異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十八話

 

意味が解らないし、嗤えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書をしていた長門さんすらも、中断してこちらの方を見ていた。

確かこの時彼女が読んでいた本はD.B.シャンの【the CITY】。

しかもどこから用意して来たのか原文版だ。

俺は和訳版しか読んだ事がないため、最初表紙で何の本か判らなかった。

確かに一巻は言われてるように微妙な出来かもしれないが、最終巻である三巻までの流れが凄い。

長門さんが読んでいるのは二巻。ちょうど面白くなってくる部分だ。

……で、今キョンは、何て言った?

 

 

「……どういう意味かな」

 

「落ち着け。説明する前に言っておくが、あくまでこれが、佐藤の発言が全て正しいものとした上で、だ」

 

「……」

 

「そして勘違いしないでほしいのは俺の意見と言うわけではない。客観的に考えて、彼女の方の意見になるだろうな」

 

「あの、佐藤が……?」

 

俺を元の世界に戻したい、だって?

何言ってやがる。

説明しろ。

 

 

「お前が居なくなって、橘や藤原、そして周防なんかもわかりづらいながらに佐々木についてや自分の思想を語った」

 

「……」

 

「ふっ。サイコパスの集まりだよ」

 

「かもな。佐々木にはハルヒのような精神世界……閉鎖空間があるらしい。だが、そこに神人は居なかったぜ。橘に連れてかれたが、人が居ないだけの普通の世界だった」

 

まるで地球最後の男【オメガマン】だな。

全然違うタイトルで映画化されていた気がする。

俺が好きな俳優、ウィル・スミスが主演で。

 

 

「……」

 

「とにかく、連中の説明は全て終わって。その場はお開きになった。だが佐藤は喫茶店を出てから、俺に話があると言った」

 

「断らなかったのか?」

 

いくら主人公と言っても、命知らずだろ。

 

 

「だから再び喫茶店に戻った。二人でな」

 

「喜緑さんをアテにしたって訳かよ」

 

「それ以外だと逃げるしかないからな」

 

やはり理不尽だな。

こいつもこいつでお茶をする感覚で国際会議に飛び込んでいるようなもんだ。

そしてそこで無い事無い事を吹き込まれたって訳だ。

 

 

「まず、彼女が俺に対して言った言葉は『私は浅野君を救うためにこの世界に来た』という事だ」

 

「……オレを救う、だって…?」

 

馬鹿も休み休みにしてほしい。

あいつは散々、それとバレないように裏で糸を引いてきたんだ。

 

 

「何一つオレたちの助けになった覚えはないんだけど」

 

「だろうな。俺も意味がわからなかったが、彼女は説明を続けた」

 

「……」

 

「自分には好きな人が居る、そしてその人は死ぬ運命にある。と」

 

「運命、ね」

 

何を見て来たのか知らないけどな、それが俺ならいい迷惑だぜ。

自分の運命は自分で決める。誰かに決められる筈がない。

人は誰しも、休み明けを憂鬱だと思う。月曜日を、嫌がる。

だがな、『明日から休みだ』ってのは楽しみなんだ。そうだろう?

月曜を嫌がって生きるより自由な休みを楽しみに生きるべきなんじゃあないのか。

それが自分で生き方を考えるって事なんだ。

精神の自由とは、法や誰かに保障される事ではない。

例えどんなに暗い監獄の中でも、俺の考える力だけは奪えない。

それが真の"自由"だ。

 

 

「『いつも月曜ってわけじゃあない』んだよ」

 

「……」

 

「俺は訊いた、その好きな人ってのはもしかして明智の事か、と」

 

「ようやくオレにもモテ期到来か」

 

「だが彼女は否定した。元の世界の、浅野君の事だと」

 

……何だって?

元の世界も何も、俺は俺だろ。

いや、そもそも彼女と俺では年齢が釣り合わない。

元の世界で考えたとして俺は確か二十六歳だった。

朝倉さん(大)がとても若く美しいとしても、顔立ちは既に大人の女性としてのそれであった。

だが佐藤はとてもそうには見えない。二十六歳では少なくともないだろう。

そこまで年下と交流してたって言うのか、俺は。

 

 

「同じ事だろ、と思った。だがな、そうじゃないらしい」

 

「……」

 

「明智。お前は現在、お前の精神の大部分が元の世界のお前から失われている状態……最早自分で考えたり、動けない状態だと言う」

 

「……はぁ………?」

 

おい、おいおいおいおいおいおい。

またまた意味が解らないんだけど?

すると何だ、トリッパーってのは、そういう事なのか。

精神障害者(スキッツォイド・マン)じゃあなくて、憑依者(トランサー)だってか。

このどちらも立派な"トリッパー"だ。

何だよ、タマシイムマシンがどうこう考えていた俺だけど、そういうことか?

まさかドラえもん最終回捏造みたいな話なのかよ。

俺は植物人間とか、そういう事を言いたいのか?

