雪山について話したいとも行きたいとも思えなくなるさ」
「なんだそりゃ」
「……お前は知らなくてもいいさ」
そうだ、お前には関係ない方がいい世界だ。
周防がどんな判断をするにせよ、何もこいつを殺す必要はないだろうよ。
裏で糸を引いてる奴の狙いも何故か俺っぽいんだ、それはそれで困るけど。
何にせよボコボコにする必要はありそうだ。
それにしても電車から降りたところでこの幽霊捜索隊一行が奇妙奇天烈な集団なのは変わりない。
いい時間の住宅街を駆け巡る学生八人、うち一名巫女装束、プラス犬。他はみな制服。
明らかにこの地域において北高生は少数派なのだろう。
電車通学にしても、北高から見てこっちとは逆の電車だってあるのだ。
それはいつもの駅前で、だいたいの地方生徒はあっちから流れ込む。
とにかく俺はただただ人目につかない事を祈るね。
格好だけで言えばこの集団なぞとっくにアウトだよ。
もし俺がこの現場を客観的に見たとしても何の集まりかはわからないだろう。
古泉にいたっては地図を眺めてニヤニヤしている。
お前さあ、幽霊より不気味だけど?
どうせ幽霊は十中八九出ないので帰りたいと思っていると。
「……くーん…」
「あら」
涼宮さんにリードを支配されているルソーくんが悲しげな鳴き声とともにその場に座りこむ。
ここが例の心霊スポットらしい。確かこのまま行けば川があるはずだ。
……なんだか随分と歩いたもんだな、既に俺たちの町に近い。
「どうしたのよJ・J」
「やっぱりここで止まっちゃう。ついこの前までは何ともなかったのね」
「別に何にも見えないわよ。あたしは変な感じもしないし」
「一週間前からルソーが川に近寄らなくって……」
"J・J"とは涼宮さんによるルソーのあだ名らしい。何やら阪中さんの父上もそう呼んでいるとか。
"ジャン・ジャック"でも"ジャンピン・ジャック・フラッシュ"でもいいさ。
そもそもルソーという名を犬に付けるセンスは平民のそれと違う。
それはさておき、では川に何かがあるのだろうか。
臭いが原因だとすればそれはやはり激物の混入が候補であり、ともすれば大問題になりかねない。
化学薬品垂れ流しか、もしくは古泉が言ってた毒ガス弾か。
どちらにせよ俺たちで公害問題なんか解決出来るのか?
……いや、真面目な話としては、ここらに工場は何もないのだが。
つまりこの可能性はゼロに近かった。
俺は朝比奈さんに耳元をわさわさされているルソーくんを見てみる。
実は俺、何となくは動物の気持ちがわかる。雄三毛猫シャミはいつも気ままだった。
とりあえず彼の様子をキョンに報告だ。
「彼に何かが視えているのは間違いないね。明らかに萎縮している」
「お前にそれがわかるのか……?」
「第六感的なものさ。オレが本物の"いいハンター"ならしっかりルソーくんの気持ちも汲んでやれるだろうけど」
「さっきから何言ってやがる」
「とにかく現実問題としてルソーくんは動きそうにないよ」
「……だろうな」
しかしどうやら阪中さんによると、このコースから向かう川についてだけをルソーは嫌がるだけらしい。
つまりここから下流や上流には近寄るのだ。これで川に何か流れてる説は立ち消えた。
では、幽霊と呼ばれている奴さんの分類はいわゆる地縛霊なのか?
