異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十七話

 

 

何を言われようと、肝心の俺が判らない以上は信じるかどうかも俺が決める他なかった。

だいたい役割だとか、能力だとか、目に見えない話ばかりされても困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし佐藤はかつて、俺が彼女の言う所の"スペアキー"だと自覚しているものだと思っていたらしい。

あいつにも分からない事があるのは確かで、何よりあいつは運命だとか因果だとかを信用している。

俺に関して再三それを言うなら、前世からそんな話は大嫌いだった。当り前だ。

全部決められているならどれだけ楽なんだ? 結局それは逃げでしかない。

そんな単純な事、本当に俺の友人だったなら、知っているはずだ。

で、その日、日曜日の夜。

古泉を呼び出したわけだ、"異次元マンション"の一室へ。

スペアキーだとか運命だとかについて一通りの説明を俺から受けた彼は。

 

 

「僕も考えたくはなかったのですが、佐藤さんという方が仰った以上はその可能性が高くなりました」

 

「お前さんは見た事もない奴の話を信用する、と?」

 

「実の所、最初にあなたの存在をSOS団において確認した時に似たような説が『機関』内でいくらかありました」

 

真面目な顔でさらりと言ってくれるな。

初めて市内散策で一緒になった時には何も言わなかったというのに。

 

 

「突拍子もない話ですからね。涼宮さんが意味もなく人材を確保するわけがありません。もっとも、あなたが異世界人と名乗った段階でそのような話は立ち消えましたが」

 

普通はそうだろうよ。

異世界人以上の役割なんてあるのか?

嫌なダブルブッキングだね。

 

 

「……ですが、鍵の代用と来ましたか」

 

「オレも驚きだね」

 

「朝倉さんの方は何と?」

 

「何にも」

 

「そうですか……」

 

朝倉さんにとって、きっとそんな事など些末な問題でしかないのだろう。

多分、俺にとってもそれは同じだ。

運命だの因果だの持ち出して来るのは構わないが、その否定とやらで俺は朝倉さんを助けたなんて思わない。

何故なら、俺は何も否定しちゃあいないんだからな。

やはりあの佐藤の言っている事には、ジェイと名乗っていた時から真実性が薄かった。

そして、俺が今回古泉と話したいのは。

 

 

「……それって、矛盾してないか?」

 

「何の事でしょうか」

 

「お前さんが前に言った、"何かを変える力"についてだよ」

 

「と、申しますと?」

 

簡単な話ではないか。

 

 

「涼宮さんがキョンの身代わりとしてオレを用意したなら、オレにそんな力が無い方がいいじゃあないか」

 

俺がキョンの身代わりだという事が運命づけられているなら、俺はそれすら否定できるはずだ。

もしそれが可能ならあいつの言っている事の意味が……いや、役割なんて関係なくなる。

何かを変える力があるとしたら、まずあいつらを常人にしてやりたいね。

 

 

「ええ。ですが、単に涼宮さんの力の方があなたのそれと比較して上の次元なのでは?」

 

「そうかもしれない。けど、オレは実際に一度だけ涼宮さんの意見を覆している」

 

言うまでもない。

あの、夏休み中、八月。

ループせずに巻き戻しとなった現象についてだ。

確かに俺が鍵としての側面があるなら、涼宮さんに対抗できる可能性はある。

でも結局それは、キョンと違って俺が選ばれたわけではないだろうさ。

たまたま、俺だっただけ。

 

 

「この事実を考えると、佐藤がオレを付け狙うのも何となくわかってくる」

 

「つまり、彼でなくともあなたの協力があれば涼宮さんをどうにかできる。……信じられません」

 

「どちらにせよ面倒だ。中河氏も、いつの間にか引き込まれてるみたいだし」

 

「我々『機関』の監視など、結局はあってないようなものです。人間の出来る限界を尽くしているだけですから」

 

古泉の表情はあくまで無表情だった。

だが、確かな悔しさというものがそこには感じられる。

やはり俺だって気に食わないさ。

 

