異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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『どんな人も自分の記憶が失われていることに不満を抱くが、
 判断の欠如について不満を抱く者はない』



―― ラ・ロシュフコォ 【道徳的反省】









ウィー・オール・フォール・ダウン

 

 

 

そうさ、"過程"もしくは"方法"など、どうでも良かった。

"結果"だけが、結果だけが全てらしい。

だから俺も、そこを話そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はただ、何故この世界に呼ばれたのか。

それが本当に涼宮ハルヒの手によるものなのか?

真実が、結果だけが欲しかった。

今まで俺は少しずつ少しずつ、成長していったのに。

最後の最後で俺は、自分でそれを台無しにしてしまった。

なんて、大馬鹿者。

 

 

 

 

 

 

 

金曜日に阪中さんの自宅を訪問した。

それから数日後の現在。火曜日。

今ではすっかりルソーくんは元気になっていた。

登校中のキョンは先週の出来事に不満があるらしい。

話を聞く事にした。

 

 

「動物用アロマセラピーだと? ゴリ押しもいいとこだぜ」

 

「でも結果として、それで涼宮さんも阪中さんも納得したんだ」

 

「もう少し疑ってもいいだろ」

 

「それってやぶ蛇じゃあないか。つつかれたくはないだろ?」

 

「そういうもんかね」

 

朝倉さんが提案したプランとは、その情報生命素子を圧縮し、凍結するというものだった。

これならウィルスデータが動作される事がないのだと言う。

フリーズって訳だ。簡単な儀式を行ったように、それを演出したのだ。

暗がりを作り、無意味にアロマキャンドルなんかに火をつけて、それで"アロマセラピー"。

おい古泉、本職の人を馬鹿にしているだろ。

だけどこのおかげで疑われることなく、事件は解決できたんだ。

ならそれでいいんだよ、それで。

 

 

「だが、シャミセンもよくわからん。お前は聞いてないだろうがあいつは喋ったんだ、ハルヒのせいで」

 

「確かに映画撮影の時、シャミに命令してたね」

 

「いい迷惑だったぜ。妹を誤魔化すのも一苦労だった」

 

しかしその情報生命素子は圧縮しようと、消去しない限りは永遠に存在し続ける。

たとえルソーや樋口さんの飼い犬である茶色の小型犬マイク、この二匹が死のうとも。

つまり"誰かが管理する"必要がある。"鍵"と同じだ、誰かが持っている必要がある。

そこで、キョンの愛猫ことシャミセンが選ばれたのだ。

雄の三毛猫と、もともと何か奇妙な運命があるかもしれない上に何かが起きたらキョンが気づく。

不完全だが一応二段構えの体裁を成している。

 

 

 

そして平和ボケのせいだろうか。

俺はキョンに対してこう口走った。

 

 

「もしオレが"小説の主人公"だとして……そのオレが何をすればいいかわからない。なんて、どうなんだろうか」

 

「どうしたんだ、急に……?」

 

「オレには知らない"役割"があるらしい。オレは自分の能力さえ、ルーツさえ把握していない。お前はオレの前居た世界を知らないが、そんな無知より、よっぽどオレにとっては大問題だ。オレは何なんだ……? 本当に、オレの知らない"何か"があるのか?」

 

「……あのな、明智よ」

 

ピタリとキョンは歩みを止めて、俺の方を向く。

珍しく説教でもしそうな雰囲気だった。

 

 

「仮に俺が主人公でもそうだろうよ。ただ、普通に高校生活してたつもりがこのザマだ。俺だってどうすればいいかわからん」

 

「………」

 

「だが俺は俺をやめるつもりはない。鍵だか何だか知らないが、利用されたら腹が立つ。俺は人間だ、道具じゃない」

 

「……ああ」

 

「変に考えすぎるなよ。お前らしくもない」

 

なら、お前は、キョンは俺の何を知っていると言うんだ?

"孤独感"でもない、俺にあったのはもっと原初的な感情の、"不安"。

まるで赤子が、母の不在を悲しむ時の、それであった。

知らないと言うのは確かに罪だ、だが、知れば知るほど視野は、世界は広がる。

世界の広さに比例して、不幸も増える。

無知には無知の幸せがあるんだ。

 

 

 

俺は、異世界人だった。

俺の業はとてもじゃあないが最早人間に背負えるそれではなかった。

俺にとっての"世界"は、とても広いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だからこそ、その日。

春休み間近な三月のその日、奴は現れた。

 

 

 

俺一人が、家に帰る。その往来で携帯電話が突如鳴り響く。

最初は俺に罠を仕掛けたあの女だと思った。

だがその予想は、奇しくも外れていた。

 

