異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十九話

 

 

要点だけを話そうにも内容が内容だった。

よって部室に行くのが遅れてしまったが、どうか容赦してほしいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも朝倉さんは、俺の話をしっかり聞いてくれた。

自分でも本当かどうかわからない話を、彼女はしっかり受け止めた。

俺は何を言われるのだろうと身構えてしまったが、彼女は笑顔で。

 

 

「約束、したじゃない」

 

「……ああ。そうだよ。オレの独りよがりさ」

 

「二人よがりにさせてもらうわ」

 

「……ありがとう」

 

「助けてもらったのはこっちの方でしょ?」

 

「どうなんだろうね」

 

いいや、どうもこうもないさ。

それがどっちでも、俺はどこにも行かない。

それだけなんだから。

きっと、俺自身が未来からこの時代にやって来なかったのは、そういう事なんだろ?

じゃあ大丈夫だ。

昔の俺は自覚出来なかっただけで、理解者には恵まれていた。

だけど肝心の相互理解が出来なかったんだ。俺のせいだ。

心の扉を開きたいなら、交換条件をすればいい。

お互いに同じタイミングで開けるのだ。

 

 

「長門さんも感謝してるよ」

 

「そうかしら」

 

「根拠はあるよ」

 

それが眼に見えないから困るんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして二年生の校舎、その屋上を後にし、部室棟へ。

 

 

 

既に長門さんを除く全員が部室内に居るのだろう。

しかし万が一を考えて、俺は……というか男子は基本的にノックしてからの入室だ。

女子――ほぼ朝比奈さん限定――が着替えている可能性があるのだ。

ラッキースケベだとか、そんな星の下に俺は生まれた覚えが無いので当然回避する。

いつも通りにお茶を飲みながらキョンは嫌味ったらしくこちらに向かって。

 

 

「随分と遅かったな」

 

「誰かと誰かさんのおかげさ」

 

「そうかい」

 

特に他の皆は遅刻の理由を追究もしてこなかった。

勝手にある事ない事を想像してくれた方がいいさ。

校内で喫煙するアホの大将よりえげつない行為なんてなかなか無いのだから。

キョンの隣に座ると、斜め迎えに座る古泉が。

 

 

「何か進展はありましたか?」

 

「……さあね」

 

連中は火種という火種を好き勝手ばら撒こうとしてくる。

涼宮さんがこの場に居る以上は長門さんについては語れない。

と、いうか『機関』はその辺確認してなかったのか?

……高々早退にしても、もしかしたら情報操作がなされているのだろうか。

重要なのは今、長門さんがこの部室に不在で、復帰のメドが立っていない。

それだけである。それが、問題。

朝比奈さんは俺と朝倉さんが着席したのを見計らって。

 

 

「温かいお茶でいいですか?」

 

「お願いします」

 

「私もお願いするわ」

 

「はいっ」

 

とまるで本物のメイドさんの如く奉仕作業に精を出している。

確かに、奉仕の精神は大切だ。

前世の俺の事をいくら変人だとか呼ぶ奴が多いにしても、俺は奉仕の精神は持っていた。

放送局に入ったのも、結局はその部分が多かれ少なかれある。

あの学校のはワケありな部活で、簡単に言うと俺の世代で持ち直したのだ。

これを奉仕活動と言わずして何を奉仕と呼ぶんだろうね。

ゴミ拾いぐらいしか思いつかないよ。

 

 

「まるで"ジャガーノート"じゃあないか」

 

「何だそりゃ」

 

俺の呟きにキョンが反応した。

知らないのも当然か。

 

 

「神の一つさ」

 

「多神教かよ」

 

「日本だってそうだろ?」

 

「無駄に多い事ぐらいは知ってる。八百万だとか何とかだろ」

 

「それ、本当に字を"はっぴゃくまん"って解釈する訳じゃあないからな?」

 

八百万の神々とはありとあらゆるものに神が宿っている……。

とくに自然を大切にしてきた日本人ならではの思想だよ。

山の神様だとか、俺の祖父さんは信じていたのかね。

 

 

「とにかく、ジャガーノートってのは抑えられない強大な力って意味さ」

 

「……あいつらの事か」

 

「だとは、思いたくないんだけどね」

 

あんな啖呵を切ったはいいが、どこにも根拠はない。

負けるとは思わないが、佐藤の考えが読めない以上は警戒せざるを得ない。

多分に心理的揺さぶりを俺にかけたいのだろう、あいつは。

そんな無駄な会話をしていると。

 