 

「で、オレはどうすればいいと思うかな」

 

「我々としては、その発言が全て真実であるのならば、あなたを敵に回したくはありませんね」

 

「オレだってお前らと戦うつもりはないよ。今はそんな事よりも連中をどうするかの方が先決さ」

 

「簡単です。僕たちが持てる限りの結束力を尽くす。それだけですよ」

 

「……ああ」

 

はたして誰があのメンバを纏め上げるつもりなのか。

佐々木さんはそもそも能力だとか、神だとか、心底どうでもいいと言う。

それが俺に対するポーズだとしても、まさかキョンに嘘をつくとは思えない。

つまりキョンが俺たちに嘘をつかない限りは間接的に彼女も信頼できる。

周防だって結局何考えてるかはよくわからない。

俺はあいつを好きになる事はないだろうが、嫌いな奴ではない。

あいつも俺と同じなのだ。ただ今は自分なりの答えが無いだけだ。

彼女の任務の先にそれはあるのだろうか? 俺にはわからない。

問題は残る三人。

橘京子が頭の出来が悪いことは直ぐにわかった。

間違いなく彼女さえ利用されているに過ぎない。

キョンがそれに気づけたかどうかは怪しいが。

中心人物は、藤原と佐藤。

両者の利害が一致した形であの集まりが結成されたのだ。

まったく。

 

 

「笑えちゃうね」

 

「僕もそう思いますよ」

 

「"ワーテルローの戦い"の時のナポレオンだってあれよりはマシな軍隊を率いていた。俺は直に連中を見て即席麺以下だと思ったよ。3分とせずにほぐれちまうさ」

 

「しかしながら、あちらから友好的な関係を築く姿勢が見受けられないのは確かです」

 

「いつも通りだよ」

 

それが、問題だ。

 

 

「お前さんたち『機関』の意見としてはどうなんだ」

 

「彼女らとは敵対関係、と言っても過言ではないでしょう。僕もそう思います。佐々木さんには迷惑な話ですが、少なくとも橘京子は僕を快く思っていない」

 

「あいつはお前さんを知っていたようだが、前に何かあったのか?」

 

「見解の相違ですよ。……残念なことに、彼女と僕はどうやら相容れないらしいので」

 

「ふっ。ならオレが力を貸そうか。お前らのそれが宿命なら、オレに変えることが出来るかもよ」

 

佐藤の言う事が真実なら、だが。

だけどきっとそんな能力は俺にない。

なんとなくだが、俺にはわかる。

何故なら。

 

 

「いいえ。その提案は嬉しいですが、遠慮しておきましょう。必要とあらば僕自身の手で解決してみせます」

 

――そうさ。

あっちの世界の俺だって、きっとそう思っている。

世界は確かに不完全だ、理不尽だ、何より完璧ではない。

だけど、人間には、俺たちには希望がある。

何かを変えることは特別なことなんかじゃあない。

最も難しいのは、それを最後まで投げ出さない信念を持つことなんだ。

 

 

「そういや、オレの前世についてちょっと思い出したことがある」

 

「おや、何でしょうか」

 

「話し相手が朝倉さんより先に古泉ってのはあれだけど……ま、聞いてくれ」

 

こう見えてさ。

俺は昔、何でも投げ出すような奴だ、なんて思われてたんだぜ。

……え? とてもそうは見えないって?