 

「……もしもし?」

 

『久しぶりだな。私だよ』

 

聞き覚えのある不気味な合成音。

これを声だと認めたくはない。

中河氏に手を出し、周防九曜とも繋がるあの人物。

 

 

「"ジェイ"……、お前……!」

 

『まあ、落ち着きたまえ。そのまま30メートルを直進して、左に曲がるといい』

 

「何言ってやがる……」

 

『そこで私は待っているぞ』

 

通話はそれきり。

明らかに罠だった。

俺の家からやや逸れるが、行けないわけはない。

 

 

「……行くか、どうか」

 

いつも通りだ、『それが、問題だ』った。

そして俺は、まるで、プログラムをコンパイルするかのように、道を進んだ。

最後には、実行する。

 

 

『――再会、いいや、再開を祝そう。私は君に会えて嬉しいよ』

 

かつて見たままの通り、変装していた。

コート、骸骨模様のバラクラバ、サングラス、ブーツ、手袋。

素肌の一切を露出させないスタイル。

明らかな拒絶の色。

 

 

『ようやくこの世界へ戻ってこれた。体感時間にして3年以上が経過したがね』

 

「あれから、3年も経過しちゃいないだろ」

 

『簡単な時空の歪みだ。もともと時間とは、不可逆ではないのだ。何、私の年齢の方は心配するな。わけあって私は今、歳を取らない』

 

「ふざけやがって、意味がわからない、何のことだ。どうして中河--」

 

『中河君を利用するのか? 違うな、協力だよ。そしてそろそろ正式なオファーを出す。彼は断らないだろう』

 

根拠がある、自信だった。

それが何かも俺にはわからないのだ。

 

 

「知るかよ。詭弁だ」

 

『まあいい。今回は別件なのだよ』

 

そう言うとジェイは手帳を取り出した。

俺が渡した、あの世界で渡した、手帳。

ここから暗号文を逆算したって言うのか?

……いいや、絶対に無理だ。

何故ならその中の一つは、俺が前世で考えた、俺しか知りえないものがある。

俺の記憶を本にして読まない限りは、絶対に知り得ない。あり得ない。

 

 

「とにかく、ネタは知らないがご丁寧に解読しやがって。ご苦労様だな」

 

『ふむ。不完全ではあるがな。とにかく君は――』

 

俺は今すぐ逃げるべきだった。

だが、後悔すらする暇もなく、俺は"呪い"をかけられた。

 

 

『――"真実"が、知りたいのだろう? 今度こそ、全部話してあげよう』

 

驚く俺を無視して説明を開始する。

 

 

『そもそも"カイザー・ソゼ"とはただの記号だ』

 

「……はあ?」

 

『実は存在しない。嘘ではないさ、それを行った人物は居る。私だよ。……なに、君への当て付けだ』

 

「どういう事だ」

 

『"ソゼ"とはトルコ語で"おしゃべりな"を意味する。つまり――』

 

 

俺は、一体、何を知らないんだ?

 

 

『――かつてその振る舞い、他を寄せ付けない傍若無人さ故に、"皇帝"と呼ばれた君への、当て付けだ。まるで、涼宮ハルヒみたいだったな』

 

馬鹿な、それを知っているのは、この世界で朝倉さんだけなはずだ。

お前は、じゃあ、何者なんだ。

 

 

『そして私は"エージェント"、エージェント・J。それは君の好きな映画では、"ウィル・スミス"が演じていただろう? 宇宙人を、やっつける黒服。それが私だ』

 

「おい、お前、もしかして」

 

あの言葉を、あの名前をこいつは知っている。

キョンの切り札――。三年、四年前の七夕。七月七日。

 

 

『だが"ジョン・スミス"では、男の名前になってしまう――』

 

そいつは、サングラスを外し、バラクラバと帽子を脱ぎ捨てた。

 

 

「――私は女よ。……そうね、"ジェーン・スミス"がいいかしら?」

 

「……な、に」

 

そいつは、まるで闇だった。

周防とは違う。あいつの黒は虚無であり、光を知らないが故の闇。

この女のそれは、この世界に対する憎悪故の、闇。

 

 

「さて、そろそろ自己紹介といきましょうか」

 

聞き覚えのある、電話の女と同じ声。

黒いショートヘア。

俺はこの女に対して、どこか、"罪悪感"を感じている。

初対面の、俺と同世代に見えるこの女に対して。

 

 

「初めまして、"明智黎"。そして――」

 

 

 

 

 

 

そうだ。

 

えらい美人が、そこにいた。

 

 

 

 

 

「久しぶりね、"浅野君"」

 

 

 


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