異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十三話

 

 

 

もし神がいるとして運命を操作しているとしたら、俺ほど計算されていない奴は他に居ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日、朝八時台の駅前。

女三人と野郎二人が対峙する、一触即発。

顔合わせ? 何言ってやがる周防、お前ほど信用できない女はなかなか居ない。

しかし妙な所で律儀なのは確か。ならば先ずは。

 

 

「全員動くな! ……キョンも、俺もそっちには近づかない。君たちもそこで止まっていろ。会話するには充分な距離だと思うよ」

 

この場で戦闘になったとして俺はキョンを庇いきれるとは限らないし、あちらもただでは済まないだろう。

客観的に判断しても妥当な提案だったと言える。

キョンに対する説明は後回しでいいだろう。だが、その彼は納得できていないようで。

 

 

「佐々木……。お前、その二人がどんなヤツか知っているのか……。そいつは……俺たちの、敵だ」

 

「――――」

 

「そうかもしれないね。でも、そうじゃないかもしれない。だけど、少なくとも僕の敵ではないみたいなのさ」

 

「何言ってやがる」

 

キョンは今にもあっちに飛びかからんとする勢いだった。

"威圧"をしてもいいが、こちらのカードは下手に切るべきではない。

かたや長門さんと朝倉さんを行動不能に追い込んだ犯人、かたや朝比奈さんに迷惑をかけた犯人。

こいつが怒るのも無理はない。だが俺は冷静だ、いや、俺が冷静でなければいけない。

 

 

「キョン、落ち着け。この場でやり合ったらお互い無事じゃあ済まない。俺はお前の面倒まで見れないぞ」

 

「……ちっ」

 

「――――」

 

「んふっ。そんな顔しないでください。あたしたちは喧嘩を売りに来たわけじゃないのです」

 

「こんなタイミングで鉢合わせるなんて僕にも予想できなかったよ。これも、運命なのかな?」

 

くつくつと、佐々木さんは笑っていた。

自分で言っておいてまるで運命なんか信じていない。そんな風に見えた。

 

 

「お前にとっての敵じゃない? どういう事か説明してくれ。お前が、何故、そいつらと一緒に居る」

 

「キョン、どうやらキミには色々と思うところがあるみたいだ。この前みたいに北高にはキミの友達がいっぱいいるんだろう? そこの明智君のように」

 

「プレッシャーを"裏切る"男。それがオレ、明智ですから」

 

「―――痛快―――」

 

周防に無表情でそんな事を言われてしまった。

お前さ、谷口にもそんな態度なの? 

問い詰めてやりたかったがキョンが居るので遠慮する。

こちらを気にせず佐々木さんは会話を続けた。

 

 

「僕には彼女たちしかいないのさ。他に寄って来てくれた人はいなかったんだ。キミを見ていると、男女入り乱れる高校生活というのも案外捨てたものではなかったのかもしれないね。とにかく、僕は僕で難儀していたんだ」

 

「だからって」

 

「僕が知る限りでは僕のせいで誰かに迷惑をかけたつもりはないよ。キミの怒りは彼女ら個人に起因する。なら、僕を責めるのは筋違いではないかな」

 

「……相変わらず口が達者だな」

 

「そこの明智君ほどじゃない、って聞いたけどね」

 

は?

誰から俺の話を聞いたんだ。

周防か? ガールズトークをするようには見えない。あいつは任務厨だ。

すると何事もなく佐々木さんは。

 

 

「"佐藤さん"からさ」

 

妥当なセンだと、そうなっちまうか。

中河氏と周防に接触した時点で、君たちにも接触しているとは思っていた。

博士のようなわざとらしい口調も、全部演出。

佐々木さんにとっては女友達でも俺からすれば諸悪の根源みたいなもんだ。

カイザー・ソゼさえ佐藤のでっちあげなら、間違いなくあの世界へ飛ばした犯人は佐藤だ。

その目的、行動原理は不明だが信用できるわけがない。

佐々木さんは悪い奴じゃあないにせよ、取り巻きは最悪だよ。

とにかく。

 