やっぱりそれは、過大評価だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日、月曜日。朝。

 

 

 

結局昨日はキョンから連絡がなかった。

しかし何かあったら他の連中から俺にも連絡があるだろうし、ただ、疲れてるだけなんだろう。

俺だって疲れていないわけではない。でもそれは一過性のものだ。

人間は嫌な事だけを覚えていられるほど、器用ではない。

等しく忘れるのだ。

俺にとって前の世界の体験、知識。それらは大切で、貴重なものだったと思う。

だけど前の世界が大切かどうかと訊ねられると、きっとそうじゃあないんだろうよ。

いつも通りの登校風景。いつも通り、俺の左側には朝倉さんが居る。

世間話をする方が多いはずなのに、彼女との会話で覚えているのはどれも、事件性のある内容。

ある意味ではSOS団らしいけどさ。

 

 

「たまに考えるんだ」

 

「何を?」

 

「今までオレがこの世界で何もしてこなかったら……SOS団にも入らず、当然朝倉さんも助けずいたら、オレはこの世界に対してどう思っているのだろう。って」

 

「……意地悪な話ね」

 

そうかな?

でも、たまにはいいでしょ。

いつも俺の方ばかり朝倉さんからそんな話をされている気がするし。

 

 

「気のせいよ」

 

「だといいけど。……とにかく、それに近い可能性が、オレが前に飛ばされた世界だった」

 

ただの一般人の俺は、ただの一般人として生きていく。

友達に宇宙人未来人超能力者が居るだけで、キョンと同じ。

いや、あの世界の俺はきっと予備の鍵ですらないだろう。

原作とほとんど同じさ。

それでも俺は、運命を信じていないんだろうな。

そんなくだらない人間が、涼宮ハルヒに許されるわけはない。

もしかしたら秘めた何かがあるかもしれないけど、俺には関係ない。

人には人の物語がある。そして。

 

 

「"物語"には"敵"が必要だ」

 

「その方が面白いから、かしら?」

 

「勿論それもあるけどね……。でも、誰しも今より上を目指したがるものだろ。誰も見たことのない世界を。それを途中で諦めるかは別さ」

 

「敵を倒せばその先があるのね」

 

それは違うよ。

まあ、その辺も一緒に学んでいけばいいさ。

俺だって全てを知り得るわけがない。

ほんの少し他人より何かを考えてきた。その時間が長いだけ。

それだけだよ。

 

 

「勝っても負けても、さ。生きていれば必ず次がある。途中で諦めなければ、いつかは勝てるでしょ?」

 

「でも、あなたたちの時間概念からしたら、もしかしたら最後まで勝てないかもしれないわよ」

 

「そんな事はやらなきゃわからない。戦う前から投げてるような奴にはなりたくないね」

 

「ふふっ。明智君って普段は素っ気ないのに、いざと言う時はアツいのよね」

 

「……アツい………オレがか…?」

 

熱血派なんて、岡部先生ではあるまいし。自分ではどうにも自覚出来ていないんだけど。

それが本当ならば記憶の一部が欠落していることといい、さながら俺は"スコール・レオンハート"だな。

何だかわけのわからない武器も持ってるし。

 

 

「そうよ。あなたがどんなお話を考えてきたかは知らないけど、主人公としての要素はあるわね」

 

「確かに朝倉さんはヒロイン枠に相応しいさ。百人居たら九十人がそう言う。残りの十人は同性愛者だよ」

 

別に彼女ばかり贔屓するわけではない。

谷口がかつて言ったように、SOS団の女子レベル……これも違うな、キョンの周りの女子レベルが高いのだ。

何だ何だよ何ですか。その気になればあいつはハーレムでも作れるんじゃあないのか?

涼宮さんが許せばきっと夢ではない。ふざけやがって。

 

 

「オレが主人公かどうかは別だ。世界の中心は少なくともオレじゃあない」

 

「……なら、涼宮さんが世界の中心なの?」

 

「いいや、超能力者連中はともかく俺は違うと思っている。それに、キョンでもないさ」

 

そしてそれはあのSOS団のパクり連中の誰かでもない。

しかし、必ずこの世のどこかにそこはある。

この世界の誰もが、その、見たことない場所をきっと探している。

俺からすればその位置こそが天国に他ならない。

 

 

「それを探す、探しに行く。……今はその途中」

 