 

「――ねえ、有希、遅くない?」

 

と涼宮さんが言いだした。

……どうするよ? 朝倉さん。

 

 

「あら、知らなかったのかしら。長門さんなら今日は早退したわよ」

 

「えっ?」

 

「何、長門が?」

 

涼宮さんもキョンも驚いている。

古泉もどこか表情が変わった。

嘘はついてないよ、こんな事態を進展だとは認めたくないからね。

 

 

「涼子、それって本当なの?」

 

「ええ。体調を崩しちゃったみたいね」

 

「な、長門さんが、ですかぁ?」

 

「間違いなくそうよ」

 

……まったく、これは最悪の場合に谷口を呼ぶプランが出てくるかもな。

あいつが原作でどういう役割なのかは知らないが、こんな扱いではなかっただろうよ。

良かったな。でもきっと俺のせいじゃあないから喜んで巻き込まれてくれ。

そんな話を聞いた涼宮さんは何やら思いつめた表情で。

 

 

「有希が体調を崩すなんて。風邪? とにかく、あたしに連絡も寄こさない6組の担任はとんだ無能ね」

 

「長門はさておき教師に当たるのはどうなんだ」

 

「有希にはそんな余裕すら無かったかもしれないじゃない。早退だなんて、ちゃんと家に帰れたのかしら……」

 

直ぐに携帯を取り出すと彼女は電話をかけた。

十中八九長門さんに、だろう。

 

 

「……有希。……早退したって聞いたわよ、……うん………よかった、家にいるのね?」

 

とりあえずは何事もないらしい。

しかし、現在進行形で彼女は攻撃を受けているのだ。

その交信ミッションだかがいつ完了するのかも何も知らされていない。

朝倉さんでさえその辺はわからないだろう。

いつもそうだ。

眼に見えない形でしか話は進んでいかない。

まるで、漫画ではなく小説。

全ては俺の想像でしかないのだ。情報統合思念体も、異世界も。

 

 

「……いいわ。うん、わかった。もう寝てて。じゃ」

 

そういえば、こんなに心配そうな顔をする涼宮さんは珍しい。

雪山、山荘の一件以来かもしれない。

もっとも、あの件は夢オチでゴリ押したのだから大丈夫だろう。

それでも、例え夢だとしても、彼女の中にその感情が芽生えなかったわけでは無い。

不安。それは必ずしもストレスに繋がるとは限らない。

その次に来るものが、もしかすると成功から生まれる歓喜かもしれないからだ。

だけど、今日はそんな話じゃあない。

 

 

「みんな。お見舞いに行くわよ」

 

「あ、き、着替えないとっ」

 

「みくるちゃん、早くしなさい」

 

「はっ。はい!」

 

男子三人は急いで部室から撤退した。

朝比奈さんのお茶を飲めてはいないが、そんな事はどうでもいい。

緊急事態だ、そうなんだろ?

部室の中からは、いつも着替える度に涼宮さんの煽りや朝比奈さんの嬌声が飛び交う。

今日はそれがなかった。静かだった。

キョンは俺と古泉に視線をやってから。

 

 

「どういうことだ」

 

「さあ、僕にも不明です」

 

「嘘つけ、『機関』が長門の早退だなんて異常を知らないわけないだろ」

 

今にもキョンは古泉に掴みかかってもおかしくなかった。

俺だってそう思う。

もし、長門さんにその命令が下された段階で俺がそれを知っていたなら……。

俺はきっと、周防を探しに町中を走り回るだろう。

雪山の時もそうだった。あいつや、あいつの親玉のさじ加減なのだ。

涼宮さんが願えば別かもしれない。だけど彼女は何も知らない。

"ジョン・スミス"は動けない。きっと、あちらもカウンターを仕掛けてくる。

この段階で全てが露呈すれば、それこそ世界は崩壊しかねない。

涼宮ハルヒの理性は真実に耐えられるのだろうか。

俺が知り得たそれとて、真実とは限らない。だが、俺は何故か耐える事が出来た。

 

 

「……超人」

 

二人に聴こえないような、本当に小声でそう呟く。

もしかして、俺の変化とはそういう事なのか?

俺がこの世界を否定してしまえば、元の世界に戻れる。

きっと佐藤は、そう言いたいんじゃあないのか?

