異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十二話

 

 

さて、ここいらで二年生になって良かった点を複数述べておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一、俺を全く知らない人間が学校の三分の一近くを占めるようになったのだ。

おかげさまで大手を振って校舎を歩き回れるというものである。

だいたい何故俺が同学年のみならず上級生にも知れているかと言えばそれはSOS団のせいである。

いや、もっと踏み込んで言えば朝比奈さんファンの男子生徒とやらのせいである。

俺はその全員を把握などしちゃいないが、俺の悪評が広がるぐらいには大人数なんだろうさ。

マジでただの風評被害じゃあないか? 昔の俺ならこんな事も気にしていなかった気がする。

朝倉さんと昼にストロベっていなければ、とっくに病んでいるだろう。

 

その二、科目について。

理数系の適性は間違いなくある俺がその手の科目を選択するのは当たり前の事だ。

一年生の内容など中学生レベルのそれと大差ない。

確かに北高は腐っても進学校だが、ここで腐るほど俺の地力は低くなかった。

ようやく暇つぶしとして授業を受ける姿勢が出来るのだ。

いつか話したと思うがプログラミングは数学と同じで、過程を求められる科目だ。

勉強が楽しいわけではないが、この考え方を学ぶ事自体に数学の意義があると俺は思う。

しかし一番好きな世界史が二年生になって消えたのはかなりのマイナスポイントである。

日本史はあるが別物だ。知識はあるが、好きではない。

 

その三、二年生に進級したことで校舎が変わった。

要はこの移動のおかげで部室棟に近くなったのである。

もっと言うと学食と購買部も近くなったのだが俺は特に利用しないから関係ない。

ありがたいのは確かなんだけどね。

 

 

 

で、金曜日の放課後。現在は文芸部室内。

朝比奈さんは来ていない。正確には古泉も来ていなかったが噂をせずとも影が差した。

無駄に爽やかにドアを開けながら会釈をすると一言。

 

 

「どうもすみません。ホームルームが長引きまして」

 

「仕方ないさ。お前さんのクラスは都合上話す事も多くなるよ」

 

「僕としましてはクラス替えという制度は羨ましいものですが」

 

「そうか? 前にも言ったがこっちは殆ど顔見知りだぜ。俺に新しい出会いはないもんか」

 

さも不満そうにキョンは古泉の発言に反応した。

 

 

「なら来週末にでも谷口から一年女子の話を訊けばいいさ」

 

「昨日の今日であいつは反省しないってか」

 

「谷口がそんなヤツに見えるのか、キョンは」

 

「……そうだな」

 

「なに? あのバカはまだ女の子の尻を追い回してんの?」

 

野郎同士の不毛な会話に反応したのは涼宮さん。

そういや彼女は中学から谷口を知っているのだ、知りたくもないだろうけど。

何だかんだであいつにも何か縁があるんじゃあないのか? 

周防といい、やはり俺の知らない何かが……ないわ。

 

 

「お前は知らないだろうがあいつには現在どうやら付き合っている女子が居るらしい」

 

「はぁ? 信じらんない! それ本当なの?」

 

「オレは偶然見た事あるけど……」

 

「どんな娘だったの。きっとあいつの事だからチャラチャラした相手なんでしょ」

 

さて、どう言うべきだろうか。

朝倉さんと長門さんも居る手前容姿については言及しないでおこう。

 

 

「ふ、不思議系……? でも、う、…び、美人な……部類…じゃあないかな……」

 

周防の見てくれはさておき本性はとてつもない女だよ。

まるでドス黒い暗黒のクレバスだ。そのうち亜空間攻撃を体得しそう。

涼宮さんのヒートアップは止まらなかった。

 

 

「きっと何か弱みを握られてるに違いないわ。そうじゃなければ洗脳よ。なんてことするのかしら」

 

「落ち着け。気持ちはわからんでもないがな、お前の中で谷口はどういう扱いなんだ」

 

「クズよ」

 

「……」

 

それは清々しいまでの断言であった。

案外谷口は中学時代に涼宮さんにアタックしていたのかもな。

そうじゃあなければあそこまで詳しくないだろ。

古泉と同じぐらい無駄な知識があるぞ。

朝倉さん的にあいつはどうなの?

