異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十一話

 

 

そうこうしているうちに新入生歓迎会は撤収の時間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸部志望だろうか、何人かこちらを気になっているような生徒は居た。

上履きの色をちらりと見ればそれが一年生だと判断するのは容易だ。

 

 

「……」

 

長門さんはただただ無言で一点を見つめている、この部長には勧誘の意欲はないらしい。

しかしながらただの一般ピーポーとしか判断されていなかった俺の入部を蹴らなかったのだ。

これ以上変質者集団に磨きはかかってほしくなかったが、話をするだけならいいだろうさ。

それにわざわざSOS団に入ってもらう必要は無い、生徒会的には文芸部なのだから。

で、じろじろこちらを窺う三つ編み眼鏡の女子生徒に声をかけることにした。座りながら。

 

 

「そこのお嬢さん」

 

俺ながらどういう切り出し方だろうか。

佐藤が俺の何を知っているかはともかく、"皇帝"流なのは間違いない。

 

 

「へ、あ、えっ……!? わ、わたしですかっ」

 

「いかにも。君は本を好きそうな顔をしているね。いいや、絶対好きだ」

 

「あの、そ、その……」

 

ハッタリですらない、根拠のないトークだが外れたらそれはその時だ。

会話自体を棄てる勇気がなければ一人前の会話術などとうてい身につかない。

とくに年下には能動的聞き取りを仕掛けてやるに限る。

現にこちらに興味はあるみたいだしね。

 

 

「このブースは文芸部、ですよね……?」

 

「"Marvelous(さすがだ)"。といっても現在部員は二人なんだけど、こちらが部長の長門さん」

 

「ハロー……」

 

「こ、こんにちは」

 

何故か長門さんはノってくれた。

こんな勧誘をして成功させようとかはちっとも思っていない。

間違いなく彼女は俺の目つきの悪さしか考えていないのだ。

誰かいい貌の作り方を教えてくれないだろうか。切実に頼む。

 

 

「オレはただの下っ端A。Bが出来る予定は今の所ナシ」

 

「文芸部って、普段は何をされてるんですか……?」

 

「……」

 

「読書と創作。手元に用意はないんだけど先月機関誌は発行したよ。半分以上はアウトソーシングだけど」

 

「アウト、ソーシング?」

 

「簡単に言えば外注さ。8割以上は文芸部部員以外の人による内容さ」

 

これがれっきとした会社間のやりとりならば問題ないだろう。

しかし曲がりなりにも文芸部の伝統ある機関誌を、それも公にはSOS団の介入はないものとして出版。

はたしてあれを持って行った一般生徒たちは読んで何を思ったのだろうか。

 

 

「えっ、それって文芸部的にはいいんですか」

 

「……」

 

「問題ないと思うよ。バレなきゃいいんすよ、バレなきゃ」

 

「そうですか、はははは」

 

傍から見たら圧迫面接にしか受け取られていない。

そろそろ解放してあげたいが、これだけはさせてほしい。

 

 

「君が文芸部に来てくれるかはさておき、最後に君の好きな作品を当ててあげよう」

 

「さ、作品。それってわたしの好きな本を当てるって事……ですよね?」 

 

「"Exactly(そうだ)"。 ズバリ、君の好きな作品は――」

 

出来れば外れてほしいけど。

 

 

「――二―ル・リチャード・ゲイマンの【スターダスト】……どうかな?」

 

俺は嫌いじゃないけど原作より映画の方が面白かった。

ファンタジー色が強すぎてクセがある。

そもそも要求が無茶だ、流れ星なんか取れるか、取ったらそれはただの隕石だろう。

 

 

「……嘘」

 

「当たってる?」

 

「は、はい。でも、何で……」

 

「気になるなら今度足を運んでみると良いよ」

 

といかにも大物アピールをしておいた。

この様子だと本当に来てしまいそうである。

涼宮さんがどう判断するか。多分朝比奈さんとキャラが被るから気にしないだろうな。

文芸部ブースから去っていくその女子を見ながら長門さんが俺に。

 