俺は原作でこの話について阪中さんとルソー以外の要素など覚えちゃいない。
要は俺が何かする必要は無いのだ。そういう事なんだから。
これは油断ではない、流れであり必然のせいにしておく。たまには主張を曲げるのさ。
この場所を把握してニヤニヤしながら地図に印を付けた古泉は。
「では、次に行ってもらいたい場所があります。ルソー氏には散歩を引き続き楽しんでもらいますよ」
と切り出した。
わざわざ散歩コースを指定とは、何を考えているんだろうな。
お前さんに出来るならさくっと解決してくれ。
俺からギャラは出せないけど。
やがて古泉に命ずられるがままに場所を二転三転した。
その度に川に近づくとルソーくんは歩みを止めて座り込む。
涼宮さんがどう思おうが、彼は先へ進む気配など一向にない。
何やら阪中さんが言うには飼い主に怒られるショックで死ぬ犬も居ると言う。
無理矢理にでも彼を引きずったり怒鳴ってもいけないのだ。
だいたいからしてこの犬に何も罪はないのだ。ただの生理現象でも迷惑はかけていない。
されに聞くところでは阪中さんの近所の犬好きの方――樋口さんだったか――が飼っているうちの一匹もそうだと言う。
しかもその犬は何と最終的に具合まで悪くしてしまったらしい。
偶然にしては妙だ。あり得ないなんて事は、あり得ないのだから……これこそが因果関係。
彼女がルソーを叱ってやらないのも極論だとは思うが、歩を休める彼を見慣れるにしては、やはりもの悲しいものであった。
だが、これで古泉にとってデータはとれたらしい。
数学的な試行回数としてたった三回ってのはどうなんだろう。
え? 何とか言ってくれよ理数クラスさんや。
こいつはそんな事などお構いナシに。
「……なるほど、もう充分でしょう」
「俺たちはともかく阪中とルソーまで連れ回して、どういうことかちゃんと説明しろ」
「ではこの地図を見てください」
地図には赤いバツ印が三点。
形はややズレているが直線距離か...五、六芒星、にしては検証が足りないな。
無難に行けば。
「"円"、あるいは"地脈"」
「よくお気づきになられましたね。この場合は前者ですよ。今回初めにルソー氏が異常を検知した地点をAとして、B、Cと続いて移動しました」
「はあ? これのどこが円になるんだ」
お前は逆にもう少しミステリやオカルトの勉強をした方がいいぞ。
いや、これは単純な図形の話だが。
「ああ……なるほどね。バカキョン、この点Bは通過点なのよ」
「仰る通りですよ」
古泉がその言葉に従い曲線を描く。
両端の二点は中点を通過し、弧を描く……これをそのまま線を伸ばせばやがて円になる。
角度に変化はないからね。キョンに描けるかは謎だが。
「暫定的ではありますが、ルソー氏はおそらくこの円のエリアに入りたがらないのです」
「幽霊がそこまで広範囲に影響するのか? でなきゃ何匹居るんだ」
「わかりかねますよ。これが何であれ、事実としてそうなのですから。何ならまだ散歩を続けましょうか?」
「キョン、今回は古泉の――多分――言う通りだよ……」
「でもやっぱり川沿いよ。何か周辺に埋まってるのかもしれないわ」
どうなんだろうね。
ここらで宇宙人の意見を頂きたい。
「朝倉先生、お願いします」
「何言ってるのよ……私には何もわからなかったわ。長門さんも今のところはそうでしょうね」
「これはもうオレも考えるのをそろそろやめようかな」
いいや、一つだけ可能性はある。
あくまで可能性であり、これが本当ならば幽霊でも何でもないが。
とにかく、その川のポイントへ向かう必要はあるだろう。
「ルソーを無理矢理連れてはいけないのね。ストレスになっちゃう」
「ならあたしたちで行くとするわ。阪中さんは先に家に戻っててちょうだい。大丈夫、安心なさい。そのための巫女さんだって居るのよ! 除霊くらいわけないわ」
「ええっ、あたしですかあ...!?」
「何言ってるのみくるちゃん、当たり前じゃないの」
残念ですが従う他はありませんよ。
そうこうして、桜並木が立ち並ぶ川沿いにやってきた。
ルソーくんが入りたからなかったエリアである。
涼宮さんは地図と睨めっこしながら円の中点を探している。
ならば、一応俺もやってみるか。
「……久しぶりだから鈍ってないといいけど」
念脳力もどきで謎の力をオーラっぽく運用。
俺の両眼にそのエネルギーは集中した。
本来であれば隠されたオーラやその動きを看破する為の技術。
"凝"。
――何もないと思っていたさ。