するとどこで買ったのかわからないナンプレ雑誌を眺めながら。

 

 

「有象無象、かしら」

 

「……クズよりはマシだね」

 

「私にはわからないけど、彼みたいな人はどこにでも居るんじゃないの?」

 

「いいえ、それは違うわ涼子。あいつはそんな甘っちょろい奴じゃないのよ」

 

本人の居ない所でガンガン評価が下がっていく谷口。

きっと俺の悪評ってのもこんな感じで広がっているんだろうな。

でも俺の場合は谷口と違って根拠がないんだ、一緒にしないでくれ。

そしてこんな場を治めてくれたのは。

 

 

「すいません、遅れちゃいました……」

 

申し訳なさそうに一礼する朝比奈さんと。

 

 

「おいっすー! みんなご機嫌いかがかなー? 今日はみんなに招待状を持ってきたのさっ」

 

多分最近見た中ではこの人が一番ご機嫌だと思われる鶴屋さん。

 

 

「またまたお花見さあっ。でもって第二弾。みんなどうにょろ?」

 

どうにょろもこうにょろもありませんよ。

実の所我々は春休み中のついこの前にも鶴屋さんに誘われて花見をしたのだ。

そこでの感想を言わせてもらうと桜より朝倉さんの方が美しいの一言だ。

ただ一つ確かなのは。

 

 

「もちろん行くわよ! ね」

 

涼宮さんはそれを断るわけがないという事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶴屋さんが持ちかけてきた花見大会の概要を説明しよう。

俺は桜の品種など詳しくないが、前に観たのが"ソメイヨシノ"だという事ぐらいは知っていた。

つまり今回は違うのだ。

 

 

「ヤエザクラ大会だよっ」

 

なるほど、八重桜なら前回とは違った趣があるというものだ。

ソメイヨシノとは違い、八重桜のそれは形がふわふわしている。名前通りの花びらだ。

八重桜は見られる時期がソメイヨシノのそれと違う……って、何だかんだ俺も詳しいな。

そして開催はゴールデンウィーク。まだ四月も早々に、気が早いと言うか何と言うか。

お家柄もあってスケジュール管理はしっかりしてるんだろうな。

システムエンジニアにとってもスケジューリングは大切な要素だ。

何せ、SE一人の失敗が何千万の損失を生むのだ。吹っ切るしかない世界だったよ。

これできっと俺の精神が破綻してなかったら多分吐いていた。

そんな話を聞き流しながら朝倉さんは。

 

 

「花はいいわよね。前はそんな事も思ってなかったけど」

 

「おろ、人間以外も等しく無価値だったのかな」

 

「そうよ。そこにあるものを探究しようがないもの。その分は人間の方がマシね」

 

「でも今は違うって訳か。いや、朝倉さんが居てくれればオレは花という花が枯れても悲しまないだろう。そこには華があるのだから」

 

「嬉しいわ。でも花には花の良さがあるわよ」

 

意外に謙虚なのが人間らしい。

いや、日本人らしいと言うべきだろうか。

だけど前世の俺はその日本人的風潮だとか、思考プロセスが嫌いだった。

俺の性格もあっただろうが、親父がそう言っていたのもある。

血は争えない。行列とかを見ていると今でも馬鹿馬鹿しく思える。

偏見かもしれないけど日本人ぐらいだってよ? 飲食店の前で列を作るのなんて。

 

 

「それは何かな」

 

「散り際が一番いいじゃない。想像しただけでゾクゾクしちゃうわ」

 

「……同感だけど、そこは興奮するような場面じゃあないよ」

 

こんな馬鹿な話をしていると、一通りSOS団を堪能した鶴屋さんは。

 

 