 

「……なぜ」

 

「うん?」

 

「あなたはなぜ彼女の嗜好を把握できたのか」

 

「簡単さ。『顔に書いてある』。本が好きな人の事は、読まなくても解るから」

 

「……そう」

 

長門さんもいつか当ててあげたいな、と思っている。今はまだ出来ない。

どうにも彼女はまだ単純に読書しているわけではなく、知識と感情を吸収しているようにしか見えない。

それを本人も自覚しているらしく、無表情の長門さんはやや悲しげにも見えた。

まるでかつての俺だ。そんな、晴耕雨読とは言い難い日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだ言っても、俺は何かを予想できたとして、的中はさせれない。

SOS団に正規の団員は増えないだろうと思っていた。

これはまだ、先の話になってしまうが……一応、今日話しておくのさ。

どうせ誰かのせいにするなら俺のせいにするのが一番安全だろう?

 

 

「オレはただ、納得したいだけだ……。か」

 

だけど、何も知らないのに納得も何もなかったのだ。

俺の取るべき行動に正解なんてものはない。全てが独善。

もし俺を正義と称す者が居るならば、それは俺が誰かの独善を打ち倒した時だけだ。

 

 

 

 

 

――そうさ、一年も経過したのにまだ勘違いしてたんだ。

 

俺にとっての"本当の敵"、いいや、"決着"とは何だったのか。

気付けるわけないだろう。

最初から、最後まで、謎だった"ジェイ"。しかも女。

 

 

 

俺がまず話すのは、彼女についての話だ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな成果を得られない部活紹介の翌日である金曜日。

 

 

 

再三言わせてもらうが朝倉さんと俺が昼休みに青春しているのは原則火曜日と木曜日の週二回。

毎日でいいとも思うが、それは本当に厚かましい。何より楽しみは限定的な方が楽しめる。

ルールとは結局、人間の愉悦のためだけに存在しているのだ。

 

 

「……キョンたち、昨日は何やってたの?」

 

という訳で現在は野郎四人での昼飯だ。

国木田が訊ねる昨日とは新入生歓迎会に他ならない。

 

 

「さあな、SOS団は公的には抹消されつつある。明智に聞け」

 

「女子相手に脅迫、かな」

 

「そんなことやってたのかお前」

 

「口が滑った」

 

「おい、その女子ってのは美人だったか?」

 

身を乗り出さんとする勢いで俺にそう訊いてくるのは谷口だ。

……はぁ、正気かよ。

 

 

「まさかさ、お前さんはとうとうフられたのか。だったら拍手してあげよう」

 

「違う。俺はただ一年の女子を把握したいだけだ」

 

「それって彼女さんからしたらどうなのかな?」

 

少なくとも朝倉さんは喜ばない。

俺に女の子を即堕ちさせるような魅了スキルは一切合財存在しない。

いや、その気になれば嫌われるという方向での全力なら出せるだろう。

もっとポジティブな発言をしていけばいいのだろうか。

これでも充分前向きに生きてるつもりだよ俺は。ゼロ地点には到達したんだ。

 

 

「バレなきゃいいんだよ。別に浮気するわけじゃねえしよ」

 

「その彼女とやらが他校生だからって、お前……」

 

「お前さんは人間のクズだな」

 

「僕も自重した方がいいと思うよ」

 

「う、ううっ……」

 

三人も寄れば一人相手に大打撃を与えることなど容易い。

大局的に見ても、谷口が悪なのは確かなのだ。

一応質問には答えておこうか。

 

 

「お前さんの美的ランクの基準はわからないけど、Aダッシュマイナーって感じかな」

 

と言うか、見てくれだけで言えば周防はA-どころか普通にA+ではないか?