ただの遊び半分だった。別に誰に力を見られるわけでもない。
もっとも、先に見つけたのは涼宮さんの方だった。
「あら? 何かしらこれ」
「あん……ただの落書きじゃないか」
桜の幹に釘か何かで紙切れが貼り付けてあった。
実行犯は実に罰当たりな奴である。
びりっと上を破りその場から紙を取る。
釘は後ほど抜いておこう、トンカチが必要だ。
しばらくキョンが涼宮さんから紙を受け取りそれを見ていたが。
やがて俺の方へやってくると。
「これ、お前が書いたやつか?」
「オレがか? 何言ってんだ――」
「どうしたの?」
「――マジかよ」
どうもこうもあるよ、朝倉さん。
意味を持ったこの字は俺しか書けない。
それは俺が作った暗号文だ。
だけど俺はこれを書いちゃいない。
なら、他にこの字を書ける人物。
つまり。
「誰の、仕業なんだ……?」
残念だが俺の中で実のところ結論は出かかっていた。
当たり前だ、俺の手帳の暗号文を解読したんだ。
その文章パターン。記号から何まで。
そしてわざわざこういった形で見せつけてきやがる。
こんな偶然は、"あり得ない"。
「まさか、お前なのか?」
別の世界で遭遇したグラサン骸骨。
思えば奴も平行世界の移動が可能だと言う。
あいつが本当に俺を異世界に飛ばした犯人じゃあないにせよ、怪しいのは確かだ。
謎の紙に興味を失った涼宮さんと朝比奈さんは除霊のために念仏を唱えている。
古泉と長門さんはこちらにそもそも興味がなかった。
「"ジェイ"だ……。間違いない、あいつが残した痕跡だ。オレにしかわからないように、わざと」
「結局なんなのかしら、これ?」
「……ここにはオレにしか使えない筈の暗号文が書いてある」
「俺も何度か見たことはあるがとうとう意味はわからんかったさ。で、どういう意味なんだそりゃ」
キョンに急かされて俺は慌てて解読する。
しかし、意図はわからなかった。
それはまるで何かの警告文のようでもあった。
「『11月13日。"カイザー"の死を、忘れるな』だ、と……」
「誰が死んだって? 俺は歴史に詳しくないぞ」
「カイザーねえ。それってあなたが言ってた黒幕候補の?」
「知らないさ。でも、これが何にせよ、オレは……」
今この瞬間から、11月13日という日に対してとてつもない不安定を覚えた。
まるで俺の命が失われるかの如く、その日が来てほしくない。
「これは何なんだ……?」
わからなかった。
俺はただその暗号文をいつまでも見続けていた。
キョンに再び声をかけられるまで。
涼宮さんが朝比奈さんの般若心経の効果がないと確認したらしい。
坂中さんの家へ出戻りだ。成果はいつも通りになかった。
……だが、とにかく、これが全ての始まりだった。
――コーヒーというのは俺にとって生命の水であった。
いつから飲み始めたのかも覚えちゃいない。
少なくとも親の影響ではない。両親とも紅茶派なのだよ。
はっ。英国かぶれの馬鹿どもが。
彼らが野蛮な事件を起こした歴史的事実をどう受け止めているんだ?
とにかく俺にとってのコーヒーはこいつにとっての朝比奈さんのお茶と同じだよ。
ただ、俺の場合はだいたいのコーヒーなら許せるというだけの差だ。
自分で淹れたコーヒーに関しては本当に妥協になってしまう。ま、見逃してくれ。
しかし、そんな事はどうでも良さように。
「……おい、前置きが長いんじゃないか。お前の話はいつもそうだ。古泉と大して変わらん」
「そうか? もう充分ヒントも出してるし、本当に最初から伏線はあったんだぜ」
「あの部分か? はっ……気付くかよ。それにお前の整合性も怪しいし、何よりだな……」
「みなまで言うなよ。そこが"謎"なんだから」
やれやれ、と呟いて彼は視線を逸らす。
未だに俺との会話でこの態度なのかい。
ちょっぴりだけど傷つくよ、ホント。
「だがお前自身は"最大の謎"に触れていないじゃないか」
「それ、今言っちゃうの? かなり気付きにくいと言うか何と言うか。まだまだ先だよ」
「いいじゃねえか、どうせお前は話す気がないんだろ。オフレコだ」
無理を言うなよ。
それって涼宮さんにとってもお前にとっても残酷な話なのに。
「キョン、あるいは朝倉さんがかつて……。いや、『朝倉涼子は何故殺される必要があったのか?』……これ、実はあいつも言ってたんだよね」
「お前も不正解だったがな」
「もういいだろ。『それが、問題だ』って事で」
キョンは俺が淹れたコーヒーをいかにも不味そうに飲んだ。
そうかよ、殺風景な部屋で悪かったね。