「うん、説明は言うのも聞くのもめんどいよねっ。じゃっ! あたしはそろそろおいとまさせてもらうかな……みくるっ、お茶美味しかったよ!」

 

「は、はい。今年もよろしくお願いします」

 

最初から最後まで鶴屋さんはご機嫌だった。

何やら涼宮さんと百人一首までしていたみたいだし。

あんなお方と一緒に居ればそれはそれは退屈しないだろう。

周防は谷口なんかと付き合うより鶴屋さんと友達になる方がいいぞ。

……それだと鶴屋さんが迷惑か。家に置物はたくさんあるだろうし、倉庫行きだな。

涼宮さんはすっかりそんな谷口の事は頭から抜けたらしい。お茶をすすると。

 

 

「鶴屋さんのおかげでゴールデンウィークの楽しみが増えたわね」

 

「残念な事に俺は桜の違いが判らん。わざわざ来てくれたのは嬉しいが、花より団子の未来しか見えないな」

 

「品が無いわね」

 

「まさかハルヒにそう言われちまうとは……」

 

「それはそれよ、あんたは諦めなさい。とにかくお花見も大事だけど今やらなきゃいけないことは他にあるの」

 

いつも通り彼女は勢いよく窓をバックに仁王立ち。

違う、アレは最早"ガイナックス立ち"じゃあないか……あ、兄貴!

 

 

「新年度第一回、SOS団ミーティングを開始するわ! 本日の議題は明日の事よ」

 

「明日? 明日は土曜日だな。それがどうしたんだ」

 

「やっぱりあんたは全然わかってないわね。これが会社なら減給じゃ済まないわよ?」

 

「……わかったから、とにかく説明してくれ」

 

「もう一年よ。そろそろ来てもいいころじゃない?」

 

「何が」

 

「何でもよ! この世の謎はまだまだあるのよ。宇宙なんか特にそうだわ」

 

「……」

 

「なるほど」

 

まさか俺はこのまま宇宙進出してしまうのか。

最低限世界征服してからにしてくれないだろうか。

そして古泉はいつもながら何に納得しているんだ?

自分に対してじゃあないよな。

 

 

「でもあたしたちはまだ宇宙に行けません。なら、その分を地球で探すしかないわよね」

 

「つまり、いつも通りのあれか」

 

「いつも通りじゃ駄目よ。もっと気合を入れるの。とにかく、土曜の明日、午前九時に駅前よ! 何せ今は春なの。つまり向こうも油断してるのよ。春の陽気に当てられてる今が最大のチャンスって訳ね」

 

「俺は去年の十二月手前に『冬眠中の不思議生命体を襲いなさい』と聞いた気がするんだが」

 

「いい? あたしたちはゼロなの。成果ゼロ。こんなんじゃ示しがつかないわよ」

 

ゼロに文句を言うとは、マイナスの遺体収集家さんが聞いたら泣きそうな台詞である。

そしてその示しとやらは誰につけるのだろうか?

 

 

「きっと厳しい選抜を勝ち抜いた新団員がやってくるの。あたしにはわかるんだから。今のキョンなんてすぐ追い抜かれるのよ」

 

果たして俺はこの台詞を信じたくはなかった。

本当にそうだった。

……結果から言えば、涼宮さんが望む形になってしまったのさ。

誓って言おうか? 俺は望んじゃあいなかったぜ。

 

 

「とにかく、そういうことだから。ミーティングはこれで終わりね」

 

こう言って涼宮さんは席に座り、パソコンを弄り始めた。

思えば往々にしてSOS団ミーティングはキョンと涼宮さんの二人が主体だ。

副団長とは何だったのだろうか、何とか言ってくれないか古泉よ。

 

 

「はたして僕が何かを言う必要があったでしょうか?」

 

「お前さんの主体性の無さをオレは嘆いているのさ」

 

「副団長は補佐がメインでして。僕の活躍は有事の際に、団長の代理を任されるぐらいでしょうか」

 