だとすれば。

 

 

「ふざけているな」

 

「……ああ」

 

「長門さんの早退など、僕もたった今聞いた話ですよ。神に誓って言いましょう。僕は、知りませんでした」

 

やはり、何かしらの工作が行われたのだろう。

その気になれば彼女をカナダ送りにも出来るのだ。

いくらでも誤魔化しは効く。きっと、俺も朝倉さんに言われなければ気づかない。

情報統合思念体にとって、それほどまでに天蓋領域は重要性が高いのか。

俺たちの安寧よりも? 涼宮さんの安心よりも?

やっぱり、ふざけている。

 

 

「明智はどうなんだ。何か知っているか」

 

「多少は、それに犯人も予想はつくでしょ」

 

「周防か」

 

「昨日の今日でこれですか。いや、"巧遅は拙速に如かず"とはまさにこのことですね」

 

古泉が言ったそれは"急がば回れ"の反対語だ。

確かにあいつらは生き急いでいる死にたがり連中だ。

それが巧かはさておき。

 

 

「実のところ、オレもさっき朝倉さんに、長門さんについての話を聞かされた」

 

「……だから遅れたってか」

 

「個人的な報告も済ませたけどさ」

 

又聞きもいいところだ。

最早佐藤の、ジェイの全てが気に食わない。

俺を無意味にイラつかせたいとしか思えない。

そして二人とも、きっと、怒っている。

 

 

「残念だが、俺は今回も役に立てるか怪しいぜ」

 

「構わないよ。キョンにはキョンの仕事がある。面倒なのはオレと古泉、異端者の仕事さ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいですが、僕とて非力な人間でしかありません。とは言え最低限の仕事はしたいものです」

 

「なら橘と徹底討論でもすれば? 神について」

 

「それもいいかもしれませんね。しかしながら、彼女が僕の話を聞いてくれるかどうかは怪しいのですが」

 

薄ら笑みを浮かべ、肩をすくめる古泉。

高々支持者の違いだけでそこまで嫌われるものなのか?

でなければお前達に昔何があったんだよ。

どうでもいいが、仲良くしろよ。

俺の友人を自称する女はそんな気配が一切合財ないんだからさ。

古泉は話を切り替えるかの如く。

 

 

「唯一の救いはもう一人の最高戦力、朝倉涼子さんがご健在な事でしょう」

 

確かに朗報だよね。

でも、凶報はまだあるんだよ。

 

 

「……残念だけど、その彼女も長門さんの負担軽減のために性能がダウンしている」

 

「本当か? ありがたいのか迷惑なのか、わからない話だな」

 

「なら、キョンは長門さんが苦しみ続けてても大丈夫だって言うのか?」

 

そうは言ってねえよ、と彼は力強く否定した。

俺も本気でそうは思ってないさ。

……今ここで語り合うべきは現状の確認でも、責任の所在でもない。

どう、あいつらを料理するか。ただのそれだけ。

 

 

「ここで全ては到底話せそうにないけど、色々あるらしい」

 

「色々って何だ。知っているなら具体的に言ってくれ」

 

「宇宙人も一枚岩じゃあないってことだよ。派閥の枠すら飛び越えたってだけさ」

 

なら、未来の朝倉さん(大)は本当に何だったんだ?

明らかに今とは比較にならない戦闘力。

本気を出されたら、俺の新技を披露しようがどうしようが瞬殺される。

次元干渉したところであの壁を突破出来るかも怪しい。

そして何より、情報統合思念体から独立したような発言をしていた。

許可申請は大なり小なり必要だと、今の彼女は言っていたはずなのに。

しかしこの時俺はそれについて深くは考えなかった。

降りかかる火の粉があまりにも目についたからだ。

 

 

「こちらから下手に手を出してよいものか。……いやはや、攻めあぐねてしまいますね」

 

「このまま黙っていろってか」

 

「そうは言ってません。しかし、長門さんの今後を考えた場合に我々が失態を犯せばどうなるか――」

 

長門さんが、死ぬ。

………何だよ。

俺は何が変わったって言うんだ?

本当に、【涼宮ハルヒの分裂】はこんな話なのか?

なら、次はどうなるって言うんだ?

こんな絶望的な状況に追い込まれろって言うのか?