俺は彼奴と仲良くできそうにない――あちらがしてくれそうにない――が、谷口の実力ならきっと大丈夫だ。

そこにあるミュータントで満足してくれ。それが人間ってもんだよ。

 

 

「ほーん。で、そいつの名前――」

 

その瞬間谷口は俺とキョンと国木田から凄まじい非難の視線を浴びる事になる。

侮蔑という侮蔑が俺たち三人を通して増幅している、谷口はもう動けまい。真っ黒に感光しろ。

 

 

「――すまん。何でもない」

 

「ならお前はさっさと弁当箱をつつけ。お前だけだぞ、まだ食べてるのは」

 

「おぅよ……」

 

暫く谷口は戦線復帰しないだろう。

これで平和な会話が出来る。

 

 

「でも、クラス割りを見た時はやっぱり驚いちゃったな」

 

「……俺もだ」

 

「オレはいいと思うさ、オールオッケー。知り合いは多くて困らない」

 

「そうだね。僕は嬉しいよ」

 

「困らないのは確かだな。でも、国木田はてっきり理系に進むもんだと思ってたんだが」

 

俺が本気で勉強してないとは言え、クラスでは国木田はトップクラスだ。

正直順位など中の上もあればいいのだが、平均点からしてこのクラスには置物が二人居る。

キョンと、谷口。このまえ話を聞いたところ阪中さんは頭が良かった。

ややコミニュケーション能力なのを除けば、というか含めても文句はない。

まったく、あっちの俺はどうしてこんなお方と仲良くなれるんだ?

多分俺の方が平行世界の俺よりコミュ力は低いんじゃあなかろうか。

それが本来の"明智黎"なのだろうかね。

 

 

 

これはまったく関係ない、こぼれ話になる。

プログラマとしての適性が高い人間というのは往々にして理数系である。

しかし文系が大成しないかと言えば、その実逆だ。理数系のヤツに限ってあっさり追い抜かれたりする。

適性なんて結局下地の問題に過ぎない。なまじ才能があるから呆けてしまうのだ。

それを生業とする以上はプロ意識を持つべきだ。わかりやすい、使いやすいこそがモットー。

中途半端な実力のプログラマに限って難解なものを構築してしまうのだ。それではただの独りよがり。

自宅で勝手にやっててくれと言う話さ。

 

 

 

キョンの疑問に対して国木田は。

 

 

「もちろんそのつもりだけどね。ただ今は文系がちょっと弱いんだ」

 

「それで二年のこの時期は弱点を補いたいってか……よくそこまで勉強する気になれるな。俺には無理だ」

 

「キョンよ、お前はこれから後四回だけ『できるわけがない』という台詞を吐いていい」

 

「それなら今日中で終わってしまうかもな」

 

この話はただ文句を言うんじゃあなくて、人から教わらずに自分で学習しろって所に意味があるんだ。

もっともこいつは、まさかあの漫画を読んだ事はないだろうが。

 

 

「自分の事は自分でどうにかするしかない。……オレはそう思う」

 

だから結局、俺はあの女――本物の異世界人と名乗る佐藤――に電話していないのだろう。

この段階で受け身にならざるを得ないのはかなり歯がゆい。

でも、やはりそれをする気にはどうしてもなれなかった。

俺はあいつと話がしたいのかしたくないのか、だんだんどっちなのかが判らなくなってきていた。

ただ一つ言えるのは朝倉さんの方が俺には大切だ。俺の知らない"何か"よりも。

知らない相手をいつまでも気にする気にもなれない。

ゆくゆくはこの番号も削除されるのだろう。携帯からも、記憶からも。

二度と使用されることは無い。

 

 

「……でも、今日じゃあないのは、きっと甘えなんだろうな」

 

わかってるさ。

俺の身内に対するそれは優しさではない。

自分への甘えであり、良かれと思っている。

これも独善。

しかしキョンはこの台詞を自分への当てつけと勘違いしたらしい。

 

 

「何だ、お前からも勉強の催促をされなきゃならんのか俺は。そのうちノイローゼになりそうだ」

 

「でもキョンには何かさ、夢ってないの?」

 

「さあな。……それがわかってたら困らないのは確かだ。俺には明日の事まで考える余裕が無い」

 

「オレにはわかるよ。そりゃあきっと、キョンに覚悟が足りないからだな」

 

「はっ。明智にはあるのかよ」

 

愚問だな。

俺を誰だと思っているんだ?