未来からやってきた、朝倉さん(大)は俺を旅の同行者と呼んでくれた。

……俺が王子様だって? 一部には魔王とか呼ばれてるんだけど。

"魔王オディオ"さんの話は本当に悲しくなるからよしてくれ。

とにかく、彼女と一緒なら、間違いないよ。きっと見つかる。

もしかしたら既に俺はその場所に居るのかもしれない。

そこを、世界の中心だと認めていないだけなのかもしれない。

だけど今は同じ場所に滞在するつもりはない。

たった三年間だけの短い高校生活。

なら、行かなくっちゃあいけないだろ。

 

 

「言ったでしょ? 私もついていくって。私にも分けて頂戴」

 

「既に、お願いした」

 

「私にはとてもじゃないけどそうは見えないわね」

 

「そりゃ、オレなんかの願いで誰かがやって来るわけはないよ」

 

……でも、本当にそうなのだろうか。

呼ばれたのは、俺なのか、この世界なのか。

どっちの方なんだろうな?

 

 

「知らないよ。知りたくもない」

 

俺はきっとこれからもわからない事だらけだろう。

学校で勉強したことが社会に出て通用しないように、原作を知ってようがこうだ。

ただ少し、ズルをしていたに過ぎない。何かを先取りしていたに過ぎない。

それでも俺は確かに生きているんだ。俺が本当に主人公なら、話に終わりが来るだろ?

だけど実際にそうなってくれるわけではない、そうなってくれればどんなに楽か。

既に俺の知らない話が進みつつあるのだ。これから先、知らない奴が出てきても不思議ではない。

何が起こるかなんてまったく見当もつかない。それが自然さ。

 

 

「涼宮さんも無茶言うよね。世界を大いに盛り上げろ、だなんて」

 

「何をすればいいのかしらね」

 

「一番わかりやすいのは、やっぱり……」

 

「ふふっ。次こそは私も出席させてもらうわ。あなたの旧友を名乗る女も気になるもの」

 

そうだね。

あいつらが何と言おうが知らないさ。

そっちが好き勝手したいならこっちも好き勝手させてもらおう。

俺じゃなくても、SOS団の団員なら誰でもそうする。

誰かのせいにするのは簡単だ、自分のせいにするのも簡単だ、そこに非を認めないのも簡単だ。

一番難しいのは納得そのものなんだ。

納得は全てに優先するけど、誰もがそれを知ってて出来ない。

不条理だ。

 

 

「まるでオレ一人が何かを変えられるみたいな考えは駄目だよ。なら毎日プール授業にするからね。世界を水着で支配してやるさ」

 

「あら。明智君の好みのコスチュームは水着なの?」

 

「……いいや、なら一度だけ言うけど、絶対に秘密にしてくれよ」

 

やはり、朝からする会話ではない。

もう一度言うが、世間話の方が頻度としては多いのだ。

こんな話の流れの方が珍しいのさ。でも、例外だから楽しい。

後日、彼女が俺が言った衣服をお召しになられたのだが……。

それについて、多くを語るつもりは無い。

何故ならそれも、今日の話ではないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「文句があるなら早めに頼むよ。昼休みはそう長くない」

 

「誰かさんがいなくなったおかげでわけのわからん話をたっぷり聞かされた」

 

文芸部室。

お茶なんか出てくるはずもない。

長門さんも昼休みだというのに座って本を読んでいた。

俺とキョンは既に昼食を済ませている。長門さんはどうなんだろうか。

 

 

「……済ませた」

 

「そ、そうか」

 

「……」

 

それはいいから、さっさと文句があるなら頼むよ。

お前なんか授業中寝てたんだからさ。

 

 

「なら言わせてもらうがな、明智――」

 

「……」

 

本人のいないところで話をするな、か。

散々谷口いじりに加担した俺がそんな風に思うなんて。

やっぱり不条理じゃあないか。

 

 

「――あの佐藤って奴の話が本当なら、お前は元の世界に戻るべきだ」

 

いかにも真剣な表情でキョンは俺にそう言った。

 

 

 


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