そうでなければ空条承太郎だ。記憶の一部だけが、今の俺だ。

 

 

「やがては衰弱しきり、死ぬそうだ」

 

「何だ、そのオレが死ぬと、オレはどうなるんだ……?」

 

「どうもこうもないそうだ。お前はお前で既にこの世界に居る。つまり一種の――」

 

涼宮さんよ。

これが本当に真実なら、君はとても残酷だ。

夢も希望も、しょせんは物事の片面だけでしかないのだから。

 

 

「――精神分裂状態。らしい」

 

「……」

 

俺は【涼宮ハルヒの分裂】がどんな話だったかは覚えていない。

だけど、最後に読んだ巻が、"分裂"の名を冠していた事だけは覚えている。

精神分裂、ときやがったか。

何と言う皮肉で、何と言う奇妙な運命。

俺がこの世界に来るために必要だったのは、文字通りに元の世界だったのだ。

 

 

「彼女が言うに、元の世界でのお前はまるで今のハルヒかのように無茶苦茶な人間だったそうだ」

 

「ふっ。……昔の話だよ」

 

「……」

 

「下の名前も教えてもらった。いかにも偉そうな言動から、ついたあだ名が"皇帝"だと」

 

「馬鹿にしてると思わないか? よく俺の名前からそれを考え付いたと思うよね」

 

明智光秀も織田家臣だったが、浅野長政だってそうだった。

だけど浅野は明智光秀ほど有名人じゃあないし、皇帝ってほどではない。

よくある普通の名前から皇帝に変換してしまう、まるで中高生のお遊びさ。

 

 

「そんな野郎がハルヒのように目立つのは当然の事だ。理解者が居なかったわけではないそうだが、かつてのお前が心の扉を開いた人間はついぞいなかったと言う」

 

「……そういうもんさ」

 

「要するに、佐藤さんの片思いだったって訳だ」

 

「……」

 

迷惑だな。

その思い出ってのは、元の世界の俺の方にあるんだろ?

なら知らん。

俺が体験していない事は思い出せるわけないんだから。

思い出ですらないのさ。

 

 

「残念だけど、オレは戻る気なんかサラサラないよ。それが運命なんだろ? オレは運命だとか、因果だとか、宿命だとか大嫌いなんだ。死ぬ時は死ぬだけさ。元の世界に戻って看病でもしてやってくれよ」

 

何よりどうやって戻るかも知らない。

俺が移動出来る平行世界にきっと、浅野は居ない。

キョンもその辺は何となくわかっているらしく。

 

 

「だろうな。俺だって彼女が無茶を言っていると思うさ。でも、無理を無茶するようなのが女らしい。これは最近わかったんだがな」

 

どういう経緯でこいつはそれを知り得たんだろうな。

なら、とっとと涼宮さんとくっついちまえよ。

お前さんの決着はいつ着くんだ?

キョンはきっと今日が最後の日だとか、考えちゃあいないのさ。

 

 

「あくまで俺は言われたことをお前に話しただけだぜ。俺個人としては彼女に同情してやりたいが、それも難しい。中河の件もあるからな」

 

「イカレ女が何をどう考えてるかは知らないけど、直接オレに言うって事が出来なかったのかな」

 

「さあな。彼女にはその勇気が無かったんじゃないか?」

 

「……」

 

「それは笑えるね。あいつの眼は全てを棄てた眼だ。敗北者だ。オレは負け犬に用はない、勝ち馬にしか興味はないのさ」

 

「いかにも皇帝らしい発言だ」

 

どうでもいいけど、お前はそれを引きずらないでくれよ。

俺はもう俺でしかないんだ。

完全な俺として、この世界に存在できないとしても構わない。

今日までこの世界で生きてきた事は、真実なのだから。

 

 

「お前がどう思おうと、俺は明智を友達だと思ってるぜ」

 

「ふっ。よせ、野郎同士の慣れあいほど情けないものはないさ。……でも、悪くない」

 

「落ち着いたら朝倉にも話してやれ。お前に任せるさ」

 

「……」

 

「ああ、わかってる。お前も気を付けろよ、"ジョン"」

 

「それをどこで知ったんだかな……」

 

本当に呆れた表情で俺の親友はそう言った。

確かに、俺と同じ世界から来たのならば彼女が【涼宮ハルヒの憂鬱】について知っていても不思議ではない。

俺が読んでいたんだ。友人なら、それも知っているだろうさ。

だからこそ"ジョン・スミス"という切り札に対して威圧してきている。

涼宮ハルヒを恐れているんだ、佐藤は。

だがな。

 

 

「オレにも切り札はある。オレが唯一覚えている事。それがあいつを倒す"鍵"だ」

 

誰かの代わりになる気はない。

例えそれがキョンの代わりだろうと、俺は朝倉涼子を選択する。

俺に言わせると勝手に来られただけだ。なら、帰ってもらうだけだ。

 

 

「get back、いや、pay backだな」

 

「悪いが俺は英語に詳しくない」

 

「……"奪還"と"復讐"」

 

いつの間にか読書を再開した長門さんがキョンに教える。

 

 

「なるほど、流石長門だ」

 

そうだ。

この話が事実なら、あいつの行動は俺に対する奪還、あるいは復讐。

元の世界を棄ててこの世界で幸せになろうとしてる俺への。

……とんだストーカーだな?