 

「……その可能性は否定されたままでいてほしかったな」

 

「あたしは感動しちゃいましたよ。彼女はわざわざ遠路はるばるこの世界までやってきたのです」

 

「何だ、その佐藤とやらは。……まさか、あの性格の悪そうな未来人か」

 

「―――否――――異世界人―――」

 

「………何…? "異世界人"、だと?」

 

周防の呟きを聞き逃さなかったキョンはこちらを見る。

見られても困るんだけど、さて俺は何て言えばいいのかね。

無言の俺をどう捉えたのか知らないがキョンは旧友の方を向くと。

 

 

「佐々木。お前は、こいつらの正体を知っているのか」

 

「話だけさ。かなり突拍子もない話だからね、これをいちいち信じていてはこの世の詐欺と言う詐欺に引っかかってしまうよ」

 

再び佐々木さんは笑う。

 

 

「……でも、キミたちの過剰なまでのリアクション。嘘にしては頑張っている。だから解った。どうやら本物らしいね」

 

「偽物だろうとな、そんな連中とつるむのはお勧めしないぜ」

 

「そうかな? 面白い。地球外知性の人型イントルーダー、リミテッドな超能力者、制約が必要な未来人。それから……いや、異世界人については言えないな」

 

「……佐々木さんは、佐藤の何を知っているんだ?」

 

「聞いた限りの話は全部さ。それについては僕の口からではなく、彼女の口から聞くべきだと思うけどね」

 

どうにも穏やかな空気ではなかった。

しかし本当に穏やかじゃあなくなるのは、これからだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――随分と盛り上がってるじゃない。朝から楽しそうな会話ね。私も混ぜてくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

俺の後ろの、キョンの更に後ろから彼女はやって来た。

ニコニコと良い笑顔をしているが周防のそれより更に恐ろしい。

今すぐにでもナイフを取り出しそうだ。

思わず「げっ」と声を上げてしまったのは許してくれないだろうか。

 

 

「……あ、朝倉」

 

「ほう。キミが朝倉さんか。そこの明智君の彼女とやらで、宇宙人」

 

「誰か知らないけど、私も有名人になったのね」

 

「―――」

 

「あら、あなたまで一緒なの? それにもう一人知らない顔が居るわね。………明智君!」

 

は、はい。なんでありましょうか。

しかしどうして俺が怒鳴られないといけないんだろう。

彼女は笑顔で俺の左肩に手を伸ばし、置くと。

 

 

「やけに粒ぞろいね。朝から合コンかしら? いいご身分だわ」

 

「馬鹿言わないでくれ。さっきまでのあの空気でどうやったらそう見えるんだい」

 

「そんな……私というものが居ながら……飽きられちゃったのかしら……」

 

「そんな訳ないだろ。オレが見捨てられることはあるかもしれないけど、オレは朝倉さんを見捨てやしない。何があっても、君を護る」

 

「うん。私だってそうよ。護り愛ね」

 

「ならここは共同戦線を張るべきじゃあないかな」

 

「最初から私はそのつもりよ。……で、誰から仕留めるか品定めしてたって訳かしら」

 

「オレは快楽殺人者になった覚えはないんだけど。朝倉さん的にオレはどう見えてるのかしら」

 

「私が一番大好きな、男の子よ」

 

「ああ、朝倉さん……」

 

「――んんっ。おっほん!」

 

わざとらしい咳払いをされた。

その主はリミテッドエスパー橘京子。

 

 

「……すみませんが、お二人さんの夫婦漫才を聞くためにあたしは来たわけじゃないんです」

 

「―――感動的――」

 

「なるほど。キミたちは見事なかけあいだったよ。きっとアニメーション作品に出れる」

 

「はっ。だがこの場の空気はすっかり白けちまったな」

 

「キョン、オレのせいにする気か?」

 

「お前らのおかげだって言ってるんだよ」

 

ふと時計を見ると既に四十分を超えている。

いい時間だ。

すると。

 

 