そんな日が来ると思っているのかお前さんは。

是非ともキックバックを願うよ。祈って、おこうかな。

 

 

「とにかく、このSOS団に新団員がやってくるのかどうか……僕は期待と不安で胸が高鳴りますよ」

 

「そのまま心臓麻痺にならないように気を付けた方が良いさ」

 

「ええ、僕の鼓動と同時に彼女の方も落ち着いてくれればいいのですが」

 

こいつが言っているのは最近また出現しつつある閉鎖空間についてだろう。

散々良い傾向とか言っておいてこれなのだ。やはり感情は理不尽なのさ。

朝比奈さんは何が楽しいのか笑顔で、キョンと古泉は"チェッカー"の用意をしている。

長門さんはいつも通りに読書している。今日は【宇宙のスカイラーク】だ……名作だよ。

そして朝倉さんはナンプレをズバーッと攻略していた。いきなりボールペンで。

とにもかくにも、本当に、この日は平和に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日。天気だけで言えば、そりゃあ最高だった。

 

 

 

基本的に俺は朝早くから朝倉さんの家には行きたくない。

夏冬休みは例外だ。例外こそが楽しみになるんだから、それでいいのさ。

だからこそ、この日の俺は……いや、この日は何故か、俺だけじゃあなかった。

八時半も前だったと思う。定期的な朝の運動は欠かしていないし、俺はその気になればもっと早く動ける。

いやいや、SOS団はさておき、IT業界というか社会での遅刻は原則自己責任だ。

交通遅延すらこう言われるのだ「だったら君、会社に泊まっていれば遅刻しないよね」と。

感情が錯綜する以上、社会が理不尽なのは当然だった。今更気にするのもあれだが。

とまあ、駅前で突っ立っていると、俺は文字通りの挟み撃ちを受けた。

 

 

「明智」

 

と言いながら俺の右方向からキョンがやってくる。

おいおいどうした。やけに珍しい、と思えば彼は驚いた顔で歩みを止めた。

その視線の先を見て、俺も硬直してしまった。それは俺の左方向からやって来た。

 

 

「やあ、キョン……そしてキミは確か明智君、だったかな」

 

どこかボーイッシュな彼女。

キョンの旧友こと佐々木さん。

いいや、彼女だけではなかった。

 

 

「こんにちはー! どうもあたしです」

 

誰だお前……。

いいや、まぬけっぽい顔。原作のカラーイラストで覚えているぞ。

ツインテールの女。もう一人の超能力者、橘京子。

その彼女は俺を見ると。

 

 

「おや、異世界屋さんもご一緒でしたか。初めまして、なのです」

 

「どうしてオレの事を……なんて安い台詞は吐かないよ。君の後ろに、あいつが居るからね」

 

そして佐々木さんと橘の後ろに、奴は居た。

キョンは自体を理解できていないらしい。

そう言えば橘とキョンは因縁があったっけ。確か原作の陰謀辺りで。

とにかく、また会ったな。

会いたくもなかった。

 

 

「知ってるか、周防。"イントルーダー"ってのは"でしゃばり"って意味なんだぜ?」

 

ちょうど、今のお前みたいにね。

そう言うと周防は凄惨な笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「――今日は――何も――――顔合わせ―――」

 

「やっとお茶会をする気になったのかな? お兄さん嬉しいな、嬉しすぎるよ」

 

「―――」

 

「お、おい。何だこりゃ。どういうことだ。佐々木はあの女と知り合いで、その後ろには明智の似顔絵にあった宇宙人だろ。一体、どうなってやがる」

 

慌てるキョンを、まるで赤子をあやすかのように佐々木さんは。

 

 

「キョン、何も恐れなくていいよ。友人ほどではないが、みんな知人さ」

 

"友人"。

……そうか、佐々木さんはキョンの友人だ。

だが俺の知らない自称友人さんは、どこまで信用できるのやら。

 

 

 

まだ、再び"その姿"を見せそうにはなかった。

 

 

 

 


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