異世界屋である前に、もっと大切な事があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うん、あるさ。何故ならオレは、SOS団の団員だからね」

 

 

 

 

 

 

 

そこには朝倉さんだけじゃあない。

谷口や国木田、その他大勢を含めてみんなが居るんだ。

かつて俺が憧れた"世界"。

そこは白と黒だけが支配する、色の無い世界ではない。

ある日突然別の世界へ飛ばされて、そこで自分に眠っていた魔法のようなファンタジー的な能力に目覚める。

そこで仲間とともに様々な事件を解決していく。俺にとってのヒロインも居るんだぜ?

これ以上、何を望めばいいんだ。

俺はあの世界を棄てたのかも知れない。佐藤はきっと俺の事を"臆病者"と呼ぶかも知れない。

だがな、そんなの知るか。こうなったもんはこうなったんだから、後悔はしないさ。

拾う勇気だけじゃあ後ろしか向けない。覚悟ってのも結局バランスなんだ。

世界はいつも、人間に対してアドリブしか要求してこない。台本ぐらい用意しやがれ。

それでいて毎日飽きもせずに登場人物を増やしていくんだ。その収拾は"死"でもってのみ、つけられる。

断言しよう。皇帝には覇道が、独善こそが相応しい。マケドニアの王の如く、王道を征く必要はない。

誰かのために戦う必要なんてないんだ。考えるだけ薄っぺらい感傷を生む。

気に食わない奴を倒(コカ)しに行く、それだけでいい。つまり俺は佐藤が気に食わなかった。

 

 

 

俺の一言でキョンは納得してくれたらしい。

お前なんか団員その一なんだぜ? シャキッとしろよ。

涼宮さんだってそれを願っているのさ。だからきっと実現する。

これは能力なんかじゃあない。もっとシンプルな、人間の可能性。

神にそれはないんだ。

 

 

「……わかった。俺の負けだ。どうにかしたいのはこっちが一番思っている。だが、もう少し時間をくれ」

 

「それは何時までなの?」

 

「今日じゃないのは確かだが、そんなに遅くはならない。何故だか知らんがそんな気がする」

 

「まぁ、いいんじゃあないかな。男の仕事の8割は決断らしいし」

 

「じゃあ残りは何だってんだ?」

 

いつの間にか弁当を平らげて復活したらしい谷口が俺にそう訊ねる。

どうでもいいけど反省の色はすっかり消えている。

名前を訊かれたところであの女子の名前なんか俺は知らない。

出来れば知らないままの方がいいのさ。

 

 

「そこから先は全部、"おまけ"さ」

 

「おうおう、やけに盛り沢山なおまけ要素だぜ」

 

「谷口はおまけの方が好きだよね。だからナンパも成功しなかったんだよ」

 

「そりゃ過去の話だぜ」

 

「一回だけでいい気になるな。独り身の俺には心苦しい」

 

「何言ってやがる、涼宮と一年以上も付き合えるなんざお前ぐらい――」

 

 

 

 

 

 

――そうだ。

これは決断できなかった"過去"に決着をつける話。

俺が読んだ記憶自体を失っていた、【涼宮ハルヒの驚愕】も、まさにその通りの話だったのだ。

旧友との再会。そしてその恋を清算する。そんな話だったらしい。

いい加減に俺は気付くべきだった。

朝倉涼子が涼宮ハルヒの影ならば、その彼女が選んだ俺は何だったのか。

 

 

俺は、誰の影だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だけど、真の敵は過去には決して存在しない。

何故なら会えないからだ。

 

 

「とにかく、今年も一年よろしく頼むぜ」

 

柄にもなくキョンは素直にそう言ってくれた。

言うまでもなく、俺を含めた野郎三人もそれに応じるつもりだ。

 

 

 

 


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