「―――お出まし――」

 

「ううん、潮時なのです」

 

異能人二人組がそう言う先。

俺とキョンが振り向くと、そこには文字通りの"増援"。

進撃するかのごとく、大手を振って歩く涼宮さん。

それを護衛するかのごとく付き添う超能力者、古泉一樹。

更にその後方には長門さんと朝比奈さんの姿。

戦争と言うか、ここまで来るとテロでしかない。

即ち、"恐怖"。

 

 

「……なあ」

 

「どうした、キョン」

 

「俺が今思ってる事は正しいだろうか」

 

「多分オレも同じ事を思ったよ」

 

果てしなく帰りたい。

帰巣本能とは、ようは逃避だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の連中は、佐々木さんを代表として涼宮さんと二三会話をするとさっさと失せてしまった。

戦略的撤退? いいや、まだ連中には最低でも二人居る。

そして中河氏……仮に彼まで引き込まれた場合。

 

 

「……七対六、だ」

 

各々の思惑はあるだろうけど、基本的に彼奴らの狙いはキョンなはずだ。

数字だけで言えばこちらが有利だが、危険性で言えばあちらの方が上。

頼みの綱の涼宮さんを爆発させるリスクを考えていないあちらではないだろう。

そんな俺の呟きは誰にも気にされていない。

気にしてもほしくはなかったさ。

 

いつも通り、恒例の駅前喫茶店。

俺たちは従業員の眼には、どう映っているのだろうか。

きっと『うわあこいつらまた来てるし他に行くところねえのかよ』。

あるいは『朝っぱらから何の集まりなんだろうな。喫茶店マニアか?』とか思われてるんだろう。

毎回お世話になっている事など気にせず、涼宮さんはアイスコーヒーをすすりながら。

 

 

「偶然改札口で三人と一緒になっちゃったの」

 

「ええ。見事なまでのタイミングでした」

 

「……」

 

「あたしも驚きました」

 

「だから誰が最後ってのはないわね。今回はワリカンよ」

 

何と言う暴論。どうしても自分は奢りたくないらしい。

いや、奢るというリスクすら涼宮さんの中には存在しない。

究極のリスク回避。

それは『赤信号みんなで渡れば怖くない』理論ではないか。

こんな彼女が王ならば、メロスは怒りで頭の血管が切れて死んでしまう。

世界が理不尽なのは神とされる涼宮さんが理不尽だからなのか?

俺はさておき、いつも奢り役のキョンは納得しないらしく。

 

 

「おい。俺は今日、三十分も前から来たんだぞ」

 

「キョンは時間外手当が欲しいのか」

 

「出るならな。ここは公正にお前ら四人でジャンケンをしてだな……」

 

「何言ってるの? それはダメよ。談合の疑いがあるもの」

 

"談合"。

それは俗に言うカルテルであり、ようは出来レース。

当然だが現代日本において独占禁止法で禁止されている。

時代劇なんかで「へへっ。これでいかかでしょうか」とか言って貢いだりするあれだ。

とにかく色々なケースがあるのでどれが談合とは説明しきれないが、涼宮さんはそれを疑っているのか。

普段のキョンが怠けているのは確かだが、彼のサイフから銭が消えない日は来るのだろうか。

 

 

「"Would you persuade, speak of Interest, not of Reason(説得したいなら、理屈ではなく、利益について話しなさい)"」

 

「おや、ベンジャミン・フランクリンですか? ですが、その内容を彼が実行するには少々厳しいかと」

 

「……お前さんは何でも知っているね」

 

「明智さんほどではありませんよ」

 

俺だってロクな知識などない。

広く浅く、といった感じだからさ。

とにかく涼宮さんの中ではワリカンで本決まりらしい。

キョンも抵抗を諦めた。いつも通りさ。

 

 

「ところで今日のことなんだけどね。……班行動はやめましょ」

 

「ん。どうしたんだ」

 

「思ったんだけど、こう、別々に行動するから見逃すのよ」

 

それは"恐ろしく早い手刀"……ではなく、彼女の求める不思議についてだろう。

なんだか涼宮さんは学者にでもなった方がいい気がする。

頭もいいんだし、人間にはまだまだ未知の領域があるんだよ。

多分俺だって死ぬ気で修行すれば"回転の技術"を体得出来るんじゃなかろうか。

でもあれって子供のころからやらないと確か無理なんだっけ?