 

 

「さて、オレはこれからどうするべきか」

 

どうもこうもないさ。

俺の答えは、SOS団の答えは常に"ノー"だ。

絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて、ここからが問題なんだろうな。

本当に。

 

 

 

放課後を迎え、のんびり文芸部室に向かおうと思って席を立ったら朝倉さんに肩を掴まれた。

 

 

「緊急事態。ちょっとマズい事になったかも」

 

「……何だって?」

 

「詳しい話は後よ、どこか場所を変えたいわね」

 

「……オーライ。じゃあ、屋上を不法占拠といこうか」

 

原則学生は自由に出入りとはいかない。

昼休み中はさておき、放課後なんかに無許可で出ようものなら怒られること間違いない。

どの道朝倉さんにも佐藤の話とやらについて語る必要があった。

いいタイミング、なのだろうか。

鍵の施錠など彼女にとってその行為は無意味と化す。

そこには、扉が開かれたという結果だけが残るのだ。

屋上。遠目に野球部員たちを眺めつつ、話とやらが始まった。

 

 

「長門さんは早退したわ」

 

「……早退?」

 

もしかしなくてもそれは相対でも総隊でもなく、学校授業を切り上げる早退だろう。

昼休みまではどう見ても彼女に異変は無かったし、宇宙人の彼女が理由もなく、早退だと。

――まさか。

 

 

「うん、そうよ。雪山の時と同じで、私たちは攻撃を受けている。あのターミナルでしょうね」

 

「私たち……。それはどういうことかな」

 

「そもそも一度受けた攻撃を易々と受けるようなセキュリティじゃないんだけど、長門さんは長門さんでやるべき事があるから防御すら叶わなくなったのよ」

 

「……やるべきこと、ね」

 

長門さんがやるべき事など、涼宮ハルヒの監視という任務以外にあるのだろうか。

なら、彼女はどういう思いでさっき俺とキョンの話を聞いていたのだろうか。

俺にはわからない。俺は、人の記憶を本にして読む事など出来ない。

誰かの心の扉は、開けない。

 

 

「実のところ、朝から長門さんは攻撃をされていたわ。腹立たしいけど私も補助に回って防いでいたの」

 

そんな大事な話はもっと早く教えてほしいね。

朝倉さんは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言った。

俺が君を責める事はしないさ。それに、今大事なのはその攻撃についてだ。

 

 

「やれやれ、学校をフけて周防を叩こうにも無茶はできないか」

 

「涼宮さんの監視だってあるもの。だけどついさっき情報統合思念体からの命令が下された」

 

「ほーう。そりゃどんな命令さ」

 

「あのイントルーダーの親玉さん。天蓋領域との、交信よ」

 

それは周防にとっても嬉しい出来事ではないのだろうか。

彼女の任務がまさに情報統合思念体との交信で、コミュニケーションに他ならない。

でも、何故それが長門さんの早退……戦線離脱に繋がるんだ?

 

 

「それが現状で最優先の命令だからよ」

 

「な……んだって…」

 

涼宮ハルヒなんかより、存在するかも疑わしい存在にプライオリティーが割かれるのか。

やはり狂っている。まるで【ターミネーター】に登場する"スカイネット"だ。

スカイネットは情報社会が発展し過ぎた上に、人類の排除を決定したネットワーク。

機械の反乱。

朝倉さんは淡々と。

 

 

「他の要素は不要。私が居れば監視の方は出来る。そう判断されたのよ」

 

「……ふ」

 

――ふざけるな!

情報統合思念体は、どこまで偉いんだ?

顔も姿も見せずに、のうのうと命令ばかり下しやがって。

お前の存在を否定してやろうか。

それで長門さんの状況が改善されるならいくらでもしてやる。

 

 

「私も歯がゆいわ。どうにか長門さんの負荷を私も負担してるけど、気休めね」

 

「朝倉さん……」

 

「長門さんは戦闘不能。私も本来から二三割性能が落ちた。どう? これって、緊急事態かしら」

 

そうだね、違いないよ。

エマージェンシー。

文字通りに、SOSだ。

 

 

「それは悪いニュースだ。……で、オレからも悪いニュースがあるんだけど聞きたいかな」

 

これは間違いなく、俺への当てつけだった。

倍返しじゃあ済まさないからな。

 

 

「異世界送りだ」

 

お前には無意味なんだろうけどさ。

とにかく、俺は朝倉さんに隠し事なんてしたくない。

 

 

 

それは今日でも良かったのかもしれない。

 

 

 

 


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