悪いが、俺は周防を見かけたら正気でいられるか分からない。

いや、周防ならまだいいだろう。藤原も、病院の世話になる程度で済むだろう。

 

 

「オレは佐藤を、許さない」

 

そして恐らく赦さないだろう。

ここが限界だ。四年前の、東中のグラウンドに描かれた、最後の白線だ。

もしもこれ以上先に、朝倉さんに手を出してみたなら俺はきっと、再び精神をおかしくする。

本当に俺は人殺しになってしまう。そして俺はきっと、それを後悔すらしない。

考えただけで最悪が更に最悪を目指そうとする。深みにハマってしまう。

その上情報統合思念体がこっちの動きにすら干渉してくるなんて。

まるで、俺に折れろとでも言いたいらしいな?

朝倉さんだから俺の味方をしてくれているだけなんだ。喜緑さんは違う。

きっと、朝倉さんが昔のままだったら、こうはなってない。

精々が長門さんのバックアップ業務に終始するだけ。

彼女の負担を軽減させようだとか、そんな思いやりの一切はきっとない。

何故なら無駄だからだ。

それで長門さんが万全の状態で動けないなら、そういう話になってしまう。

結果だけだ。結果だけ……また、優先されるのか?

これはいつまで続くんだ? 無限なのか?

古泉は、まるで我こそが『機関』だと言わんばかりの堂々とした表情で。

 

 

「我々も出来る限りを尽くしましょう。しかし、それにはお二人の協力も必要だ」

 

「違うね、古泉。オレたち七人で、あいつらを倒す。だろ?」

 

何故なら、俺たちはSOS団だ。

こんなにふざけた、面白可笑しい出来事を前にして黙っているのか。

涼宮さんなら、涼宮ハルヒならきっとそうはならないだろう。

彼女が居る限り俺たちは絶対負けない。そういうふうに出来ている。

絶望だけじゃあ、俺は倒せないぞ。佐藤。

二人とも、こんな緊急事態だと言うのに俺の発言でどこか安心してくれたらしい。

少なくとも俺は、こいつらの気分をいい方向へ変える事は出来たわけだ。

 

 

「……はい…!」

 

「全部終わったら犯人を一発ずつ俺に殴らせろ。中河がもしそこにいたら、あいつも殴ってやる」

 

「安心しなよ。骨は一本ぐらい残しておくからさ」

 

「気を付けて下さい。彼らの目的の全ては未だ不透明だ。これは単なる宣戦布告とも言えます」

 

本当にそうだから困る。

 

 

「あちらが本気になればいくらでもやりようはあるわけです。現に今我々が自由なのが、猶予を与えられているのがその証拠ですよ」

 

「はっ。何の猶予だって?」

 

まだわかってないな。

キョン、お前が主人公なんだからさ。

 

 

「決まってます。あなたが涼宮さんと佐々木さん、そのどちらを神とするか。どちらを選択するか、の思考時間に他ありません」

 

「馬鹿言え、あいつはそんな超人的な力になんて興味ないんだ。それなのに、まだその話をするのか」

 

「では、他にどんな話があると言うんですか?」

 

「……ちっ」

 

「僕も多分、あなたと同じ気持ちですよ。明智さんもそうでしょう?」

 

認めたくはないんだけどね。

そう、穏やかじゃあないさ。

 

 

「いいですか、切り札は一回限りです。二度と使用できないから切り札なのです」

 

「その切り札とやらも今となってはアテにならないんだがな」

 

「なら、教えてやればいいのさ」

 

あの偉そうな"大富豪"どもに。

俺たちが、"スペードの3"だと言う事を。

ジョーカーをひっくり返せるのだと。

切り札なんか、必要ない。

 

 

「今回ばかりは、オレの役目らしい」

 

やがて、勢いよく部室の扉が開かれた。

女子三人が廊下へ出てくる。

……準備万端だ。

思い残す事はいくらでもあるさ。だから勝てばいい。

涼宮さんは高らかに宣言した。

団長? いいや、今の彼女は女帝だと思うよ。

 

 

「さあ、行くわよ! 全速前進。目標は有希のマンション。いい? 道草なんか食ってられないの!」

 

そうさ。嫌になるぐらい、昨日と同じだ。

出かける時は腹立たしいまでの、いい天気だった。

しかしそれが雨に変わるかどうかまでは誰にもわからなかった。

 

 

 

そして、その命令にはこの場に居る団員全員が"YES"と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――『異世界人こと僕氏の驚天動地』につづく

 

 

 


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