 

 

「やっぱり一つの場所を行くにしても、目が多い方がいいわ。三百六十度をしっかり見渡すのよ」

 

「ならこの人数で今日は行動するのか……大所帯だな…」

 

人目を気にするのはわかるが、阪中さんの一件で俺は最早気にしなくなっていた。

この期に及んで制服の長門さん。そして今日の周防も制服だった。

あいつの設定はきっとこうだ。橋の下で生活して、川で制服を洗っている。

乾くまでは段ボールハウスにくるまって肌を隠している……いや、どうなんだろうな。

 

 

「別にいいじゃない。楽しみながらってのもあるけど、やっぱり何か見つけたいのよ」

 

彼女のそれはどこまで本気だったんだろうか。

まだ、世界はケチだなんて思っているのだろうか?

でもそれは、謎が見つからない事に対する不満なんかじゃあないんだ。

きっと、みんなと遊び続けたいという願いからくるものなんだ。

なら俺だって……いいや、みんなだってそれに従うさ。

それがSOS団だから。

 

 

「じゃ、落ち着いたら行きましょ。今日こそは捕まえるわよ、スカイフィッシュ!」

 

一説にはそれはカメラに映り込んでしまったハエだとされているスカイフィッシュ。

それを彼女はまだ信じているのだろうか? 

某漫画家が言うには熱を奪っているだとか、ロッズだとか言われてるけどさ。

とにかくこうして珍しく七人での市内散策が開始された。

時代の流れというものは2007年からでも十分に感じられる。

大通りを外れると知らない店が出来てたり、あるいは知っている店が消えている。

神はこれすらも運命づけているのだろうか。人の死のみならず、破滅さえも。

そしてそれは未来人の言う所の、"規定事項"なのだろうか。

涼宮さんを神を崇めるのは構わないさ、信仰は各々の自由だ。

だが、自分がまるで神になったかのように勘違いしているんじゃあないのか?

何で俺たち現代人をお前らの規定事項で縛り付けられる必要があるんだ。

しかしあの女、ジェイ、いや、佐藤のそれは違った。

 

 

「『浅野君は違うわ』……か」

 

「あら、どうしたの?」

 

「佐藤に言われた事さ。特に意味はないと思うよ」

 

「……やっぱり」

 

やっぱりとは、何の事だろうか。

わざわざ一行の最後尾まで回っている俺と朝倉さん。

あいつらがちょっかいかけてこないだけ気を使われているんだろうけど。

それにしても彼女は何が言いたいのだろうか。

お昼に食べたカレーライスの味についてだろうか。

確かにあの店のそれはスパイスが効いていた、美味しかった。

 

 

「言ったじゃない。その女のことばかり最近は考えてるって」

 

「……そうかな」

 

「そうよ」

 

「なら謝るよ。でも、もしかしたらまたそうなってるかも知れない」

 

「………」

 

「結局のところ、オレにはわからない事が多い。人生みたいなもんさ」

 

「私にもわからないあなたが居るって事……?」

 

「かも」

 

だけどさ、今はいいんだ。

考えすぎるのは俺の……いいや、前世の俺の悪い癖だ。

人間は常に、良い癖を身につけるべきなんだ。

 

 

「それ以上に朝倉さんの事を考えるから、それで許してくれないかな」

 

「なら態度で示してほしいわね」

 

「……団体行動中で、遠慮してたんだよオレ」

 

「構わないわよ。ね?」

 

あいよ。

他五人の後を追う、俺と朝倉さん。

俺は永遠に、この左手が、彼女の右手と繋がり続ける事を願う。

 

 

 

 

 

この日の散策は一日中、本当に楽しかった。

 

 

 


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